催眠術治療法



催眠術治療法 : 一名・催眠術自宅療法
古屋鐵石著
東京:大日本催眠術協会, 1907


 今回は明治40年発行の本の紹介である。まずは序文の紹介から。

  序 文

何人と雖も少しく催眠術の書を讀めば、直に人を淺睡状態に陷らしむることを得、然し淺睡より一歩を進めて止動状態に進ましめ、止動状態より又一歩を進めて強直状態に、強直状態より又々一歩を進めて睡遊状態に進ましめ、夫れより一歩を退かしめて強直状態となし、又一歩を退かしめて止動状態に、又々一歩を退かしめて淺遊状態を呈せしむること、恰も階段を上下すること意の儘なるが如く、被術者の催眠の深淺をして意の儘に爲すを得ざるは抑も何故ぞ哉。

又已に先輩の諸學者が、催眠術にて治療する事を得る病症なり、と確定せる病症に就き施術したるに、効顯は確に見えたるも 忽ちにして亦元の病身に戻れり。或は施術したるに全然効顯の現はれざる者あり。之れ抑も何故ぞ哉。本書は主として、催眠術一般の治療法を普く網羅し、之を學理上より説明すると共に、前述の二大問題につき是が方法理論を説述して、遺憾なからしめんことを期せり

且本書は勉めて通俗簡明を旨として記述したれば婦女童曚と雖も直に催眠術一般の治療法を明にし自己又は他人の疾病を治することを得るのみならず、催眠の深淺を自在になし、如何なる重患惡癖をも消失せしむるの秘訣を悟ることを得ん歟。本書編纂の目的蓋し爰に在り一言を記して序文に代ゆ。

  明治四十年東京勸業博覧會開設の月

大日本催眠術協會編輯局識

催眠術を用いた様々な病の治療法を紹介するというのがこの本の趣旨である。

明治期の催眠術に関しては格好の参考書がある。一柳廣孝著『催眠術の日本近代』(東京 : 青弓社, 1997)がそれ。この書によると、明治20年前後に「催眠術」という言葉が一般に膾炙し始め、明治36年に竹内楠三の催眠術書がベストセラーとなり催眠術ブームとも言える流行となったという。

『催眠術の日本近代』による明治期の催眠術流行の流れの概略を紹介しておくと
明治4,5年-20年催眠術の移入(留学生・お雇い外国人によるアカデミズム内への導入)
明治20年-30年催眠術の一般への普及・流行(新聞小説、寄席・舞台、民間催眠術治療士の増加)
明治30年-35年一旦流行が下火に(催眠術を使った犯罪が増加)
明治36年-40年催眠術ブーム到来(催眠術教授書ベストセラーに、通信教育団体の運動活発化、アカデミズム内での研究も進む)
明治41年催眠術に対する規制(『警察犯処罰令』(1908)制定、医師以外による催眠術医療行為の禁止)
明治44年アカデミズムからの催眠術排除・・・『千里眼事件※(明治43-44)』(透視・念写の有無をめぐってマスコミ・アカデミズムを二分した事件)以後の超常現象・超心理学研究のアカデミズムからの排除
明治45年-心霊療法(霊術)や新宗教内への吸収

※この事件については日本テレビ「知ってるつもり?!」ページに簡単な流れの説明があったので紹介しておく

今回紹介する本書は、明治36年からの催眠術ブームの中で出版された解説書の一冊である。翌年には、『警察犯処罰令』による規制が始まるので、ブーム後期の本といっていいだろう。

『催眠術の日本近代』に、本書の著者古屋鉄石に関する記載があるので、こちらも引用しておこう。

 幻術の流れをくむ大道芸的・見世物的な要素と、催眠術による暗示能力、そして西洋の近代医学を相対化する治癒理論。こうした要素のどこかに、適宜ポイントをおくことで、霊術の自己アピール能力は増大する。かつての催眠術の大家たちは、あっというまに霊術家への衣替えを果たしていった。

 このような催眠術師から霊術家へのすばやい転身の一例を、古屋鉄石にみることができる。明治末期から大日本催眠術協会を主宰して催眠術の普及に努める一方、博士書院を舞台に大量の催眠術書を出版した古屋は、大正期にいたって、いつのまにか精神研究会を主宰する霊術家に転身していた。

 ある霊術家カタログには、次のような古屋の紹介がある。「長くやってることが精神療法界ではハバが利くとすれば、古屋君は頗る長い方である。自ら明治三十六年創立といっているが、同年には今は故人である催眠術の先覚桑原俊郎氏が精神研究会を起こしたことを編者は記憶して居る。其の他には精神研究会というものが出来たことは聞かない。その頃浅草公園に陣取り、手品か何かで人寄せをしては、コンニャク版摺りの催眠術書を売って居た人に、古屋君とソックリな方があった。編者は其の頃から催眠術に興味を持って居た故、五銭だが十銭だかでそれを購つたことを記憶する。勿論大したものではなかった。その人が古屋君だかドウだかは、古屋君に聞いて見なければ分らない」

 いかにも「山師」古屋のイメージを植えつけるような記述ではある。昭和初期の時点では、古屋の精神研究会は「不思議の霊術及精神療法の教授」「精神療法の実行」をメインに据えた団体へと変貌 しているのだが、彼の特徴は旧来の組織・著書の使い回しという点にある。たとえば古屋『新催眠療法講義録』(大正十三年、精神研究会)は、従来の古屋の諸著書をふまえながら、そこに「霊術」的な要素を付加することで成立している。催眠術の「神術」「霊動術」的な要素の強調である。

 古屋はいう。「催眠術を行う室には神を祭り、術者被術者共に神を祈り精神を清らかにして後に施術に着手します。而して被術者が深い催眠状態になれば、被術者個人の精神は没却して哲学に云う宇宙精神と一致したる状態となる、神道で云う神人合一の精神状態となり、仏教に云う真如法性の状態となる、基督教に云う神を見た神に近いたと云う精神状態になる、之が理想の催眠状態である」「催眠術は霊の働きを客観的に試験する唯一の良法である、術者と被術者とは遠く離れて居り術者の霊力被術者に伝りて被術者の心身を左右する不思議の力を以て居る」

 明治三十年代から四十年代にかけての古屋の催眠術書で強調されていた催眠術の「科学」性は、ここでは催眠術の神秘を際立たせるための傍証でしかない。彼は、自らが組み立ててきた催眠術の体系を「神霊」の側へスライドさせることで、「霊術」業界に参入し得たのである。
(p.183-185)
後にはかなりオカルトよりの活動をしていたようだが、本書の出版の頃は、「科学」の装いをとることで支持者を獲得使用という戦略をとっていた為か、「被術者個人の精神は没却して哲学に云う宇宙精神と一致したる状態となる」というような『たま出版』的物言いは見られない。西洋医学による治療を認めた上で、催眠術がその補助となることを目指しているようである。そろそろ、催眠術治療に対する規制が行われようとしている、と意識していたためなのかもしれない。

 催眠術治療が有効な症状リストがあるので、それを見てみよう。

第十四章 催眠術にて治し得る病症

 (中略)

(三)治病の種類 催眠術の治療後は世に行はれてより未た日尚淺きを以て如何なる種類の疾病に對して効顯あるかに就て今日尚試験中に屬するもの多し然し己に多くの學者が催眠術を以て治し得べき病名として擧けたるものを總合して一覧表を示せば正に左の如くなり。

(い)神經系病
神經痛、頭痛、顔面神経痛、僂麻質斯性疼痛、疝痛、幣斯垤里自發的、睡遊睡眠病、不眠症、魔夢、姙娠亞疽、神經性呼吸困難、癲癇、耳鳴、神經性痒感、振顫痲痺、顏面神經痲痺、知覺異状、局所痲痺、痙攣痲痺、半身不随、脊髄勞、脊髄炎、神經衰弱症、吃吶、耳鳴症、抓外傷性神經病、舞踏病、職業的神經障害、腦病
(ろ)消化器病
胃病、消化不良、仙痛、便泌、嘔吐、食氣減損、惡阻、放屁、下痢、
(は)呼吸器病
痲痺性唱聲、喘息、咳嗽、痙咳、肺結核、肋膜炎、胸部疼痛、神經性呼吸困難、喉頭筋痲痺、氣管枝炎、
(に)血行器病
心臓狭搾痛、神經性心機抗進、
(ほ)必尿生殖器病
遺精、遺尿、淋病、月經不順、月經痛、卵巣痛、子宮附屬器の攣痛、窒膣攣、疼痛性排尿困難、膀胱炎、膀胱痙攣、陰萎症、不姙病、流産習慣性、生殖器過度兀進、子宮の諸症、腎臓病、疼痛性陰莖勃起、
(へ)眼科的病
眼球壓迫痛、眼筋痙攣、結膜炎、急慢性トラホーム、夜盲症、近視眼、
(と)皮膚病
皮膚腫瘍、手足汗症、火傷、凍瘡、
(ち)中毒症
阿片中毒、古加因中毒、莫兒比涅中毒、安知歇武林中毒、臭素中毒、烟草中毒、アルコール中毒(但し慢性)
(り)結核症
癌腫、癩病、濕痰、頏癬、紅斑、蕁麻疼、打撲傷、關節門挫、
(ぬ)全身病
尿崩症、脚氣、黄疸、鬱憂病
(る)産科
分娩
(を)外科手術
魔酔藥の代用、疼痛忘、抜歯術、
(p.33-36)

転記をしたものの、よくわからない病名がある。

「(い)神經系病 」の「僂麻質斯」はリューマチス、「幣斯垤里」はヒステリーだろうと推測がつくが、「抓外傷性神經病」というのがよくわからない。また、「(ち)中毒症 」の「古加因中毒」はコカイン中毒、「莫兒比涅中毒」はモルヒネ中毒だろうと目星がつくが、「安知歇武林中毒」がよくわからない。


注・・・産業掲示板に、2002/9/4(水) 詩林堂主人様から、以下のようなご指摘をいただきました。

アセトアニリドという解熱剤成分があるのですがその旧名がアンチフェブリン(アンチヘブリン)とのことで、おそらくそれではないかと>安知歇武林
漢字の読みや薬の発明時期からみてアンチフェブリンであるとみて間違いないようです。貴重な情報ありがとうございました。

また、同掲示板に五条鴨川様やこか様からも安知歇武林についていろいろと推理をよせていただきました。ありがとうございました。

2002年10月21日 筆者

他にも疼痛性陰莖勃起というのがある。痛みによって勃起してしまうという病気なのであろうか、それとも勃起すると痛みが走るのだろうか。どちらにしても大変気の毒そうな病名ではある(Googleで検索したら現在でも医学用語で使われているらしく、なにやら睡眠障害に関わりのある病気のようだが、詳細は分からない)。

さて、上記リストで脚気や結核が催眠術治療が有効とされている点が目を惹く。そんな病になにも催眠術を使わずともと思ってしまうところだ。しかし、本書発行時には、脚気の原因がビタミンB1欠乏であるとは分かっていなかった(鈴木梅太郎によるオリザニン発見は明治44年)。また結核については、特効薬ストレプトマイシンが発見されたのは1944年である。となると、当時の正統医学では治療法が確立されていなかった病に対して、催眠術を使おうとしたのだろう。「病は気から」ということで、脚気にしても結核にしても催眠術によって強い暗示を与えることで症状が軽くなる事もあっただろう。

本書においても古屋は

肉體の變化なき精神上の病氣換言すれば、解剖しても病源の知れざる疾病、又は傷害の見つからずして疼痛を感ずる疾病、所謂機能的疾病は治療し得べし、とは學理家實驗家の共に異論なき處なるも、解剖上の傷害ある疾病、即ち機質的疾病は治療し得るや否や、に付ては絶對的に治療力なしと主張する者あり。相對的に治療力ありと云ふものあり。余は後者を賛するものなり。之を學理上より考ふるも、暗示を以て精神に刺激を與ふれば、生理上身體の諸機能に變化を來すは、體心相關の理論上明白なる事實なればなり。
(p.33)
と述べている。この辺は現在からみても、まあ常識的な記述と言えるだろう。読んでいるこちらとしては「催眠術は万病に効く」といった強気の記述を期待しているのだが、そういう意味では本書はあまり面白くない。

 また、催眠術治療が通常医学よりも優れている点として古屋が強調しているものがある。それは、催眠術治療においてはミスがあっても、被術者の被害が少ないという点である。

暗示法に付きて述べんに、施術者たるもの惡意を以て不當の暗示を施さば、其害恐るべしと雖も、善意を以て患者の疾病を癒せしめんと欲して暗示を誤ることあるも、治療の効なきのみにして、身体を害することなし。例へは施術者が患者に殘續暗示を與へて覺醒後に患者をして自殺せしむるが如き、惡意を以てする暗示は、其害恐るべしと雖も、善意を以てする暗示は安全なり。即ち爰に子宮病にて腹痛に苦しむ婦人ありとせんに、施術者は胃病なりと誤診し、「あなたの胃病は癒りました」「あなたの胃は健全でよく消化の機能を致します」と暗示せんか、子宮病に少しも關係なき故、子宮病は少しも治せずと雖も、又胃病も別に起る筈なし、卑竟無害無効に終るべし、施術者たるもの斯かる頓馬の暗示を施すことなきよう、醫學の一般に通じて患者の病症に適する暗示を施さずんばあるべからざるなし。

之によりて見れば、催眠術の治療は醫術の治療に比して、安全無害なること明白なり、諸子の熟知せる如く、醫術の治療に於ては、藥物の分量を誤りたるが爲め、患者を死に致したること往々あり、幸にして患者は死を免るゝも、其れが爲めに却つて重病者となること敢て珍しとせず。醫術の治療には斯かる危險伴ふを以て、其取締を催眠術治療に比して、幾層嚴格にする所以なり、よりて吾人は安全無害なる所の催眠術治療の進歩發達を望んで止まざるなり。
(p.30)

抑も治療の効あるや否や、不明の疾病に施術して効果を得れば、新説の發見となり、よし効果なしとするも、施術の爲め患者の身體を害することは斷してなし、之れ藥物療法に増る特點なり、催眠術治療も醫術治療も共に疾病を治療する業務であり乍ら、醫術の開業に就ては一定の試驗に及第せるものゝ外は許さず。催眠術治療所の開業には、如斯六ヶ敷條件を要せざる故なり。醫學博士呉秀三氏曰く、催眠術の道をよく知り、其術に練れ、病理を心得た人が治療上に催眠術を應用するも、少しも禍や危險を來たすことなし。如何となれば施術者が暗示するに、此病氣は癒つて仕舞た、お前は健康であると云ふ如きことのみ暗示するならば、患者に對して少しも有害なる作用を來たすことなし」と以て催眠術治療の無害有効なるを確信し、以上の病名に拘泥せずして施術すべきなり、
(p.36-37)
とりあえず、やって損はないからやってみろ、という大安売り状態である。子宮病の患者に胃病が治る暗示を与えても害はない、と言われればそうなのかもしれないが、その間に子宮病が悪化する可能性もあるわけだし、無害無害というのもいかがなものか、という気がしないでもないが。

 また、上記「催眠術無害論」において、「施術者たるもの惡意を以て不當の暗示を施さば、其害恐るべしと雖も、善意を以て」と、「善意」「悪意」を強調する点には、催眠術を用いた犯罪の増加による取締強化を恐れる姿勢が垣間見られる。また、催眠術の無害さを強調して「醫術の開業に就ては一定の試驗に及第せるものゝ外は許さず。催眠術治療所の開業には、如斯六ヶ敷條件を要せざる故なり」という点には、正統な医師以外による治療行為の規制強化を押しとどめようとする狙いが込められているものとみられる。本書では悪意ある施術の例として以下のような例があがっている。

人多くは試験的に奇なる暗示を與へ、被術者の精神を苦しめ、而して之を悟らざる者あるも是れ甚しき弊害あるを以て、注意せざるべからず。例へば感受者に向つて汝の右手を今斷り落したから、汝には右手がない、左手にて探りて御覧んなぞ云ふが如き暗示を與へ、感受者は左手にて右手を探り見るも、暗示に感應して手に觸れざる故、全く無しと信し、驚嘆する状を見て愈快なりとするものあるも、之れ思はざるの甚しきものなり。此場合に於て、或は感受者は己れは右手を斷り落されし故死するやも知れず、と自己暗示の結果、終に實際死することなきにあらず、注意すべきことどもなり。よりて成るべく精神を激動せしむる暗示は避くべきなり。
(p.21)
上記のようなイタヅラも困ったものだが、世間で問題になったのは催眠術を利用した性的な暴行や詐欺行為といった犯罪行為であった。本書では、そういった犯罪の実例についてはほとんど触れられていないが、この後の催眠術規制の大義名分とされたのはそういった不法行為取締であった。催眠術を利用した犯罪が、当時どれくらい起こっていたのかは分からないが、催眠術犯罪の実際の被害の大きさよりも「自分が他人に思いのままに操られてしまう」という恐怖感が、世間の人たちに規制の必要性を感じさせたのではないだろうか。この恐怖感は、逆に「他人を意のままに操る」という興味と表裏一体であって、この興味が催眠術ブームを支えていたのであろうけれども。

 催眠術治療の成功例として、脚気の治療についての記述を引用する。

左に實例一個、を示さん廿二歳の脚気患者にして殆と腰抜となり前進一體に水腫を起し、且つ全身痲痺せり、此患者を催眠せしめ、一回の暗示を與えしに翌日に至り下痢を起し數回の下痢にて十時間計りの内に悉く水腫が取れ全く歩行し得ざりし患者が三日目より歩行し得る樣になれり。是れ要するに充分なる暗示の効力を、血行器に刺戟を與え、血液遁流を盛にしたる結果、皮下水分の鬱積を腹管中に誘導し、下痢を起して體外に水分を排泄したる爲め、水腫が取れたるなり、隨て皮膚の神經機能及び筋肉の運動も完全となりたる故、抜けたる腰は立ちしなり、是れ完全なる暗示の能く腦膸に印象を結びしによるなり。
(p.17)
明治の売薬広告でよくある薬効宣伝文言に似た記述である。さらに驚くべきは次の事例。

(十二)避妊 催眠術によりて女子を懐姙せしめざることを得、或時レプエレフエルト氏の門を叩きたるものあり、其者は貧家にして子澤山で困まる婦人なり、よりて避姙の方法を願ふにあり、眞面目にレ氏曰く、身体を害せずして懐姙を避くる方法は一切交接をせさるにあり、と婦人驚きて他に方法なきや、他には余の催眠術なりと、婦人雀躍して施術を受けたりレ氏は催眠状態となれる婦人に向ひ、爾後お前は本夫と同衾するも、決して懐姙することはないと暗示し、尚其効を確實にせん爲め、毎月二回つゝ施術したるに全く懐姙することなかりしと云ふ。
(p.42)
本書の筆者の事例ではなく、海外の研究者(レプエレフエルトとは何者なのかは不明。高名な催眠術学者なのだろうか)の例をひいているので、眉唾加減倍増。ともあれ、催眠術で避妊できるとは!想像妊娠させてピルのような効能を期待するのだろうか。でも、「本夫と同衾するも、決して懐姙することはない」って極めてストレートな暗示の言葉だしなぁ。それにしても、「身体を害せずして懐姙を避くる方法は一切交接をせさるにあり、と婦人驚きて他に方法なきや」という部分は、古いフランス艶笑小話みたいな文章だ。

 また、催眠術は家庭争議の解決にも使用できる。

(二十五)戀病 醫學上の病人と稱すへきものにあらすして、單に精神の作用による所の迷ひ、苦しみ、煩惱、妄想、轉倒、夢想等の境遇にある者は、醫術を以て治療すべき者にあらずして催眠術上の感化を以て治療すべきものなり。

二十五歳の青年或る處女に迷ひ、其處女も又其青年に迷ひ、共に何ふあつても夫婦にならんと黙約す、然し二人の間は精神上の誓ひにして肉体上の誓ひをなしたることなし、然れとも一旦戀てふ風の身にしみたり以来、青年は明け暮れ其事のみを心配して忘るゝ能はず。然るに其父母は其處女の家が貧なる爲め、斷然其婚姻に不承諾をなす、其れ故終に青年は悲觀的精神となり。胸中は常に分裂寸斷の思ひに堪へず、鬱々として樂まず、青年も亦思ひ直ほして處女のことを更に忘れとすればする程尚忘るゝこと能はず。所謂「お醫者さんでおも草津の湯でも私の病氣は治りやせぬ」てふ戀の病氣となり、終に両親の意に反して不孝をなし朋友親族にも見はなされたり。始め青年は有望の青年として遠近に稱揚せられたるも、今は全く信用地に墜ち、又如何ともすること能はず。爰に至り父母も青年を其儘に置かば終生を誤ることを始めて悟り。東京に遊学せしめたるも、此時は已に青年は悲觀の結果、獨り戀の病氣のみならず。腦病を起すに至れり。よりて其腦病の治療を請はんとして、本會に來りたり。故に其病原を尋ねたるに、青年は唯だ不本意のことか重りたる爲め其を苦にしたる結果、とのみ云ふて其他を云はず。よりて余は曩に第壱章に於て述へたる方法により、胸中の秘密を語らしめ、始めて前顯の次第を知り。其原因より説き起して、腦病全治の暗示を與ふること前後七回にして、青年の心機全く一轉して健康に複せり。即ち爾後處女のことを全く忘れ、從前の悲觀的の精神は變して樂天的となれり。從て腦病も全治し、學校の成績は優等にて卒業し、次て高等文官の試驗に及第し、先程某華族の令嬢と芽出度婚姻の式を擧げられたり。
(p.49-50)
まるで「金色夜叉」の男女入れ替え版のようだが、いったい文中の処女はどうなってしまったのだろうか。催眠術もこうなると、「真夏の夜の夢」の魔法のようだ。この治療例を本書に収録したのは、性犯罪の温床と見られがちな催眠術の悪印象を 道ならぬ不道徳な恋の迷いを振り払う助けになることを示すことで、いくらかでも緩和したいという意図があったのだろうか。

最後に本書に掲載されている挿絵を紹介する。なかなか、とぼけた図柄があってよい。

施術者被術者に時計の龍頭を凝視せしめて催眠せしむる所なり



施術者被術者を無感硬直となし二個の倚子に架して其の上を渡れり





少しも畫を學ばざる十四才の少年催眠状態中に於て揮毫したるの畫



施術者被術者にビールなりと云ひて唯の水を與へたれば被術者はビールと思ふて之を飲み遂に酩酊したり



施術者感受者の身体をして疼痛無感となし感受者の頬に針を刺したるに感受者は何等の感覺なし


これらの挿絵は、本文の内容とは特に関連がない。古屋の他の催眠術本から適当に使い回したものなのかもしれない。この中でも、絵の心得のない14才少年の鯉の絵が素晴らしい。いくらなんでも暗示だけで急にこんな絵は描けないと思うのだが。本文では「催眠術治療は西洋医学の補助」と位置づけ、ちょっと控えめな記述が目立つのだが、この絵のキャプションはそういった本文の傾向と明らかに矛盾している。後の科学的催眠術師から霊術家への転向の芽生えなのであろうか。


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