モダン語漫畫辞典
(その三)

モダン語漫畫辞典
中山由五郎
東京:祥光堂書房, 1932.1

 引き続き「モダン語漫畫辞典」の紹介。


グワーッとなる

「何が何だか分からないのよ」どころの沙汰ではなく、「混亂の極度」そのものを御深切様にも音で表はしたので、「彼方へ行きやァ、あゝ云ふし、此方へ來れば、かう云ふし、思はずグワーッとなつてしまった」などと使はれる。(p.181)


マンガの擬態語としてよくみかけるし、今でもこの「グワーッ」を口にする人は多いだろう。しかし、「グワ」とか「どひゃー」とか「うおー」など、思わず口をついてでる言葉にも流行り廃りがあるというのは、よく考えればあたりまえの事だが、やはり不思議な感じがする。「うわ、スゲー」などと現在では言うが、この「うわ」という語は何時頃から使い出したものなのだろうか。江戸時代の人間も驚いたら「うわ」と言っていたのか。さらに言えば、「うわ」とはどういう意味なんだ?

強引(ごういん)

相撲用語から轉じた「無理矢理に」の意味の學生語で、「昨日は奴を外苑へ強引に引張り出してやつた」と云つた調子に使用する。(p.193)


「音痴」という言葉が昭和初期の流行語だと、この本で知った時も驚いたが、それ以上にこの「強引」には驚いた。この言葉には、「かつては流行語だった」とうかがわせるような雰囲気やアクといったものが全く感じられない。はるか昔から、とりたてて目立つこともなくずっと存在してきた、という風情である。それが、たかだか70年ほど前に学生たちが作った新造語というのだから、驚かずにいはいられない。

サイノロジー

出來(でか)したりやなモダン語學者と褒めてやりたいくらゐの傑作。定めしサイコロジー(心理學)を思ひ浮べて、ポンと膝を打つた拍子に飛び出した語であらう。心理學とは違つて家庭の平和を促進するに役立ち、事毎に「妻が、妻が」を連發する「女房孝行」何としても御目出度たいこと此上もなき活きた學問である。此の學派を奉する學徒は、概ね鼻と口の距離長く、眉が八字型をしてゐるのが特徴だと云ふことだ。(p.218)


現在では、「サイノロジー」などとは言わないだろうが、造語の定番「〜ロジー」の例として掲載した。「デキゴトロジー」とか「ココロジー」などが最近の例。

座談會(ざだんかい)

各方面の代表的人物を狩集め、好き勝手な熱を吹かせて其の速記を取り、これを雜誌に其のまま載せるもの。婦女界社が先鞭をつけて好評を博して以來、殆ど競爭的に行はれてゐる。(p.222)


雑誌の定番企画「座談会」が流行りだしたのがこの頃。私見だが、ネットの文章でよく見る、文尾につける「(笑)」とか「(爆笑)」などの使いはじめが、雑誌の座談会の文章だった筈。話言葉を文章にした場合、場の雰囲気やニュアンスが伝わりにくいので、考え出されたのだろう。しかし、喜怒哀楽様々ある中で、特に「笑い」に関する記述だけが特に重視されたのも興味深い点である。(怒)も(泣)も(哀)も(楽)も(悲)も(拗)も(快)も存在してしかるべきなのではあるが、あまり座談会の文章で見ることはできない。まあ、座談会で、(哀)なことを話されても困ってしまうが.......。やはり、他の感情に比べ「笑い」に関してはは話している内容を文字に移し替えただけでは伝わりにくいからなのだろうか。

殺人的(さつじんてき)

新聞雜誌で使ひ出した言葉で、鬼氣胸に迫るの思ひがするモダン語。「極めて峻烈な」と云ふ意味で、「殺人的な暑さ」「殺人的な長雨」「殺人的なエロ・シーン」なと、板についた使ひ方をしてゐる。(p.223)


これは、今でも多用される語。これに似た語で現在使われる語は「犯罪的」(私もよく使います)。下手な歌手などに「なんや、その下手な歌は。犯罪的やのー」などと使う。「殺人的」は自然現象など、主に人間の意思や作為の関与しない現象に使われるのに対し、「犯罪的」は、人間の意思が介在する失敗や、失態などに対して用いられている。当然のことだが、どちらも「的」がついているので、「殺人」や「犯罪」そのものには使われることはない。「殺人的な火災で死者4名」とか「犯罪的な詐欺事件 被害額1億円」とは普通言わない。

サノバガン(英Son of a gun)

歐洲大戦後アメリカで盛んに使用されている語。「人を馬鹿にしやがる」といふ意味で、悪意の含まれてゐない所が面白い。「なァんだ、それでも惚氣か?サノバガン」と云つた調子。(p.224)


"Son of a bitch" はよく聞くのだが、"Son of a gun"というのは初耳だったので、研究社の新英和大辞典をひいみた。それによると、
a son of a gun《俗》水兵の隠し子;(転じて)畜生、野郎(fellow);悪党(rogue)
とのこと。耳から入ったものを表記する場合は、"Son of a"が「さのば」となるのは、昨今の「さのばびっち」と同じ。しかし、この本の説明では「悪意の含まれてゐない所が面白い。」とあるが、本来の「水平の隠し子」という意味ならば「悪意がない」などとは言えないと思うのだが。

サボる

前項のサボタージュを日本語化して、動詞に働かした言葉。又「サボ學生」なぞと形容詞的にも使つて、「怠ける」「ぶらぶらする」「油を賣る」の意に用ひられる。學生、サラリ・マン等から愛用される人氣者である。(p.225)


現在でも大々的に用いられている語である。「強引」とは違って、こちらはいつまでたっても流行り言葉の風情を失わないようだ。カタカナを使っているのと、比較的容易に元の語の「サボタージュ」を想起できるからであろう。

三叉路(さんさろ)

本來は軍隊用語で、三つ股になつた道路のことだが、近頃は掲示用語として、各所で眼に觸れる。最近「三叉路橋」と稱へて、三つ股になつた橋も出現した。(p.230)


これも現在でも使われている言葉。言われてみれば、軍隊用語かなぁ、という感じはする。

散文的(さんぶんてき)

文藝用語で、詩の格調の整はぬものに加へる評語。轉じて「無意味」なこと或は「散漫な態度」に云ふ。「彼氏、散文的でいけねえ」の類。(p.231)


現在、この語で「無意味」は意味しないと思われる。広辞苑第四版によると、「詩情に乏しいさま。散漫で無趣味なさま」とある。「詩的」と対応する言葉で、「現実的、実利的すぎて繊細さに欠ける」という感じの語だ。広辞苑には記載されているが「散漫」という意味にもあまり用いられないと思う。

シック(佛:Chic)

一般にシークと發音されているが、シックと發音して貰つた方がシックのやうである。英語で云ふスマートで、我國の「粋」又は「垢抜けした」に當る言葉である。時代精神を確實に消化して、寸分の隙もなく流行の先端を行くと云つたもので、「五分の隙も無いシック振り」等と用ひらる。(p.241)


これも、上の「散文的」と同じように、現在と少し意味が異なっている例。現在、「シック」というと「スマート」というより、「ゴージャス」に近い印象がある。大人の雰囲気をかもし出す服や小物なんかに対して「シック」と用いると思う。

失禮しちゃう(しつれい-------)

「こんな暗い所だから見えやしないよ」と手を握り合つていると、不意に人影。現はれた人は「失禮しました」と言はざるを得ない。この意味の「失禮しちやうわ」なのである。手離しのお惚氣などに打つかつたら「失禮しちやうわ」とやるべし。重に女給間で幅を利かせてゐるが、これを出されたら穏かには幕が下りない。(p.241)


考えてみれば「失礼しちゃう」というのは不思議な語だ。通常、「失礼しちゃう」と言うのは「失礼なことをされた」人なのである。なので、精確に言うとすれば、本来「失礼されちゃう」と言うべき筈のものなのだ。「殴る」と言う動詞の場合を考えてみれば、「失礼しちゃう」の異様さは、よりはっきりする。「殴られた」人が「殴った」人に対して「殴っちゃう」といって非難することなど、およそ考えられない。にもかかわらず、なにゆえ「失礼なことをされた」人は、「失礼しちゃう」と言って「失礼なことをした」人を非難するのだろうか。謎のカギは日本の敬語体系にあると思われる。「殴る」などの通常の動詞と「失礼する」との違いは、後者が意味の上で「礼儀」に関わっている点である。日本の敬語体系にあって、最上級の位置におかれるのは「天皇」である。この為、天皇は「失礼する」ことができない。常に「失礼される」しかあり得ない存在なのである。ここまで説明すれば、「失礼されちゃう」とは天皇のためにとって置かれるべき特別な言葉であることは明白であろう。意識的なものか無意識てきなものかはさておき、「失礼されちゃう」は一般の使用は封じられる。こうして用法として正確な「失礼されちゃう」が禁じられてしまったために生まれたのが「失礼しちゃう」という訳だ。

ジャン・ジャン

「一生懸命」とか、「ドシドシ」とか「むきになつて」とか「ワイワイ」とか云つた意味。「昨夜を遅かつたので、ジャンジャンやつて遣つたのよ」「重役の前だつたけれど、癪だつたからジャンジャン云つてやつた」など。共に其の意氣愛すべし。(p.248)


現在も使われている言葉。この言葉が全く使われない宴会は、ほぼ存在しないのではないかとさえ思われる。「ほら、そこ、グラス減ってないよ。ジャンジャン飲んでジャンジャン」などと幹事が用いる。こういう言葉にも流行語だった時期があるのである。

陣笠(じんがさ)

政黨に属してこそ居るが、地位も勢力も人望も無く、幹部の指揮のまゝに東奔西走すると云ふ「ワンサ議員」のことである。轉じては、一寸神宮球場へ出掛けるにも、ピンピンしてゐる伯父さんをダシに使つて、さも大病でもあるの如く、嘘を吐かねばならぬやうな、いとも可憐なサラリマンのことを斯くは稱する。(p.256)


今も用いられている定番の政治用語。用い方も現在と寸分違わない。「陣笠」よりも、むしろ「ワンサ議員」のほうが、今では見かけない表現だ。大して役にたたないくせに、とりあえず集団でワンサカ寄り集まって政党にぶらさがっている姿から、「ワンサ議員」という言葉ができたのだろうか。


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