上島敏昭の「大道芸見たり、聞いたり、演じたり・・」2003年10月
<第三回ヘブンアーティスト審査概要>
2003年9月8日から11日までの4日間、東京都庁前広場を会場として、ヘブンアーティストの第3回目の公開審査が行われた。8日から10日までの3日間がパフォーマンス部門、最終日が音楽部門で、私はパフォーマンス部門の審査を、第一回、第二回にひきつづいて、今回も勤めさせてもらった。そのあらましについて記しておきたい。
まず、結果を記す。パフォーマンス部門の公開審査にノミネートされたのは、120組。内訳は、パントマイム=7、ジャグリング=5、物売り口上=2、独楽回し=2、マジック=2、以下、飛び出す紙芝居、着付けかっぽれ、針金細工、バイオリン演歌、寅さんに扮してのものまね、一輪車、マジックバルーン、各1。一応このように分類されるが、大道芸の場合、さまざまな芸を組み合わせているのが普通で、あくまでもジャンル分けは便宜上のことだと知っておいてもらいたい。
○一次審査
では順をおってその審査経過を述べていきたい。公開審査に先立って、7月24日に、一次審査を行った。応募総数は、136組。応募書類に同封されていた資料は、ビデオが106組、写真あるいは録音テープが30組だった。審査にあたったのは、私、西田敬一(沢入ーそうりー国際サーカス村村長)、それに、橋本隆雄(大道芸プロデューサー)の三名である。
最初はビデオ応募のものから見ていく。ほとんどは、最初の5分以内を見て合否を判断していき、判断のつきかねるものは、最後に再検討することにして、どんどん見ていく。再検討の際は、応募書類で経歴や現在の活動、その他を考慮に入れて判断した。あくまでも第一次審査なので、少しでも気になるものは全て残す、というのがおおまかな方針で、ビデオのあと、写真・録音テープ同封のものも同様の手続きで合否を決定。最終的に65組を一次審査通過とした。
要するに半分以上が不合格となったわけだ。これだけ見るとずいぶん厳しいと思われがちだが、ビデオにしても写真にしても、かなりいい加減なもので応募してくる人が意外に多い。たとえば、応募ジャンルには「ジャグリング」と書いてありながら、えんえんと風船を作っているところが撮影されていたり、観客ばかりがうつっていてパフォーマーの姿がなかったり。なにかのついでに出してみたといった感じで、なんとかヘブンアーティストに合格したいという意欲が、感じられないものがだいぶ含まれている。編集しろとはいわないが、一応はオーディションなんだから、審査員にいいところを見せようという努力ぐらいはしたら・・・・、とビデオに向かって心のなかでつぶやいたりしていた。
それに写真や録音テープの応募も、どうかと思う。写真や録音だけでは、パフォーマンスの内容はわからない。私などは、写真や録音などではわからないような、なんとも得体のしれないような芸こそ、ヘブンアーティストにふさわしいと思っているので、写真や録音でパフォーマンスの内容がわかるだろうと思って応募してきている人は、それだけで合格のチャンスは少ない。今回の一次通過65組中9組が写真・録音応募だったが、うち5組は審査員の誰かが、そのパフォーマーのを知っていて、その実力を保障したもの。残りは絵とか書など、作品が形として残るもの。つまり普通のパフォーマーは、ビデオ応募以外は合格していない。
○二次審査
こうして9月8日からの公開審査となった。ノミネートされた120組のうち、65組がいままで説明した一次審査合格者、残りの55組はパフォーマー推薦である。パフォーマー推薦というのは、ヘブンアーティスト・ライセンス取得者、3名が推薦すれば、無条件で公開審査を受けられるという制度で、第二回目のヘブンアーティスト募集のときから導入された。
第一回目の審査のあと、審査員のはかま満緒さんが、大道芸を日常的にやっている人の中には、ヘブンアーティスト制度を知らずに応募してこなかった人がいるときいて、だったらアーティスト推薦というのをやったらどうだろうか・・・と提案したのが受け入れられたものだが、馴れ合いや情実、あるいは裏で金が動いているなどとの噂もあって、あまり評判がよくない。裏金云々の噂が事実かどうかは知らないが、私はこういう制度は不公平だと思う。半年に一回ずつヘブンアーティスト募集を行っている現状を考えれば、この制度はなくしたほうがすっきりする。あくまでも私の意見だが。
さて、この120組を3日で審査するには、1日40組ずつ見る必要がある。そのために組まれたスケジュールは、1組20分ずつ、2ヶ所、同時平行でパフォーマンスを行い、審査員は両会場を巡りながら審査するというもの。朝10時40分に開始して、昼食と休憩をはさんで、夕方6時ごろまでという強硬日程だった。審査員は上島、西田、橋本、の前記三名に、俳優の小沢昭一さんと民族芸能学者の三隅治雄先生が加わって、計5名となった。
審査は、一日見終わったあと、最初のものから順々に、その内容を検討しなたら合否を決定していくというもので、判断のつきにくいものは、一次審査と同様、最後に改めて討議するという方法をとった。ここで問題になるのは、審査基準をどこに設定するかということだが、それについては、ヘブンアーティスト事務局からこうしてほしいという提案があったことは一度もないし、審査員の間で議
論したこともない。考えてみれば奇妙な話なのだが、過去二回についていえば、次のようにして自然と基準が決まった。
第一回の審査の場合は、橋本さんが前もって選考してあったものを、他の審査員が確認していったというのが、実情に近い。橋本さんは、審査員であると同時に、このヘブンアーティスト事業の運営に、準備段階から加わっていて、実質的なヘブンアーティストのプロデューサーといってもいい。その橋本さんが、第一回目の第一次審査を前にこう言った。「現在、大道芸人として活動している人間は全て合格にしてほしい。その基準で選んだ」。橋本さんは、知り合いのパフォーマーに手紙を書き、電話をかけて、東京という大都市が、大道芸を公に認めるというのは画期的なことなのだから、是非へ文アーティストに応募するようにと勧めたのだと言い、街角を劇場にしようとするアートは、日本は諸外国に比べて遅れているが、この制度ができれば、しだいに発展するに違いない。そのためにも、現在活動しているパフォーマーにはライセンスをやってほしいのだと力説した。今考えれば、これが事務局の審査方針だったのかもしれない。いずれにせよ、その方針のもとで審査が行われた。このときには、日本各地で行われる大道芸イベントの常連出演者が、大挙して公開審査に訪れ、結果的にそのほとんどがラ
イセンスを取得した。それが最初の審査。
第二回目。大道芸イベントの常連出演者は、ほとんどライセンスを取得しており、あまり馴染みのないパフォーマーが多数応募してきた。このときは結果として、第一回目の審査の時よりも、だいぶ厳しくなった。理由は、第一回目の審査で不合格になったものが、再挑戦して、明らかに進歩していたから。どんどん合格者を出すより、もうひと工夫した姿を見てみたいと、進歩しそうな人はあえて
不合格にしたのである。具体的には、西田敬一さんのサーカス学校出身者が不合格になった。涙を飲んで、西田さん自身が不合格にした。そのかわり、ヘブンアーティストの活動場所として指定されながら、ほとんど機能していなかった都庁前広場を、公開審査で不合格となった人の為に解放してもらうようお願いした。この場所でいろんな実験をし、経験を積んで、再挑戦してもらうためである。
ちなみに、この審査員からの申し出は、事務局にすぐに聞き入れられ、都庁前広場は彼らの為に解放された。ただし、それを彼らがどの程度活用しどのくらい役に立ったかは不明である。
そんな経緯があっての、今回の審査だが、今回も、改めて審査基準を設けたわけではない。小沢さんは、一時ごろまで審査をし、ご自分の審査結果を託して退席されたが、最終的に審査員同士の審査結果を照合させると、7割以上、合否の判断は全員一致していたように思う。べつに改めて話し合ったわけではないが、なんとなしにこのあたりという線ができているのだと思う。
その基準となるのは、自分の企画する大道芸イベントに、出演させることができるかどうか。サーカス学校を運営している西田さんは、技術に対して他の審査員よりは厳しい。そういったしがらみのない私は、演芸としておもしろかどうかが、判断の中心になる。
3人の意見が一致しない場合も、もちろんある。意見を十分に出しあっても決まらないときは、三隅先生がもっと高所から判断する。とくに決めたわけではないけれど審査員の役割はそのようになっていた。
こうして合格した25組の顔ぶれと、それに対する審査員たちの意見は次のようなものだった。
福岡詩二(バイオリン演歌)、小島政治(針金細工)、マジカルバルーン〔テリー・プレス〕(パントマイムバルーン)は、すでに大道芸イベントで活躍しており、そのキャリアを考えればほとんど無条件で合格。バナナの叩き売りの口上で挑戦した、大道芸伝承の会〔今村重美〕と俵星幾三は、多彩な言い立てとお客との駆け引きの自由なところを評価した。梅田和佐(飛び出す紙芝居)は、世界のおとぎ話をごちゃまぜにしたストーリーを、語りつつ、役にも扮しつつお客にも何かを演じさせるというオリジナリティで◎。夢屋茂八は、ストリートマジックの日本への到来を予感させた。一方ちょっと古臭い街頭手品スタイルで挑戦した、神雅喜とMr.オクチは、手品の技術というより、お客のひきつけ方とか喜ばせ方などが、いかにも大道芸となっていた。
和独楽を、ジャグリングと同じ土俵で演じようとショーアップしている独楽太郎は、その努力を評価した。ジャグリングは技術比べになりがちで、内容も似てくるだけに、このようなオーディションではどうしても不利。その中で、球斗は透明球体を使ったボールジャグリングの独創性を、ハードパンチャーしんのすけは、しゃべりの明るさを、目黒陽介は、クラブ5本、ディアボロ3個の技術を、じっきいは縄跳びとクラブ回しをミックスさせたオリジナリティに加え、一つひとつの小技の切れ味のよさを、JAYは、ハットジャグリングのスマートさを、それぞれアピールして他のジャグラーより頭ひとつ抜け出していた。
ジャグリングやパントマイムや音楽など、いろいろな小技を複合させて、演芸に仕立て上げる、いわゆるクラウン芸も何人もいたが、cloun LOTOは跳びはねたり転んだり反り返ったり・・・の身体能力の高さが、審査員に強い印象を与え、合格となった。
パントマイムも、ほとんどの者が壁に囲まれて押し潰されそうになる・・・というシチュエーションばかりやって、審査員一同些か食傷気味だった中で、MICHAのガスマスクを被っての作品、st,robotの三人組が銀一色のコスチュームでストロボ写真のように動く作品、ミキティのモップを使った作品には、独創性が見えた。流星やハンガー人形を演じたマー君も、荒削りながら印象が強く、また、前回不合格だった、寅さんスタイルの物まね芸の野口よういちは、今回はお客さんを巻き込もうという姿勢に進歩が見られ、一輪車のAIZは超小型の一輪車に乗った技術が高く評価された。
そのほか、審査員の意見は分かれたが、「着付けかっぽれ」と称し、まず三味線を弾いてそれを録音して、その音にあわせて、着替えてかっぽれを踊るという奇芸は、小沢昭一さんが、原茂鵬松の独楽の曲芸は、三隅治雄先生が、パントマイムを主体としたクラウン芸のムラヤマシンヤは、橋本隆雄さんが、それぞれ強く推薦して、合格となった。
もう一歩力不足だったのは、大神楽芸で挑戦した楠良命、7本のクラブを使ったふたり組み・シンクロニシティ、6本のチャイナリングを鮮やかに見せたタビター、アイドル風のキラキラ衣裳でジャグリングを演じた星丸、タマちゃんに扮して台車に乗って登場したクラッチ!、アクロバットコメディのふたり組み・Tim Tamの面々。いずれももうひと工夫すれば面白くなるに違いないという可能性を感じた。
特にTim Tamは、最後まで判断がわかれ、ましてふたりとも西田さんのサーカス学校の受講生でもあり、西田さんにとっても苦渋の選択だったと思われるが、コンビのうちのひとりは、既にヘブンアーティストのライセンス保持者でもあり、コンビではなく、ぜひ一人で挑戦してほしいと、私が主張して不合格となった。これらの中には、既にいくつもの大道芸大会に参加している人もいて、彼らにとって、この評価は不満でもあろうが、ぜひもう一工夫して再挑戦してほしい。
さて、今回も演芸とはいえないようなジャンルも含め、変わったパフォーマンスがいくつも登場した。前述の着付けかっぽれをはじめ、犬と人間とのダンス、野外劇、新しい能楽、祭り囃子、アルゼンチンタンゴ、デスクパフォーマンス、スティルト(足長芸)、自転車曲乗り、映像パフォーマンス、電気棒まわし、舞踏など。アイデアはおもしろいのだが、消化不良というものが多く、そんなに目新しく、しかも演芸として充分楽しめるものなどはないのだと、改めて感じた。いずれも大道芸とは何なのかという、問い詰めが甘いように私には思える。
というより、私自身、こうして大道芸を見ながら大道芸とはなんだろうといつも考えている。簡単そうなのになかなか答えは見えない。ただ、いろんな管理やしがらみから離れ、青空のもと、自由にのびのびと演ずるもの、とは言える。一方、ヘブンアーティストを主催するお役所とは、本来彼らを縛りつけ禁止するのが仕事。その水と油の両者が、とにもかくにも手を差し延べあって、なんとなく均衡を保ち、この事業は成立している。ヘブンアーティスト発足から一年。まだ海のものとも山のものとも知れないが、そのおかげで、大道芸が、世間一般の人たちに近しくなったのは大きな成果である。