クロニクル〈ロフト襲撃事件〉97年7月〜12月




 佐藤悟志は、「ロフトプラスワン」の熱心すぎるほどの常連客だった。ゲストの話に耳を傾けるだけでなく、ヤジを飛ばし、マイクで発言し、時にゲストを批判する自作のビラを店内で撒く。
 しかし97年7月8日のゲストは、彼にとって特別だった。新左翼セクト「ブント」代表、荒岱介。佐藤はかつて「ブント」の前身である「戦旗・共産同」に82年から86年まで参加、17歳からの5年間をその活動に捧げていた。
 彼は、現在の彼の思想からの荒への批判を、この機会にぶつけずには気が済まなかった。7月8日のイベント開始前、動員された80人以上の「ブント」メンバーがひしめく中で、彼は罵倒され、取り囲まれながらも、荒をえげつないスタイルで批判したビラを配布した。
 イベントは、前半の荒岱介、鈴木邦男、そして塩見孝也の和やかな座談から、後半の質疑応答に移ると一変する。佐藤の発言はもちろん、その他の一般客・常連客の荒への発言に対しても、「ブント」メンバーからの一斉の怒号が飛び、荒自身も壇上から佐藤のビラを振りかざして「何なんだコレは!!」と声を張り上げた。

 この日だけでは終わらなかった。7月16日、かねてより予定されていた高沢皓司の対談企画の直前、そして最中、佐藤はブント幹部に率いられた部隊に、二回に渡って襲撃される。幹部と佐藤双方の友人であった玄田生のもとには、事件の翌日「佐藤がああいう言動を続けるなら、我々は黙ってはいない」と、さらなる襲撃を匂わす電話がかかってきた。
 これ以上の襲撃をいかに防ぐか、そして襲撃者に如何にしっぺ返しをするか−−襲撃現場に居合わせた人や佐藤の友人らは、対応を協議した。佐藤を孤立させてはならない。
 相手は数百人を動員する大組織である。まともにやり合って勝てるはずがない。彼らを利するだけの左翼仁義など捨てて、さっさと犯人を警察に突きだしてしまえ、イジメられっ子には親でも教師でも警察でも使って反撃する権利があるはずだ−−という意見も出された。しかし採用されたのは、より強力な反撃案であった。

 政治テロには政治で反撃する。組織が少数者の批判を力で封殺するといった政治が、果たして認められるものかどうか、広く人々に問いかけるのだ。観衆の視線の中に問題を引き込んでしまえば、もはや再襲撃は出来まい(ブントは内ゲバ反対の建前をとっている)。そして、開かれた討論の中でそのようなやり方が否定されてしまえば政治組織にとっては「殴り損」になり、今後に良い教訓を残せるだろう。『共同声明』はこうして始まった。もちろん、どれほどの反応があるかなどは全く予想がつかなかった。下手をすれば大組織の前に丸裸で立つことになりかねなかった。
 スピードが重要である。なるべく多くの視線を集めること。私達は、縁のある人に片っ端から電話をかけ、手紙を書いた。ある程度の人数を集めて発表された『共同声明』は、ロフトや運動周辺に郵送その他でばらまかれた。特にブントと関わりのある知識人と出版社には、徹底的に散布された。彼らの声だけが、再襲撃を阻止してくれるはずだ。

 緒戦のスピードが功を奏したのか、いくつかの媒体が事件について語りだした。見知らぬ人からも賛同人への名乗りがあげられる。アナキスト系のミニコミは声明文を転載してくれた。予想をはるかに越えた好反応であった。
 もう充分だ。私達は泣き寝入りしなかったし、再襲撃ももう出来ないだろう−−しかし、そう思っていた矢先に、ロフトや模索舎に怪文書が張り出されていることが判明、さらにブント機関紙で『共同声明』への攻撃が始まった。どちらも虚偽の内容に満ちたものであった。これには少なからず驚かされた。
 いかに荒唐無稽なものであれ、活字として残ったものは事実になってしまう。私達は、ブント機関紙が三度にわたる『共同声明』攻撃の連載を終えたところで、充分な根拠を示しながら彼らの虚偽宣伝を否定する文書を発表した。読み比べてもらうために、郵送する際にはあえてブント機関紙のコピーを添付した。虚偽宣伝の内容は、簡単に覆せる間違いや矛盾に満ちていた。

 この頃(97年秋)、ミニコミ書店「模索舎」が事件に関する掲示板を店内に設けた。「模索舎月報」でも経営者の前田・名木田両氏が誠実さのにじみ出る長大なコメントを発表。さらに、当時ロフトプラスワン店長だった脇田敦が、ロフト発行のパンフレットにおいて、ブント機関紙の宣伝の中の、店に関わる虚偽の部分を明確に否定した。
 97年12月14日、ブントが開いた集会で、ゲストとして招かれた山崎カヲルと太田昌国が、その講演の中で今回の「ブント」の行為を批判した。

 人々の審判は、はっきりと下されたと言っていいだろう。『共同声明』は、良い教訓を残すことができた。



〈終〉−敬称略− 





 二回目の襲撃を記録したビデオ映像から。
 「テメエまだ言ってんのか!」と叫んで襲いかかってきた襲撃者らが、テーブル越しに佐藤氏を蹴っている。その後ろでは大柄な人物がステージ入り口に立ちふさがって襲撃者を守っている。
 ビデオは「ロフトプラスワン襲撃を許さない共同声明」のホームページで見られる。