膣 球

田中康稔「膣球」(『実用新案公告』 9708号 大正12年)

寸評
 読んで字の通り「膣球」なのである。何の事だと思いますか?カタカナ書きの文章で読みにくいのだが、どうも「タンポン」に類するものらしい。図を見て下さい。「第一図ハ本考案膣球ノ全体斜面図 第二図ハ縦断側面図 第三図ハ使用時ニ於ケル状態ヲ示セル斜面図トス」「図ニ於イテ(1)ハ「ガーゼ」ニシテ(1')ハ此ガ半部ニ「コロヂューム」ト「アルコール」トノ溶液ヲ塗布シタル部分(2)ハ脱脂綿(3)ハ藁灰ニ龍脳ヲ混シタルモノ(4)ハ括糸トス」要するに、これを膣の中につっこむと中の脱脂綿が血を吸い取る。そして、使用時に下を向いている「コロヂューム」と「アルコール」が塗ってあるガーゼの部分は水分を通さないので、経血が外に漏れないという仕掛けだ。私は化学の知識が皆無といっていいほどなのだが、一体「コロヂューム」と何なんだろうか。「コロジューム」でなく「コロヂューム」と表記してある為に大正ロマン的、新青年的、乱歩的な怪しさが150%ほど増している。「満州社交界の華 謎の死 膣内のコロヂュームが原因か!?」などという新聞の見出しが似合いそうだ。

 図の説明にある「龍脳」というのは香水のたぐいらしく、「...藁灰ニ龍脳ヲ混シタルガ為メ吸収性ニ伴ヒ完全ニ消毒殺菌ノ効果ヲ奏ゼシメ得ベク殊ニ香気ヲ発散シテ月経時ニ於ケル局部ノ悪臭ヲ消失セシメ使用者ニ自カラ快感ヲ覚エシムルノ特徴ヲ有スベキモノトス」とある。「自カラ快感ヲ覚エシムル」というからには、よっぽど官能的な香りなんでしょうな。

 実はこの膣球は第2バージョンで、最初のバージョンではこの「コロヂューム」は使われていなかった。脱脂綿を薄い包装紙でつつみ、その下半分に「ゼラチン」「フォルマリン」(フォルマリンなんか使うな!)を塗ったものだったそうだ。ところがこのゼラチンとフォルマリンの溶液は濃度が薄いと経血をもらしてまう。逆に濃度が濃いとゼラチンが固まり、脱脂綿をつつんでいる紙がカチカチになってしまう。「.....元来紙質ナルガ為メニ硬化シテ使用ノ際揉ミ和ラグルニ当リ破損スルノ欠点アリ従ツテ時トシテハ膣内ニ脱脂綿ノ切片停滞スルガ如キ危険ナキヲ保スル能ハザルナリ」。なにが「危険ナキヲ保スル能ハザルナリ」だ。使うたんびに綿のカスが膣の中にたまってたまるものか。きっと、この発明者の田中さんの奥さんか娘さんが実験台になったんだろう。発明家の家族もたまったものではない。


『実用新案公告』 9708号(大正12年)の膣球に使われている「コロヂューム」とは、おそらくニトロセルロースのエーテル溶液のことであると思われます。これは昔は「コロジオン」という商標(?)で売られ、この溶液を塗布してエーテルを蒸発させると後に丈夫な被膜が残ることから止血などの目的で使われたようです。今ではバンドエイドがその役割を果たします。私も塗ってみたことはありますが、バンドエイドに慣れた身には極めて頼りないものでした。「コロジオン」は昔の小説などでも時々見られ、確か、シャーロック・ホームズなどもコロジオンで応急処置をしてから捜査に出たことがあったような気がします。

なお、ニトロセルロースは綿を濃硝酸で処理して作られ、別名綿火薬あるいはセルロイドと言われる発火性の物質です。ニトロセルロースで作った人形に火をつけて一瞬で消し去るという大時代的な手品がその昔行われたということを聞いていますが、今では消防法で許されないことです。昔のセルロイド人形が火を噴いたという話も聞いたことがあります。今日の合成繊維万能時代にもニトロセルロースはまだ使われております。代表的な用途はピンポンの玉で、これは未だに合成材料では性能が出せないそうです。ピンポンの玉に火をつけて遊んでみてください。ただし、周りに火のつくものを置かないこと。焼死しても私は関知しません。



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