産業ロック製作所推薦図書
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變態性慾心理 その4

變態性慾心理
Krafft-Ebing, R. v. 著.
黒澤 良臣 訳.
大日本文明協會第二期刊行書第二十四巻
東京:大日本文明協會, 大正2年.

寸評
 變態性慾心理 その3に関して次のような投稿をいただいたので紹介する(うちのページの「溜まり場」に投稿されていたので御覧になった方もいると思うが)。


変態性欲心理その3(新字であしからず) 
投稿者:紀要製作所員

新しい「推薦図書・変態性欲心理」の「女の手を煤で汚して鏡で見る」という奴だけど、乳母コンか女中コンかなんかじゃないのか。 子どもの頃そっと視界に入る卑しい生まれの汚ならしい女中。 まじまじと見つめ幼い性欲を掻き立てようとしましても、そのような下賎のものに目をやるでない、と叱りを受け、かくして胸の奥深くに沈められたる魂魄がいま山羊髭の紳士となりし彼の昼下がりにかくなるかたちで現れけり。 となると、わりに凡庸なファンタジーかなという気もする。 まあ、手だけというのが奥床しくてよろしいのですが。


これに対して私は以下のように書いた。

變態性慾心理その3について 
投稿者:A 

 会話だけして完全に満足して帰る、というのも美しくはないでしょうか。また「汚ならしい女中」を「煤で手を黒くした女の鏡像」と暴力的に記号化する力技も美しいと思いますが。どうでしょうか?


しかし、よく考えてみると確かに紀要製作所員の言うように「凡庸なファンタジー」であるという意見に反駁する論拠を持っていないことに気づいた。なにしろ、勝手なこちらの印象だけで「黒く塗った女の手を鏡にうつして見る」フェチストは世の中には他に存在しないと決めつけているだけなのだから。

 我々の想像を絶した性的な嗜好を持つ、ということが「變態」の意味であって、そういった變態者たちがいつも世の中に存在したことを思ってみれば「黒く塗った女の手を鏡にうつして見る」フェチストが一人でないこと、いや變態界ではかなりポピュラーな嗜好であるかもしれないことを完全に否定することはできないのである。日本では「黒く塗った女の手を鏡にうつして見る」フェチはポピュラーでないのかエロ本屋のフェチスト雑誌の中にこの専門雑誌を見かけたことはないが、紀要製作所員の言うように「乳母コンか女中コン」だとするなら、ヨーロッパでは「黒く塗った女の手を鏡にうつして見る」フェチ雑誌があったとしても不思議ではないのだ。そして、どのような嗜好にも流行はあるもので、この「黒く塗った女の手を鏡にうつして見る」フェチがヨーロッパから日本に上陸し、流行するというのもあり得ないことではない。そうなれば、「黒く塗った女の手を鏡にうつして見る」フェチが「凡庸なファンタジー」であったことは明らかになることだろう。

 それにしても「黒く塗った女の手を鏡にうつして見る」フェチが日本でポピュラーなものになったとして、その時に製作されるであろう「黒く塗った女の手」フェチ雑誌とはいかなるものであるのか?今回の「變態性慾心理 その4」では、通常のこのコーナーの主旨から少し離れて、そのフェチ雑誌がどういうものかを想像し、WEB上で製作してみることにした。この日本でおそらく初めての「黒く塗った女の手」フェチ雑誌のタイトルは「黒手狂時代」という。

「黒手狂時代」を見る


ご愛読いただいた「變態性慾心理」シリーズだが、今回をもって一応終結ということとなる。ありがとうございました。  


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