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檢閲室の闇に呟く

檢閲室の闇に呟く
田島太郎著
東京:大日本活動寫眞協會發行, 1938

 戦前には検閲制度があったことは承知しているが、どのような仕組みになっていたか細かいことまでは知らなかった。この本は、内務省映画検閲室の田島太郎という人が書いた「検閲こぼれ話」といった感じの本である。なかなか面白い。

 それまで、各都道府県で個別に行われていた映画検閲が、内務省映画検閲室で一括して行われるようになったのは、大正十四年七月一日のことであった。このときに、検閲に関する規則や検閲標準が整えられたのだという。


檢閲官廰ハ前條ノ規定ニ依リ檢閲ノ申請アリタル「フィルム」ニシテ公安、風俗、又ハ保険上障害ナシト認ムルトキハ「フィルム」に檢閲濟ノ檢印ヲ押捺シ説明臺本ニ其ノ旨を記入ス(活動寫眞フィルム規則第三條)(p.245-246)
 検閲を受ける対象となる映画は、決して興行用に作られたものだけとは限らない。アマチュアの作った作品でも、個人だけで楽しむ場合を除き、検閲を受けなければならないのだという。アマチュアの映画作家に向けて田島氏は、このような文章を書いている。

 小型映畫の撮影機を買ふ。先づ、芝生に藤椅子、涼しい初夏の微風を受けて、羞かみ乍らの御家庭風物詩が皮切り、次第に熱が上つて、親戚順禮からハイキングの實寫、旅行も撮影機があればこそ、と云ふ程度になつて来ると、もう、そろ、そろ種が缺乏して来る。で、少し筋のあるもの、と、お好みは、事情巳むを得ずして旋囘して来る。此の位になつて来ると、何時からとはなしに、檢閲と云ふ事が氣になつて来る。同好者の誰かしらから、活動寫眞フイルム檢閲規則第一條の説明を聞かされる。そうかなあ、檢閲を受けないで人に觀せると、罰金又は拘留、科料、厭だねえ、その、つまり、多衆の觀覧に供する爲め映寫する、と云ふやつだね、第一條と云ふのは。でも只で見せるんなら良いんだろ、近所の人二、三人か何かに。料金を徴すると否とに拘はらず?そいつあ困つたね。(中略)と云ふ事で、狼狽てて檢閲を受けに行く決心をする。などと云ふ例は決して稀な現象ではない。

 こう云ふ連中になると、一齣一畫面、粒々辛苦、一本の映畫は、全部、努力と昂奮の結晶であるから、映畫會社や監督のてれ隠し、血みどろのカット、苛酷無惨なる檢閲、と云ふ聲に嚇かされて居る関係上、主観的に國寶的存在である自作映畫を、むざむざ地獄の鬼の手に委ねる、と云ふ事は、母性愛的感情に於て、誠に忍びざる所がある。一應御尤至極である。だが、御待ちなさい、諸君の御安心の爲めに斷言します。それは誤解です。我國の映畫檢閲と云ふものは、そんなもんぢやありません。毎日毎日檢閲を受けて居る玄人筋の、腹を割つた打明け話を聞いて御覧なさい。残忍酷薄では決してない。斷じて常識を外れては居らない。(p.36-38)


 近所の人達に見せる程度でも検閲を受けないと、「罰金又は拘留、科料」というのだから恐ろしい。実際のところ、どこまで素人映画に対して厳しく検閲を受けさせていたかは解らないが、少なくとも罰せられる可能性はあったわけだ。しかし、国中で作られる素人映画と玄人映画を内務省映画検閲室で全て検閲することは可能だったのであろうか。

 素人映画の検閲で厄介な例として田島氏が紹介しているのは、医者の作る手術映画だ。検閲基準には「慘酷ニ渉リ若ハ醜汚ノ感ヲ與フルモノ」というのがあり、手術の映画というのはどうしてもこれに引っかかってしまう。


 何しろ、自分で一生懸命、昂奮して作つた映畫ではありますし、御自分達の方から申せば、そんな事を慘酷と心得る様では商賣は出来ませんし、また、其の手術が、幾分か醫學上の参考になる、と来て居りますから、多衆の觀覧、即ち、大勢の素人に見せやうとするには、こんな、足を挽き切つたり、お腹の皮を一尺も破ぶいたり、する様なのは、刺戟が強くていけません、と、いくら申した所で、なかなか承知するものではありません。學術上有益なものだから、と決してカットを承知しない。(中略)自分が興味を以て作り、良い事だと信じ、大した努力と間誤付きに打勝つて作つたのでありますから、馬の耳に念佛であります。頭が此の事だけで一杯になつて居て、他の事を考慮反省するよ餘裕が無くなつて居るのであります。どうしてもいけませんか、それぢゃあ、當局として絶對に上映を禁じます。とやられて、始めて(カットに:引用者注)承知する。 (p.324-326)
田島氏によれば、医学関係者の間でのみ手術映画の上映を許すという事は、「屡々ある」とのことではるが、「しばしばある」ということは、やはり医学用の映画とはいえ検閲をノーカットでは通らないことが多いということであろう。

 検閲で最も慎重に取り扱っているのは皇室に関する事項で、その中でも菊の紋章が意外に多く問題となるのだという。


或る文様が、菊御紋章と類似であるかどうか、の判定には、内務省が、昭和四年に廰府縣長官宛に發しました大臣の訓令によつて、大體は承知できるとは申すものの、實際の適用に當りましては、なかなか魔胡付くのであります。(中略)その類似か否かの判定問題につきましては、保安關係上、それを専門に擔當して居る係員が警保局に居りますので、いつも此の係員の協力を俟つては處理致すことにいたして居るのであります。
 で、その専門家の判定振りを見て居りますと、その判定標準は、どうやら次の様に思はれるのであります。即ち、-----

   花瓣の數が十二以上二十五以下のもの、

 これは、單獨に描出されて居るものばかりではなく、その周圍にどんな、圖柄が付いて居りましても、いつも、いけない様であります。然し、その中にも、花の中央の丸が、横或は上下の方に、著しく偏寄つて居るものや、花瓣が、きつぱりと幾何學的紋型をして居らないで、眞物の菊の花を模擬したものと認められる様なものは、十二瓣以上二十五瓣以下であつても、許される。などと云ふ例外の場合もあるやうでありまして、實にややこしいのであります。

(中略)映畫の畫面は、千變萬化、瞬間に現れ消へ去るものであります。その忙しい中に、この類似容疑の模様の有無を、その衣裳の模様とか、登場人物の持物とか、調度品の模様、壁紙、椅子、テーブル掛け、衝立、窓枠、と云つた様なものを始め、畫面に、現はれて来る一切の模様或は形状の個々に就て、詳細に吟味・點檢致します爲に、私達は、他人の想像も及ばない緊張を以て、劇内容の査閲とは別な、他の一貫した獨立の注意方向を、劇内容の爲めの注意と平行させて、常に、固定・持續させて居なければならないのでありまして、相當な熟練を必要とするものであります。 (p.256-257)


菊の文様を見逃したとあれば、当時の新聞達は騒ぎ立て、世間も許してはいまい。間違いなく担当者は首であろう。役者が来ている服の模様にまで目を凝らさなければならんとは、大変な緊張を要する仕事だったに違いない。しかし、たかが菊の模様に職をかけるとは(昭和10年代なら命もあぶないかもしれん)いやな世の中である。菊の文様が問題となるのは、日本の映画だけではない。外国産の映画でもこの規則は適用される。


外國映畫に於きまして、現に此の圖形(菊の模様のこと:引用者注)を、假想の王者の居室の壁に、紋章として掲出し、以て其の威容を整へる手段とした實例があるのでありまして、彼等にも左様に感ぜられる(尊厳を感じること:引用者注)ものと思はれるのであります。勿論、そのシーンはカットでありました。左様な事位ひで、此の尊い御紋章に、偶然とは云へ、一致した圖形を用ひられると云ふ事は、我々日本人の民族感情が許さないのであります。更に、偶然の一致、の、實例としては、外國物の實寫でありましたが、アメリカン・インデアンの服の胸釦に、完全にそつくりなのを發見した事等もあるのであります。が、アメリカン・インデアンと云ふ文化の程度の低い者共に、と云ふ事が特に烈しく刺戟しまして、矢張りカットでありました。 (p.261-262)
実写というのは、劇映画でなくドキュメンタリーのことであろう。劇映画で、インディアンを出汁に使って日本人を馬鹿にするという場合ならまだしも、本当の普通の生活の上で、菊の模様を使っているだけなのである。「アメリカン・インデアンと云ふ文化の程度の低い者共に」などと言われたって、皇室の事など関係なく使ってんだからしょうがないだろうが。全くの言いがかりとしか思えない。大体、八紘一宇なんて寝ぼけたことをスローガンにしてたんだから、菊のボタンを引き合いにして「仮想敵国のアメリカの原住民にまで、天皇の威光が届いている」ことにしておけばよいではないか。

 天皇関連の映像がカットされることは、当時の多くの日本人にとってはそれほど不自然ではなかったのであろうが、事猥褻に関することになると、意見が別れていたようで、その中でも最も関心の的になっていたのがキスシーンだ。


 映畫で、キッスはカットの立役者だ。カット、と云へば接吻。お素人衆には、先づ、第一にさう来るらしい。それ程キッスは人氣がある。事實、カットの分量から云つても、接吻は、その米(メートル)數に於て少くとも前頭の筆頭位の所はある。(p.107)
戦前では、日本映画でのキスシーンはほとんど許されていなかったのである。

 接吻は、まづ、切られる。これが常識であります。何故切られるか、映畫に現はれるその大部分が健全なる社會通念によつて、善良なる日本風俗と認められて居らないからであります。日本に於きましては、古来、男女間のキッスなる習俗は、社會儀禮の表面に浮み上つて来る程、立派なものではなかつたのであります。闇を流るる傳統に過ぎなかつた。(中略)

 西洋ではどうであるか、(中略)づっと昔から浄化された一面がありまして、社交的儀禮、或は宗教的な儀式にまで、なつて居るのでありますから、西洋人の場合は、異性相互間に行はれます接吻であつても、全部が不純と云ふ譯ではないのであります。(中略)然し、愛情・友情・尊敬・感謝・歡喜と云ふ様な形式ではあつても、巫山戯たのや、油の強いのは勿論カットであります。中には、ズーッと云ふ凄い音を立てるのや、ピッチと、吸盤を引き離す時の様な音を立てるのがあり、頬つぺたを凹ませて吸ふのや、隨分激しいのがあるのでありますが、これ等は當然カットであります。

 で、兎も角も、西洋物には、或る程度までキッスが許される。それなのに、日本物の映畫では、キッスは全然許されない。不公平ではないか、と喰つて掛る人が、いる(中略)日本物のキッスは駄目であります。パス致しません。それは何故か。それには理屈があるのであります。日本物の接吻と西洋物の接吻とは、觀る人の衝動が違ふのであります。日本人同志のものは、西洋人同志のものと違つて、身近な感じがするのであります。身近なものの行動は、事故の物心両界の生活に於て、常に緊密な利害關係を生ずる、と云ふ經驗的な事實の不安の一面が、日本習俗上の接吻の位置感に觸れ、ここに道徳的生活感情の困惑を惹き起しまして、羞らひ、となつて發現し、不快を伴ふのであります。 (p.329-331)


「日本習俗上の接吻の位置感に觸れ、」っていうフレーズがいい。しかし、「ズーッと云ふ凄い音を立てるのや、ピッチと、吸盤を引き離す時の様な音を立てるのがあり、頬つぺたを凹ませて吸ふのや、隨分激しいのがある」なんて書くと、これを読んだ不埒な野郎どもの劣情に火がついてしまうのではないか、と老婆心ながら気になる。キスシーンのカットについては、よほどいろいろなところから尋ねられているようで、何度かカットの理由について書いてあるが、筆者は風俗の標準について別の場所ではこう述べている。

子供が、常設館に母親と行つて、一定の質問を發した時、之れに對して母が、己れの良心を僞る事なく、且つ共に氣不味い思ひをする事なくして、答へ得る程度。(p.131)
ということは当時は、外国人(まあ、日本で当時かかっていた外国映画なら、主演者は白人がほとんどだろう)のキスなら子供に屈託なく説明できるが、日本人のキスなら説明できなかったということなのだろうか。筆者のキスシーンカットの理由で最も傑作なのは次。

君は、君の妹が、眞晝間、銀座で男とキッスをして居るのを見付けて平氣で居るか。居られまい。然し、外国人の親子のキッスなら平氣だろ。(p.116)
これは、かなりの暴論であって、例えば、「君の妹」を「君の女房」にすれば、

「君は、君の女房が、眞晝間、銀座で男と食事をして居るのを見付けて平氣で居るか。居られまい。然し、外国人の親子の会食なら平氣だろ。」

も成り立つ。だからといって、夫婦以外の男女が会食するシーンを全てカットするわけにはいかないだろう。

 日本映画におけるキスシーンのカットは徹底していて、たとえ直接にキスシーンがなくともカットの対象になっている。


---相對した男女の下半身の大寫。煙草が地面に落ちる。女の手が上へ畫面から切れる。女が爪先で立つ。

等といふのがある。これに似てはゐるが、更に凝つたのがある。

---砂上に靴の足跡と草履の足跡が、爪先を接して印されてゐる。その一側に煙草の吸殻が落ちてゐる。

等といふのもある。その苦心のほどは覗はれるが、駄目なものは駄目である。 (p.156)


それぐらい、勘弁してやれや、と思うのは私だけであろうか。ここまで、日本人のキスが封印されていたのだから、「日本人のキスを見たい」という欲情は大変なものだっただろうな。現在の日本でも写真や映画の猥褻かどうかの判断が問題となっているが、その焦点は、猥褻の判断が、単に性器が写っているかどうかに撞着して、全体の文脈を全く問題にしていないところにある(客観的に猥褻かどうかなんて白黒つけられる筈がないのだから、ぼかしなんかいれないほがいいと私は思うが)。そういう意味では戦前の検閲は単に「キスシーンが画面に出ているかどうか」という点だけでなく、全体を見ようとしていたのである(それがいいか悪いか別にして)。映画の原作の小説をなるべく読むことにしている理由を筆者はこう述べる。

 何故、そう迄して、新聞雑誌の小説を讀むか、評判の小説を讀むか、それにはその外にも理由が個人としてでなく、檢閲上の理由からもある。小説が映畫化される。その映畫を見て「良い所、悪い所と、それだけを査閲すれば良いぢやないか」と、御考へになるかも知れないが、ね、そうでせう。所が映畫になつて、それを世間の人が見る、その時世間の人は己に筋を知つて居る。原作で知つている關係上、映畫で描かれた筋なり、場面なりが、いくらしらばつくれても、前の智識が自ら補足左様を發生して、ちやんと見物衆は呑み込んで仕舞う、その邊の効果を測定する爲めなのです。 (p.172-173)
映画全体を見るどころか、原作をも把握して、鵜の目鷹の目でカットする場面を探しているのだから全く頭が下がる。原作の把握にとどまらず、さらには、演じる俳優のキャラクターの把握までが検閲に必要不可欠なものとなる。。

 監督に命ぜられてAと云ふ俳優と、Bと云ふ俳優が、同一の表情をしたとする。すると、Aの場合にはカットになり、Bの場合にはカットでない事がある。何故そんな事が起るか。それは、Aの柄ゆき、持味と云ふものの爲めに、Bと同一の表情であり乍ら、而も、猶且つ、氣分が出過ぎた、と云ふ事に原因するのであつて、第三者には、説明すれば直ぐ解る事であり乍ら、被害者に、此の經緯を呑み込んで貰ふ迄には、相手の僻みや何かも手傳つて、檢閲官が頗る困惑する、と云ふ、餘興入りの表情禍なども生ずる事があるのである。(p.56)
「此の經緯を呑み込んで貰ふ迄には、相手の僻みや何かも手傳つて、檢閲官が頗る困惑する」と暢気なことを言っているが、私がこのAという俳優ならとてもじゃないが飲み込めない。なんだか「お前は、総体スケベそうだからいやらしく見える。よってカット」と言われているみたいではないか。なんとも傍若無人な検閲ぶりである。

 最後に、エロで検閲拒否処分を受けた(昭和13年までで)唯一の映画を紹介しているのでそれを引用する。


エロで唯一の禁止映畫
 エロの場面で鋏厄を受けるものは、この様に千差万別、隨分數は澤山あつて、一ヶ年何千メートルにも達するが、その割に、映畫全體が總體としてエロであり、如何にカットしてもパスさせる事の出来ないものといふのは驚くほど少ない。今日まで鋏厄史存して以来、通俗にいふ不許可處分、正しくは檢閲拒否處分をエロで受けた映畫は、僅か一本である。實に少ないものである。(中略)で、その、唯一の全體としてリジエクションされたものは、大正十四年十二月に、拒否處分を受けた Mr. last man on Earth である。

 ---男性のみ死亡する流行病によつて、地球唯一人の男子を残存し得たといふ空想を出發點とし、女性が、欝勃たる衝動からその男性を得やうとする浅間しい意慾と、その男を發見した後の歡喜の渦巻きとの中に狂奔相剋する有様をテーマとし、生理的な直接主義から脱却しない手法で、無恥な、あられもない狂亂を描いたものであつて、その中に、男に餓えた女達が、觀點を種族保存に、といふ名目で、探檢家を募集する。一人の飛行家勿論女性であるが、これが、漂流中の米人を南洋の密林中に得て連れ歸るといふエピソードがある。女流飛行家が或る日二十年間人界を離れてをつた漂流人と、はたと出會ひ、何かと話す中、偶然二人の唇が合ふ。二人の全感覺は俄然衝動し、火箭の様な興奮は、颯然として心臓から頭へ突き抜けた。二人はそのままぱつたりと眩暈に倒れた。といつたシーンが、巫山戯切つた手法で書いてあつたり、その發見された男が、米本國へ連れ歸られ、競賣に附せられる所などもあつて、娘を連れた母親に「これがあんたが觸れたがつてゐた男の皮膚ですよ」といはせて見たり、二百萬どるから競上つて一千萬ドルで政府が買上げる事にしたり、それはそれは、直接主義的なエロ味たつぷりのものであつた。 (p.159-160)


大正14年というと、1925年で、ハリウッドではサイレント映画の黄金期だが、この作品はハリウッドのメジャーの作品なのだろうか。あるいは東海岸の独立系の会社の作品なのだろうか。是非とも見てみたいものである。しかし、検閲官たるもの、不許可にした映画についてこんなに詳細に語ってはいかんのではないのか?


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