賣笑婦及花柳病
(その三)



賣笑婦及花柳病
氏原佐蔵著
東京:警察協会, 1926.7


これまで2回にわたってこの本を紹介してきたが、最終回は賣笑婦の性病予防法についてなどを。

吾人は花柳病豫防を主とする賣笑婦取締法規は別に之を設けず、放任の形式を採り、豫防は個人の自由意志に任かせ公衆の智識啓發により、進んで治療を受けしむべき方針を採るのが最も賢明なりとする英米の主義、即ち換言すれば『臭いものには蓋をなし、其の蓋の下で腐つたものゝ處置をする』のが最良の策であるとも思はない。然らばとてラテン系統の國々で行はれる妓樓と公娼を認め私娼の取締をも爲す主義、換言すれば『臭いものに蓋もせずに所々へ集めて蠅を誘ひ、又臭い物を所在に撒き散らして蠅を追ひかけしむる』が如き方針も適法とは信じない。さればとて人間性慾器官は兩股間に深く隱してあるものを、昔ポムペイの彫刻工が戯れに刻んだ如く、之を前額部に曝露せしむるに等しい吾國の遊廓制度は、正に文化的でないことを承認するに躊躇しない。

 文化即ち民度と、國民性と、行政的習慣とを顧慮し、恰適なる制度を立案することは、殊に花柳病と賣笑婦取締上の要諦でなければならない。而して此の種の立法を最も至難なりとする所以である。 (p.56-57)
法律に、英米法と大陸法の区別があるように、賣笑婦の管理・取締にも英米式と大陸(ラテン)式の別がある点が面白い。ただ、当時のイギリスとアメリカでは公娼を認めないという点では一致していても、街娼の取り扱い方はかなり異なっている。前回で触れたが、イギリスでは娼婦・街娼が活動できる地域が暗黙の内に定まっていてその地域外に出なければ默認されていたようだ。それに対し、アメリカではピューリタニズムの影響からかもっと厳格だったようで、娼婦の存在自体を隠そうとしていたらしい(前々回参照)。これらを踏まえると、著者の『臭いものには蓋をなし、其の蓋の下で腐つたものゝ處置をする』という比喩はアメリカにはともかく、イギリスには必ずしも当てはまらないように思える。

「吾國の遊廓制度は、正に文化的でないことを承認するに躊躇しない。」とあるが、大まかに言えば遊廓制度は公娼を認めて、赤線地域に集めるという意味で、ラテン式・大陸式と大きな違いはない。当時の西欧各国と比べて「人間性慾器官」を「前額部に曝露せしむる」と表現する程に非文化的なものとは思われないのだが。


四 賣笑婦の自衛的注意
一般衛生に對する國民の自覺は勿論、自衛的衛生思想の普及も概して歐米人は發達している、從つて又賣笑婦の自衛的注意も頗る見るべきものがある。而して何れの邦國でも大同小異であるから、茲には唯だ國々により特徴ある點を略述しようと思ふ。

 佛國 に於て此の方面の非常に發達してゐるのは、多年避妊の目的を兼ねて經驗を積んだ結果より來てゐる、例へば各戸に家具として備へ付けられてある瓢形に中部の陥凹してゐる腰掛形局部洗滌盤プチ・シユヴアレ Petit Chevalet の如き、賣笑婦の出入するホテル或は妓樓には必ず備へられ、接客後は微温湯と石鹸を用ゐて局部を洗浄し、且過滿俺酸カリウム液で洗滌せねばならず、又客にも之を勸むる義務があることとなつてゐる。又尿道口にはプロタルゴール液若くはプロタルゴール軟泥(バスター)を注入する。尚ほ器械的外毒豫防法は接客前の準備として膣部にワゼリンを塗布し、子宮口にはペツサリウムを嵌める、其の他自ら進んで醫師につき毎日受診し洗滌を乞ふのが普通となつてゐる。更に彼等は自ら局部の健康を客に示すと共に、客の健康状態を確かめ、加之陪床前石鹸と微温湯とを以て洗滌せしめる。是等の點の多くは各國共通であるけれども、プチ・シユヴアレの備へあるは、佛國以外にては餘程高級なホテルでなければこれを見ない、唯だ手洗臺のみは必ず備へらるゝを常とするものである。 (p.20-21)
「過滿俺酸カリウム」「プロタルゴール」「プチ・シユヴアレ」をちょっと調べてみた。

「過滿俺酸カリウム」は、「過マンガン酸カリウム」と読む。「プロタルゴール」は別名プロテイン銀というらしい。両者ともに現在でも殺菌消毒剤として用いるとのこと。「プチ・シユヴアレ」とは、ビデであろう。「シュヴァレ」は、「イーゼル」とか「ノコギリ台」の意。「プチ・シユヴアレ」は、「小さな台座」とか「小さな画架」といった意味か。「ビデ(bidet)」は子馬を指す仏語で、女性が使用する時の姿勢(洋式トイレとは前後逆の体勢に、跨るようにして座る)から派生した言葉だという。ウォシュレットについている「ビデ」では、単に女性器を洗浄するシャワーであるが、本来は洗浄する台を意味しているのである。上記文中では「瓢形に中部の陥凹してゐる腰掛形局部洗滌盤」とあるが、瓢箪型のビデはこのようなものであろう。

http://antique-bathrooms.co.uk/products/details/index_366.html

「プチシュヴァレ」にせよ「ビデ」にせよ、フランス語が語源となっているところを見てもこの手の器具に対するフランスの本気度が知れるというもの。引用文に「佛國に於て此の方面の非常に發達してゐるのは、多年避妊の目的を兼ねて經驗を積んだ結果より來てゐる」というのも笑える。さすがは「不倫は文化」の国(そういえば、石田某氏は今もお元気でしょうか...)。

 墺・獨兩國 では登録されたる賣笑婦に對しては、手提入れ用の藥品・器具を指定し、常に之を所持すべきことを命じてある。夫れにはワゼリン・過滿俺酸加里・プロタルゴール・石鹸・スポイト・脱脂綿等の類である。然るに帝政瓦解後斯る方面の警察取締が弛緩し、且つ登録娼婦の數も激減し、他方には私娼が著しく増加した爲に、余が視察當時は取締當局者すら全然之が勵行せられないとのことを明言した。又生活難の壓迫は僅微な藥品等の購入さへも之を爲し得ない状況であるから、花柳病蔓延の度が一層甚しいものがあるとのことであつた。 (p.21)
第一次大戦後の混乱期の様子。貧窮が性病蔓延の原因となっていることが分かる。

 英國 で前に述べた所と多少異なるは、街路で賣笑婦の活動する方面には多數の藥局兼洗滌所ある事である、表通より店舗の扉を排し土間を通過して中に入れば洗滌臺がある、夜間外より入れば扉を開くと共に電鈴鳴り來客ありしを合圖し、客は其の儘通つて洗滌臺に上れば、術者との間には幕が下りてゐて何人たるを見らるゝこともなく洗滌を受け、一定の料金を投じて再び外に立去ることを得る方法が講ぜられてあるのは、蓋し其の特色と謂はねばならない。 (p.22)
「藥局兼洗滌所」が目を惹く。「術者との間には幕が下りてゐて何人たるを見らるゝこともなく洗滌を受け」ということは、自分で洗うのでなく薬局の店員が洗ってくれるということなのだろうか。商売後の娼婦の性器を洗うとは、すごい商売もあったもんだ。

公娼を認めている国では、売笑婦に対して様々な指導があったようだが、その一例としてポーランドで娼婦向けに配布された注意書きが掲載されている。

 娼婦の備付くべき藥品・器具に付き、波蘭のヴアルシヨウで、風俗警察の發したる賣笑婦に對する注意書中 Prostituiertenmerkblatt には、花柳病豫防の爲めには次の物品を常備することを要すると規定してる。即ち

一、坐浴盤(洗滌装置附臺架を備へたるもの) 一個
二、イルリガートル(彎曲したる子宮洗滌管子及びゴム管附) 一個
三、ゴム製注液器 一個
四、海綿
五、過滿俺酸加里
六、五%プロタルゴール液
七、コンドーム
八、點液用ピペツト
九、ワゼリン
此の五品(上記の五-九の5品目のこと・・・引用者注)は一具として包装されたるものでなければならぬ。

用法
同衾前には
イ、男根に剥脱はないか又は壓して見て尿道口より膿樣液の出ることはないかを注意なさい。
ロ、陰部にはワゼリンを塗りなさい。
ハ、お客にコンドームを使ふことをお勸めなさい。

同衾後には
イ、出來得る限り排尿なさい。
ロ、海綿に過滿俺酸加里液(赤酒色の溶液)を浸して陰部をよくお洗ひなさい。
ハ、イルリガートルで過滿俺酸加里液を膣内に注入なさい。
ニ、ゴム製注液器で自身の尿道口内(膣口の上に在る)に注入なさい。
ホ、客へ注意すること。
 一、男根は包皮を根元の方へ引き過滿俺酸加里液で洗滌すること。
 二、出來得る限り排尿せしめること。
 三、尿道口内に二滴のプロタルゴール液をピペツトで注入せしめること。

婦女方よ、同衾後には消毒液及びプロタルゴール液の使用をお忘れなつてはなりません。若し之を忘れると嚴重に處罰されます。醫師の檢診時には、常に必らずコンドーム三個・ワゼリン・過滿俺酸加里・豫防液とピペツト(包装一具中に)を持つて居ねばなりません。

凡ての豫防藥は風俗警察係より實費で分輿を受けられます。

以上掲げた注意書にも在るが如く、賣笑婦の採りつゝある自衛法は各國共に大差ないようである。 (p.21-22)
波蘭のヴアルシヨウ は ポーランドのワルシャワ。「婦女方よ、同衾後には消毒液及びプロタルゴール液の使用をお忘れなつてはなりません。」という極めて優しい口調の翻訳が可笑しい。

ちなみに、イリルガードルとは、これ

「同衾前にはイ、男根に剥脱はないか又は壓して見て尿道口より膿樣液の出ることはないかを注意なさい」 とは言うものの、その場になって膿樣液が出ていたとして賣笑婦が客との性交を断るのは至難の技だと思うのだが。その場を想像してみると、こんな感じか。
ズボン・下着を脱がし、客の男根をギュッと握って膿を出してみて、
「あ、お客さん。ちょっと先っちょから膿が出てますね。これでは同衾できませんのでお帰り下さい」
こんなんで納得するものなんだろうか。「お客にコンドームを使ふことをお勸めなさい。」も同様に難しそうだ。

それにしても、「お勸めなさい。」という口調がやっぱり可笑しい。ファーストフードの店で「ご一緒にポテトはいかがでしょうか?」と勧めているみたいだ(懐かしのスネークマンショーの薬局ネタを思い出してしまった)。

五 賣笑婦に對する取締概括 佛・墺・獨・伊等では登録娼に對し強制檢診制度が存在して居る。所定の場所即ち警察病院等に出頭し定期的に受診するか、又は申請により妓樓内で檢診を受け、有病者は強制治療を受けねばならない。 (p.23)
これで思い出したのが、宇野浩二の「遊女」という小説。性病に感染した娼婦たちが、病院に収容される場面がある。有病者の強制治療制度は日本にもあったことがわかる。上に「遊廓制度は公娼を認めて、赤線地域に集めるという意味で、ラテン式・大陸式と大きな違いはない」と書いたが、それを裏付ける話である。

ちょっと「遊女」を引用してみよう。

難波停車場の前から難波新川まで歩いていくのである。 (p.42)

何だらう? と思つて、私もその方に目をやると、水の上を三艘の家形船が川上に向つて進んで來るのである。云ひ忘れたが、それは夏の日のことで、それにも拘らず、家形船はすつぽりと家の形の蓋をされて、唯その兩側に簾を掛けてある切りなのであるが、その簾さへきつちり張りつけられてあるやうに見えるのである。 (p.43)

何の船だらう? と思つて、私もじつと目を凝らして、何氣なしに立ち上つた時、ちやうど前を通りかかつた船の簾越しにちらりと見えたのは、女ばかりが乗つてゐたことである。すると陸を走つてゐた人々の中の一人が、 「難波病院行きや、」と叫んだので、私はその瞬間には氣がつかなかつたが、二三歩無意識に船と共に船の行く方向に歩き出したとき、すべての事を思ひ出したのである。それは、大阪の方々の遊廓、といつても主に松島と難波の遊廓の女郎たちの、病氣にかかつたものが、その掘割の上にある難波病院に這入るのに、この堀割をこの船で送られるといふことである。今、私の目の前の堀割の水の上を通つて行くのは、即ちその病院に通ふ船(『病院船』)らしいのである。 (p.44)

その時、私たちの外に、二三人の大人の連中もどやどやと土手を下りて來て、その橋の下にやつて來た。
「可哀さうなもんやなア、」とその中の一人が云ふと、
「えらい、お前、思ひやりが深いな、」と他の者が應じたので、どつと橋の下の人々は笑つた。子供の私たちも、何が何だが分からないながらに、聲を立てて笑つた。
「人も知つたる大阪の、所は難波の病院で・・・・・・カ」とその中の一人が、節をつけて、そこ迄うたつた時、
「しツ!」と一人が窘めて、「可哀さうに、そんな唄うたうたるな。もう聞えるデ、」と云つた。
 その時、三艘の船が橋の下を通りかかつたのである。橋の下の人々は固唾を呑んだ。と、長い橋から橋の間を、暑いので簾を上げると、陸の上から人々が揶揄つたり嘲笑つたりするので、辛抱してゐた船の中の病女郎たちが、船が橋の蔭に這入るのを待つて、一度にさツと簾を上げて風を入れるのである。私が驚いたことには、それ等の船の中にはせいぜい二三人か四五人の女たちが坐つてゐるのだらうと想像してゐたところが、二人の女が、兩方から片手づつ延ばして差し上げた簾の中には、十人以上の女たちが、豚のやうにぎつしりと、身動きも出來ないほどに詰め込まれてゐたことである。 (p.44)

(小説「遊女」の初出は大正10年1-4月 雜誌「国粋」連載。引用は、「宇野浩二全集」第三巻. 東京, 中央公論社, 昭和47年6月. による。以下同じ)
難波病院とは、官立の花柳病専門の病院で、難波球場(今はもう無いが)のあたりにあったという。梅毒・淋病 などに感染した娼妓たちが船に押し込められて川を行くとは何とも凄惨な図だ。

フィクションとはいえ、かなり自伝的な内容の小説なので文中の時系列をある程度信憑性のあるものとすると、この情景は宇野浩二が旧制の天王寺中学4年生だった時のこと。明治38年-39年頃である。

文中「人も知つたる大阪の、所は難波の病院で・・・・・・カ」という唄が紹介されているが、これは「病院唄」というもので、この小説の後段で全文紹介されている(実のところ、この「病院唄」というのが実在したのか、それとも宇野浩二の創作なのかは不勉強でよく分からないのだが、私小説でもあることだし少なくともモデルになった唄ぐらいはあったのだろう)。ついでにこれも引用してみよう。下記引用の舞台は難波病院。小説の主人公の幼なじみがこの難波病院の医師(関川)になっており、病院を訪問したという設定である。


「何だい、『障子の女』といふのは?」と私が聞くと、
「その障子を今みせるがね、」と關川が云つた、「それや大變なもんだから、君なんかのやうな氣の弱い者が見たら、確に風ぐらゐは引くね。その障子にはその友菊といふ女が、小指を噛み切つて、その血の滴で唄を書いたんだ。それが病院唄だよ。少し長いけれど、なアに、實物を見たつて、もうよく字が讀めないよ。字は中中娼妓にしては旨いもんだ。何しろ唄を作るくらゐだからね、」と云つて、關川の口授したところを、物好きにも私は手帳の端に書きとつておいた。---

人も知つたる大阪の、ところは難波の病院で、兩親そろうてありながら、お傍で養生も出來ませぬ。皆さん私の振を見て、可愛やいとしと申します。よもや是程長いとは私も夢さら知らなんだ。いつも治療に上りても、全快する期は更になし。無理なお上の仰せには、こんな病院建ち上り、長い廊下も血のなみだ、こぼし歩くも親のため、山家育ちの私でも、こんな病院戀しうない、辛苦島田に結うた髪を、病院内では亂れ髪。 (p.53)
程なく、この友菊という女郎は病のために死んでしまったという。何とも悲惨な話。

宇野浩二の小説に脱線してしまったが、悲惨な話は欧州方面でも多かったようで、「賣笑婦及花柳病 」に戻ってみよう。

妓樓の内部に於ける賣笑婦の生活と、機械的動作のみによる男子性的生活の對手たることは、昔も今も多く變る所がない。一人の女が『所謂晝は日ねもす夜は夜もすがら』多くの男客の玩弄物となるのであつて、優秀なる妓樓の流行つ妓は少くとも一晝夜に十名から二十名の男子と枕を交はすものである、其客人の性的慾求を鎭靜せしむる爲には、實にかなり多くの囘數成功の相手をせねばならない、又祝祭日などには其數が二倍或は三倍に増加するのであつて、斯う云ふ特別の日には彼の佛國ボルドウの市長ランヅ Lande 博士の調査した所では、一人の賣笑婦で一日に八十二名の客を引受けて、各夫れに滿足を輿へさせねばならなかつたと言ふ實例がある。ドイツでも彼のキール市のキール週 Kieer Woche とか、ケルン市や其他のカトリツク教徒の多い都市のカトリツク祭日の如きには、殆んど之と選ぶ所がないまでに、多くの客に接せねばならないのである。

 かゝる殘忍なる形式で多くの男性に接し、性交を無數に遂行せねばならない賣笑婦は、實に生ける屍となつて野獣に等しき嫖客に玩弄しつくされるので、彼女等は單に冷い血の通つた性交の機械に過ぎない。又こう云ふ下等な妓樓では男子の群列が斯樣な婦女に觸れて通り過ぎる爲に賣笑婦の室に入り替り立ち替り、出入する有樣である、冷靜に此の情景を第三者として觀察せば、心ある士は一片の同情と義憤の叫びを起さないで居られるであらうか。 (p.41)
「一人の賣笑婦で一日に八十二名の客を引受け」というのが凄すぎる。一日24時間つまり1440分。これを82で割ると約18分。夜も寝ず食事も何もせずに相手をしたとしても、18分に一人の割合なのである。睡眠・食事などもろもろで8時間を見込んだとすると16時間つまり960分。これを82で割ると約12分。「實に生ける屍となつて野獣に等しき嫖客に玩弄しつくされるので、彼女等は單に冷い血の通つた性交の機械に過ぎない」というのも、正に宜なるかな。

 妓樓が高等になればなるほど、之に支拂ふべき代償金は高くなるので、其の支出に堪へ得る富裕者のみが登樓する、而して賣笑婦が客を扱ふ態度も飢へたる野獣に接するとは異り、妓樓内の娼婦控室(之をサロンと稱す)に迎へ入れられ、其多數の婦女の間から、自己の好む相手の女を選べば、娼婦は之を伴うて自分の室に入り、種々なる豫備的挑發行爲をなし、最後の性交に際しては、男子をして瞬間に慾求の力を殺ぐような手段を以て客をあしらうようにするのが其の手であるとは、斯かる方面の事實を非常に突込んで書いた著書に誌されてある。挑發手段では種々の事が羅列してあるが、例へば服装ではハンガリイやフランスなどでは、賣笑婦は自室に客と同行する際には靴下と上沓とで脛をあらはに出し、僅かに薄くて下が見え透くような短い下衣一枚であつて客に倚りかゝり、或はふざけて種々の動作を演ずると書いてあるが之れ以上余は到底紹介する勇氣を持たない。 (p.42)
地獄の沙汰も金次第とはよく言ったもので、高級娼婦ともなれば様相は一変。一日に82人の相手をすることもない。ところで、「最後の性交に際しては、男子をして瞬間に慾求の力を殺ぐような手段を以て客をあしらうようにする」とあるが、これは一体何ぞや?「瞬間に慾求の力を殺ぐような手段」の「殺ぐ」の意味がもう一つ分からない。「瞬間で射精させてしまう」という意味なのだろうか。それとも、「射精寸前に欲情を抑えさせて性交を長引かせる」という意味なのか。

「・・・或はふざけて種々の動作を演ずると書いてあるが之れ以上余は到底紹介する勇氣を持たない。」という終わり方が笑える。落語「宮戸川」の古今亭志ん生師匠みたいなシメだ。

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