さよなら「ウルトラマンティガ」
〜「ウルトラマンティガ」最終回に思う最後の暴言〜


 遂に「ウルトラマンティガ」の最終回。その前には「GGG」が「MAC全滅!円盤は生物だった!」をやってるし(いやはや…)、もうなんか今日はしんどいなぁ(いやはや…)。

 とりあえず非常に「ウルトラマンティガ」らしい最終回だったと思いますね。「みんなで明るい未来へ行こうよ」っていう感じの。しかし、非常に残念な印象なのですが、最後の最後になっても、「ティガ」というシリーズからは、どこか淡白な雰囲気が離れませんでした。正直、個人的な印象としては、今回の3部作、50話を頂点に、徐々に画面から受けるテンションが落ちて、最終回前半部分のドラマなんかかなり(あるいは凄く)冷静です。正直、(ホントに!)無気力な群衆の描写に象徴される様に、今まさに自分達人類が種としての絶滅の危機に立たされているにも関わらず、追い詰められた緊迫感がドラマ的にあんまり感じられなかった(それはGUTSの面々にしても)っていうのは、(かなり!)残念でしたね。なんか淡々とストーリーが進んじゃって…確かに無気力な群衆ってのは現実的な状況考えると、そういう奴も一杯いるだろうけど、今回のはまるっきり他人事で、そういう描写って観てる側のテンションを確実に下げるのです。最終二話、私のテンションは「その他大勢」の演技で大分下がりました(いやはや…)。

 終盤の子供達が光になるシーンやティガとシンクロするシーンなんかは、映像も綺麗だったし、幼児層は結構シンクロできるんじゃないか?って気はしましたが、やはりああいう皆からエネルギーもらうっていう形にならざるを得ないんでしょうか?昔、「A」がゴルゴダ星で、「兄さん」達からエネルギーをもらってからというもの、近年の「G2」に至るまで、どうも最後の決め技をみんなこの展開にしちゃうんで、どれ観ても似たような印象。あえて王道を走るのなら、そこには強引なまでの、観るものをねじ伏せる様なテンションが必須な筈。しかし今回は王道を選びながら、そこまでのテンションが足りなかった…まぁ、子供達の意志とダイゴの意志がシンクロしてティガの意志となる、って辺りは変形パターンではあったんですが…折角ダイゴと彼を取り巻く人々の周囲にドラマが集まってきた50話のテンションが、何だか急に地球規模に拡散して煙に巻かれてしまった、っていうのが残念ながら正直な感想です。番組のコンセプトを考えると仕方ない気もしますが、私はこれでは思い込めない(私だけかも知れないが)。私には、GUTSメンバーに思いきり絞り込んだ、ギリギリのドラマが展開される事によってのみ、50話で描かれた世界は完成出来たと思えるから…(自分勝手な意見だという批判は甘んじて受けよう!しかし折角ダイゴ達に収束されて来たドラマの流れが、全然知らない人々にどっか持って行かれてしまったっていうのが、残念でならないのだ、私は…)

 …またまた嫌なコトを書いてしまいました。感動の余韻に浸りたかった方にはごめんなさい。でも、いい年コイて、ホンキになってこんなアオい文章打ってる私は、やっぱり「ティガ」が好きだったんだと思います(いやはや…)。

 特に小中さん始めライターの方々、もし御覧になってたら最後の最後まで文句言ってごめんなさい。皆さんのご苦労は踏まえた上で、やっぱり言わずにいられない困った奴です。でも提灯持ちの意見なんか役に立たないのです。真剣な仕事には、自分の心に正直な反応で応える。それが皆さんへの礼儀だと思いますから。

 「ティガ」は番組としても、我々に次の世界への可能性を見せてくれました。この番組で芽生えた可能性が、さらに大きく育って行く事を期待しています。

1997.08.30 

お ま け

「ダイナ」は画面で動いてる様子をみたら、きっとイメージも変わるだろうと思っていたんですが、予告編を観てやっぱり「ネオス」的なカラーへの回帰が強烈に感じられましたね。何だか「ティガ」と逆転現象起こしてるみたいで画面に魅入っちゃいましたが。「ティガ」での洗練とは方向性の異なる、「正義の味方」的なちょっと泥臭い感覚。多分、今回はティガの様に「MacWorld」誌の表紙になる事もないだろうけど、ヒーローの方向性って、必ずしも一つじゃないですしね。「ティガ」とは異なる、直情径行型の世界観のキャラクターを予感させます。とことん勢いのある娯楽作を目指して欲しいですね。メインライターを担当される長谷川圭一さんには、試練の時でしょうが、従来の「キャラクターへの思い入れ」からもう一歩ドラマに踏み込んで、シチュエーションを活かしたハラハラドキドキの作劇を期待します。ご健闘を。