ニコニコ

月刊雑誌ニコニコ第六号目次(『ニコニコ』 No.6 明治44年)

抜粋

ニコニコせんとするには心を平清にせよ・・・渋沢男爵
笑と滑稽は家庭に必要なり・・・村井弦斎
俺までニコニコさせるのか・・・頭山満
ニコニコ法螺ものがたり・・・杉山茂丸
ニコニコの気北海の天に溢る
ニコニコ術指南書・・・池内薄緑
ニコニコと美顔術・・・小口紫女
お芽出度商店調べ・・・でくの坊

寸評
 とりたてて、ある特定の記事が面白いというわけではないのだけれど、こうまでニコニコされた日にゃあ、紹介せずばなるまい。なんといっても「ニコニコ」というタイトルがよろしい。これだけ目次にニコニコが並ぶと壮観ですな。しかし、頭山満さんの「俺までニコニコさせるのか」には笑ってしまった。明治の人間が「俺様にまでそんなことをさせるのか」とすごんでいるのだから尋常ならざる怒りだろうとは推測されるのだが、その怒りの原因が「ニコニコさせられてしまった」ことらしいというのがもう何と言っていいのかわからないが素晴らしい。燕尾服を着た山羊髭の老人がニコニコしながら烈火のごとく怒っているという、常人にはほぼ思いつけない夢のような映像が目の前に浮かんできて、ただもう笑ってしまう(竹中直人さんの「笑いながら怒る人」ですね)。記事の実際の内容は桂とか、板垣とか、大隈とか当時の政治家についての漫談みたいなもので、タイトル「俺までニコニコさせるのか」とほぼ何の関係もない。このいい加減なところも、明治の人間の腹の大きさを示していると言ってよかろう。

ついでに、第六号の奥付の上に「ニコニコ倶楽部会則」というのがあるからいくつか抜き書きしておこう。

一、本会は現代人心の萎微堕廃、危険思想及悲観的傾向を打破し 楽天的美風の鼓吹に勉め、人生を幸福の境地に導くを以て目的とす。
一、本会会員は不平、煩悶、悲哀の念を去りニコニコとして快活に 事業、社交に奮闘勤勉する男女を以て組織す。
一、本会の主義鼓吹機関として、毎月一回ニコニコ雑誌を発行し、 無代価にて会員に配布す。
一、本会は毎年一回ニコニコ大会を催し、又随時ニコニコ講演会、 ニコニコ演芸会を開催し、相互の温情を交ゆ。
一、本会会員を終身会員、通常会員の二種に分つ。
一、終身会員は熱心なるニコニコ主義者にして一時に 金五圓を前納したる人を以てし、終身会員にはニコニコメタルを贈呈す。
一、普通会員としてニコニコメタルを望む者は実費として金一圓を収められるべし。

 ニコニコメタルとは、図によると、ハート形をしたメダルで表には大黒さんがニコニコと書いてある大きな袋をかたげている図が入っていて、裏には大きく「ニコニコ倶楽部」と書いてある。上にわっかがついているところを見ると、金メダルのように、紐をつけて首からぶら下げるものなのだろう。うーん、欲しい。しかし、地獄の沙汰も金次第とは言うが、ニコニコメダルも金次第なんですね。年一回のニコニコ大会というのも出席してみたい。とにかく、なにがなんでもニコニコしようとする強い意志を持つ人たちに囲まれるなんて、どんな心地がするものだろうか。一瞬、頭の中でロメロのDawn of the living deadのシーンが浮かんだのだが、これは私の思い過ごしか?そのニコニコ集団の中にいて一人だけニコニコしていないとやっぱりつるし上げられるのか。それも、ニコニコ顔の人たちに?だんだんおそろしくなってきた。

 ちなみに、このニコニコ雑誌第六号の奥付には「転載随意」とある。我が産業ロックのホームページも「どんどん無断でリンクして下さい」だから、「リンク随意」なのだが、「転載随意」となると「いくらでも無断で引用して下さい」のことだから、そうなると私たちの「リンク随意」など足下にも及ばないすごい太っ腹さ加減である。さすが明治のニコニコ倶楽部、見上げた根性だ。ところが、大正九年の12月の百十四号になると、奥付が「禁転載」と変わっていて、いささか情けない。大正になってさすがのニコニコ倶楽部もケツのあなが小さくなったようだ。世の中世知辛くなると、そうはニコニコしていられないということか。



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