「ブント」(戦旗荒派)と一九七三年に分裂して以来
対立を続けている戦旗西田派の機関誌『戦旗』
(97年9月20日発行・753号)に掲載された彼らの立場からの論評。




右翼ファシスト・一水会と手を組み

「内ゲバ主義」に走る日向一派

全戦線から放逐しよう




 現在、パソコンネット上で「ブントがロフトプラスワンを襲撃したことについて」(山川発)なるメール(以下、山川メール)が発せられ、また、八月六日付けで、襲撃を許さないロフトプラスワン常連客有志に「ロフトプラスワン襲撃を許さない共同声明」(以下、声明)が発せられている。また、これについて日向一派は機関紙上で死の沈黙を保っているが、公然とした問い合わせに対して、日向派幹部は事実を認めているということだ。それゆえわれわれは、この二つのもので書かれていることを事実として受けとめ、日向一派を徹底的に断罪する。

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 この二つの文書によると、事実経過は七月八日、「ありとあらゆるジャンルをテーマに、さまざまな知識や経験を持った人を『一日店長』として迎え、お客との交流をはかるトーク居酒屋(声明)である新宿のロフトプラスワンにおいて、「飛翔主義と若者の俯迎」と題して、ファシスト一水会代表の鈴木邦男と、日向一派の頭目荒岱介が対談をおこなった。そこには、日向一派が百名の動員をかけ、またファシストの側も元日向派でつい何年か前まで「共同主観の創造」を日向=荒に忠実に唱え、それゆえ「廣松理論はあらゆる場での共同主観性の存在の確認だ」と路線転換した日向一派から浮きあがり、わけがわからなくなってファシストに転向した佐藤悟志が「荒岱介(あらたいすけ)弾劾人民裁判に全ての活動家は結集せよ!」と題したビラをまいて動員をかけていた。つまり、ファシストと日向派が「対談」に名を借りて共同の集会をもっていたのである。
 さらに
「この時、荒岱介氏に対して、客席から次々に質問や意見が出されました。自由な発言の場であるロフトプラスワンでは、よく見られる光景です。しかし質問や意見に十分に答えることができずに、荒氏は窮地に立たされた格好になってしまいました。
 荒氏が出演された日は、ブントのメンバーが百名ほどお店に来ていたようです。このような場で、代表である荒氏をそのような目に合わせるのは許されない行為だったのでしょうか。
 荒氏やブントに興味を持ったからこそ、客席からは質問や意見が続出したのです。ロフトプラスワンには、今後も出演していただきたいと思っていました。答え切れなかった質問や意見には、次の機会に答えていただくことも可能だったと思います」(山川メール)
という事態が現出した。声明によれば、
「荒氏に対して、客席から次々に質問や意見が出されました。その中には荒氏や「ブント」に対する批判の声も含まれていました。厳しい口調の批判もあり、「ブント」のメンバーとおぼしき人たちと怒鳴り合いになる一幕もありました。
 佐藤氏も批判的発言を行なった一人でした。彼は「ブント」に強い関心があり、発言だけでなく自作のビラも配布しました。このビラは「ブント」の人々の激しい反発を受け、荒氏も演壇からビラの内容を非難しました」
ということである。ファシストや酔い客、「批判的発言をおこなった」佐藤の「日向一派についての質問」に荒がなんと答えられなくなり、立往生してしまったのである。
 これが第一幕である。まずもってそのセクト主義ゆえに左翼戦線では誰からも相手にされなくなった日向一派が、ついに右翼ファシスト一水会との共闘に踏みこんだことを徹底的に断罪しなければならない。

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 一水会と言えば、九三年十月朝日新聞社内でピストル自殺した野村秋介が創設、ひきいていた真性の新右翼、ファシスト集団である。野村の自殺後も九四年四月に野村の創設した大悲会が朝日新聞社内で発砲、ろう城しており、現在は、「左右の連合」を掲げる鈴木邦男が代表である。新右翼は六〇年代末に新左翼に対抗する形で旧右翼と分裂し、「Y(ヤルタ)・P(ポツダム)体制打倒」というスローガンを掲げ、アメリカ、ソ連の二大国による戦後世界の支配体制と、アメリカ占領による反天皇、反民族、反国家的戦後状況のポツダム体制の打倒をめざすとし、その代表である野村は、七七年には経団連を、八七年には住友不動産を襲撃・占拠している。また、知花さんの支援集会へも武装襲撃を試み、粉砕された。
 こういった連中と飲み屋の「対談」に名を借りて、双方動員をかけて集会をもつというのはただごとではない。どこかの予備校や本屋の企画であるとか、テレビの対談とは全然次元が違うのである。もっとも日向派はすでに本年四月正式に党名変更によって共産主義をやめており、「『社会主義』=『マルクス・レーニン主義』の古い枠を突き破って二一世紀に向けて自己刷新し、アクチュアリティのある反体制運動を目指す」(『SENKI』九七年六月二十五日号)集団になっているから右翼と共闘するのも不思議ではない。
 さらに日向一派の右翼との共闘の必然性をたどれば、七月二十七日の「グラン・ワークショップ」なるもので、荒いわく「資本主義に対するオルタナティブであったはずの共産主義、マルクス・レーニン主義は何を価値としていたのかというと、要するにソ連のシステムの方が、社会主義の方がより生産力が発展するということを言おうとしていたにすぎない。世界革命を達成することの意味的な価値は、それによってこそ人類が究極的に救済されるということですが、それはどうしてかというと、社会主義のシステムの方が生産力が根源的に高まるんだ、そしたら物質的な安定が人間を覆うんだと考えていたからに他ならない。」(『SENKI』九七年八月十五日号)と、およそ右翼と身まがうばかりのマルクス・レーニン主義解釈をしてみせ、それによって、マルクス・レーニン主義を投げ捨て、「エンバイロンメンタル・ディストラクション、いわゆる環境破壊の問題が全面化してしまって、いままでとは違う地球になっていることをわれわれも認識する以外ないからです。社会主義も資本主義も抱え込んだ矛盾は環境問題だということです」(同)と、環境評論家への転向を宣言しているのである。環境問題といっても日向一派が何かをするわけでは断じてない。ただ、そういう問題があると評論するだけなのである。
「まず日本人に市民革命をこえたカルチャー的自立が必要なことは前提だと思います。
 そして環境倫理学(エンバイロンメンタル・エシックス)というのはそこを問題にしているのではないでしょうか。……倫理学というのは可能性の中の選択の幅を決めるシステムであり、要するにカタストロフィーにおちいらないで可能なものの中の最善を選択する方法論だと。……イギリスにはリデルハートという人がいて『戦略論』で、持っている手段にあわせて目的を決めるというのがありますが、それに近い考え方です。つまりエンゲルス主義でもベンサムの功利主義でもない二〇世紀文明そのものの超克がめざされなければならないわけですが、その方向は倫理学(エシックス)を通じ考える以外ないのではないかということです。……人間は何をやっていいのか、何をやっていけないのかということを、可能なものの中の選択の幅を決めるということが討論されていかなければならないし、明らかにされていかなければならない。だからわれわれはパラダイム・テェンジの内容として、エシックスということを問題にしています。」(同)となにやら訳のわからない倫理学を持ち出し、環境問題を「可能なものの中の選択の幅を決める」ことによって評論しようというのである。そして結論として
「われわれは『共産主義者同盟』と名乗るのをやめてしまった。マルクス・エンゲルスの考え方のみを墨守するということでは、今人類が直面している課題に対して真摯に答えることはできないと考えたからです。それでイギリス経験論に学び、例えばJ・S・ミルの『自由論』、『功利主義論』で問題にしていることに学びながら、もっと頭をひらいていこうというのが、われわれがいってきたことの中身になります」(同)
と経験論主義者へと転成していった。もっとも三百代言の荒に学ばれるミルも大変ではあるが(このことは後にみる)。
 一水会と日向一派の連合集会という信じられない事態の前に、日向一派におけるその必然性をながながとなったが引用してきた。ひとことでいえば左翼としての基盤は日向一派においては完全に失われ、左翼でなくなったのであるから、「左右の連合」を掲げる一水会と連合したとしても怪しむにたらない集団になったということである。また荒がことさらに問題としている環境問題といっても、それこそ一番声を大にしているのは、「環境問題こそ二〇世紀の超克」とうそぶく自民党の後藤田であり、ネットワークを呼びかけていることは周知の事実である。数年前の『フォーカス』に登場した一次ブントの篠田が先兵ということを考えると、そしてまた今回の事態を考慮すると、そのネットに日向一派がすでに入っている可能性の方が大きいと言わなければならない。
 また確認しておかなければならないことは、ここに登場してくる佐藤だけではなく、右翼ファシストの統一戦線義勇軍の代表の見沢も元日向である。プロレタリア・人民の解放という立場に絶対にたたない。人民のたたかいと切断されたところで、荒流に言えば「人類の救済」などというオウム型の宗教集団を自己目的にし、数々の路線転換をとげる中で、荒のウソに気がついた連中がストレートに右翼ファシストになるという、日向一派が右翼ファシストの再生産の温床になっていることにも注目しなければならない。彼らの荒に対する批判は、佐藤のビラによれば、「歴史の偽造と隠蔽を許すな」「ヤツラは何の反省もしていない」「搾取と抑圧を繰り返し続ける左翼霊感商法」ということであり、とにかく荒はウソばかりついている、ということにつきる。これに荒が答えられなくなってしまったのが荒の立往生事態なのだ。ちなみに佐藤の荒に対する要求は「一、日向一派はブントの偽称をやめ、『わくわくネットワーク・ヤング埼玉』を名乗れ 二、荒岱介は今までにダマシとって自分の名義にした全資産を、福祉施設に贈呈しろ 三、荒岱介は共産主義者=マルクス・レーニン主義者だった過去と戦争責任を償うため、日米帝国主義に謝罪し、反共活動に邁進しろ」というものである。共産主義者をやめた日向一派についての質問に荒が答えられない以上、もうほとんど日向一派が右翼の世界に入っているといってよい。

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 第二幕は、七月十六日の同じくロフトプラスワンである。この日は「飢餓・独裁・拉致・粛清/北朝鮮と『よど号』の現実」と題して、よど号の赤軍をペテンにかけてインタビューを取り、事実をねじ曲げて(これについては赤軍が抗議声明を出している)新潮社に売り込み、そのことによって反朝鮮民主主義人民共和国キャンペーンのフリージャーナリストとして稼いでいる高沢皓司と、先の佐藤が出演者であった。要するに前回に続いて反共和国、反共のトークショーが行なわれたのであった。
 山川メールも、共同声明もこの日の事件に対する抗議である。「左翼思想のパラダイムチェンジ」で、「内ゲバ反対」を掲げ、「威嚇や恐怖で大衆を支配するテロリズムを批判」しているはずの日向一派が、先の佐藤をテロったというのである。
 この日、声明によれば、
 「午後七時十五分頃、その日の出演者である佐藤悟志氏がロフトプラスワンに到着したところ、店の前で待ち受けていた男性十名ほどが、力ずくで佐藤氏をビルの地下に連れ込み、殴る蹴るの暴行を働いた上で逃げ去ったのです。
 この約十名の中には、政治組織「ブント」の幹部メンバー複数が含まれていました。……佐藤氏は痛みをこらえて出演し、もう一人の出演者である高沢皓司氏とともにその日のトークを進めました。会場との討論も平穏に行われましたが、午後十一時半頃、佐藤氏が「ブント」への批判を口にしたところ、「てめえまだそんなこと言ってんのか」と叫びながら男性一人が演壇に上がり込み、佐藤氏を殴打し始めました。さらにもう一人が佐藤氏を蹴りつけ始め、会場は騒然となりました。
 取り押さえようとした店員や来店客にも暴行を働き、襲撃者は逃走しました。逃走路を確保する役割の人物が、入り口付近に陣取っていた様子もありました。
 佐藤氏は二回の襲撃で頭や顔、眼などに全治18日間の傷を負いました。ロフトプラスワンもテーブルを壊される等の被害を受けました」
という事件が発生したのである。

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 ここには二つの事実がある。二人の反共・反共和国キャンペーン、デマ宣伝には日向一派がまったく沈黙していたという事実と、「内ゲバ反対」を最大の売り物にする日向一派が。この日、日向一派を批判するであろう佐藤を発言できないようにテロり、それにもめげずトークに参加した佐藤を日向一派を批判した途端に個人テロによって発言を封じようとしたという事実である。
 第一の事実について言えば、日向一派が完全に右翼ファシストや日帝−橋本政権の反共・反共和国・民族排外主義の立場に身を置いているということを示している。これが一水会との連合集会の本質なのである。
 第二の事実は、「内ゲバ反対」がまったくのウソであり、3・8分裂の責任から逃げ回るための方便にしかすぎなかったことがあきらかになったのである。自分たちに都合の悪い人間は襲撃しろ、これが日向一派の本質なのである。佐藤が右翼であるからテロった訳では断じてない。それならそもそも八日の連合集会はなかったであろうし、高沢もテロっていたはずである。日向一派の内部を知る佐藤の質問に立往生した荒が、動揺する百名の内部固めと、今後の日向に関する佐藤の発言を封じるために佐藤をテロったのである。いわゆる口封じである。まさにオウム、カクマルの手口である。
 この事態に日向は密かに居直りきっている。「ブントが内ゲバ構造の克服を課題としてきた原点」なる高崎正論文が七月二十五日付けの『SENKI』に掲載されている。この論文は表面上は「内ゲバ反対」を日向一派が当初より党是としてきたことをながながと書きなぐっているが、その眼目は「J・S・ミルは『自由論』の中で、『もし彼が同胞を個人的にではあれ、保護するために必要な諸原則をふみにじったのだとすれば、事情は全く異なっている。そのときは、彼の行為の有害な影響は、彼自身にではなく他の人々のうえにふりかかる。したがって社会は、そのすべての成員の保護者として彼に報復しなければならない。処罰という明白な目的をもって彼に苦痛を与え、またそれが充分きびしいものであるように注意しなければならない』(『自由論』世界の名著P三〇六)と書いている。当時から、そして現在でも、われわれは個人の権利は他人の権利を侵害しない場合にのみ守られると考えてきた。だから暴力一般に反対等という文脈でこれがくくられているのではないことはおさえられるべきだ」ということを、日向一派内部で意志統一するための文書である。だからミルも大変なのである。ミルの社会を日向一派と読み替え、他人の権利を荒と読み替え、それを侵害した佐藤=個人はテロられて当然だと、この論文は主張しているのである。佐藤が右翼ファシストだからテロったのではなく、荒を日向一派問題で立往生させたからテロったと臆面もなく語っているのである。
 そもそも佐藤のビラによれば、八八年に日向一派の総会において、「日向派を離脱した松原氏らのグループに対する物理力の行使、つまりテロルと暴力が、サワキ氏一名の反対を除いた賛成多数で可決された」そうであるから、機関紙で書かれていることと、その内部でやられていることは百八十度違う、つまりおおウソつきのテロル集団、オウム、カクマルの類の集団であったことが知れるのである。それと知ってか山川メールでは「オウム真理教と共通するものさえ感じてしまい不気味です」というコメントが書かれている。

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 もはや事態は明らかであろう。荒とその私兵である日向一派は一水会との共闘へとその一歩を踏み出し、その過程で荒を立往生させた佐藤を、ジャマものとばかりにテロったのである。違うと言うのであれば、機関紙紙上でことの真相と、見解を全面的に明らかにすべきである。われわれはこのことを全戦線において徹底的に追求する。