AERA惹句大全集
1995年版



「今そこにある、社会党の危機。」
1995年(平成7年)1月9日(月)朝刊 AERA 1.16 No.2広告
 アエラ見出しに「流動化する政治:「土井議長の地元兵庫ルポ」」とある。村山さ んが首相になったとはいえ、社会党は山花さんを中心に分裂の瀬戸際である。山花グ ループは新会派「民主連合・民主新党クラブ」を1/16に旗揚げし、翌17日に社会党執 行部に離党届けを出す手はずだった。そこに、あの阪神大震災がやってきたのだ。そ の対応に追われ離党届けは出されずじまい。今や、「山花さんはどこで何をしている のだろう」、と疑問をもたれるくらい影の薄い存在になってしまった。地震のおかげ で「今そこにある危機」は回避できたわけだ。しかし、震災に対する対応への批判か ら村山首相の評判が落ち、ひいては社会党への支持率が落ちたことを考えれば、「今 そこにある、社会党の危機。」と1/9に言うとは不気味な予言ではあったのだ。
「山花サン、そんなに急いでどこへ行く。」
1995年(平成7年)1月17日(火)朝刊 AERA 1.23 No.3広告
 違う、違うよアエラさん。山花さんは急ぎすぎたのではない、遅すぎたのだ。せめ てあと一日離党届けが早ければ....。しかし、まさか地震が来るなんて思わないよなぁ。
「ガンバレ神戸、みんな負けるな。」
1995年(平成7年)1月23日(月)朝刊 AERA 1.30 No.4広告
 1/17におきた阪神大震災への惹句。さすがアエラといえどもここでは全くひねりを 加えず、ストレートに応援しているようだ。
「春よ来い、春は来る、負けるな阪神。」
1995年(平成7年)1月30日(月)朝刊 AERA 2.6 No.6広告
 この時のNHK朝の連続テレビ小説が「春よ来い」。例の安田成美が途中降板した奴 ね。それに阪神大震災をひっかけたのだろう。無論この阪神は「阪神タイガース」の 意味も込められている筈。地元を勇気づけるためにも阪神ガンバレ、という訳だ。しかし、案の定と言うべきか、この年の阪神の成績は46勝84敗、勝率.354。堂々の最下 位。これではセ・リーグの首位打者パウエルの打率(.355)にもかなわない。お粗末。
「しまった、と思うマルコであった。」
1995年(平成7年)2月6日(月)朝刊 AERA 2.13 No.7広告
 アエラ見出しに「どこにも新説などないナチガス室記事:マルコポーロあまりに軽 率な顛末」とある。文芸春秋の雑誌マルコポーロが、ナチガス室記事でユダヤ団体に 抗議をうけ、あっけなく廃刊にした事件と、「ちびマルコちゃん」をひっかけた惹句 。問題の記事はマルコポーロ2月号の「戦後世界史最大のタブー。ナチ「ガス室」は ソ連の捏造だった」という記事。これに対し、米国の代表的ユダヤ人団体「サイモン ・ウィゼンタール・センター」は栗山駐米大使に書簡を渡し、日本政府に公式に謝罪 を求めた。これに対し文芸春秋は1月30日、記事に「間違いがあった」として、あっ さりマルコポーロを2月号で廃刊してしまった。
「バレンタイン、心だけでも被災地へ。」
1995年(平成7年)2月12日(日)朝刊 AERA 2.20 No.8広告
 アエラ見出しに「震災ボランティア:君は神戸に行ったか」とあり。また、朝日新 聞1995/2/12朝刊25面の東京欄では 「義理チョコ手控え?百貨店では苦戦」とある。義理チョコを買うなら義援金にまわ そうという動きが世間であったらしい。
「ヘアを出し尽くして、テンメイを待つ。」
1995年(平成7年)2月20日(月)朝刊 AERA 2.27 No.10広告
 アエラ見出しに「典明ヌードで警視庁がきれた一線」とある。警視庁保安課は「ザ ・テンメイ」の総集編のわいせつ容疑で1/24に竹書房と加納典明さんを、2/2に配本 取次会社を一斉捜索した。結果、「ザ・テンメイ」は4月号から休刊になった。この 事件を踏まえて、アエラお得意の駄洒落ネタでまとめたのが上記の惹句。
「貴乃花、KYON2、いい愛はいい。」
1995年(平成7年)2月27日(月)朝刊 AERA 3.6 No.11広告
 2/21に貴乃花と河野景子さんとの婚約があきらかになった。また、2/22には小泉今 日子さんと永瀬正敏さんが結婚届を出した。というわけでこの惹句。果たして悪い愛 は悪いのか?
「東京、今日は、安全、でしょうか。」
1995年(平成7年)3月6日(月)朝刊 AERA 3.13 No.12広告
 アエラ見出しに「東京共同銀行設立の責任はうやむや:都議会談合で幕引きが始ま った」とあり。東京都内の東京協和信用組合と安全信用組合が経営に破綻をきたし、 その処理の為に「東京共同銀行」が設立されたのが1/13(営業を開始したのは、3/20 )。東京地検が、背任の疑いがあると内偵捜査に入った、という報道があったのが2/ 12。そして、3月に入って、山口敏夫氏周辺企業へ東京協和の高橋氏から不正融資が あったなどと大騒ぎになった。この渦中の信組の名称の駄洒落で、阪神大震災を機会 に東京も地震がきたら危ないのではないか、という不安を表現したのが、上記惹句。 しかし、3/20のサリン事件を思えば、やっぱり東京は安全じゃなかったんだな。
「円高、ええんだか、悪いんだか。」
1995年(平成7年)3月13日(月)朝刊 AERA 3.20 No.13広告
 アエラ見出しに「1ドル90円突破「日米欧」新通過ウォーズ」とあり。円高が話題 になっていた。3/20にサリン事件が起こるというのに、なんという駄洒落惹句であろ うか。嗚呼。
「知事選の相乗りは定員オーバーです。」
1995年(平成7年)3月20日(月)朝刊 AERA 3.27 No.15広告
 都知事選の選挙運動の時期。アエラ見出しに特に都知事選についての記述はない。 知事候補の一人、石原信雄氏への政党相乗りはすごかった。共産党と新進党を除く主 要政党(自民、社会、さきがけ、公明)がバックアップ。共産党は独自候補を立てた ものの、新進党は候補者をたてていない。なんとしょうもない選挙か、と思っていた ら蓋をあけると、あっけなく青島都知事が誕生した。  この惹句が載った3/20はサリン事件の当日なのだが、この時のアエラの表紙の写真 には中沢新一が登場している。なんの因果か。
「サリン、作らず持たず、持ち込ませず。」
1995年(平成7年)3月27日(月)朝刊 AERA 4.3 No.16広告
 今号のアエラは当然オウム特集。表紙に「サリンとオウム」と大きく書いてある。 惹句は、非核三原則の「核兵器、作らず持たず、持ち込ませず」をサリンに置き換え たもの。
「東三銀行は、倒産しません。」
1995年(平成7年)4月2日(日)朝刊 AERA 4.10 No.17広告
 アエラ見出しに「「東京三菱」世界最大銀行誕生の向こう側:三菱グループ隊列整 える野望」とあり。三菱銀行と東京銀行は4/3にそれぞれ取締役会を開いて合併を正 式決定し、覚え書きをかわした。「東京三菱銀行」で東三」と無理矢理略称をつくり、その上で「倒産」と洒落るとは、いつもながら素敵なアエラ風駄洒落攻撃である。
「パンパカパーン、お布施はいりません。」
1995年(平成7年)4月10日(月)朝刊 AERA 4.17 No.18広告
 統一地方選挙の開票が4/9にあった。注目の東京都知事には青島氏が当選、大阪府 知事には横山氏が当選した。それで、ノックさんのマンガトリオの有名なネタ「パン パカパーン、今週のハイライト」を使用したものと思われる。「お布施」云々は、あ いかわらずオウム報道が過熱していることを示す。このアエラ広告が載っている4/10 の朝日朝刊一面には、青島さんと横山さんの写真が大きく掲載されている。青島さん は「めざせ開かれた都政」と書いた色紙を持っている。今見ると、なんだかもの悲しいような....。
「オウムはしゃべる、言われた通りに。」
1995年(平成7年)4月17日(日)朝刊 AERA 4.24 No.19広告
 アエラ見出しに「「大臣」続々逮捕で見えた虚構の終末」とあり。またもオウムネタ。
「ショ、ショ、ショーコウ、アサハラ証拠。」
1995年(平成7年)4月24日(日)朝刊 AERA 5.1・8 No.20広告
 またまたオウムネタ。アエラ見出しに「麻原「インテリ殺し」説法マジック」とあ り。ちなみに、このアエラ広告の載った4/24の前日4/23にオウムの村井が刺殺された 。新聞はその記事で持ちきり。
「青山サンはシロかクロかまっ青か。」
1995年(平成7年)5月8日(月)朝刊 AERA 5.15 No.21広告
 引き続きオウムネタ。5/3に青山弁護士が逮捕された。アエラ見出しに「御曹司青山が夢見た「理想の共産社会」」とある。それで、この惹句ができたのであろう。「まっ青」の青に青山の青をかけているつもりらしい。
「逮捕は微罪のほうでお願いします。」
1995年(平成7年)5月15日(月)朝刊 AERA 5.22 No.22広告
 アエラ見出しに「もし司法試験に「微罪逮捕」が出たら」とある。オウム事件で、無灯火で自転車に乗った、などという微罪での逮捕者続出について話題になっていた頃である。これで5回連続オウムネタ。
「メロンがないと、しゃべれません。」
1995年(平成7年)5月22日(月)朝刊 AERA 5.29 No.24広告
 5/16、ついに麻原代表が逮捕された。それで、メロン好きな麻原のセリフとして考えられたのが上記惹句。
「私はグルだ、自衛隊員ともグルだ。」
1995年(平成7年)5月29日(月)朝刊 AERA 6.5 No.25広告
 現職・元自衛官がオウムの犯罪行為に加わっていたことが明るみに。島田助教授マンション爆破自作自演事件や、三菱重工業の研究所への侵入事件など。それで、グルで洒落てみたのが上記惹句。これで7回連続オウムネタ。
「小選挙区制も中止してくれんじゃろうか。」
1995年(平成7年)6月5日(月)朝刊 AERA 6.12 No.26広告
 ついに非オウムネタの登場。アエラ見出しに「都市博中止で目を覚ましたデモクラシー原理主義:善玉青島に悪役自民の打つ手なし」とある。5/31に青島知事は都議会にお世界都市博の中止を伝えた。また、選挙制度改革をうけて、次の衆議院候補の擁立も本格化してきた。特に労組の集票力にも陰りがみえてきた社会党では、候補者選びににも四苦八苦。それで、村山首相の口調で、都市博のついでに小選挙区制も中止してくれ、というのが上記惹句。
「上祐サン、不戦決議の記者会見を。」
1995年(平成7年)6月11日(日)朝刊 AERA 6.19 No.27広告
 復活、オウムネタ。「ああ言えば上祐」といってたのは3-4月ぐらいだったから、このころにはもう上祐はそれほど露出しなくなっていたはず。また、同時に国会では戦後50年国会決議で、自民党と社会党の綱引きが焦点となっていた。結局、自民党の力で社会党は不戦決議をあきらめた格好となった。この話題を上祐とひっかけたのが上記惹句。しかし、もう一つこの惹句の意味が分からない。国会決議の後、記者会見をするしないでもめたことでもあったのだろうか?
「国会も長野県警も遺憾、イカン。」
1995年(平成7年)6月19日(月)朝刊 AERA 6.26 No.28広告
 アエラ見出しに「なぜ「謝罪」でなく「遺憾」なのか:長野県警は河野さんにちゃんと謝れ」とある。6/12朝日夕刊15面によると、長野県警の町田巻雄刑事部長が「河野さんに対し、これまでの捜査協力に対する謝意と、その課程における心労に対し遺憾の意を表した」のだそうだ。国会のほうのこの頃の遺憾問題は二つあって、一つは戦後50年国会決議に関して。社会党の「過去のわが国の一時期の行為を深く反省し、遺憾の意をこめて、平和への決意を新たにする」という文言が採用されなかったこと。もう一つは水俣病患者への国からの遺憾の意表明問題。まあ、国会に関しては、個別の「遺憾」問題というよりも、全体的なゴタゴタについてアエラが遺憾の意を表明した、ととるほうがわかりやすいかも。
「スチュワーデス採用は武闘派優先。」
1995年(平成7年)6月26日(月)朝刊 AERA 7.3 No.29広告
   6/21、羽田発函館行の全日空857便ジャンボ機がオウムを名乗る男に乗っ取られた。「尊師を釈放しろ」などと要求した。結局、6/22早朝機動隊員らに取り押さえられた。犯人は休職中の銀行員。オウムとは無関係だった。それで、できたのが上記惹句。以前の亀井運輸大臣と航空各社のアルバイトスチュワーデス雇用問題での対決問題もかけてあるのだろう。
「野茂はいいけど、クルマはノーモア。」
1995年(平成7年)7月3日(月)朝刊 AERA 7.10 No.30広告
   アエラ見出しに「野茂が米野球に突き刺したフォーク」と、「自動車摩擦は3年後に再燃する」とあり。野茂はこの年、大リーグで大活躍。ドジャースの地区優勝に貢献した。また、この年アメリカ政府は「日本製高級車に100%の関税をかける」と発表したりと、自動車貿易に神経をとがらせた。この話題を得意の駄洒落で結びつけたのが上記惹句。
「松岡は日本一の伊達男、だって。」
1995年(平成7年)7月9日(日)朝刊 AERA 7.17 No.32広告
   アエラ見出しに、「松岡のおぼっちゃま苦節10年の栄光」とあり。この年のウィンブルドン選手権で、松岡と伊達が二人ともに8強まで進んだ。これで、二人の名前を洒落てつくったのが上記惹句。
「投票用紙に野茂と書いても無効です。」
1995年(平成7年)7月17日(月)朝刊 AERA 7.24 No.33広告
   7/23に参議院通常選挙があった。結果は「新進倍増、自社は不振」。今年1997年の都議会選挙の結果と比べれば、隔世の感がある選挙結果である。この選挙にオールスターに出場し相変わらず活躍を続ける野茂をからめたのが上記惹句。
「お願いだから、梅雨明け宣言。」
1995年(平成7年)7月24日(月)朝刊 AERA 7.31 No.34広告
   曇りや雨の日が続いた六月は東京や仙台で日照時間が観測史上最低を記録した。1994年の猛暑から一転、低温、多雨の冷夏となった。そんなこんなで、上記の惹句ができた次第。結局、7/24に気象庁は「中国地方から東北地方までが七月下旬の前半に梅雨明けしたとみられる」と極めて歯切れの悪い梅雨明け宣言をした。
「ワイン安売り実験なら賛成です。」
1995年(平成7年)7月31日(月)朝刊 AERA 8.7 No.35広告
   フランスのシラク大統領は6/13夜、九月から来年五月まで計8回の核実験を南太平洋で行うことを発表した。これをうけて世界的にフランスの核実験再開反対運動が起こった。特に話題になったのがフランス製ワインの不買運動。この不買運動と核実験をかけてできたのが上記惹句。
「戦争と戦争と戦争の20世紀でした。」
1995年(平成7年)8月7日(月)朝刊 AERA 8.14・21 No.37広告
   8/15でちょうど第二次大戦終結から50年になる。それで、こういった惹句をつくったのだろう。三つ戦争が数えられているが、これは第一次世界大戦、第二次世界大戦、冷戦の三つのことであろうか。
「ウソつきは、ポアの始まり。」
1995年(平成7年)8月21日(月)朝刊 AERA 8.28 No.38広告
   久しぶりのオウムネタ。坂本弁護士事件の捜査も核心部分に進んできている。ほかに重大ニュースもなかったのかこの惹句が掲載された。
「ウィンドウズは窓際族も使えますか。」
1995年(平成7年)8月28日(月)朝刊 AERA 8.28 No.39広告
   アエラ見出しに「ウィンドウズ95で巨人NECの運命」とある。この年の11/23午前零時にウィンドウズ95は発売された。上記惹句は「ウィンドウ」と「窓」の洒落。
「危ない銀行、オレたちひょうぎん族。」
1995年(平成7年)9月4日(月)朝刊 AERA 9.11 No.40広告
   アエラ見出しに、「兵庫銀行 木津信組破綻」とあり。8/30に大蔵省と日本銀行は兵庫銀行と木津信用組合について自主再建が困難と判断して破綻処理をすると発表した。8/31朝日新聞31面の見出しには取り付け騒ぎについて「窓口騒然、飛ぶ怒声」とある。この兵庫銀行の略称「ひょうぎん」に懐かしのTV番組「オレたちひょうきん族」をかけたもの。
「反核なんてシラクせえ、ですか。」
1995年(平成7年)9月11日(月)朝刊 AERA 9.18 No.42広告
   アエラ見出しに「日本はフランスと断交できないのか」と過激なことが書いてある。フランス政府は、南太平洋ムルロア環礁で地下核実験を日本時間の9/6早朝に行ったと発表した。世界的に、反核運動が盛り上がる。それでもって、できた惹句がこれ。「しゃらくせえ」とフランス大統領のシラク氏の洒落です。また、この年の春に「しゃらくせえ」の惹句で宣伝していた映画「写楽」が公開されているからそれともかけてあるのだろう。
「橋本、小泉の相殺選はいけません。」
1995年(平成7年)9月18日(月)朝刊 AERA 9.25 No.43広告
   アエラ見出しに「意外に健闘小泉純一郎氏が吠える:自民の少数派は国民の多数派だ」とあり。8/28、河野洋平氏が出馬しないと表明したことで一気に盛り下がってしまった自民党総裁選だが、いくらなんでも候補者が橋本龍太郎氏一人だけ、なんて場末の町長選挙みたいなわけにいかないので出てきたのが小泉さん。そんなんじゃ、総裁選じゃなくて相殺選だ、と噛みついたのが上記惹句。小泉さんは郵政3事業の民営化などを ブチあげ結構話題をまいたのであるが、投票率は55.23%と過去最低となった。結果は当然のことながら橋本さんが304対87で圧勝。
「コーヤクは、はがれるものです。」
1995年(平成7年)9月24日(日)朝刊 AERA 10.2 No.44広告
   アエラ見出しに「青島知事と都庁官僚「今は信じ合う仲」」、そしてアエラの表紙写真が青島都知事。もちろんコーヤクは公約にかけてある。
「一千百億円の穴があったら入りたい。」
1995年(平成7年)10月2日(月)朝刊 AERA 10.9 No.45広告
   アエラ見出しに「大和銀行が邦銀沈没の引き金ひいた」とあり。9/26午後、大和銀行ニューヨーク支店で、行員が帳簿外で米国債投資を長年続けて失敗、それをごまかすために同行の持つ有価証券を無断で売買し、合計11億ドル(約一千百億円)の損失を被ったと発表した。事件の報告のあまりの遅さに激怒した米金融当局は、大和銀行に対して1996年二月二日までに米国での業務を全面的に打ち切るよう命令した。ご愁傷さま。
「ああいえば調書、こういえば調書。」
1995年(平成7年)10月9日(月)朝刊 AERA 10.16 No.46広告
   アエラ見出しに「上祐「逮捕」と麻原「自供」でオウム捜査急転」とあり。10/7未明、上祐オウム緊急対策本部長が逮捕された。「ああいえば上祐」という言葉が流行ったほど、3-4月頃はテレビに出たおして、小憎たらしい団子理屈をこねていたものだ。この「ああいえば上祐」から派生したのがこの惹句。
「上祐サン、差し入れのマイクです。」
1995年(平成7年)10月16日(月)朝刊 AERA 10.23 No.47広告
   引き続き、上祐ネタ。特にひねりはない。読んで字の如し。
「宝くじより麻原傍聴券に当たりたい。」
1995年(平成7年)10月23日(月)朝刊 AERA 10.30 No.48広告
   いよいよ、10/26にグル麻原の初公判が開かれる(予定だった)。傍聴希望者は想像を絶する人数になることは確実。てなわけで生まれたのが上記惹句。
「グル麻原の解任を提案したい。」
1995年(平成7年)10月30日(月)朝刊 AERA 11.6 No.49広告
   初公判を翌日に控えた10/25、麻原被告はただ一人の弁護人だった横山昭二弁護士の解任届を東京地裁に提出した。このため、同地裁は、初公判期日を延期した。見事に背負い投げを食らわされた格好だ。というわけでアエラサイドは、「弁護人でなく、麻原自体を解任しろ」という、分かったような分からないような惹句で応酬することとしたわけだ。
「オウムの放し飼いは困ります。」
1995年(平成7年)11月6日(月)朝刊 AERA 11.13 No.50広告
   アエラ見出しに「オウム解散:まじめ信者が隣人に戻る恐怖」とあり。東京地検と東京都が宗教法人法に基づいてオウム真理教に対する解散命令を請求した裁判で、10/30午後、東京地裁は教団を解散する決定をして関係者に交付した。解散したはいいが、世間に野放しとなってしまえば、それはそれで恐い、というのでできたのが上記惹句。
「私が日米関係をモンデーる。」
1995年(平成7年)11月12日(日)朝刊 AERA 11.20 No.51広告
   アエラ見出しに、「モンデール駐日米大使独占インタビュー:日本にとって安保は有利な取引」とある。今号のアエラ表紙写真もそのモンデール氏。1993年に駐日大使となったモンデールさんであるが、自動車摩擦などいろいろもめた時期でもあり、大変な激務を抱えた日々だっただろう。そのモンデール氏に対して「モンデーる」と、こんな中途半端なオヤジ風駄洒落で応えるとは一体何事であるか。国辱ものである。即刻反省すべし。
「雪は降る、クリントンは来ない。」
1995年(平成7年)11月20日(月)朝刊 AERA 11.27 No.53広告
   米ホワイトハウスは15日夕方、声明を発表し、1996会計年度暫定予算をめぐって大統領と議会が対立し、ゴタゴタしているので19、20両日に予定していたクリントン大統領の訪日を中止することを明らかにした。ほら、アエラがモンデール氏のことを「モンデーる」なんて失礼なことを言うから大統領がへそを曲げちゃっただろうが。ちなみに、北日本では11/2朝、初雪が降った。
「防衛費、来年度は百億円の天引きじゃ。」
1995年(平成7年)11月27日(月)朝刊 AERA 12.4 No.54広告
   アエラ見出しに「自衛隊機誤射で分かった意外な事実」とあり。11/22午前8時30分ごろ、航空自衛隊のF15が石川県能登半島沖で、僚機にミサイルを見事に命中させ、撃墜した。11/23朝日朝刊35面によると、F15は一機ざっと百億円するそうで、それでできたのが上記惹句。
「毒グモより怖い、密航者トカレフ。」
1995年(平成7年)12月4日(月)朝刊 AERA 12.11 No.55広告
   アエラ見出しに「嫌われ者毒グモは防ぎようがない」とあり。11/23大阪市立自然史博物館は大阪府高石市で猛毒を持つセアカゴケグモを発見した、と発表した。船の積み荷から上陸した可能性が強い、という。これをきっかけに大阪南部で毒グモ騒動がもちあがった。いたるところ殺虫剤がまかれていたが、結局根絶できず、日本に居着いてしまったらしい。トカレフのほうは、というと、ソ連の崩壊以来、大量のトカレフの密輸がなされているらしく、銃犯罪というと決まってトカレフの名があがる。1994年10月の駅の改札での医師射殺事件でもトカレフが使われたし、1995年の9月の横浜の強盗じけんでもトカレフが使われている。確かに、日本でじゃセアカゴケグモによるよりもトカレフによる被害者のほうが多い。
「ああいえば上祐、こういえば山口。」
1995年(平成7年)12月10日(日)朝刊 AERA 12.18 No.56広告
   アエラ見出しに「山口元労相塀の内でもパフォーマンス」とあり。12/6、衆院本会議での逮捕許諾議決と東京地裁の逮捕状発付を受けて、元労相で代議士の山口敏夫容疑者を東京協和、安全の2信用組合の不正融資事件の共犯容疑で逮捕した。12/12朝日新聞夕刊15面によると、塀の中で「なぜ、あれが背任になるのか検事とやり合っている」「日本人には戦うエネルギーが欠如している。私が一人でこの中で戦うんだ」と怪気炎をあげているとのこと。
「ハルマゲドンがオウムを襲う。」
1995年(平成7年)12月18日(月)朝刊 AERA 12.25 No.57広告
   アエラ見出しに「破防法適用で絶滅作戦が急ピッチ」とある。12/14に法務省と公安調査庁がオウム真理教に対して破壊活動防止法の団体規制を適用する方針を固めた、と報道があり、にわかに破防法論議が盛り上がった。結局適用されなかったが。
「団塊世代はゲバラよりチェ・出腹。」
1995年(平成7年)12月25日(月)朝刊 AERA 1.1・8 No.1広告
   アエラの表紙写真が、キューバのカストロ。12/12夜、アジア諸国訪問の帰途、特別機で成田空港に到着した。今回が初来日。村山首相や、河野外相などと会談した。カストロ氏が来た、というのに本人でなくチェ・ゲバラを話題にしてしまうという失礼なところがアエラらしい。今回の惹句はもう、絵に描いたようなアエラ駄洒落。1994年・1月17日(月)の、AERA 1.24 No.3広告惹句「男性記者は中年バラに泣いています。」に引き続いての「腹洒落」。

I.R. & R.P.(a) Mail: s-muraka@mail.t3.rim.or.jp


Back to Aera Phrase Contents