産業ロック推薦図書



これ以上は禁止
---ある檢閲係長の手記---

これ以上は禁止
---ある檢閲係長の手記---
立花高四郎著
東京:先進社, 1932

 以前に紹介した「檢閲室の闇に呟く」と同じく、戦前の検閲担当者が書いた検閲に関する本である。「檢閲室の闇に呟く」では映画の検閲だったが、この本は書籍類の検閲について扱っている。しかし、いいタイトルである。シンプルだが力強い。

 筆者は、日本の檢閲が欧米に較べて厳しすぎる、という世間の意見に反論して、外国の檢閲基準をあげているが、1920年代のイギリスの映画檢閲基準が面白いので孫引きになるが引用する。


1922年2月21日のロンドン・タイムスに見えた英國映畫檢閲標準なるものを見ると、67項目に分れて居る。その中から風俗關係のものを抄録して見ると左の通りである。

(8) Making young girl drunk.
(10) Brutality and torture to wommen.
(16) Murders with realistic and gruesome details.
(18) Cruelty to children.
(19) Excessive cruelty and torture to adults.
(20) Fights showing extreme brutality and gruesome details.
(23) Woman fighting with knives.
(25) Nude figures.
(28) Impropriety in dress.
(29) Indecorous dancing.
(36) Disparagement of the institution of marriage.
(43) Advocacy of the doctrine of free love.
(44) Seduction of girls and attempts threat treated without due restraint.
(45) Attempted criminal assaults on women.
(46) Scenes indicating that a criminal assault on a woman has just been perpetrated.
(48) "First night" scenes.
(50) Indelicate sexual situations.
(52) Infidelity on the part of husband justifying adultery on the part of wife.
(53) Bedroom and bathroom scenes of an equivocal character.
(54) Prostitutions.
(60) Women promiscuously taking up men.
(67) Suggestion of incest.

(p.39-41)


(23)の「ナイフを持ってたたかう女性」が特に規定されているのが面白い。こんなシーンのある映画が問題となったことでもあったのだろうか。また、(46)の「妻の背信行為を正当化するような夫の不貞行為」という妙に細かい規定も面白い。「こんな不実な夫を持ったなら、女房が不倫に走っても仕方ない。」と思わせるシーンがいけないというのだろうか。こういう持ってまわった書き方をするということは、妻の背信行為を正当化しない程度の夫の不貞行為は許されるというこのなのだろうな、きっと。

 筆者はいくつか検閲の実例をあげているが、その中で、検閲の厳しさを思わせるものがこれ。


印刷技術上の過失の爲め取り返しのつかぬ、發禁位では事濟みに鳴らぬ大問題が起つたことがある。大正七年の米騒動當時にその一例話がある。その當時、支那米輸入に關する記事は一切新聞紙に掲載されないことになつて居たと記憶する。然るに都下の某紙は、「印度、支那米....」と認めた記事を掲載した爲め、終に發賣頒布が禁止された。印刷常識のあるものは直に氣附くであらうが、該記事の記者は、「印度支那米、....」と書いたのである。所が大組の際に、コンマを落して、落したコンマを、「印度」の次に挿し込むだのである。全く職工の過失であるに相違ない、さらばと云つて印刷面は疑ふ可くもない、明白に「支那米」とある爲めに、行政處分を免れることは出来ない。(p.15-16)
ようするに、国名として、「インド 中国 アメリカ」の三国を並べただけなのに、印刷の際に、コンマが変なところにはいって、たまたま字面が「支那米」となったために、行政処分をうけるというのだ。こうなれば、もう理不尽という他ない。その伝でいくなら、「高慢」という単語や、「レマン湖」などという言葉を使えば、前後の文脈関係なしに、「発音がよろしくない」という理由で行政処分されてもおかしくないではないか。

 次に紹介するものは、検閲の実務とは関係ないのだが、戦前の新聞について興味深い事実が紹介されているので、引用してみる。


 どうしてヨタ號外が發行されるか。
 類似題名、新報、新聞、東京のあるのと、ないものと、大新聞名の題字を二ツ寄せて一ツにして題名、かなり澤山ある。
 すると、號外だけを専門に發行する男が居つて、中外××新聞ならその新聞名で號外を發行する権利を月何圓也で買ふ。だから實際の發行者は號外に就いては何にも知らないことになる。
 借家して、二階を部屋借して居ると思へば間違ひない。
 だから、普通新聞常識から云ふと、號外價値のないものが號外になつて飛ぶと云ふ次第である。そして、號外呼賣するものは、生活に困つて来ると、二十人三十人と團體を組んで號外を専門に發行する男の所へ押しよせて、無理矢理に號外と名のつくものを出させるのである。(p.139-140)
ここでいわれている号外は今の新聞社が大事件の際に出す号外とは随分異なるもののようだ。今の号外は無料で配布しているが、当時の号外は有料で売り出していたものらしい。一流どころの新聞はともかく、大新聞の名を足して二で割ったようなタイトルの三流新聞では、当時、号外の発行権をよそに売っていて、売った先がどんな号外を作ろうが本家では関知しないというのだからおそるべきシステムである。現在で考えるとすれば、例えば「清原、西武復帰か!?」という東京スポーツの号外を買って、それが本当かどうか東スポに問い合わせると「さあ、それは号外屋が作ったもんだから、わかんないねぇ」ということになるのだ。無責任なこと、この上無し。

 次に紹介するのは、エロ本蒐集家の苦労についてである。


 最後に、秘密出版屋の出したエロ出版物の蒐集家と云ふものが、その出版物をどうして居るかの問題がある。蒐集家の年齢は色々あるだらうが、三十歳未満の男で、エロ本を耽讀する内に××の現實よりも、美しい幻想を描いて、獨り樂のしむ習慣を得て、立派な變態性慾者になり切つたのがあるさうである。斯ういふ人は同一書を繰り返して讀むこともあらうが、一時の好奇心から集めた人は、集まる程に、その處分に困りはしないかと思つて居る。(中略)本式に所藏するとなれば、保存上手入をしなければならず、その内に子供なぞ大きくなると、土用干と云つた大びらのことも出来ず、持餘さざるを得なくなる。結局厳重倉庫に密蔵しなければならぬ。

 私の知つて居る人の、その有人に、莫大の金を投じて、内外のエロ本、中には立派な世界的文献も含まれて居たのたが、蒐集して愛藏して居た所が、その蒐集家が病歿した。其處でいよいよ整理する段になつて、行詰つた。古本屋を呼むで拂下げると云ふと、お買上げをお願ひはしたが、その筋へ買入れたことが發覺しますと大變ですからと、爆弾でも取引する様なことを言つて取合つて呉れず、有人知己へ形見分けするのは變だし、未亡人はほとほと處分法に窮したさうで、その後どう處理したかは聞かなかつたが、蒐集したもので、自分が秘密出版をやらない限り仕様のない、凡そ厄介なものと云つたら淫本でないかと思ふけれど戦争でもある場合は、陣中のつれづれを慰めるにこれに越したものないと、日露戦争の勇士が物語つたのを聞いたことがある。結局水葬とか火葬とかにする外はなからうと思ふが、グロ旺盛の今日だから、罪業を消滅するの意味で、ある日の深夜、ある場所で厳重な監視のもとに、不要淫本を焼却する、一種のお祭りを執行したらどうだらう。風教上頗る有意義な祭禮でないかと思ふ。

 場所と云へば聖天様の境内あたりが適當でなからうか。焚書の古例を眞似るのでなく、エロ本を死藏して困つて居る人々をを救濟する意味で面白いものがある。(p.78-80)


 「不要淫本の焼却祭」とはなかなかいいアイデアである。よく「針供養」とか「人形供養」といってお寺が不要になった、針や人形を回収して祈祷をし、処分しているが、あの伝で「エロ本供養」をするわけだ。針などは、捨てるにしても回収する人がケガしそうだし、人形も回収するほうからみたらちょっと気味が悪いものであろうから、お寺が供養がてら一括して集めて処分するというのは、よくできたシステムであると思う。そういう意味では、エロ本も大ぴらに捨てるものちょっと気恥ずかしいし、捨てるに捨てられないという意味では、針や人形に共通するもんである。よく、地方都市の駅前にある「有害図書ポスト」なんぞより、よっぽど粋な処分法と思うが。もしやってくれる寺社仏閣があれば、喜んで私も参加したい。提供する物件はかなりあります。しかし、「エロ本供養」に来る人々の群ってどんなもんだろうか。なんだか、薄汚くって鬱陶しい集団だろうなぁ。

 戦前のエロ写真の取り方についての引用。


以前は、淺草あたりへ行つて女乞食をモデルに雇ひ込むだものださうです。相談がまとまると、女乞食に目隠しをして俥に乗せ、スタヂオに連れ込み、垢をスツカリ洗ひ落してから、奇麗な着物に着換へさせ、豫定通り色んなポーズの寫眞を撮ると、モデル代幾何かをやつて、またもとの通り乞食姿にかへ、目隠しをして俥に乗せる、そして適當の場所へ連れて来ておつぱなす。それから女乞食の顔ぢや興が薄いとでも云ふのでせう、藝妓や女優の顔をツギかへる、上手に首をすげ換えへたの鳥渡解りませぬ。一時流行つたものです。(p83)
 昨今のアイコラの元祖ですな。よく、江戸川乱歩の小説で、淺草にいって浮浪者を雇い犯人の替え玉を演じさせるという場面があるが、なんだかそれを思い出させる。

 最後に、検閲官をからかう出版業者の話。


 檢閲係員をからかつて、獨り得意で居る出版業者がある。この頃は伏字を用ひることが流行するので、伏字を濫用して、ドキツとさせて嬉しがるのがある。

「女は○○を○○○に乗せて、○○○○○○○、ハハア○しがつて居た。」

 と、書いてあると、何だか、際どい情景が描かれて居る様に思はれ勝ちであるが、本人に伏字を入れさせて見ると、

「女は荷物を車の上に乗せて、急坂を登るので、ハハア苦しがつて居た。」

 と叙事に過ぎない。そして丁寧にその記事のある裏の頁に、伏字をさらけ出して置き、どうですと云はぬばかりの顔が見えるやうである。(p.133-134)


「女は一物を舌の上に乗せて、舐めまわしつつ、ハハア欲しがつて居た」

「女は裸体を男の背に乗せて、蛇のように悶え、ハハア愛しがつて居た」

「女は片足をベッドに乗せて、寝間着をめくり、ハハア嬉しがつて居た」

ドキッとした人はこんなことを想像してんでしょうな。しかし、検閲官をからかって、あとで仕返しを喰らったりはしなかったのだろうか。他人事ながら心配だ。


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