二十世紀新落語



二十世紀新落語
雷笑子著.
東京:松陽堂〔ほか〕,1905.


 すっかりご無沙汰していたが、久しぶりの記事追加。

ちょっとこれまでの方針を変え、かの有名な「国会図書館 近代デジタルライブリー」の中からも資料を紹介することにした。

「国会図書館 近代デジタルライブリー」


上で、「これまでの方針」と書いたが、別にキッチリとしたルールに従って本を選んでいたワケではないけれど、おおまかなルールとしては
  1. 明治期から戦前の資料
  2. いわゆる名の通った「名本」ではないもの
  3. 一般に入手が困難なもの(復刊などされていないもの)
の3点を考慮していた。

「国会図書館 近代デジタルライブリー」の資料は、この「3」とは相容れないので、これまではこのコーナーでの紹介は避けていたのである。なにしろ、本文が画像ファイルで収録されているので、ネットにつながっていれば誰でもどこからでも見ることができるのである。

 「近代デジタルライブラリー」をご存じない方もいると思われるので、国会図書館の説明ページの文章を紹介しておく。


当館所蔵の明治期刊行図書を収録した画像データベースです。平成18年4月現在、約127,000冊を収録しています。収録されている資料は、児童図書と欧文図書を除いたもののうち、著作権保護期間が満了したもの、著作権者の許諾を得たもの及び文化庁長官の裁定を受けたものです。

 国会図書館の関係者でもないのに、変に宣伝するのも妙な感じだが、この事業は本当に素晴らしいものだと思う。特に著作権処理をきちんとした上で十二万冊の公開しているところはスゴイ。有名な著者であれば生没年も明かで、著作権が切れていなかったとしても許諾を得る作業は可能であるが、図書館の資料は有名な人間が書いたものばかりではない。生没年も分からず連絡先も知れない人間から許諾を得るのはとてつもなく面倒臭い作業のはず。私もこの作業についてはそれほど詳しくないのだが、官報だかなんだかに、「これこれの資料をネットで公開したいのだが、文句があるなら連絡してくれ」と一定期間公示した上で、異議が出なければ文化庁長官が裁定を下して使用可能になるのである。

 大学や博物館などでは、江戸時代より前の資料(絵巻ものなど)を公開して「電子図書館」としている例が多いが、それは何故かというと、こういう類の資料は、根本的に著作権処理の必要性が全くないので、公開にあたっての作業は比較的ラクチンだからなのだ。しかし、この手の資料はそもそも当「産業ロック推薦図書」コーナーの対象ではないので食指も動かなかった。

 しかし、「近代デジタルライブラリー」はちがう。無名の作者の資料も面倒な著作権処理が行われ、収録されている。当コーナーのストライクゾーンに入るような資料も結構あるようなのだ。とはいうものの、ネットで公開されているデータベースだし、ウチのページで扱わなくても誰かが「近代デジタルライブラリーの珍本」みたいな企画のページでも作るだろうと考え、二の足を踏んでいたのである。

 だが、今のところGoogleなどで検索してみても、それらしいページも見つからないようで、それだったらウチで紹介してみるのも一興かと考え直した次第である。

 で、実際に面白い本を探し始めて分かったのだが、これが結構難しい。古本屋や図書館の中をウロついて資料を漁るよりもはるかに面倒だ。このデータベースでは書誌情報は検索できるが、本文の文字データは収録されていない(本文は画像表示のみ)。なので、基本的にはタイトルの言葉でしか検索できないのだ。また、タイトルだけを見て面白そうと思って本文を見てガッカリということも多い。 本棚に直接出向いて本を探す際には、本の厚さ、装丁、背文字の字体など、判断する際に材料となる情報を無意識的にチェックしていて、それらが「面白い本かどうか」を選択するさいに大きく役立っていたんだなぁ、と痛感させられた。やはり物理的な存在としての「本」は偉大だ。

逆に言えば、こういった難しさがあるので、公開されているデータベースであるにも関わらず、「近代デジタルライブラリーの珍本」みたいなページが少ないのかもしれない。そう考えると、やはり私のような暇人がボチボチ検索して本を紹介するのも意味のあるような気がしてくる。

 以上のようなワケで今回紹介する「二十世紀新落語」は、国会図書館近代デジタルライブラリー収録の資料である。全文を見たい方は、国会図書館近代デジタルライブラリーの検索ページ で「二十世紀新落語」と入力して検索してみていただきたい(検索結果ページには直接リンクできない構造のデータベースらしい)。

まずは、序文の紹介から。


二十世紀新落語自序

世に何がつまらぬといって、落ちの知れてゐる話を聞くほど、つまらぬことはない。彼の三遊連や、柳連の話す落語は開闢以来幾千萬回聞かせられたか知れぬ、實にあんな古道具屋から探して來たやうな話は、黴菌が、一ぱいはえてゐて、北里の血清治療医でも受けなくては、ものゝ役には立たぬ、こンな黴菌のはえた、話を聞かうより、いっそ握り何とやらの方が優しであるが、シカシ活社會の人は、我が股間の凸藏のみを、おもちゃにしてばかりはをられぬ、そこで二十世紀の新落語を望むことは、大旱の雲霓どころか、いっそ五月の霖雨に、徒然の欠伸をしてゐる者が、日本晴れの太陽を望むやうな有樣で、此等の希望歡迎に促されて出たのが、即ち本書で、是をもて、面白可笑しく、當時流行の、樂天的に、生命を洗濯すれば、養生飴を喰ったやうに、その生命が十百年も延びんことは、亦請合でござる、サァサァ、かういふところに遠慮はない、ドシドシ買って見給へ。

雷笑子識しつ

 「世に何がつまらぬといって、落ちの知れてゐる話を聞くほど、つまらぬことはない。」と力強く語り、三遊亭や柳家の本格落語を「古道具屋から探して來たやうな話」と切って捨てるとは、かなりの自信。その意気やよし。内容に対する期待もますます高まろうというものだ。

 それでは、国家的プロジェクト「近代デジタルライブリー」から紹介する第一弾、「二十世紀新落語」の最初の噺、とくとご笑覧あれ。


○布哇(ハワイ)の方角
甲『近ごろ、新聞紙の上で、たびたび、布哇といふ、國のあることをみますが、その布哇といふ國は、どちらの方角に當るのですか、』
乙『ハイさやうサ、それはなんでも、日本とアメリカとの、布哇にあるのだそうです。』
(p.1)

 .........。うむ、まあこれは最初ですから。寄席でも最初は前座から。次にご期待ください、次に。


○屁話のしゃれ
語に曰くサ、『屁は、愛敬あるもので、屁の音を聞いて、おこるものはない、』となるほどなるほど、いかさまや、放屁は、すこぶる愛敬あるもので、放聲を聞けば、かならずみなにこにことして笑ふがつねで、たれもまた放聲を聞いて、おこるものはありません。それゆゑ、かりそめの話にも、屁の話をすれば、當り障りがなくて、しごく屁話(平和)であると云ひます。
(p.46-47)

 屁話(へわ)と平和(へいわ)の洒落。シャレですよシャレ。


○ライオンの故事
文盲『先生々々、獅子のことを英語で、ライオンとか申さるゝさうですが、あれはなにゆゑに、ライオンと云ふのですか、一向に、そのわけが解りません、どうかそのわけを聞せて下さいまし。
先生『イヤライオンのゆはれか、それはなんの雜作もないことだ、元來獅子といふものは、百獣の王といッて、この上もない、猛き獣で、かれが怒るときは、その聲が、ビリビリと云ッて、あたり十町四方の鍋や釜は、震ひ裂くるといふ、じつに驚くべき怒聲で、その怒聲を、物にたとへて言へば、ちゃうど雷が激するやうな音聲である、それゆゑ、その雷の音に因んで、これを名づけて、『獅子(ライオン)』と云ッたのであります。
(p.64-65)

 隠すこともないので、もうネタばらしすると、全編ダジャレ。後もこんなのばっかり。


○新案大廣告
熊『オイオイ、八や聞いてくれェ、當今は、廣告世界ダ、なんでも廣告でなけりやァ、弘まらない、ついては、今度おい等も、一番石崎の、澤の鶴や、キリン麥酒の向ふを、おッ張らうと思ッて、日本橋の橋畔(たもと)へ、新案の大廣告を出したが、ついでの時ぢやァ、まだるい、どうかわざわざ、往ッて見てくンねェかへ、』と云ッた。
八は、なんだか解らんが、熊が、すてきに威張るゆゑ、なにはともかくも、お笑ひの種に往ッて見てやらう、と御苦勞さまにも、三錢ではなうて、大まい四錢の、電車を奮發して、無用の用たる、日本橋に往ッて見ると、なるほど有るワ有るワ、なんだか解らん、すてきに大きな澤庵を囓ッてゐる繪がある、八は、怪しんで、早々歸ッてきて、熊に向ひ、
八『エイべらぼうめ、なんだェ、アノ大きな澤庵の、香物(こうこう)を囓ッてゐるのが、なんの廣告になるのだェ、
熊『八や、知らねェかへ、あれがほんたうの、大香物喰ふ(大廣告)ぢやァないか。
(p.114-116)

 「ダイコウコウクウ」ですか、ハア。なんだか、小学館の「小学4年生」などの学習雑誌を読んでいるみたいな感じ。「ギャフン」て受けのセリフをいれたくなるような話ばかりだ。ただ、「すてきに大きな澤庵を囓ッてゐる繪」の「すてきに」の使い方などは、いかにも明治の語法でなつかしい。

 全120ページに渡って同様のダジャレ続き。目を惹くのは、西洋の人物名のシャレ話が散見されること。


○出放題の原因
世に出放題といふことがあるが、これはなにゆゑであるか、その故事來歴をたづぬるに、むかし英國にデフォーといふ人があッたが、この人が、かの有名なる、『ロビンソン、クルソー』といふ、書物を著はして、架空の想像を述べたが、これより、口から出任せのことをいふを名けて、デホー題といッたのであります。
(p.44-45)
○アリストートル
むかし、グリースの哲學者に、アリストートルといふものがあッたが、この人は、なぜにこのやうな名をつけたのでありませうか、これには、その所以がある、それはほかでもない、この人、幼(いとけ)なきときからして、どうかして、立派な哲學者になりたいといふ、志願を起されて、哲學者になるには、なんでも、考へを細(こまか)くするのが、肝要であるが、それについては、かの蟻といふものは、いと小さなものであれば、その巣穴を探してこれを、研究したならば、定めて考へが細くなることであらうと、ある冬の日、一日、蟻の巣を探して歩きましたるに、初めのほどは、なかなかに、探しあたりませんでしたが、つひに蟻の巣を到々取ッて來ました、そこで、アリストートルと名づけたのであります。
(p.87-88)
○ショーペンハウエル
ドイツの名高い哲學者に、ショーペンハウエルといふ人があッたが、これはなにゆゑ、このやうな、へんてこな名をつけたのでありませうか、ほかでもない、この人、幼(いとけ)なきとき、乳母が、兩股を捕へて、小便をさせると、いつも、ワンワンと吼へる、そこで、小便のたびに、吼へるゆゑ、これを名づけて、ショーペンハウエルといッたのである。
(p.89)

 デフォーとアリストテレスとショーペンハウエルという人選が渋い。藤村操が「巌頭之感」を残して自殺したのが明治36年だったから、この本の出版の2年前。ショーペンハウエルの名前は世間一般でも有名だったのだろう。

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