国の光

国の光 295号(『國の光』 No.295 大正7年)

寸評
この「国の光」という雑誌は、日本禁酒同盟会の機関誌だそうである。その為、この雑誌いっぱいに酒に対する嫌悪、悪罵、雑言、皮肉、あてこすりが展開されている。なにを隠そうこの文をかいている私は酒は一滴も飲まないし、酔っぱらいが大嫌いときているから、読めば読むほど快哉をあげたくなるのだが、たとえ、酒好きな人が読んでも笑ってしまうに違いない。とにかく、攻撃の仕方がストレートで、「恐ろしき浮世の流 よそに見て 心安くも渡る禁酒家」の禁酒短歌だの「一大学生酩酊の余 井中に溺死す」だの、「巨船タイタニックが沈んで1503人海の藻屑となったが、アメリカでは僅か8日間で酒の為、同じ人数が死んでいる」だの「花見で酒を飲めば、家に帰れば吐くやら下すの大病人。若し左も無ければ、電車の軌道に酔倒れて轢死か大怪我」だの「酒の為に死亡する数は世人が恐るるチフスや天然痘よりも遥かに多し」だの、とにかく酒=死の刷り込みが徹底している。これらの惹句についているまがまがしい絵が、またたまらない。この295号は正月号の為か、他の月の号よりも巻頭の漫画が多くて楽しい。ちょっと、酒屋の夢の絵(右)を見て欲しい(※もっと大きい絵で見たい方はこちらをクリックして下さい。JPEG圧縮で66KBほど)。一度見たら夢でうなされそうな絵だ。酒屋の布団に漢字で「酒屋」と書いてあるのもすごいが、背景の絵の血生臭さもかなりのものである。和服の女性の喉元をあいくちで刺して血がぶしゅうと飛び散っている絵や、首をつっている職人風の男、はたまた、魔太郎風の上目遣いににじりよってくる片手の男など。この絵に付いている文章を抜き書きしておこう。

「世の中に何が罪の深い商売だと言って酒屋と女郎屋ほど罪の深い商売はあるまいと思ふ、其内にも酒屋などは現に店から売出す商品でみるみる酒乱が出来る喧嘩が起こる怪我人も出来る、時に由ると生命危篤などと言ふ結果をきたすこともある、夫れから家内では是れまた夫婦喧嘩、夫れが積もって身代破滅で妻子は袖乞、自分は犯罪か行き倒れ乃至は轢死首くくりで社会の迷惑官庁の厄介となる者全国に年々幾人あるか分からぬ位である。
 夫れを知らぬが仏で商売するものの、若し一旦気が付いたが最後、如何に貪欲邪険な人物でも、寝覚めが悪いに相違ない、斬られたる夢はまことか蚤の痕、うなされた夢は正夢業さらし、その悪業に眼が醒めたら、今夜限り思い切って、神に恥ず人に恥ざる正業に立ち返るやう、吾人は説に全国同胞の酒業家に忠告せざるをえないのである、」

ほとんど落語の小言幸兵衛のいいがかりに近いロジックを並べた後に「忠告せざるをえないのである」とは恐れ入った。しかし、気になるのは、ここでも酔っぱらいが「轢死」するということが強調されている点で、この頃には実際に生酔いが電車にひかれる事故が多かったのだろうか。

 もう一枚、味わい深い絵をご覧いただこう。それは「人生の道」についての絵(左)である(※JPEG圧縮。44KB)。果てしなく並ぶ女給さんの列。かの学生はまっすぐ進むことができるだろうか。しかし、人生がこんなに接待攻勢だったら楽しいだろうな。前にも言ったように、私は酒を一滴も飲まないのだが、学生時代からこんな「人生の道」を歩かされたことはないぞ。「私、酒は駄目なんです」というと皆、「あっ、そう」で終わりだった。きっと嫌われもんだったから、こんな奴に人生の道を歩かしてやるもんかと思われたんだろう。
 この第295号の最後のほうに、この禁酒会が大正博覧会に出品したものの一覧がある。「飲酒と生命保険に関する比較表」や「精神病と飲酒の関係」等にまじって「内蔵模型十個」というのがある。きっと、衛生博覧会とか蝋人形館みたいに、「酒の為に破壊された肝臓の様子」とか「アルコールのために萎縮した男性器」など猟奇趣味をくすぐるもんが展示してあるんだろう。是非とも見てみたいものだ。一番傑作なのは「飲酒被害者の大行列」。アル中で眼の焦点の合わない小汚いおっさんどもが大行列をなして展示してあるのだろうか。近寄りたくないぞ、そんなもんに。きっとその大行列の内、半分くらいは身体の一部分を電車にひかれてるに違いない。やっぱり酒は飲むもんじゃないな。腕とか足とか引きちぎられたら、いくらアルコールで脳がやられてても痛いに違いないもんな。みなさまも轢死しないようお気をつけ下さい。



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