ニセ首相の顔少年犯罪への対応について

少年犯罪への対応について


以下のような投書をいただきました。

ニセ首相殿。

衆議院選挙にともない、議論が中断してしまいましたが、昨今の少年犯罪の続発を受けて、一時期、またも少年法に関する論議が巻き起こっておりました。これに関して画期的な政策がありますので提案いたします。

いわゆる少年法論議とはすなわち、少年の犯罪行為に対する厳罰化提案であります。少年の更生に重きを置く余り「犯罪を犯しても大丈夫」という意識が芽生えてしまう現状を受け、厳罰化によって抑止力としよう、というわけです。しかしながら、現行法における刑事罰の抑止力は、少年たちにとっていかほどのものでありましょうか。また、それによって我々や、当の少年たちが得るものとは如何なるものでしょうか。

考えてみてください。今や少年犯罪とは特定の非行少年によるものではなく、どんな少年であれ、それを起こしてしまう可能性があるのです。故に、彼ら犯罪少年を隔離することによって社会が得られる利益はさほどのものではないと考えられます。そして、自らに価値を見いだせない傾向のある彼らにとって死刑ですら抑止力とはなり得ないのみならず、彼らにとっては刑事罰の受刑はある種のステータスになりうるものであり全くの無力であります。一方では、受刑者同士のコミュニケーションが、より重い犯罪の習得をもたらしている現状も指摘されており、若い少年たちまでもがこの影響を受けることが考えられます。禁固刑、懲役刑、死刑。如何なるものであれ、若い彼らの貴重な時間を奪ってまで行うべきものであるとは思われません。むしろ積極的に避けるべきものでしょう。

そこで、新たな、有効な抑止力となる少年犯罪向けの刑事罰を提案いたします。それは、次のようなものです。

少年たちがおそれるものは、拘束や、死ではありません。肥満なのです。このポテチの刑のみが彼らに対する有効な抑止力となり得るのです。さらには、体脂肪率の高い人間は温厚であるという俗説を信じるならば、これは副次的に彼らの矯正にも役立ちます。まさに理想の刑である言えるでしょう。

P.S.
法律に関しては素人ですので、いい加減であるかも知れません。どうかご容赦ください。

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吉沢千秋
y-chia@mx1.freemail.ne.jp
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 少年による犯罪が、国民の間で大変な関心を呼んでいます。少年による凶悪かつ残虐な事件が頻発していることが社会の将来への危機感を生んでいるためでありましょう。少年法を改正し、刑罰を重くするように求める声も強くなってきています。上に掲げた投書も、同じように日本の将来を憂えてのものだと思われます。

 しかし一方、別の統計の指し示すところでは少年による犯罪件数は、ここ数年低い水準にとどまっています。この数字だけを見れば、むやみに現在の制度を変えられないのではないか、とも思われます。少年犯罪をめぐる議論において、現在本当に必要なのは、国民全体に共有されている漠然としてある不安の、本当の原因を探ることにあるのではないでしょうか。

 良く知られているように、刑法では人に物理的被害を与える犯罪については、被害者が受けるであろう痛みに犯罪者の刑期が比例するように定めていますが、少年法もこれと同じ原則をとっています。刑を制定するにあたり、「犯罪による痛み」の標準データについて、法務省の下部組織「痛度測定研究所(現在は「(財)痛度測定研究センター」)」で、1947年に「痛度検査」が行われました。以下が、この検査の概要です。


  1. 機械によってある強さの衝撃を被験者に与える。

  2. 上記の機械によるものと同じ強さの衝撃を、人間が殴って被験者に与える

  3. 被験者は、この2種類の痛みをそれぞれ百点満点として回答する。

  4. 1000人の被験者に対して調査し、平均を取る。
興味深いことに、この検査の結果殴った人間が未成年者であった場合、成人であった場合に較べて「殴られる痛み」の強さが7割程度しかないことが明らかになったのです。つまり、現在の少年法が制定された当時は、少年による犯罪被害を受けた場合に、「より痛くない」であろうという結果があったわけです。これにより、現在のように少年による犯罪の場合、「死刑相当の場合は無期、無期相当の場合は有期刑とする」ように少年法で定められたのです。

しかし、最近になってこの傾向に変化が生じているようです。現在では、この痛みに対する傾向が逆転し、未成年者に殴られたほうが「より痛い」とする数が増えているとみられています。公式な調査は1947年以来、まだ行われていませんが、非公式な調査の中では、成人に殴られた場合を1とすると、少年に殴られた場合は1.5倍も「痛い」という結果もあったことが報告されています。

この非公式調査によると、大阪万博のあった1970年の時に、「どちらも同じくらい痛い」となり、バブルまでその傾向は続いたのですが、90年代にはいって「未成年者に殴られたほうがより痛い」という結果におちついてきた模様です。昨今、少年犯罪へ厳罰を望む声が大きくなってきているのも、この「痛み」に対する傾向の変化に起因していると思われます。

この「痛み」の変化の原因について、いくつかの説が専門家によってあげられていますが、最も有力な説は『子供の地位の向上に起因している』というものです。前述の「痛度検査」によってこちらも明らかになったことなのですが、「殴られる痛み」の一般的な傾向として「容姿の優れた人間に殴られたほうが痛い」「背の高い人間に殴られたほうが痛い」「裕福な人間に殴られるほうが痛い」ようです。敷衍すれば、「殴る人間が社会的、生物的に優位であればあるほど、殴られる人間はより痛い」ということなのであります。上記の説は、この傾向から最近の「殴られる痛み」の変化を説明しています。

「大阪万博」と「バブル崩壊」という二つの時期に、子供の社会的地位について大きな変化と、「殴られる痛み」の変化が同期しているという事実が、この説の大きな裏付けとなっています。戦後の高度経済成長期を通じて核家族化と少子化がすすみ、高度経済成長の絶頂たる「大阪万博」時に、この家族構成が完全に定着しました。「過保護」や「受験戦争」という言葉が一般化したのもこの頃です。家庭において子供の地位はあがり、小遣いも増えました。子供の購買力が経済的な面で社会に大きな影響力をもつようになった時代でもあります。このような背景のもと、子供の社会的地位はあがり、「どちらも同じくらい痛い」となったわけです。

続いて、「バブル崩壊」期においては、未成年者に対する大人の側に大きな変化が生じます。失業者の急増、特に中高年管理職のリストラといった形で中高齢層に社会的地位の下落が顕著に見受けられるようになりました。つまり、相対的に見れば、未成年者の地位が上がっていることになります。ここにおいて、ついに「痛み」に関して逆転現象がおこり、「未成年者に殴られたほうがより痛い」という結果になったのであります。

また、戦後我が国の食生活の変化の為、若者の体型が変化し、より背が高く、足が長く、顔が小さくスマートになっていくという容姿の変化が、戦後を通じての若者の優位性向上に一役かっていることも見逃せない事実でありましょう。

この、『子供の地位の向上に起因している』説が正しいとすれば、未成年者の優位性を下げることで、「犯罪による痛み」を緩和できることになります。もちろん、犯罪に対しては、起きないようにする予防と、もし起きた場合には犯罪者の迅速な拘束と処罰が最も重大な対策ではありますが、歴史を見れば分るように犯罪に対して完璧な予防と処罰が望めない以上、犯罪による痛みの緩和、鎮痛作用をもつ方策もまた重要だと思われるのです。

この鎮痛方策の中に、冒頭に掲げた提案の「太らせる」という手法も取り入れられると思います。現在では「太っていること」は、容姿に関連して大きく優位性を損なうものと認識されていますから、かなり大きな鎮痛作用があると期待できます。上記の提案では、少年犯の処罰の一つとしていましたが、犯罪を犯した未成年者に限ることなく未成年全体にこういった処置を施すことが重要でありましょう。勿論、犯罪を犯していない未成年者には提案のように強制的に太らせることはできないでしょうが、学校給食や、子供向けのスナックのカロリーを上げるようにして肥満傾向に拍車をかけることができる筈です。

他の鎮痛方策例を掲げておきましょう。 少年犯罪によるの被害者の苦しみを劇的に軽減するこの方策の実現推進のため、国民の皆様の御理解と御支持をよろしくお願いいたします。
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