AERA惹句大全集
1999年版



「俺ならガシュンと言ってやるね、賀春。」
1999年(平成11年)1月4日(月)朝刊 AERA 1.11号 広告
サントリーの缶コーヒーBOSSのCMから。確か1998年の秋ごろにオンエアされていたと思うが、こんな内容だった。
居酒屋の中年サラリーマン風の男。飲みの席で、日米交渉か何かの話に熱中の御様子。調子にのった彼は、「俺ならガツンと言ってやるね、ガツンと」とクダを巻いたその瞬間、アメリカのクリントン大統領との会談の席にトリップ。大統領から「君の率直な意見を聞こうじゃないか、ガツンと言ってくれ」と言われて、Bossをゴクリと飲む。
で、このCMが大流行り。早速借用して作った新年早々の惹句がこれ。ガツンとガシュンが洒落になっている。「賀春と言われたくないシチュエーション」というのが、まずもって想像できないのだが、一体どういう事態なのだろうか。旧正月に固執し、新正月を忌み嫌う香港人に、1月1日に嫌がらせを言うことぐらいしか思いつかないが。それとて、向こうがイヤミと取ってくれるかどうかも分からないけれども。
「日銀の待遇は○か×か、マルサ。」
1999年(平成11年)1月11日(月)朝刊 AERA 1.18号 広告
 アエラ広告の見出しに「「日銀たたき」仕掛けた大蔵の深謀」とあり。1999年1月1日の朝日新聞一面によると、東京国税局が1998年12月から、日本銀行に対し本格的な税務調査に乗り出したとのこと。1998年の接待汚職事件が報ぜられてから、職員数の水増しやヤミ給与疑惑、さらにはやたらに豪華な社宅や、幹部職員名義のゴルフ会員権など、日本銀行についていろいろな不透明な部分が明らかになってきていた。しかしこの税務調査では、豪華社宅への課税などは見送られ、2500万円の源泉所得税の徴収漏れのみ公表。この状況下でできた惹句がこれ。国税局査察官を指す「マルサ」と「○さ」をかけたもの。この時は、報道各社が、日銀社宅付近の不動産屋に頼んで土地の相場価格などをネチネチ調べてらっしゃいましたが、まあ社宅なんでクビになりゃオン出されるんだし、私腹を肥やすわけじゃないんだからそんなに言わなくても。それよりも、政策の不具合で攻めるほうがスジなのでは?景気が上向くなら、少々豪華な社宅をあてがったってよろしいがな。いや、上向いてないんですけれどもね(アカンがな)。
「ジョーダンも通じなくなったのか。」
1999年(平成11年)1月18日(月)朝刊 AERA 1.25号 広告
 アエラ広告の見出しに「ジョーダンが陥った優等生の燃えつき」とあり。引退がささやかれていたNBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンが1月13日正式に引退の記者会見を開いた。引退の理由を聞かれた時の答えは「精神的に疲れた。チャレンジ精神がなくなった。」この年、彼は35歳。このトシまでバリバリに活躍していたのだから、「優等生の燃えつき」という言い方はいかがなもんかと。この言い方だと、「優等生でなければもっと活躍できた」というふうにとれるが、それは無い物ねだりというべきだろう。惹句は、「ジョーダン」と「冗談」のよくある洒落。「マ、イケルとこまでやりました」ってのは如何。
「五輪は参加することに異議がある。」
1999年(平成11年)1月25日(月)朝刊 AERA 2.1号 広告
 アエラ広告の見出しには特に言及はないが、この時、五輪招致を巡る買収疑惑が世上を賑わせていた。疑惑の対象となったのが、ソルトレーク、シドニー、それに長野。前の二つは、内部調査や、マスコミによる調査などで、実状がかなり明るみに出たが、日本では、会計帳簿の素早い焼却(1992年)等、見事な工作で実状は不透明なまま。1999年1月15日の朝日新聞朝刊一面に、五輪招致委員会の事務局次長だった山口純一氏の言葉が載っている。
「帳簿には秘密の内容も含まれており、一般に公開できる性質のものではない。帳簿が散逸して国際オリンピック委員会委員のだれと、どこで飲み食いしたという情報が断片的にでるよりは、燃やした方がいいと判断した。」と説明している。
とのこと。ええっと、この説明って、「マズいことが書いてあるので、燃やした」ってこと?これは説明というより、自白では?「口を割られると、ヤバい情報が外に広まるので口封じに殺した」と殺人者が言ってるのと同じような気がするのだが。惹句は、「意義」と「異議」をかけたという、苔むした洒落。
「若っ貴、千代大海の強さ。」
1999年(平成11年)2月1日(月)朝刊 AERA 2.8号 広告
 アエラ広告の見出しに「闘魂千代大海で幕開け二子山凋落劇」とあり。1999年1月24日、初場所千秋楽で千代大海が優勝決定戦で若乃花を破り、優勝した。この結果、千代大海は大関に昇進した。1998年秋のあたりから、兄弟横綱の不仲が伝えられるなど、二子山部屋を巡って反感とも言える悪い雰囲気が次第に醸成されてきていた。そこにきて、元ヤンキーのヤンチャ大関が誕生したものだから、脚光浴びまくり。かたや、相撲界のサラブレット、かたや元不良の金髪ツッパリというのだから、とにもかくにも分かりやすいコントラスト。毛並みの良さへの一抹の妬みも手伝ってか、一気に世間の好感を集めた千代大海なのであった。で、作られたのが上記惹句。「分かったか」と若乃花の「若」貴乃花の「貴」をかけたもの。
「青島だぁ、ア、オシマいだぁ。」
1999年(平成11年)2月8日(月)朝刊 AERA 2.15号 広告
 アエラ広告の見出しに「「青島不出馬」なぜ読み違えたか」とあり。1999年2月1日に青島幸男氏は記者会見を開き、4月の都知事選に立候補しないことを表明した。1995年4月の選挙で、自民、社会、さきがけ、公明の幾重もの相乗りで膨れ上がった石原信雄氏を、「無党派層」という錦の御旗で撃破した青島氏だったが、都市博を中止した以外はこれといって話題になる事をするでもなく自ら身を引いていった。上記惹句は、「青島」と「あ、おしまいだ」の洒落。
「離党で行くならハトヤマ?」
1999年(平成11年)2月14日(日)朝刊 AERA 2.22号 広告
 アエラ広告の見出しに「鳩山家がケネディ家になる日」とあり。これも都知事選関係。1999年2月9日、当時の民主党の副代表 鳩山邦夫氏が記者会見を開き、民主党を離党し無所属で都知事選に立候補することを表明した。この状況でできたのが上記惹句。伊東の観光ホテル「ハトヤ」のCMソングをもとに、「伊東」と「離党」、「ハトヤ」と「鳩山」をかけたもの。このCMソングは、確か野坂昭如氏が作ったものだと思うのだが、野坂氏の了承はとったのだろうか。
「また候補者選びにトチリ選。」
1999年(平成11年)2月22日(月)朝刊 AERA 3.1号 広告
 アエラ広告の見出しに「都知事選迷走 自民「東京砂漠」に根を張れない」とあり。3週連続で都知事選関係。自民党は、都知事選候補として、元国連事務次長の明石康氏、元外相の柿沢弘治氏、元労働事務次官の松原亘子氏の内、一人に絞り込もうとしたが、結局失敗して、明石氏と柿沢氏が出馬してしまった。振り返れば、1991年では、小沢一郎氏の腕力で現職の鈴木都知事をきって元NHKの磯村氏を推したはよかったが、鈴木氏に見事な返り討ちを食らったり、1994年の選挙では、自民、社会、さきがけ、公明と相乗りで盤石の態勢で望んだ筈なのに伏兵青島に寝首をかかれたりとズタボロな自民党であった。この年も期待に違わず、元の身内、慎太郎の下克上にしてやられるというドラマを見せ付けてくれた。惹句は「都知事」と「トチリ」の洒落。
「春の足オトタケが聞こえます。」
1999年(平成11年)3月1日(月)朝刊 AERA 3.8号 広告
 アエラ表紙が乙武洋匡氏。乙武氏の著書、1998年10月発行の「五体不満足」は、450万部を越える大ベストセラーとなった。この本については、今更語るまでもないだろう。「障害を乗り越えて」という言い方をすると本人も嫌がるだろうが、とにかく同じ事をするにも「五体満足」な人間がするよりも大変なのは確かで、日々の苦労を乗り越えて生きる姿には頭が下がる。ただ、彼が障害者のスタンダードになってしまうとまずいんじゃないだろうか。本人は、「僕は障害者全体を代表しているんじゃない」という旨の発言をしているようだから、そこらへんは自覚しているのだろうが、これだけ本が売れ、話題になるとそう思ってしまう人間も多いのでは。呉智英さんが「慈善は悪いことじゃない」と書いておられた(確か『馬鹿につける薬』でだったと思う。今、手元にその本がないので確かでない)が、障害者も皆が皆強い人たちばかりじゃないだろうと思うし、「慈善にすがって生きる」という生き方も必ずしも否定されるべきではないのではないか。とにかく、外からの「自立の押しつけ」は避けるべきように思う。逆の「慈善の押しつけ」もイカンだろうが。
「だんごセンキョーだい、都知事選。」
1999年(平成11年)3月8日(月)朝刊 AERA 3.15号 広告
 一週おいて、またも都知事選関係。3月7日には、野末陳平氏が何故か急に出馬を取止めるなど、波乱含みの展開に。アエラの広告の見出しには特に記述はないが、この時「だんご三兄弟」が大ヒットしていた。 選挙をめぐる騒動と「だんご三兄弟」をかけたのが上記惹句。NHK教育テレビ「おかあさんといっしょ」で「1月の歌」として放送されていた「だんご3兄弟」が、視聴者からの度重なるCD発売要請によって、3月3日に発売された。これがバカウレ。オリコンの調査によれば、1999年シングル売り上げ堂々の一位。しかし、猛烈な勢いで流行ったが、同じくらい猛烈な勢いで下火になってしまった。子供相手の商売はこれだからコワイ。2000年5月現在でまだ残されている「だんご三兄弟」関連ページを記録しておこう。

ポニーキャニオンのページ
http://www.ponycanyon.co.jp/dango/

NINTENDO64でだんご3兄弟を演奏してみよう
http://member.nifty.ne.jp/mio/64z/d3/index.html

「だんご3兄弟」を応援するページ−OOO−だんごさんきょうだいすと−OOO−
http://member.nifty.ne.jp/Ss/
「管理人の体調不良のためリニューアルがはかどらず,以上の情報しか提供できないことをおわびします。」と書いてあるのが哀しい。

だんご三兄弟 掲示板
http://www.geocities.co.jp/Broadway-Guitar/4901/

このページに当時の関連グッズの紹介がある。エリエールのだんご三兄弟バージョンってのがあったんですな。

最後に、うちのサイトから。「だんご三兄弟」と「別れても好きな人」の類似点を探ったページはこちら。

「知事になりタイヨウの季節。」
1999年(平成11年)3月14日(日)朝刊 AERA 3.22号 広告
 アエラ広告の見出しに「石原慎太郎 都知事選「真打ち」の演出」とあり。さらに連続して都知事選ネタ。3月10日、混迷の様相を呈する都知事選に石原慎太郎氏が立候補を表明。散々他候補の動きを見た上での出馬は、引き付けに引き付けたボールをひっぱたく全盛期の掛布のバッティングのような戦術で、他候補も警戒警報発令。しかし、結果は石原氏の勝利。他候補は見事に轟沈させられた。しかし、明石さんは悔しかったろうな。上記は惹句は、石原氏の出世作「太陽の季節」と「知事になりたいよう」の洒落。
「どうなルノー、日産。」
1999年(平成11年)3月22日(月)朝刊 AERA 3.29号 広告
 アエラ広告の見出しに「日産・ルノー「銀座・パリ弱者連合」の成算」とあり。業績不振にあえぐ日産。いろいろなところと連合をくむ噂が流れていたが、ついにルノーと手を組むことになった。3月16日(フランス現地時間)にルノーが「日産自動車の株式の35%を取得して、提携交渉を日産に申し入れる」と正式発表。しかし、日産はこの時点で二兆五千億の有利子負債を抱えていたというから、ルノーにとっても大バクチだ。上記惹句は、社名「ルノー」と「どうなるの」の洒落。


誰か助けて欲シルビア ニッサンするのはパッカード
骨の髄までシボレーて あとで肘鉄クラウンさ
ジャガジャガ借りルノー フォドフォドに 
ここらで止めても いいコロナ
「桜咲く、NY市場も さいたかね。」
1999年(平成11年)3月29日(月)朝刊 AERA 4.5号 広告
 アエラ広告の見出しにには特に記述は無いが、この時、ニューヨークの株式市場の好調ぶりが話題となっていた。3月29日は終値で初の一万ドル突破。上記惹句は「最高値」と「咲いたかね?」のしゃれ。かたや当時の東証の平均株価は16,039円也。まだまだ喘ぎつづける我が国の経済状況なのであった。
「のーもァ・リストラ!」
1999年(平成11年)4月4日(日)朝刊 AERA 4.12号 広告
 アエラ広告の見出しに「リストラ断末魔 メッツ野茂の放出に見る米国流冷血」とあり。1999年3月26日、米大リーグのメッツは野茂英雄投手の解雇を決めた。自由契約となった野茂は、カブスとマイナーリーグ契約をしたが、4月23日になって球団が解雇、結局ミルウォーキー・ブルワーズと契約を決めたのが4月29日だった。上記惹句は、「野茂」の「ノーモア」をひっかけたもの。しかし、腕一本で渡り歩いているプロ選手に、リストラサラリーマンの悲哀を無理矢理あてはめるのは違和感があるなぁ。野球によせる日本的な物語としては常道なんだろうけれども。
「マッサカの155キロ。」
1999年(平成11年)4月12日(月)朝刊 AERA 4.19号 広告
 アエラ広告の見出しに「西武・松坂デビュー 怪物伝説の始まり」とあり。横浜高校でならした松阪大輔投手が、4月7日に公式戦初登板した。結果は、日本ハム相手に8回132球を投げ、5安打2失点9奪三振の好投。翌日、なんと軒並み一般紙の一面を彼の姿が飾った。予告先発だったため、東京ドームは超満員満員。日ごろから苦しい球団経営の心労の為か、松阪の二番目の対戦相手と目される近鉄の球団社長藤井賢三氏は、4月12日ついこんなことを口走っている。
「今後のことを考えても松阪くんを打ちのめさない方がいいかもしれない。めった打ちして、次回の対戦を回避されたら・・・・」(朝日新聞1999年4月14日朝刊24面)
この失言のため藤井社長は、日本野球機構とパ・リーグから口頭で注意を受けたという。藤井社長の言い付けが聞いたかどうかは知らないが、近鉄は14日の対戦で2点しかとらなかったものの、西武側が得点が取れずに近鉄の勝利。藤井社長の心中はいかに。
「検察の活力?「うわきの真相」。」
1999年(平成11年)4月19日(月)朝刊 AERA 4.26号 広告
 アエラ広告の見出しに「検事長辞任 「噂の真相」星霜20年以外な深層」とあり。4月9日発売の「噂の真相」に東京高検検事長の則定衛の女性問題が掲載されるというので、検察庁もマスコミ関係者も大騒ぎ。則定氏のお相手は元銀座の高級クラブのホステスで、公費を使って同伴出張をしていた疑いありとのこと。結局、自ら辞表を出して幕ひき。一応内部調査は行われたが、いつもの内部調査の伝で、公費での同伴など職務上の不都合はなかったことになってしまった。で、さらにこの問題を面白くしたのが、則定氏に対する内部調査を担当した最高検の堀口勝正次席検事の発言。12日、複数の報道陣の前で、
「『自分だって浮気をしたことがある』という検事のコメントが(朝日新聞に)載ったが、そうしたことが現場の活力になっている」(朝日新聞1999年4月14日朝刊31面)
と、浮気擁護ともとれる発言をしてしまったからさあ大変。女性国会議員からは抗議されるは、それに対して法相が陳謝するはでまた一悶着。それでできたのが上記惹句。スキャンダルが掲載された「噂の真相」の「噂」と「うわき」の洒落。「検察の活力」というのは、上記の堀口氏の発言の「現場の活力」から。公費で女連れ旅行なんてのは問題外だが、もし独身だったら単なる女遊びだったら許されるだろうに。むしろ「検察官は結婚するな」とか、「検察官は全員宦官化」っていう方針でいかれてはどうかと。
「仕事バカも休み・休み・家。」
1999年(平成11年)4月26日(月)朝刊 AERA 5.3・10号 広告
 アエラ広告の見出しに「会社で「オヤジ」と呼ばれる恐怖 宇多田ヒカル知ってる程度じゃダメ。人前で楊枝使うな」とあり。ゴールデンウィークをひかえて合併号を出して一号休む言い訳か、「休め休め」の大合唱。上記惹句は「馬鹿も休み休み言え」からひねりだしたもの。「仕事バカ」も「オヤジ」もメディアで過剰に喧伝されているために、必要以上に嫌われているレッテルのように思えるのだが、この手のレッテルって、貼られることを恐れすぎると余計にカッコ悪くなってしまうので、気にしすぎない事が肝要かと。「宇多田ヒカル知ってる程度じゃダメ。」なんて言ってるけど、下手に知ってるより知らないほうが潔い筈。カラオケで、宇多田の歌が出たら、すかさず高田みづえの歌を歌ってやりましょう。
「アメリカが糸引くNATO。」
1999年(平成11年)5月17日(月)朝刊 AERA 5.24号 広告
 アエラ広告の見出しに「江沢民が手にした「誤爆」カード」とあり。ユーゴスラビア連邦セルビア共和国のコソボ自治州紛争に対して、NATOは1999年3月25日にユーゴに対する空爆を始めた。この空爆は結局6月10日まで続いた。この空爆の最中の5月7日、ベオグラード西部にある中国大使館をNATO軍が誤爆、2人が死亡20人が負傷した。国内にチベットなどの民族紛争を抱える中国は、もともとコソボ紛争にNATO軍などの他国の軍隊が関与することには反対だったのだが、この誤爆事件以来、反空爆の外交攻勢に出た。上記惹句は、「納豆」と「NATO」の洒落から出来たもの。しかしNATOってアメリカは正式な構成国だから、糸引くも何もないと思うのだが。
「石原さん、役人にヒトツバシっと言って。」
1999年(平成11年)5月24日(月)朝刊 AERA 5.31号 広告
 アエラ広告の見出しに「石原都知事の母校 一橋大の大はしゃぎ」とあり。4月11日の都知事選挙で、石原慎太郎氏が自民、民主の候補らを破って初当選。ちなみに主な候補の得票数をあげておくと、

石原慎太郎 1,664,558
鳩山邦夫 851,130
舛添要一 836,104
明石康 690,308
三上満 661,881
柿沢弘治 632,054
ドクター・中松 100,123
  ・
  ・
羽柴誠三秀吉 2,894

お約束の羽柴氏もしっかり立候補。またドクトル中松氏の健闘も光っているといえよう。
 当選1ヶ月たった5月12日には、一橋大学の同窓会「如水会」による「都知事就任を祝う会」なども開かれ、石原氏は開口一番、「総理にはなり損ないました」などと挨拶している。この会には、奥田トヨタ自動車社長や石一橋大学学長も出席し挨拶していたという。一橋閥大いに獅子吼す、といったところか。上記惹句は「一橋」と「一つバシッ」の洒落。
「強いでぇ、ヘンシン・タイガース。」
1999年(平成11年)5月31日(月)朝刊 AERA 6.7号 広告
 アエラ広告の見出しに「野村阪神「ダメな人」で勝つ」とあり。三年契約で就任した阪神タイガースの監督としての初シーズンは、上々の滑り出し。5月24日には、貯金7で首位中日に0.5ゲーム差まで詰め寄った。しかし.....最終的には、135試合55勝80敗勝率.407堂々の最下位。指定席だった。合掌。上記惹句は「変身」と「阪神」の洒落。うーむ、変身も長くはもたなかったか。
「当局は、盗聴ちょっと許可局。」
1999年(平成11年)6月7日(日)朝刊 AERA 6.14号 広告
 アエラ広告の見出しに「頭にしみ通る講座 警察はこうやって盗聴する」とあり。「盗聴法」という源氏名のつけられた「通信傍受法案」を含む「組織的犯罪対策三法案」が5月28日衆院法務委員会で可決された。「三法案」といいながら「盗聴法」以外はほとんど話題にならなかったが、三つを列記してみる。

  1. 裁判所の令状に基づき捜査機関による電話、ファクス、電子メールなどの傍受を合法化する通信傍受法案

  2. 犯罪収益の洗浄行為(マネーロンダリング)などの規制を強化する組織的犯罪処罰法案

  3. 刑事裁判の証人を暴力団などから保護する刑事訴訟法改正案
まあ、「盗聴」に関しては一般にも関わるところ大なので一番話題になったのも肯けるところではある。個人的には、「共産党盗聴事件」みたいに、今までは陰でこそこそやってんだろうから、むしろ法律で歯止めをかけたほうがいいんじゃないかと思っているのだが、この認識は甘いのかなぁ。上記惹句は、早口言葉「東京特許許可局」の洒落。
「セルビア、アルバニア、融合スラビア。」
1999年(平成11年)6月13日(日)朝刊 AERA 6.21号 広告
 アエラ広告の見出しに「ユーゴがわかる 「コソボ紛争」勝ったのは誰だ セルビア叩きでクロアチア高笑い ドイツ参戦で日本「左翼」の袋小路」とあり。長く続いたコソボ紛争も6月10日から、ユーゴ軍の撤退、NATOによる空爆の停止で一応の停戦をみた。「エスニッククレンジング」といい、それに対するに「空爆」しか手段がとれなかったことといい、ドイツ統合の時点を頂点とする「冷戦後の夢」を完膚なきまでに叩きのめした紛争だったといえる。とくにアメリカに関しては「唯一の超大国戦略」に陰りが見えた点は重大。イラクとの対峙の際には、アメリカは地上軍を派遣し完勝、この為「パックスアメリカーナ」の完遂だ、世界の警察官たるアメリカだ、と意気軒昂だったものだが、このコソボでは「空爆一本槍」。おそらく「アメリカ兵の血を流せば国内がもたない」という事情があったのだろうが、地上での軍展開があり得ないことが露呈されてしまった以上、米軍単独での「世界の警察官」活動は不可能であることは明かだ。いよいよ19世紀の欧州風な百鬼夜行の国際情勢に突入といった様子。さて我が日本はどのように立ち向かうのか。上記惹句は「ユーゴスラビア」と「融合」の洒落。

しかし、AERAの見出しで「ドイツ参戦で日本「左翼」の袋小路」って、完全に「ひとごと」ですね。
「金銀銅より輝く、すずの復活。」
1999年(平成11年)6月21日(月)朝刊 AERA 6.28号 広告
 アエラ広告の見出しに「劇的復活千葉すずのウロコ水着」とあり。6月10日、東京辰巳国際水泳場で日本選手権が開幕。千葉すずは、女子200メートル自由形の準決勝で1分58秒78の日本新をマーク、続く13日の女子100メートル自由形では、昨年の世界選手権2位に相当する54秒99で3年ぶり6度目の優勝。1996年のアトランタ五輪では、プレッシャーの中予選落ち。それを乗り越えての復調だったので、世間もかなりの好感をもって迎えていたのだった。きっと、長野オリンピックでのジャンプの原田選手の復活のようなものを期待していたのだろう。それなのに、ああそれなのに、水連は、見事にオリンピックの代表選考で彼女をはずしてしまった。その顛末については、来年の惹句できっと触れることになるだろう。上記惹句は、メダルの「金銀銅」と千葉「スズ」の名をかけたもの。
「電話聞かれるトー チョーむかつくー。」
1999年(平成11年)6月28日(月)朝刊 AERA 7.5号 広告
 アエラ広告の見出しに「NTT労組悩む 盗聴法の「落し穴」」とあり。再び盗聴法案について。世間で騒がれているほどには「盗聴法」には警戒しておらず、また逆に組織犯罪対抗に強力な手段となるといった期待もそれほどないので、賛否どちらの立場からも、あんまり書くことが無くて困ってしまうのだが....。この盗聴法では電話だけではなく、電子メールも傍受するとのことだが、暗号化したメールを見るなんてのはかなり難しいと思うのだがどうなのだろうか。傍受の対象となる犯罪は、1.組織的殺人、2.集団密航、3.薬物犯罪、4.銃器犯罪の4つに限定されているのだが、この手の犯罪者はメールの暗号化なんてことは当然やってくると思うのだが。現にオウムでも、押収したフロッピーやMOは暗号化してあったようだし。そういう意味で、組織犯罪対策の強力な手段となりうるかどうかは疑問が残る。盗聴法一色で他の二案が忘れられている「組織的犯罪対策三法案」であるが、その中で、「刑事裁判の証人を暴力団などから保護する刑事訴訟法改正案」が気になる。アメリカで、マフィア犯罪の証人が名前も戸籍も変えて顔の知られていない離れた土地に警察の護衛下に暮らすという例があるようだが、日本でもそういうことが行われることになるのだろうか。上記惹句は、「盗聴」と「トー チョー」の洒落。
「主計局長、ジカン切れ退任ですね。」
1999年(平成11年)7月5日(月)朝刊 AERA 7.12号 広告
 アエラ広告の見出しに「大蔵次官 54年ぶり東大経卒の評判」とあり。1999年6月27日、宮沢喜一蔵相は、田波耕治事務次官の退任、薄井信明国税庁長官をその後任にあてる人事異動を内定した。これに伴い、事務次官の有力な候補の一人だった涌井洋治主計局長は退任、主計局長が事務次官にならずに退任するのは1974年以来で、異例のことだという。1999年の7月の時期には、大蔵省内で涌井主計局長も含めて不明朗な事件が次々に明らかになっており、その余波でAERAの言うところの「ジカン切れ退任」が起こったのである。世の中には、何故そうなるかよく分からない上に、ほとんどの人にとって興味をひかない暗黙のルールというのがあって、「大蔵省の主計局長は大蔵省の事務次官になる」というのもそういう類のものであろう。これが、「大蔵省の事務次官は、ダライ・ラマのように現職の担当者が死んだ瞬間に生まれた新生児を次に据える」などという思い切ったものならば興味も呼ぶのだろうけれども。まあ、単に世間の興味を引くだけでメリットは無いだろうけれども。上記惹句は、「時間」と「次官」の洒落。
「八百というのは嘘で、六百号です。」
1999年(平成11年)7月11日(日)朝刊 AERA 7.19号 広告
 アエラ表紙に「創刊600号記念」とあり。「嘘八百」の成句の洒落。よく意味が分からない惹句だが、創刊800号の時には一体何を言うのだろうか。
「あれはTBSだっけ、「チカンですよ」。」
1999年(平成11年)7月19日(月)朝刊 AERA 7.26号 広告
 アエラ広告の見出しに「TBS局長逮捕 「痴漢突き出せ」女の常識」とあり。 TBSの岡田之夫報道制作局長(52)が、帰宅途中の電車内で女性に触ったとして、東京都迷惑防止条例違反の疑いで警視庁戸塚署に逮捕された。岡田局長は1999年7月2日午後11時ごろ、帰宅途中のJR山手線の電車内で、乗客の女性(19)の体に触ったのだという。女性が岡田局長を捕まえて、高田馬場駅前交番に突き出した。岡田局長は当時、酒に酔っていたらしい。すぐ釈放されたが、7月7日の七夕の日をもって依願退職となった。岡田局長は1969年に入社。社会部記者や北京支局長を経て、1996年9月から1999年6月までニュース番組「筑紫哲也NEWS23」の担当部長。1999年6月11日から報道制作局長に出世。TBSでは「今回の事態は痛恨の極みであり、極めて深刻に受け止めている」とのコメントを発表。 「筑紫哲也NEWS23」を降りてすぐ事件を起こしているところを見ると、担当していたころは蓄積されることのなかった性的欲求が、番組降板したために満たされなくなって痴漢してしまったかのように見える。「筑紫哲也NEWS23」ってそんなにセクシーな番組だったのか。
「にっちもサッチーもいかない問題。」
1999年(平成11年)7月26日(月)朝刊 AERA 8.2号 広告
 アエラ広告の見出しには特に記述はないが、この頃ワイドショーで野村vs浅香の対決が盛り上がっていた。きっかけは三月末、かつて舞台で共演した浅香光代が、野村沙知代の言動を批判したこと。これを襲撃のノロシとばかりに、周囲の芸能人が一斉にサッチー批判を開始。各局ワイドショーは「疑惑の究明」を大義名分に会見に応じない野村さんの講演会に突撃取材したり。面白半分のシロウトの意見を撮り、番組の都合のよいように編集してコメンテーターのしゃべりのネタにしたりと、もう煽ること煽ること。死肉にたかるナントカという感じ。ついに浅香光代さんが野村沙知代さんに公職選挙法違反(虚偽事項の公表)の疑いがあるとして東京地検に告発状を出した時点で騒ぎは絶頂に。だが、この告発はなんだかうやむやのウチに終わってしまった。一説には、検察が「立件できない」と受理しなかったということだが、別の噂では、浅香側が取り下げたという話もある。真偽の程は定かでない。エラリー・クインばりに、「実は浅香光代と野村沙知代は同一人物だった」等というオチがつけないかなぁと期待していたのだが、そうはいかなかったようだ。当たり前か。上記惹句は、「にっちもさっちも」の「さっち」と野村沙知代のあだ名「サッチー」の洒落。
「金ちゃんのテポドーンと・・・いってはダメ。」
1999年(平成11年)8月2日(月)朝刊 AERA 8.9号 広告
 アエラ広告の見出しに「テポドン日本上空の危機 八月にも発射予定。全長32メートルどこに落ちる」とあり。このころ、アメリカの偵察衛星からの情報として、北朝鮮でミサイル基地の拡充工事が盛んに行われているらしいという報道がなされていた。結局この時は、ミサイル発射はなされなかったが、この揺さぶりはまんまとKEDOへの資金投入促進に利用された。上記惹句は往年の人気番組「欽ちゃんのドーンといってみよう」と金正日総書記との洒落。周辺各国から見ると、「金ちゃんのどこまでやるの?」って感じだが。いっその事、かの国の勲章も「金ドン賞」なんかに改称していただければ、少しは柔和に見えるんじゃないだろうか。
「政権1年、ケーゾークンは力なり。」
1999年(平成11年)8月9日(月)朝刊 AERA 8.16・23日合併増大号 広告
 アエラ広告の見出しに「小渕恵三と日本人・「凡人」を「なんとなく」支持している国民の危うさ」とあり。各報道機関で一斉に首相の支持率の世論調査が行われていたが、軒並み高支持率を獲得。朝日新聞の6月下旬の調査(1999年6月30日朝刊2面)によると、小渕恵三内閣の支持率は49%で内閣発足以来の最高を記録。不支持率は30%で最低となった。支持理由では「なんとなく」が最多、内閣のよいと思うところも「とくにない」が半数近くを占めていた。この状況下でできた惹句がこれ。「継続は力なり」と小渕首相の名前「恵三」の洒落。小渕さんの次の首相は「非凡」だよなぁ、いいか悪いか別にして。「凡人」を「なんとなく」支持するほうが、「非凡人」を無理矢理押しつけられるよりマシなんでは.......。
「残暑は小粒でもヒリヒリ暑い。」
1999年(平成11年)8月23日(月)朝刊 AERA 8.30号 広告
 アエラ広告の見出しには特に記述なし。この年は太平洋高気圧が北に偏り、西への張り出しが弱かったため、北日本と東日本では晴れて暑い日が続く一方、西日本では曇りや雨の日が多かった。東京都心では最低気温が25度以上になる熱帯夜が18日間も続き、残暑も厳しかった。また、局地的な雷雨や豪雨が目立ち、神奈川県などで大勢のキャンプ客が川に流された8月14日の集中豪雨では関東各地で100ミリに達した。上記惹句は「山椒は小粒でピリリと辛い」と「残暑」「ヒリヒリ」の洒落。

 夏の暑さをネタにしたアエラ惹句は他にも『1994年(平成6年)8月22日(月)朝刊 AERA 8.29 No.34広告』の「まだまだ暑いが、エンヤコラ。」と、『1997年(平成9年)7月13日(日)朝刊 AERA 7.21 No.30広告』の「猛暑っとで夏本番」なんてのがある。惹句を作る人は暑がりなのだろうか。はたまた、ニュースの夏枯れで作らざるを得なくなるのか。
「富士からー移るんです、再編の焦点。」
1999年(平成11年)8月30日(月)朝刊 AERA 9.6号 広告
 アエラ広告の見出しに「金融激変 興銀・富士・一勧 4つの不安」とあり。第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の大手銀行三行の合併が8月20日に発表になった。合併すれば、資産140兆円の世界最大の銀行が誕生することになる。富士銀行の合併が決まり、さて次の再編の目玉はどこだ?という状況の中で出来たのが上記惹句。「フジカラー写るんデス」と富士銀行の洒落。「焦点」という言葉は「写るんデス」の縁語。この後、10月には住友銀行とさくら銀行の合併が発表された。まだまだバブルの膿は残っているようで、業界全体の青息吐息はまだ治まらない様子。
「菅カンガクガクっと人気ダウン。」
1999年(平成11年)9月6日(月)朝刊 AERA 9.13号 広告
 アエラ広告の見出しには特に記述なし。1998年の秋に不倫問題が報じられて以来、人気下降気味だった菅氏。民主党の代表選挙(9月25日)を鳩山由紀夫、横路孝弘と争ったが、菅氏は第一回投票で善戦したものの決選投票で鳩山氏に破れた。この選挙戦の中で出来たのがこの惹句。「侃々諤々」と「菅」の洒落。
「かなわん県ケーソツ本部。」
1999年(平成11年)9月12日(日)朝刊 AERA 9.20号 広告
 アエラ広告の見出しに「警察の内幕 神奈川県警 ウソ重ねる懲りない体質」とあり。神奈川県警では、厚木署の集団警ら隊内での暴行事件、相模原南署の元巡査長の証拠品無断持ち出し事件(暴力団関係者宅から押収したネガフィルムを無断で持ち出して、ネガに写っていた二十代の女子大生にネガの買い取りを要求したり、交際を強要したりしたうえ、ネガを焼却していた事件)、その他にも県警の警部補から覚醒剤反応が出た事件など不祥事目白押し。しかも、上層部が絡んで事件隠匿をはかっていたことが発覚し、大騒動に。これにつけこんで出来たのが上記惹句。「かなわん」は「神奈川」の、「ケーソツ」は「警察」の洒落。
「あっちも、こっティモール独立運動。」
1999年(平成11年)9月20日(月)朝刊 AERA 9.27号 広告
 アエラ広告の見出しに「東ティモール独立反対派の正体とは」とあり。1976年インドネシアに武力併合された東ティモールの、インドネシアからの独立か残留かを問う住民投票が8月30日に国連の管理下で行われた。9月4日の国連の発表では、「自治案拒否」(独立)344,580票、「受け入れ」(残留)94,388票と、独立派が78.5%の得票で大勝。しかし、この開票の後、独立反対派の住民が暴徒化し、独立派住民の襲撃や放火が起こった。この緊急事態に、周辺各国、特にオーストラリアが危機感を抱き、9月15日に英国を通じて国連安保理へ多国籍軍の派遣を承認する決議を出し、全会一致で採択、この決議を受けてオーストラリアを主体とする多国籍軍が東ティモールに派遣された。ようやく事態が沈静化した10月、国連安保理は暫定的に国連が統治全般を行う「国連東ティモール暫定行政機構(UNTAET)」の設置を決め、独立後の国家体制確立までの橋渡しをすることとなった。上記惹句は、「こっちも」の「ちも」と「ティモール」の「ティ」のたった2文字の洒落。
「いヤマッタク、カトウなんて・・・。」
1999年(平成11年)9月27日(月)朝刊 AERA 10.4号 広告
 アエラ広告の見出しに「政治家使い捨て ▼YKK、鳩山由起夫の「賞味期限」はいつまでなのか」とあり。自民党総裁選が9月21日に実施された。この総裁選に、現首相の小渕氏と加藤紘一氏、山崎拓氏が出馬した。結果は小渕恵三氏が全体の7割近い350票を集め再選、加藤紘一氏は113票と善戦、山崎拓前政調会長も51票獲得、目標を達成した。上記惹句は「いや全く、勝とうなんて」と「加藤」「山拓」の洒落。しかし、この惹句は2000年末まで取っておくべきでしたな、アエラさん。
「幸か福岡、ダイエーの敵はなごやか。」
1999年(平成11年)10月4日(月)朝刊 AERA 10.11号 広告
 アエラ広告の見出しには時に記述はないが、日本シリーズについての惹句。1996年9月25日、福岡ダイエーホークスがパリーグの優勝を決めた。一方セリーグでは、同年9月30日中日ドラゴンズが優勝を決めた。上記惹句は、「不幸か」と「福岡」、「名古屋か」と「和やか」の洒落。10月23日から始まった日本シリーズでは4勝1敗で福岡ダイエーホークスが日本一を決めた。プロ野球の優勝といえば、お約束なのが「経済効果」。この年も福岡と名古屋で取らぬ狸の皮算用とばかりにソロバンをはじいていた模様。名古屋側では、東海銀行系の東海総合研究所が8月6日の時点で出している。その数字はこの通り。 『リーグ優勝後、日本シリーズでダイエーを四勝三敗で下す前提ではじいた。優勝セールやナゴヤドームの入場者増など直接の消費増を七十六億円、間接的な波及効果を四十四億円とみている。  なかでもリーグ優勝、日本一と二度のセールでの支出増は四十七億円にのぼると試算している。』 (朝日新聞名古屋版1999.08.07 朝刊 26頁による) 一方福岡では、名古屋に遅れること3日、8月9日にこんな数字を県が出している。 『福岡県は九日、プロ野球の福岡ダイエーホークスがパ・リーグで優勝、さらに日本シリーズを制覇した場合、県内への直接的な経済波及効果は約百四十六億円にのぼるとの試算結果を明らかにした。(中略)  試算は、(1)リーグ戦を通じた観客数が例年より一割増(2)日本シリーズは七試合すべてを戦い、うち四試合は福岡ドームで開催する(3)ダイエー関係の全店舗が優勝記念セールを実施、その期間は一カ月間、など様々な仮定を設定。平均消費性向や雇用誘発係数などをかけ合わせ、波及効果を割り出した。  内訳は、入場料などのリーグ戦関連消費が十一億三千万円、リーグ戦最終十試合と日本シリーズ関連消費が三十五億五千万円。優勝記念セールなどが九十六億円、優勝記念行事などの「その他」が三億三千万円。  増加額の合計は百四十六億二千万円に達し、二次的な波及も含めると、最終的には二百四十七億円の生産を誘発、千四百二十一人の雇用増が計算上は期待できるという。 (朝日新聞1999.08.09 夕刊  6頁) 1421人の雇用増と妙に数字が細かいのが気になる。日本シリーズが7戦までいかずに終わったため、職にあぶれてしまった博多っ子は一体何人にのぼるのだろうか。
「選挙の時の悪口は、じ、時効です。」
1999年(平成11年)10月11日(月)朝刊 AERA 10.18号 広告
 アエラ広告の見出しに「青木官房長官「そのまんま竹下」人生」とあり。10月17日が投票日だった参院長野選挙区補欠選挙で、民主党公認の羽田雄一郎氏(32)が初当選。この選挙は、自自公連立政権発足後初めての国政選挙だったが、見事に足をすくわれた格好となった。上記惹句は、選挙結果が出る前のものだが、「じ、時効です」と「自自公です」の洒落。一時は、反自民を旗印にしてきた自由党と公明党がコロッと与党になったことを「時効」と皮肉ったものであろうか。しかし、悪口を言うのは通常自自公に対決する側の筈だから、むしろ、「選挙の時の言い訳は、じ、時効です。」のほうがスッキリすると思うのだがどうだろうか。民主党が、「時効」という悪口を言う意味がもう一つ分からないのだが。
「桃栗3年、コンクリ何年?」
1999年(平成11年)10月18日(月)朝刊 AERA 10.25号 広告
 アエラ広告の見出しに「恐怖のコンクリート マンション バブル直後が危ない 新幹線 なぜ止めて点検しないか」とあり。10月9日午前4時ごろ、JR山陽新幹線小倉−博多間の北九州トンネルで、重さ約二百二十六キロのコンクリートの塊が5つに割れて、下り線の線路わきに落ちているが発見された。トンネル内の内壁からはがれ落ちたものらしい。JR西日本はトンネル点検のため、新大阪−博多間で全線の運転を見合わせた。山陽新幹線では、同年6月27日に福岡トンネルでコンクリ塊の落下事故が発生したため、すべてのトンネルについて緊急点検を実施、必要な補強工事を8月上旬までに終えたものとし、当面は落下の恐れがないとして、実上の「安全宣言」をしていたものだから、JR西日本は大弱り。これをきっかけに、各地でコンクリートの劣化問題が噴出した。上記惹句は「桃栗3年」の栗とコンクリートの「クリ」の縁語。
「JCOウランでます。」
1999年(平成11年)11月1日(月)朝刊 AERA 11.8号 広告
 アエラ広告の見出しに「JCO 通産天下り前社長「雲隠れ」」とあり。1999年9月30日午前10時半ごろ、茨城県東海村石神外宿のジェー・シー・オー(旧日本核燃料コンバージョン)の転換試験棟で作業員3人が被曝する臨界事故が発生した。臨界状態は約1日続き、半径10キロ以内にある9市町村の住民約31万人に県が屋内退避要請を出す大事故となった。上記惹句は、「恨んでます」と「ウラン」の洒落。これだけの大事故なのに、アエラ惹句の掲載を遅れて、11月に入ってから。10月の頭は日本シリーズに関する惹句だったのは何故なのだろうか。いい洒落を思いつかなかったのか。「JCOウランでます。」ぐらいならすぐ思いつきそうなものなのに。
「これじゃ介護保険カイゴろし。」
1999年(平成11年)11月8日(月)朝刊 AERA 11.15号 広告
 アエラ広告の見出しに「老後 こんなに不公平 ▼道一本隔てた隣町では福祉手当てが10倍。ヘルパー、訪問給食にも違い ▼収入が低い高齢者ほど健康を害し「寝たきり」が多くなる」とあり。2000年4月に始まる介護保険制度について、もう開始まで半年を切った1999年11月5日にいたって、政府は「円滑な実施のための特別対策」なるものを発表し制度の手直しをした。対策の主な点は、 (1)65歳以上の保険料の徴収を半年間見合わせ、その後1年間は半額とする (2)40-63歳の負担軽減のため、財政事情が悪化している健康保険組合や国民健康保険を対象に国が1年分を財政支援する というもの。この財政支援の為に必要な国費は一兆円余りにのぼるという。結局国費を当てにしなければならない保険制度ならば、これまでの中央集権的で硬直的なサービスしかできないのではないか、という批判の声が出たが、この状況でできたのが上記惹句。「介護」と「飼い殺し」の洒落。
「知事のセクハラ、タコついたで。」
1999年(平成11年)11月14日(日)朝刊 AERA 11.22号 広告
 アエラ広告の見出しに「横山ノックと「ナニワ政治道」 政治家笑いのめす風土。次の知事はきよしか上岡の声」とあり。1999年4月11日に再選を果たしたばかりの横山ノック氏だったが、この選挙運動中のセクハラ事件のために致命傷を負い、石もて追われるように 1999年12月21日辞職することとなった。この中で出来たのが上記惹句。ノック氏のあだ名「タコ」と「高かくついた」の大阪弁「タコついたで」の洒落。この事件で面白いのは、被害者の訴えがあった直後は、「選挙勝利」の報道にかき消されたかのように各メディアでもほとんど報道しなかったのに、10月4日に大阪地裁で開かれた強制猥褻訴訟の第一回口頭弁論で、賠償金の支払いは受け入れて肝心な点は一切明らかにせず、沈黙による不戦敗の道を選んだ時から一転、辞めろ辞めろの大合唱をはじめた点。それまでは、大阪でのノック人気にマスコミを少し及び腰になっていたのだろうか。そして、前知事自身が裁判で、自ら沈黙のよる事実の認定をしちゃったから、大手を振って非難できるようになって非難の大合唱を始めたような感じ。まあ、確かに裁判で白黒をつける前に報道側が黒と決め付けるのも如何なものかという考えもあるだろうが、裁判で決着がつくまでは事実の認定についての報道を一切差し控えるというならば、取材などせずに、判決文だけ報道すればすむということにならないのだろうか。そうなれば報道機関なんて足を使わずに済んでしまうことになる。ノック氏の事件でも、取材しなくとも自分でボロを出した悪人を叩きやすいから叩いているように見てしまうのは穿ち過ぎか。
「本部長の指示で隠せー剤。」
1999年(平成11年)11月22日(月)朝刊 AERA 11.29号 広告
 アエラ広告の見出しに「神奈川県警お目付け役の無責任」とあり。1999年9月22日、神奈川県警薬物対策課が1996年12月に、神奈川県警外事課の警部補の覚せい剤使用について捜査していたことが明るみにでた。この警部補は1996年12月12日深夜、県警本部に「警視庁の刑事に追われているんだ。マンモス交番にいきまーす。」と、意味不明の電話をかけた。不審に思った当直担当者が呼び出したところ、親しいホステスと一緒に姿を見せた。薬物対策課が事情を聴いた結果、警部補はホステスから注射器で覚せい剤を打たれたことを認めたという。この事件そのものが、充分不祥事なのだが、それにまた県警ぐるみの隠蔽工作が付録でついてしまうのである。この隠蔽工作は、なんと県警本部長の了承のもと、監察官室が直々に主導していたのだ。この状況下で出来たのが上記惹句。「覚醒剤」と「隠せ」の洒落。
「普天間返還、キチっとやってね。」
1999年(平成11年)11月29日(月)朝刊 AERA 12.6号 広告
 アエラ広告の見出しにはとくになし。この惹句のころ、米軍普天間基地の返還問題で、この基地の移設先をどうするかが問題となっていた。米軍側は、以前から名護市の米軍キャンプ・シュワブを候補地としていたのだが、1997年12月21日に、名護市では市民投票で海上航空基地反対票が過半数になった。このため、各方面で調整が図られていたが、1999年11月22日に稲嶺知事が移設候補地を名護市のキャンプ・シュワブ水域内とすることを正式発表した。この状況下で出来たのが上記惹句。「基地」と「キチっと」の洒落。基地返還要求の高まりのきっかけとなったのは米兵による非道な犯罪だったが、この後もしばしば米兵による犯罪が起きている。冷戦期にも犯罪は多かったのだろうが、現在のこのテイタラクの背後には、仮想敵の消滅にともなう軍の士気・規律の低下があるのではないのか。
「勝手はいけない、巨大与党。」
1999年(平成11年)12月6日(月)朝刊 AERA 12.13号 広告
 アエラ広告の見出しに「小渕後継 森喜朗すっかり「その気」」とあり。1999年10月4日、自民、自由、公明三党による連立内閣の顔ぶれが定まり、巨大与党が出現することとなった。小渕恵三首相の所信表明演説に対する各党の代表質問では、「与党席の数の大きさにぞっとする。翼賛国会だ」(土井たか子社民党党首)という声も聞かれた。また、この年と夏頃から、「買ってはいけない」という本がベストセラーになった。有名企業の製品を環境や安全面から警鐘するというフレコミの本だ。この本に対しては、「「買ってはいけない」は買ってはいけない」等の反論本も出て、科学的根拠のアヤシサに批判の声も上がった。この状況下にできたのが上記惹句。「買ってはいけない」と「勝ってはいけない」の洒落。「とりあえず数さえあれば」という巨大与党と、いささかヒステリックなアンチ本-------この二つのものがほぼ同時期に我が国に澎湃として現れたとは、なんだか知らぬが世も末だなーというのが小生の印象。しかし、森さんは、この時からやる気マンマンだったんですな。
「イチローにもアナ。」
1999年(平成11年)12月12日(日)朝刊 AERA 12.20号 広告
 アエラ広告の見出しに「イチロー弓子夫人 包む「女の空気」」とあり。プロ野球オリックスブルーウェーブのイチロー外野手(26)が、元TBSアナウンサーの福島弓子さん(33)と結婚することが1999年10月3日、明らかになった。で、できた惹句がこれ。「アナウンサー」の「アナ」と「穴」の洒落。たしかこの福島弓子アナって、日曜のTBSの夜に、「世界カレイドスコープ」とかいう中途半端な情報番組に出ていた記憶がある。CBSドキュメントを見たながれでつい見てしまうという番組なのだが、中身もCBSドキュメントと同じように、CBSのニュースを紹介するもの。ただ、使う素材は軽る目の笑いが取れるようなニュースがほとんど。それはともかく、福島女史の隣にいたヒゲもじゃのおっさんアナ(確か鈴木アナだったか)のセクハラまがいの後輩イジリに不快になってチャンネルまわすこともしばしばだった記憶がある。ま、そんなことはどうでもいいか。じゃあ、これでもどうぞ。
「2000年、備えあればうるう年。」
1999年(平成11年)12月20日(月)朝刊 AERA 12.27-1.3号 広告
 アエラ広告の見出しには特になし。散々警告されてきた2000年問題もいよいよ本番。アエラ惹句も満を持しての登場。満を持した結果はというと、「憂いなし」と「うるう年」のかなり苦しい洒落だった。しかし、このいわゆる「Y2K問題」というのはかなりの大騒ぎで、アメリカでは政府が1999年12月30日からコンピューターの2000年問題に備えて24時間態勢の警戒に入った。我が国でも1999年12月29日からコンピューターが誤作動する恐れのある2000年問題に備え、政府が首相官邸の危機管理センターに連絡室を設置している。また、政府の備蓄呼びかけもあって各家庭での備蓄需要も伸び、ミネラルウオーターのケース、携帯用コンロ、乾電池、保存食品、耐火金庫が代われた。一向に伸びない昨今(2001年春)の個人消費だが、この時の政府の備蓄要請がうまくいったのだから、たびたび備蓄要請をだせば景気も少しは上向くかも。「株価12000円切りにそなえて、食糧を備蓄してください」と森さんが言えば案外「これは本当にヤバい」となって特需が発生するかも。 そういえば、インパクでお馴染みの堺屋さんが、2000年問題に関して、先進国で最初に新年を迎えるニュージーランドの首脳が自国の状況を小渕恵三首相に電話し、首相が日本の状況も加えて中国首脳に、さらに中国首脳が...という「電話リレー構想」を思いついたらしいが、ミレニアム(千年紀)のイベントに出たり、「新年は家族とリゾートで静養する」という首脳もいたりして、あえなく断念したということがあったらしい(朝日新聞1999年12月31日朝刊2面)。

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