ニセ首相の顔新しい公共事業の導入について

新しい公共事業の導入について

 あまりにも肥大化し、財政の悪化の主たる要因となっている公共事業について、平成12年8月28日、与党三党による政策責任者会議が開かれました。その席上、事業採択後5年以上経過しても未着工の事業など233件について中止勧告の対象とすることを決めました。中止の対象となる事業の決定方法の透明性確保などに、まだ種々の問題が山積しているとはいえ、これまで一度決定したら誰にも途中で止めることのできなかった、言わばアンタッチャブルな存在であった公共事業に対してともかくも、メスが入ったことは、この問題に対して一歩前進と言えるのではないでしょうか。

 公共事業の問題と考えるにあたって、我が国における公共事業の意義の変遷を見直してみることは有益なことでありましょう。本来、公共事業は「公共財」をつくる事業です。公共財とは、市場にまかせていては決して供給されない、特定の個人でなく社会全体に等しく利益をもたらす財のことです。社会全体に等しく利益をもたす性格は、消費の非競合性とよばれています。また、財の供給に際して、対価を支払わない個人の利用を妨げることができない性格は、消費の非排除性と呼ばれています。行政組織、司法制度や国防システムといった財が、この定義の例としてあげることができるでしょう。

 しかし、1930年代よりケインズの学説が各国の財政に取り入れられるようになりました。この学説は、財政支出からの公共投資が、国家全体のマクロ経済にとって、経済調節手段としての大きな意味を持つというものです。景気が悪くなれば、公共事業を赤字国債を発行してでも行なって下支えし、好況で景気が過熱しているときには公共事業を抑制して総需要を引き締めるようにする。こうして、景気変動の幅を抑え、より安定した経済活動が行われるように国がリードするわけです。ここにおいて、国民生活に不可欠な公共財をつくる公共事業に、新たな役割が加わわりました。

 さらに、戦後の我が国においては公共事業に対してもう一つの役割が期待されてきました。それは、「地域間所得再分配の手段」としての役割です。明治以来、中央集権体制を前提としてすすめられてきた国づくりは、都市と農村の間にかなり大きなギャップを築いてしまいました。この是正のために、大都市よりも地方に対し、より重点的に公共事業を行ってきました。それまで、遅れていた地方の社会資本整備がこれによってようやく進展したのです。

 この政策によって、農村の大都市に対する不平等感、中央政体に対する不満が緩和され、ひいては、国民全体における平等間の醸成に大きな役割を担ったことも忘れてはなりません。公共事業の地方への重点的実施を政策として掲げてきたことで、農村が与党の集票マシンとなってきたという悪評もありますが、冷戦下における我が国の政局の安定にこの政策が一定の役割を果たしたのは、否むことのできない事実といえます。

 以上を整理するならば、我が国において公共事業は、以下の3つの役割をはたしていたと言えます。


  1. 国民生活に不可欠な公共財をつくること

  2. 景気変動の幅を抑えること

  3. 地域間の格差を所得の再分配によって減少させること
 さて、このように我が国の公共事業の役割について見てきたところで、現在さまざまな軋みが生じている公共事業の真の問題点は何なのかを考察してみましょう。「公共事業=悪」というイメージすら生じている現在ですが、その有効性について冷静にみる必要があるからです。

 まずは、「3.地域間所得再分配」の機能を見てみましょう。この点については、先の衆議院選挙でも与野党の政策論争の焦点となったところでもあります。今では農村と都会の格差は狭まったのだから、この状態で地方にばかり公共事業が集中することは弊害が大きいと言う声が大きくなっていますが、相変わらず地方の農村における過疎化の進展は止まるどころではなく、むしろ加速しています。このことは、これまでの公共事業が本来的な意味での「地域間所得再分配」に失敗していることを皮肉にも物語っているのでありますが、地方の活気を削がない為に何らかの方策が採られなければならないことも事実なのです。国土の自然保護の為にも、山村農村の消滅は大きなマイナスであることは言うまでもありません。とすれば、「地域間所得再分配」の観点からみて、公共事業自体が不必要なのではなくて、今までのかたちとは違った新しい公共事業が必要とされているのです。

「1.国民生活に不可欠な公共財をつくること」においても「2.景気変動の幅を抑えること」の面から見ても上記と同じように、公共事業は必要であり、有効です。ただ、戦後50年間で公共事業というものが制度疲労を起こし、有効性が損なわれているのです。

 こうしてみると、公共事業にまつわる真の問題とは、「公共事業が必要か不必要か」という点ではなく、本当に必要とは思えないところに金が費やされているところにあると思われます。これまで、公共事業とはインフラ整備の名の下に、道路や港湾設備といった土木・建設関係の事業ばかりがなされてきました。しかし、本来公共事業とは「公共財」をつくるものであるはずです。そして「公共財」とは、上述したように行政組織や司法制度などといった形を持たないシステムをも含んでいるのです。これまで、我が国では「公共財」とは何かを問う真摯な取り組みがなかったために、現在のようなゼネコン頼りの硬直した公共事業しかできなくなってしまいました。この硬直化によって、諫早湾干拓や中海干拓のような賛否相半ばする不必要に巨大な開発事業に突き進まざるを得なくなってきたのであります。このゼネコン頼りの点は、公共事業の「2.景気変動の幅を抑えること」の有効性を大きくそこなっています。特定の業界にしか金が回らないことで、国が支出する金が国民全体の経済活動に与える波及効果がかなり抑えられてしまうからです。他国に比べて高コストの我が国の土木・建設工事では、初めに金を受け取る業者のところで大きくプールされてしまい、そこから先へ流動する金の量が少なくなってしまうからです。

 そして、この問題はまた「3.地域間所得再分配」の面からみた公共事業の機能不全の問題にも関わってきます。このような巨大プロジェクトでは、建設期間中の雇用は一時的に増えるとはいえ、つくられた物が根本的にその地域に必ずしも必要なものでないために、完成してしまえば一時的な雇用増がなくなってしまうのです。この為、地方側とすれば雇用を維持する為に、つくられる物の必要不必要は問わずに、次から次へとプロジェクトを起こすこと自体を自己目的化していきます。これでは、税金の無駄使いと言われてもしかたありません。

 逆に言えば、この硬直化した事業選択の弊が引き起こしている問題を正すことができれば、無駄を省いて有効に機能する公共事業制度を築くことができる筈なのです。ここで解決すべき問題とは、以下の2つです。

  1. 事業選択にあたって、土木・建設事業のみに範囲を限定している点

  2. 「地域間所得再分配」を標榜しながらそれに失敗している点
 この問題を解決するために我々が提案するものが「農家による投票事業」です。詳細は以下の通り。

 この「農家による投票事業」は、土木・建設工事に頼ることなく、「安定した政治システム」という公共財を作り、しかも「地域間所得再分配」を行うという、ちょっと欲張りな試みなのです。ゼネコンまかせの大規模プロジェクトに見られるような自然破壊とは全く無縁であり、言わば「地球に優しい公共事業」でもあります。また、現在問題となっている低投票率に対しても有効でありましょう。

 このように、これまでの公共事業に比して段違いにメリットの多い斬新な事業を採用するにあたり、国民の皆様の御理解と御支持をよろしくお願いいたします。

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