十六才少年の幼児殺し

朝日新聞
第22289号
(昭23.3.22)

毎日新聞
第25779号
(昭23.3.22)

讀賣新聞
第25585号
(昭23.3.22)


 昨年(1997年)、神戸で少年による猟奇殺人事件が起きたことは記憶に新しい。事件の残虐性もさることながら、犯人がまだ14才であることに世間は驚愕、この結果、少年法改正、教育制度改革から現代における家族の在り方まで、様々な議論が沸き上がった。しかし、未成年者による猟奇事件が我が国においてこれまで皆無であった訳では決してない。例として一つの事件を挙げてみる。


犯罪雜誌を讀み
殺人を実驗
十六少年が幼兒殺し

朝日新聞
第22289号
(昭23.3.22)

【鎌倉発】二十日午後七時ごろ鎌倉市材木座七四七麻雀業永田一郎(四三)方物置に同人次女由起江ちやん(三才)が裸にされ前身十数ヶ所をめつた切りにされ、背中に刃物で「マタコロスナマイケナオンナメ」と彫りこまれた死体となつているのを近所の人が発見鎌倉署に届け出た。同署で二十一日朝七時半ごろ鎌倉駅前でバスから降りて逃亡しようとしている同番地橋田義弘(一六)仮名--を逮捕した
義弘は鎌倉市署で次のように自供したが、この凶行の動機が、街にあふれる犯罪もの雜誌を耽讀した結果であることが分つた
義弘は二十日にも、この種の雜誌としては名前の賣れている某誌など四種類の雜誌を求め、同日午後四時ごろ自宅で讀んでいたところへ、たまたま遊びにきた由起江ちやん(三才)を見て、どうしたら犯行が判らずにすむか実驗しようと殺意を起し、六畳に引つぱりこんで絞殺し永田方の物置に放りこんだ、そして一度自宅に帰つたが再び物置に引返し、死体を裸にし、包丁でめつた切りにし、文字をほつたというのである


背に刻む血文字
十六少年、幼女を惨殺

毎日新聞
第25779号
(昭23.3.22)

【鎌倉発】廿日午後四時、鎌倉市材木座七四七永田一郎氏(四三)方で両親不在中二女由起江ちやん(三つ)が行方不明になつたので大さわぎとなつたが午後七時ごろ同家の物置の炭俵の上に太ももから腹部へ全身十数ヶ所を鋭利な刃物できられ背にはかたかなで『マタコロスナマイケナ女メ』と刻まれ殺されているのが発見された、鎌倉署では直ちにえん恨による凶行として捜査に乗り出し隣家の端場高義二男義夫(一六)==仮名==を犯人として逮捕した
義夫は同日由起江ちやんに自宅の金を盗み出したのを見られた上、昭和犯罪史を読んでおり、どうしたなら殺人をしても犯行が判らぬかを実驗しようと由起江ちやんを自宅六畳間に引ずり込み、はいていた軍衣帯のひもで絞殺、死体を物置に運び込んだ上魚切包丁で、頚動脈を断ち切り一たん家に戻つたが大人の仕業と見せかけようとナイフで背に横書きの血文字を刻みつけたことを自供した
義夫は複雑な家庭に育ち最近鎌倉中学を二年で退学、兄英次(一七)==仮名==と港区芝佐久間町で金ツバ屋をしている義母清子さん(二四)のもとに身をよせて いたもので性格はひねくれていたという


背中へ文字を刻む
十六少年が幼女を虐殺

讀賣新聞
第25585号
(昭23.3.22)

【鎌倉発】鎌倉市材木座七四七永田一郎さん次女由起江(三つ)ちやんは廿日午後七時半ごろ自宅物置内で頚動脈を斬られたうえ全身隙間もないほど刃物でめつた斬りにされ、背中には片仮名で「マタコロスナマイキナオンナメ」と刃物で刻みつけられ死体となつて発見された
鎌倉署で捜査の結果由起江ちやんが同日夕刻隣家の会社員橋場高義次男義夫(十六)==仮名==と話していたのを見かけたものがあり張込み中廿一日午前九時半ごろ鎌倉駅前で逮捕、持つていたリユツクを調べると犯行に使つた出刃包丁、由起江ちやんの履いていた下駄など証拠品が現れ、犯行一切を自供した
犯人義夫は来る二月鎌倉中学を素行不良で退校させられてから東京の継母の仕事を手傳い賣上金をゴマ化しては自宅物置へ隠して置き廿日午後四時半ごろ金勘定しているのを由起江ちやんにみられ惡事がばれてはと凶行におよんだもので背中の文字は「大人の痴漢の犯行と見せるためだ」といつている


興味深いのは、同じ事件を扱っているにも関わらず、3紙の記事に異なった記述がある点である。まず第一に、少年が死体に刻んだ文に、全て違いがある。

朝日:「マタコロスナマイケナオンナメ」
毎日:「マタコロスナマイケナ女メ」
読売:「マタコロスナマイキナオンナメ」

朝日と毎日は、「ナマイケ」だが、読売は「ナマイキ」。また、朝日と読売は「オンナ」だが、毎日は「女」。この三つの文章を見比べて最も生々しくリアリティがあるのは、私見になるが、毎日の「マタコロスナマイケナ女メ」と思う。カタカナ文字の中に「女」一字が漢字。そして、「ナマイケ」の内の誤字と思われる「ケ」のマガマガしさ。実際の文字がどうであったのか本当のところは分らないが、この2箇所の異様さが、毎日の文のリアルさを高めているように思われるからである。逆に読売のものは、全て綺麗にカタカナ文字で記述され、また「ナマイキ」と正しい語法になっている。毎日のものと比すれば、生々しさがないと感じられるのである。

 もう一つ大きく3つの記事で異なっている点は、少年の犯罪の動機についての記述である。

朝日:完全犯罪の実験をした
毎日:金を盗んだのを見られたことをきっかけに完全犯罪の実験をした
讀賣:金を盗んだのを見られたため

動機についても、比べてみると背中の文字の記述と同じく毎日のものがもっともそれらしいものになっているといえよう。読売の記事には犯罪雑誌についての記述はなく、金を盗んでいたことが露見するのを恐れて殺人を犯したことになっている。背中の文字を全てカタカナに直し、誤字を訂正したのと同じように動機についても、「金銭に絡む犯罪」という枠に綺麗におさめたという印象が拭えない。また、朝日の記事では純粋に犯罪の為も犯罪を為したかのように書かれているが、これはこれでいささか唐突な感じがする。毎日の記述では、まず殺人のきっかけとして、盗みがあり、その露見を恐れる気持ちと同時に、日頃呼んでいた犯罪本の影響から完全犯罪をしようとする意志があってこの犯罪が行われたということになり、流れとしては納得しやすいものである。動機についても、背中の文字と同じく詳しい情報がないので、毎日のものが確からしいといっても、単に私見にすぎないのだが。

 もしこの事件が現在起きたらどのように扱われるだろうか。まず間違いなく動機の性的な面が取りざたされるだろう。24才の義母に対する抑圧された感情が、幼い子供に攻撃的な衝動を向けさせた云々、といった類いの言説が飛びかうことに疑いの余地はない。宮崎某の事件がまた取り沙汰され、「ロリータコンプレックス」がキーワードとしてもてはやされるに違いない。それが、現在では「自然な」動機だからだ。だが、この事件が起きた昭和23年当時、16才の少年の猟奇殺人事件について性的な動機は自然なものではなかった。このため、新聞の記事における動機は「犯罪の露見をさける為」、「犯罪雑誌の影響を受けた為」、「完全犯罪を起こす為」とされていた。死体の背中に文字を彫りつけたのは、心に秘めたサディスティックな気持ちを満足させる為ではなくて、「大人の痴漢の犯行と見せるためだ」(読売新聞)ったのだという。この伝でいけば神戸の事件だって、「ちょっとしたいさかいでカッとなって殺してしまい、大人の痴漢の犯行と見せるために首を学校においた」と説明できてしまうのではないかと思われてしまう。

 こうしてみると、犯罪の動機というのもかなり曖昧なものだ。犯罪の原因を犯行者の心理面から説明する「動機」とは、要するに「物語」に他ならないのだが、この動機という物語はその時代に許されている物語作法の形に合致していないと、「自然なもの」として社会に受入れられない。あまりに突飛な動機を検察が裁判で持ち出しても、公判を維持できないのを見ればそれは明らかだ。しかし、この「自然なもの」の基準は、時とともに変化する。昭和23年の上記の事件と平成9年の神戸の事件での動機の違いのように。現在では、「未成年者の性的欲望」は自然な動機として世間に認知されているが、将来においては、また変化があるかもしれない。19世紀末には犯罪学でもてはやされた骨相学が現在では捨てされたように、精神分析学が捨て去られない保証はない。

 この昭和23年の事件は、私が古い新聞を見ていた時に偶然に見つけたものである。「猟奇犯罪集」といった犯罪アンソロジー類の書籍では、この事件を見かけたことがない。おそらくこの事件は昨年の神戸の事件程の衝撃を当時の社会に与えなかったために、犯罪史上に名を残すことがなかったのだろう。同年の1月26日には、有名な帝銀事件が起きており、そちらの事件のインパクトの強烈さの陰に隠れてしまったのだろうか。戦争が終わってまだ3年。日々の生活に追われ、世は少々の事では驚かない心 理状態にあったのかもしれない。とはいえ、50年経って、未成年者による類似の猟奇事件があれほどの衝撃を社会に与えたのを見ると、奇異の念を持たずにはいられない。残虐な犯罪行為そのものとは別に、神戸の少年が猟奇犯罪を犯すに至った心理状態に驚愕し、社会が衝撃を受けたとするならば、犯罪に対する、特に未成年者の犯罪に対する社会の目が大きく変化したことにも、その衝撃の原因はあるのではなかろうか。その衝撃は、神戸の少年によって初めてもたらされたのというよりも、これまで社会で見ていなかった、見ようとしていなかったものが視点が変わって見えてきたものなのだから。


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