水を飲むべし

サンデー毎日編『水を飲むべし』 大阪 大阪毎日新聞社 大正14年

抜粋(目次より)

「水は百薬の長」・・・・・・・・・医学士 高原 憲氏
一日一升の水で胃腸病を全治・・・・平賀 敏氏
少年の赤痢が治つた・・・・・・・・大阪、熊田 政一氏
肺病に卓効あり・・・・・・・・・・福井、笈田 光男氏
水で全治しかけてゐる・・・・・・・長崎、佐々木 清香氏
脚気が知らぬ間に治った・・・・・・呉市、中村氏
痔核の苦痛が去った・・・・・・・・京都、臼井 吉兵衛氏
記憶力が強くなつた・・・・・・・・徳島、中西 常明氏
良人に叱られながら・・・・・・・・伊予、内藤 佳都野氏
生水を飲むと美しくなる・・・・・・北原 十三男氏
生水は睡眠剤である・・・・・・・・滋賀、皇 文郁氏
防眠剤として飲む・・・・・・・・・大阪、新井 幸助氏
飲みたいと思ふだけ飲め・・・・・・医学博士 菰田廣助氏

寸評
 大正11年8月20日号のサンデー毎日に上の目次の筆頭にあがっている高原憲さんが水の効能を説いたのがこの健康法の始まりだという。それによると、みな伝染病を恐れて生水を飲まないようにしているがそれは間違いで、生水を飲めば胃腸も丈夫になり元気になるぞ、というのがこの健康法である。「生水」といわれると、水道水から出たそのままの生ぬるい水のことをイメージしてしまうが、高原さんのいう生水というのは、水道水よりも井戸の水とか泉の水のことで、確かにミネラルが豊富で体にはよさそう。だが一日に一升生水を飲まなければならないらしく、これはなかなか大変だろう。本当に目次にあるように「一日一升の水で胃腸病を全治」できるのだろうか。胃袋がたぷたぷになって苦しそうなのだが。
 また、滋賀県の皇さんは生水を飲むとぐっすり眠れてとっても重宝しているそうなのだが、大阪の学生新井君は勉強中に眠くなると水を飲んで目を覚ますという。眠気を誘うことも、追い払うのも自由自在のようだか、いったいこれはどちらが正しいのか。飲む人間の都合でいい感じに効き目が現れるとでもいうのだろうか。便利と言えば便利だが。

 この健康法が本当に体にいいのか、はたまた悪いのかは私の判断できるところではないのでそれはおくことにする。それよりも、興味深いのはこの目次にあがっている効能というのが現在の健康法とほとんど似通っていることだ。この健康法は大正もおしつまってのことだが、明治の健康法とか薬品というのは、今見ると嘘が見え透いているものが多い。よく、宮武外骨さんが自分の雑誌で攻撃していたのはこの手のもので、梅毒淋病がたちどころに治る薬だの神経衰弱に効く健脳丸だのいますぐ5cm身長が伸びるだの、あやしくて嘘がすぐバレてしまうようなものが主流だった。これに対してこの水を飲む健康法にしろ、最近流行った「野菜スープ健康法」のようなものにしろ、特徴的なのは効能が曖昧なことである。上の目次で見ると、「赤痢が治った」などという強気のものもあるが、だいたいは「胃腸の調子がよくなった」「記憶力が強くなった」「美しくなった」など、否定も肯定もにわかにはしがたいものである。「痔核の苦痛が去った」というのも「痔が治った」ではなく「苦痛が去った」のである。ここまでくれば、ある健康法が本当に体にいいかどうかは完全に主観的な問題になる。当人にとっての「健康」というのは他人には窺い知れないものだから、その健康法を信じている人にはそれをやっている間の体調が「健康」なのであって、「不健康」とはすなわち「健康法をやっていない状態」なのだ。この論理にはあきらかにトートロジーがあるのだが、まあ信心というのはそういうもんだからこれからも健康法がすたることはないだろう。

 いかさま医療とか、健康食品については M. ガードナーの「奇妙な論理」に記述があるのでよかったら覗いてみて下さい。

Gardner, Martin 奇妙な論理 M. ガードナー著 市場泰男訳 現代教養文庫1288 東京 社会思想社 1989年



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