ニセ首相の顔衆議院選挙制度の改革について

衆議院選挙制度の改革について


 讀賣新聞2000年6月7日朝刊25面(解説面) に国会議員の世襲についての記事があります。

「前衆院議員の「世襲」約3割 "特殊性"海外も注目 「殿様意識の表れ」指摘も


 先に解散した衆議院は30%近くを世襲議員が占めていた。どうやら、「日本式民主主義」の特殊性らしい。
解説部 鈴木 雅明

 読売新聞社の調査によると、前衆議院議員四百九十八人のうち、世襲議員は百四十六人を数えた。総選挙を控え、外国メディアの東京特派員たちの多くは、この数字に強い関心を示している。そこに日本の特殊性を見るからだ。
 これまでも、二世議員についてはいろいろ言われてきましたが、一向に減少する気配はありません。このことは、あまり深刻な現象とは今までは受け取られてこなかったのですが、実は、民主政治崩壊の危機を孕んでいるとすら言える、大変重大な問題だと思われます。もちろん、たまたま政治面での能力がある人間二人が親子だった、ということもありうるでしょう。しかし、二世議員の立候補については、個人個人の資質よりも、「血筋」という、およそ封建的かつプリミティブなレッテル自体が必要とされている例が多いように思われます。後援会という組織が、一個人としての議員という存在を越えて存続し続けるために、御輿としてかつぎやすい人間として代議士の子供を後釜に据えているにすぎない場合が多いのも、また事実なのです。

 「政治家の家に生まれてこなければ政治家になれない」とはおかしな話です。能力に関わらず、家柄だけで政治家を選ぶとなれば、選挙の意味がありません。国政に対するにあたって、細心の注意と不敵な大胆さが同時に要求されようというこの困難な時代に、国全体から広く人材を募らず、血筋で議員を選ぶとは時代錯誤も甚だしいと言わねばなりません。

 この問題の根はかなり深いところにあります。先にも書きましたが、現在のところ議員選挙に、「後援会」という組織対組織の戦いの比重がかかり過ぎているところに問題があると思われます。全て集団というものは、一度発足してしまえば、それ自体の存続に重きを置き、目的とするようになってしまいます。また、議員をつくり出すことで何がしかの利権を得ることも、組織存続の自己目的化へ拍車をかけているでしょう。しかし、このような顔の見えない利益団体としての「組織」の代理戦争として選挙が行われるという事態は、民主政治が元来目ざしているものに反していると言わざるを得ません。組織対組織の戦いになっている選挙を個人対個人の政治能力をかけた戦いにしなければなりません。そして、本来の意味の選挙をとりもどさなければなりません。

 では、どのようにすればこの現状を打破できるのでしょうか。よく、日本の選挙について言われてきた言葉に「地盤、看板、鞄」の三バン(ジバン(地盤)、カンバン(肩書き)、カバン(資金))というものがあります。現在において、この三つの要素は後援会の組織の整備により、分業化が進み、「看板」の部分のみを立候補者が担うようになってきています。「看板」という機能にとって必要なのは、なによりも知名度です。何期も当選してきた代議士の息子となれば、地元での知名度は(その実力に関わらず)かなり大きいものの筈です。マックス・ウェーバーを持ち出すまでもなく、子供に権力を移譲するというのは、(現在での正当性はともかく)周囲も納得しやすいことでありましょう。また、「知名度」という点から見れば、二世議員とは別に俗にいう「タレント候補」についての問題点も浮きぼりとなります。芸能活動や、スポーツでの活躍によって知名度がある人間はそれだけで担ぎ出す利点があるわけです。逆に言えば、知名度のない人間は選挙に出る前に大きなハンディキャップを背負うことになってしまいます。この知名度による不平等をなくすことこそが、解決の手段なのです。

 ここで、現在の選挙制度について考えてみましょう。日本国憲法にはこうあります。

第十五条
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
つまり選挙投票する者には、匿名による権利の行使が認められているわけです。世界の歴史の中で、一応選挙による公正な国民による意思表示を標榜しながら、実は権力側に対して不利な投票をした者に対する不当な圧力への不安をかきたてて体制を維持しようとした目論見は枚挙にいとまがありません。憲法にうたわれたこの「秘密投票の保証」はこういった不当な圧力の排除を目指したものなのです。ここに、「知名度」をめぐる不公平を取り除くヒントがあるのです。

 選挙権を行使する側がこのように匿名で投票することで保護されているのだから、被選挙権を行使するものも、同じように匿名で立候補することによって保護できるのではないでしょうか。どの候補も匿名で立候補することを義務づければ、「知名度」による不公平は排除できる筈です。詳細は以下の通り。

  1. 立候補者予定者は、秘密裏に管轄の選挙管理委員会に届け出る。

  2. 届出が受理された者は、選挙管理委員会から選挙活動中の名前となる管理番号の交付を受ける。管理番号は、届け出順の通し番号を交付するものとする。公示から投票が終わるまで、立候補者はこの管理番号を自らを識別する名前とし、自らの身元を明らかにしないように活動しなければならないものとする。身元を明らかにした場合、当該候補者は公職選挙法違反に抵触したものとされ、三年以上七年以下の懲役又は禁錮に処するものとする。

  3. 選挙管理委員会は、特殊な信号をする識別機(腕時計型)を立候補者に装着させる。選挙管理委員会は、この信号によって立候補者を同定することができる。また、この識別機は選挙管理委員会が管理する鍵を用いなければ取り外すことができないものとする。選挙後、不正にとりはずされた跡が見られた場合、当該候補者は公職選挙法違反に抵触したものとされ、当選していた場合はそれを取り消し、三年以上七年以下の懲役又は禁錮に処するものとする。

  4. 街頭演説やテレビ演説の際は、マスクなどを用い顔を隠蔽し、またボコーダーやピッチチェンジャーで声の質を変え、特定の個人と同定できないようにする。

  5. 管轄の選挙管理委員会は、公示から一週間以内に公開討論会を実施しなければならない。選挙管理委員会は、有権者から立候補者への質問を集めておき、事前に漏らすことなく、その討論会会場において立候補者に提示し、公開の場において回答させるものとする。

  6. 選挙管理委員会は、投票の結果が明らかかになった後に、当選者の身元を明らかにする。その時点から当選者は自らの名前を名乗ることができるものとする。なお、落選者の身元を公開するかどうかについては、その落選者に意思によるものとする。


単に立候補者を匿名にするだけならば、現行の比例代表制度を拡充し、名簿を投票前に公開しないことで実現できるかもしれませんが、そのような単なる政党本位なしくみではなく、能力のある個人を、「知名度」に惑わされることなく選ぶ為にこのような制度が考案されたのです。特に重要な役割を占めるのが「公開討論会」です。身元を隠してのここでのやり取りの中で、真の政治的能力が明らかにされる筈です。

 真に実力のある政治家を選び、21世紀へ活力ある日本を生み出す為の重要な制度の改革について、国民の皆様の御理解と御支持をよろしくお願いいたします。



<参考>

選挙広報(案)
ポスター
(個人名は管理番号におきかえ。写真は個人が特定できないように目線が入っている)

----------------------------------------------------------------
街頭演説の様子(モデルケース1)
ポスター
(選挙カーからの演説の様子。個人が特定できないようにマスクをかぶっている)

----------------------------------------------------------------
街頭演説の様子(モデルケース2)
ポスター
(立候補者No.12の選挙区での様子。タスキに管理番号が入っている。
 また個人が特定できないように、こちらの候補者もマスクをかぶっている) ----------------------------------------------------------------
テレビ広報の様子
ポスター
(スクリプトと動画(Quicktimeファイル 約970KB)はこちらにあります。)

******************************
戻る