血戦防諜

血戦防諜
三谷節次
東京:鬼澤書店, 1944.2

 タイトル「血戦防諜」とあるように、敵のスパイに対抗する心構えを述べた本である。太平洋戦争も真っ直中の昭和19年に発行されている。著者三谷節次氏は内務省防諜協会の主事とのこと。
 本書はまず、防諜観念の甘さから日本が被った被害を例示している。


秘密戦の實例

日本に對して行はれた例
一、移民法によつて我が國の人口問題の解決を壓迫し、その裏面から産兒制限をもつともらしく奨勵し、伸び行く日本の力を減殺し、戦時下日本の現在の人口問題に一大暗礁を生ぜしめた。
(p.14)

マツチ不足のうら

一頃のマツチ不足はかなり國民の上に日常生活にゐるものだけに騒がれたがこれらはそのうらに相當恐らしい秘密戦の魔手がうごいてゐたのである。

 すなはち當時の、自由主義的な生産配給機構の弱點を狙つて、マツチを大量に買占めて國外へ流し、某國は莫大な利益を得る一方、全國に張りめぐらされた合法的な組織の網を通じて、今マツチを買溜めしておかないと大變なことになるぞと宣傳し、また一方、いま暫くマツチを賣らずにおけば大儲けができるなどと、マツチ不足の現象に即應して宣傳をやつた。

 そうした秘密戦によることを知らない國民は、忽ちこの宣伝に乗つて買溜をやる、賣惜しみをやる、そこで闇取引が起る、となつてますます物は少なくなる、社會不安は増大する、こうして當時のマツチ飢饉は招來されたのである。
(pp.41-42)

我が國の写真が不利に利用された例

一、
銀座の百貨店の閉店時、女店員の退出の状況を寫した寫眞が、米國に流れ出た、米國は直ちにこの寫眞に、日本は戦爭のため男不足となり、すべての職業の七五%までは女であるとの説明を附して對日の惡宣傳に用いた。

二、
皮革統制の際に下駄穿きを扱つた某新聞社のニユース寫眞は、日本の物資不足、經濟的な行詰りの状態として逆宣傳に利用された。

三、
宮城前に於ける少年少女の勤勞奉仕隊のニユース寫眞は、日本は事變のため最早人的資源枯渇し、少年少女までも狩り出して矯正勞働をさせてゐるとの逆宣傳に使つた。
(pp.72-73)
最初の「秘密戦の実例」に、「移民法によって人口問題の解決を圧迫し」とあるが、人口問題を移民で解決した場合、他国の人間になってしまうのだから、もし移民法がなかったとしても、必ずしも「戦時下日本の現在の人口問題に一大暗礁を生ぜしめ」なかったとは言えないと思うのだが。とはいえ、この本の発行された当時、第二次世界大戦に巻き込まれていた国ならどこでも、防諜本や防諜パンフレットが出版されていたことだと思うが、この程度の誇張というか、無理のある被害報告はおそらく、この手の本につきものだから、そう目くじらをたてるものでもないだろう。しかし、被害報告から進んで対スパイ対策に記述が進むと何やらおかしな具合になってくる。

 スパイの手先となる日本人は概ね金錢で買収されてゐる、酒や、女や、金錢の誘惑にかゝり、或は弱點を相手に押へられて脅迫を受け外國の手先となることのないように注意しなければならない。

 その根本は、自己の行ひを慎み、私慾を去つて、公私の別を明らかにすることである。前歐洲大戦のとき、有名なレードル事件といふのがある。オーストリアの參謀レードル大佐が作戦計畫をロシアへ賣つた事件である、結局大佐はピストル自殺をとげた。このレードル大佐は最初は金でも酒色でもどうしても誘惑されなかつたが、たつた一つ同性愛の秘密があつて、これを暴露するぞと脅かされて遂にずるずると深味へ引込まれたのであつた。若しその事件が暴露しても、それは自分一個のことであるからと、公私の別を明らかにしてゐたらこんな不祥事件は起こらなかつたのである。(p.60)
ここでは、第一次大戦のオーストリアの例をひいていて、日本に特殊な例ではない。同性愛のタブーは、欧米に比較すれば、むしろ日本は厳格ではないからそれほどには問題にならないかもしれない。この書によれば、我が国で敵スパイに利用されるのは同性愛タブーよりも、「何でも西洋のものが素晴らしいと思いこむ」西洋崇拝感情らしい。

防諜観念の基調をなすものは、無意味、無條件の外國崇拝觀念の一掃である。

 「これは舶来だぞ」といふ言葉が正直に白状してゐるように、日本國民の殆んど全部が無意識にいだいてゐる外國崇拝、外人崇拝の觀念が、外國の組織網を喜んで國内に導き入れたのである。恐るべきスパイの活動を容易ならしめてゐるのもこの觀念である。

 無條件の外國崇拝こそは、諸外國にとつて對日秘密戦の最もよい足場であり、またスパイ活動の温床をなしてゐるものである。

 スパイの正體は外國の合法的な組織の網であることは既に述べた。然らばその根本問題は、この秘密戦の主體たる外國の組織の網を取除くことである。即ち資本、技術、學術、宗教等あらゆる部面に於ける外國依存を、一日も早く脱却することである。歐米依存を續けてゐる限り、防諜は絶體にできない。

 どうしても外國のお世話にならぬ、自主獨立の日本を作らねばならない。即ち高度國防國家を一日も早く建設しなければならないのである。高度國防國家の建設は、防諜の立場から言つても、極めて緊要な事柄である。

 經濟、學術、宗教、その他あらゆる部門に於いて外國依存を脱却すると同時に、現在のように日本人がたゞわけもなく外國人を崇拝し外國人と交際するのを誇りとするような状態を一日も早く矯正せねばならない。(pp.54-55)
この西洋崇拝を如何にして打破するかを、巻末の対談で扱っている。この対談の名称は「戦慄のスパイ座談会」というものものしいもの。「スパイ座談会」といっても、スパイが対談しているわけではない。出席者など詳細は次の通り。

戦慄のスパイ座談會

日時 昭和十八年十一月三日午後七時
場所 東京都丸ノ内○○會館
出席者 司會者  中山氏
    作家   田丸氏
    同    高木氏
    會社重役 並木氏
    ○  ○ 大木氏
    ○  ○ 山本氏
    歸朝者  米本氏
    主催者  町田氏
(p.147)
出席者については名字しか記述がない。また、「○  ○」とあるのは何の事なのか分からない。おそらく防諜関係の当局者で職を秘してあるのだろう。でこの出席者たちが語る防諜の為の西洋崇拝打破の方法は以下の通り。

田村
或る國では現在さういふことをやつてゐる。その國はとても防諜が徹底してゐて、大衆にしつかり防諜觀念を植付けてあるので、外國人に接觸するときは、ちやんと警戒してかゝる。スパイは手も足も出ないので、これが一番こまるのです。こうしてすつかり無形の垣根が出來たら、日本も始めて防諜が徹底して行きます。こゝまで行かなければいかない。日本人がうつかり好んで外人に接觸していゝ氣持になつてゐるやうなうちは、防諜は不可能です。

並木
全く同感です。それにもう一つまづ東京から手はじめに街頭の外國文字を消す運動が必要です。これくらひ眼に見えて恥辱なことはありません。日本人から外國文字が眼に見えないやうにしなければ駄目です。いかに外人崇拝はいかんとか、日本の思想はこうだとかいつても、眼の前に外國文字がれいれいしく書いてあつては駄目ですね。

町田
それから外國人は一二等車に乗せない、三等車といふことにしてはどうでせう。西洋人が一等車に乘つてふんぞりかへつてゐるところを見ると、普通の大衆は外國人は偉いやうに思ふ。あれは三等車にしか乘れないといふことになつたら、さういふ點で崇拝しなくなる。

米本
大谷光瑞さんは外人に素晴らしい給料を拂つて食堂のボーイにしてゐた。生徒が全部食堂でこのボーイに命じて、ビフテキを持つて來いとか、やれ何を持つて來いと云はせる。これは生徒に英、米人といふものは金でどうにでもなる、いかなる卑しい仕事でも金を澤山出せばやるのだ、といふことを教へてゐる點、非常に効果があると思はれますね。

並木
大陸では汽車に乘つても西洋人がひどいところに乘つけられて、仕方なしにぶうぶう言ひながら冬なんかガタガタふるへてゐますね。戦爭中だから日本の上等兵にどなられてゐたがあれでよいですよ。

町田
どこだつたかお菓子屋で、クリスマスの時に西洋人がサンタクロースの服装をして、來る子供來る子供に、日の丸の旗をわたしてゐた。その時に僕はそばに立つて見て居たが、いらつしやいいらつしやいと一々旗を渡すのを子供が威張つて行く。子供はそれを珍しく思ふと同時に、西洋人といふものはあゝいふ下らないことをするものだなといふ感じを深められた。どこでも、さういふことをやればよいのだ。どしどし西洋人を日本人が使ふことだ。食堂のボーイなど至極宜しいですね。

(pp.162-164)
結局、対策は「西洋人を食堂のボーイにすること」というもの。とても昭和18年の末に実行する対策とは思えない暢気さだ。大体、「戦慄のスパイ座談会」というタイトルにそぐわないことおびただしい。

 防諜戦にとって大きな障害となる「西洋崇拝」の弊を多大にもっているのが、うら若き日本女性である。異様といってもよい熱意で、外国人男性の女性に対する誘惑への警告を発している。

秘密戦は婦人に向けて

今まで數多く傳へられたスパイ「物語」にも、その重要な役割には、必ず女が登場してゐる。女が果してそのような危險性を持つてゐるであらうか、諺にも女三人よれば姦しといはれ、井戸端會議といはれる「女のおしやべり」から、大事を惹き起した事實は少なくないといふことが識者の一致した結論だ。そこには女性の防諜に關する一段の自覺が要求されてゐる。

 女がスパイに利用されるのは、外人崇拝、外人を友達に持つことに誇りを感じる度が強い點に、先づ危險が生じる、たとへば外人が男に道を聞くのと、女に聞くのとでは、女の方がはるかに親切で外人にいはせると、日本の女は「私に道を聞いて下さつて有難う」といふ態度であるといふ。

 不良外人の例であるが、銀座通で通りすがりに、あるシヨツプガールにウインクすると女は即座に笑つたのに乗ぜられお茶を飲みに行き、次いで誘惑された實例がある。それが若しスパイだつたらどうでせう、また上流の有閑階級の女が、外人のパーテーなどに招かれて「イエス」「ノー」の英語だけでも喋れば得意になる傾向も多分にある、スパイは其の機會を捕へて、社交から家庭へ喰ひ込み、このスパイは非合法的な手段は警戒が嚴重で實行困難なので、合法的に組織された手段を用ひてゐることもまづ知らなければなりません。

 實例的に之を示せば

 外人と交際を始めた女は、先づ映畫などに連れて行かれ、だんだん馴れるに從つて地方旅行へ、それも外人のことだから主に自動車で、しかも女を助手臺に乗せて行く、女はこれで喜んでしまう、また女は外人から聞かれれることを道案内のつもりに喋るが更に外人はこの女を使つて、その土地々々の人に事情を委しく聞かせる。(中略)之はかつて某國の駐在武官が使つた事である。

 そのほか或外人が、あるダンサーを計畫的に妾にして、その女に洋装店を開業させ、その二階をアジトにしてゐた例、英語教授を看板に、主に家庭婦人を釣り、その夫の職業を通じてスパイした例など、手段は實に多角的である。日本の女ならば、日本人としての自覺を持つてゐる筈であるが、不用意な行爲がもとゝなり、殊に肉體的に篭絡されると一切痲痺してしまふ結果になるのである。

(中略)日本は家庭がしつかりしてゐる、家庭が強いといふことは結局家庭に於ける婦人が強いのである。所謂母の力が大きいのである、その偉大なる母から生れる日本人は強い、從つて日本を屈服さすには先づ家庭の破壊を第一條件としなければいけないといふので各敵性國は優秀なるスパイを放つて日本の家庭婦人に喰ひ込まんとしてゐるのである。婦人たるもの心すべきである。 (pp.93-97)
既婚女性の貞操観念を高めるのは、前線の兵士の士気を低めないためにも必要だとは思うが、以下は独身女性に対する注意。

スパイに躍らされた女

 スパイを警戒せよと防諜の聲巷に高く叫ばれるとき、外人と交際してゐた婦人が多数スパイ嫌疑で丸の内署に連行取調べを受けた事は當時その取調の任にあたつてゐた○○氏の話を次に述べて見よう。

 自分が大阪ビルの食堂にゐると外人と差向ひでご飯を食べてゐる若い婦人があつた。職業意識の第六感で之がピンと來たのでじつと注目してゐると、この二人の態度がどうも變なのである。變だといふのは食事をしながら向ひの女性に話しかけてゐる外人の擧動が馬鹿丁寧であるばかりでなく、その女性の御機嫌をとるために齒の浮くようなお世辭をいつてゐるその様子が、どうもたゞの交際ではないと感じられたのである。

 その時自分は何んとかして、この女性をつかへて取調べなければならぬと思ひ、二人のあとを微行することに決した、食事を終つた二人は微行されてゐるとも知らず新橋驛の方へ行く、其の女性はパーマネントで洋装、顏も十人並で、年頃は二十二、三才位で一見したところ良家のお嬢さんのようであったが、口紅をあくどくつけてゐる化粧の仕方などに、外人に狙はれやすい條件をそなへてゐるのである。これを取調べるためには、外人が新橋驛で切符を買ふときにその隙を狙つて素早く女だけを拉致するよりほかに方法がないと思ひ、驛構内に入つて行く二人の背後に追つてじつと見てゐると、二人とも切符は買はず、定期券を出して改札口に入つて行くのである。

 こちらは、いさゝさかあてがはづれて引返そうかとも考へたが、こゝでこの女性を外人の手から奪還しないかぎり、彼の女は完全に外人の誘惑に陥るといふ氣持がしたので、自分は改札口を入り何處までも追跡する覺悟でゐると、件の外人はこのとき煙草を買ふためにその女性の傍をはなれて一人で賣店の方に行つた。そこで外人が煙草を買つてゐる隙を狙つて連れの女性を新橋驛二等待合室へ連行して取調べると、案の定彼の女は某會社のタイピストであり數日前に友達の紹介でその外人と知合になつたばかりだといふのである。

 自分の豫想通り彼の女はその外人とはまだ深い關係に入つてゐなかったが、軍需品の注文などに秘密を要する文書を作るタイピストといふ職業柄、もしも外人に誘惑されて職場の秘密でも洩らすやうなことにでもなると、それこそとりかへしのつかぬ毛かをまねくといふことになる。彼の女がまだ外人の手中に落ちなかつたといふ證據は、食事をしてゐたときの外人の態度ではつきり解るのであるがすべて女性に接する外人の態度は、關係を結ぶ前と後では手の裏を返すやうに違ふのである。いづれ日本人よりは親切であるが、その親切さも初めはいやらしほど露骨である。一度關係を結んだとなると、割合あつさりしてくるのである。(中略)

 彼等は、野獣のやうなもので、普通の娘をまるで藝者か何かのやうに考へてゐるのである。ホテル勤の女性で彼等の毒牙にかゝつたものは實に澤山あり、性的交渉を持つことによつて、知らず知らずスパイの手先に躍らされてゐるのである。 (pp.97-101)
 防諜関係者というのは、ナンパの仕方でスパイかどうか分かるらしい。しかし、「女性に話しかけてゐる外人の擧動が馬鹿丁寧であるばかりでなく、その女性の御機嫌をとるために齒の浮くようなお世辭をいつてゐるその様子が、どうもたゞの交際ではないと感じられた」というのが、スパイであることの決め手であるように言っているのに、後になって、「すべて女性に接する外人の態度は、關係を結ぶ前と後では手の裏を返すやうに違ふのである。いづれ日本人よりは親切であるが、その親切さも初めはいやらしほど露骨である。一度關係を結んだとなると、割合あつさりしてくるのである。」と言っているのがおかしい。これなら、「あらゆる外人はスパイ」ということになってしまう。

親切に付け込む

 都會の若い女性を狙つてゐる外人は、彼の女等の心理の機微を實によくつかまへるのである。銀座某洋品店のサービスガールは、混雜する地下鐵の中で、見知らぬ若いフイリツピン人に話しかけられ、銀座で降りる處を新橋まで乗り越してしまつたのである。話しかけられた動機といふのは、フイリツピン人に席を譲られたとき、彼の女がニツコリ笑つて相手の好意に應じたと云ふにある。

 些細なところにあつたのであるが、日本人同志ならあつさりとすんでしまふ車内での道徳であるが、最初から若い女性を狙つている彼等にとつては、こんな些細な出來事も立派なキツカケとなるのであるから一寸も油斷は出來ない。このフイリツピン人もその例に洩れず相手の態度の乗じ、片言の日本語を使ひながら執拗に話しかけ、彼の女があはてゝ新橋で降りると、彼れも彼の女の後を追つて降りるといふ始末、女尊男卑を禮儀とするのが彼等のならはしとはいへ、このやうな外人は若い女性と見ると席を譲るが、老人や子供には決して席を譲ろうとはしない。

 この女性は折よく地下鐵に乗合せてゐた警察の人が、先刻からフイリツピン人の擧動を見守つてゐたゝめ、新橋驛まで追跡されただけで難を蒙らずにすんだのであるが、新宿某百貨店につとめてゐたエレベーターガールを誘惑したフイリツピン人などは、これに輪をかけた執拗さを發揮してゐた。このフイリツピン人は一人のエレベーターガールに目をつけると、彼の女の運轉するエレベーターを待つてゐて乘るのである。そしてエレベーターの中ではなるべく彼の女の側近くによりそひ、何々の賣場は何處ですかといふことを毎日來る度に呆れる程根氣よく彼の女に聞くのである。

 聞かれる彼女は最初の中は妙な人だと警戒してゐるのであるが、外人から毎日それも幾日もつゞいて話しかけられるのは、何人か同じ職場に働いてゐる仲間の中、自分一人だけといふ氣持ちがしはじめると、それが相手の執拗な誘惑手段とも知らず、かへつてこのフイリツピン人を懐かしいと思ひ、到頭彼を賣場まで案内するやうなことになる。エレベーターガールが客を賣場まで案内するなどといふことはそうざらにあることではない。自分の職場まで捨てゝ示す彼の女の親切な行爲も好意から出たに違ひないのであるが、フイリツピン人にとつてはこゝがつけ目だつたことは説明するまでもない。

 早速彼れはこの親切なエレベーターガールに報ゆるために贈りものをする。彼は何を贈つたか、それは十字架と高價な指輪である。彼の女はこうしてお茶にさそはれ、映畫に誘はれ遂にこの外人と交際するやうになる。
(pp.101-104)
フイリツピン人ネタ2連発。何故かフィリピン男性だけは国籍が明示されているのだが、何か理由があるのだろうか。まだ昭和18年の段階では日本が占領していた筈なのだが。スパイ行為の問題よりも、「日本が占領しているフィリピンの人間が日本女性をナンパする腹立たしさ」から警察に目をつけられたようにも見える。

 次の例は特に国籍は記述されていない。

電話、電報あの手この手

 某軍需關係會社の研究所につとめてゐた女事務員も、日本語を習いたいといふ某外交官の肩書きを持つた外人と交際をはじめた。彼の女は東京に出て來て半年しかならないが都會の生活に慣れ始めた此の頃は、舞臺に立つレビユーガールのやうな派手な化粧の仕方も覺えたので、毎日友達を誘ひ合せ、うきうきと銀座などを歩いてゐたのである。彼の女は映畫館などで話しかけられたのではなく銀座の舗道を近づいて來る毛色の變つた青年にハローとか何んとか呼びかけられた瞬間にむらむらと好奇心をかり立てられて振り向いたのが事の起りであつた。その時は四、五人の友達と一緒だつたので無事であつたが、歸りに彼の女一人かその相手から再會を約束される事によつて、彼等の關係は急速に進展しはじめたのである。

 二度目に日比谷の喫茶店で逢つた時に、日本語の件を持出され、喜んで應諾すると相手はいよいよ圖にのつて、彼の女を寄るの日比谷公園に誘ひ込み、こゝでは殆んど暴力的に言ひ寄つて、唇を盗んでしまつたのである。この事務員は田舎に居る頃女學生時代一寸した小説の影響で戀愛の眞似事くらひ經驗したらしいのであるが、このやうに無遠慮に男から単刀直入に出られたのは初めてだつたので、それからといふものは本氣になつて相手の男に參つてしまひ、彼の女の職場へ殆んど一日おき位に男の電話が架つて來ると、彼の女は「今の電話は某國の外交官からよ、外人の友達は迚も面白いわよ」なんて得意になつて喜んでゐたのである。

 彼の女はその外人から三十圓もする花束を送られてすつかり感激して、そしてその花束の代償として遂に貞操まで捧げてしまつたのである。
(pp.104-105)
以下に見るように、結局のところ女性が注意しなければならないのは、我が心の中にあるエゴイズムであるとのことである。

スパイに乗ぜられる機會といふのは、ほかならぬ若い女性の輕薄な自己中心の心の中にかくれてゐるのである。しかしまた一面彼等のエロ戦術に對しても油斷は出來ない。彼等は映畫館を利用して若い女性に接する機會を作る。(中略)
 日比谷の交叉點あたりにある喫茶店は映畫による補償戀愛感にひたりきつた女性を誘惑する彼等の職場に利用され、たつた今話しかけたばかりの女性をつかまへて、自分は一週間ばかり前アメリカから來たばかりで今○○ホテルにゐるが、日本語を習ひ度いと思ふから一週間に一度づつホテルに來て日本語を教授して下さいなどと要求する。その報酬は一回重圓差上げますなどと口からでまかせの出鱈目をいつて彼女等の氣を引くのである。こゝで喜んで二つ返事で行くやうな女性には、彼等の常套手段たる毒牙が待ち受けてゐるのである。世の虚榮心に富む婦人こと心せねばならぬことである。 (pp.107-109)
以上の女性関係の例では、敵スパイのナンパの手口は紹介されていても、そのスパイが狙っていた情報の内容や、情報奪取の成否などの詳細は書かれていなかったのだが、章のまとめにこうあった。

 これらは別に軍機保護法に牴觸はしないとしても、この聖戦へ一億國民が火の玉となつて體當りをしている秋、わけても各國の防諜強化によつて近代スパイ戦術が部分的な情報の蒐集を組立てゝ全班を推知する科學的組織を採用しつゝある今日、彼女が洩らす不用意な一言は豫想も出來ぬ意外な結論へつながる一駒となつてゐるのである。 (p.109)
どうも、これまでの例示は「軍機保護法に牴觸はしない」ものだったらしいのだ。つまり、「スパイ」ではなくて単なる「ナンパ師」だった可能性も高いのである。どうも、純粹に「防諜」を目指しているというよりも、モテる外人に焼き餅を焼いて愚痴っているように見えるのは考えすぎだろうか。「外人男性がモテて困る」ならば、防諜対策として、「外人にナンパされないよう女性に要請する」だけでは片手おちで、「日本人の男性のナンパのテクニックを上げる」のも重要なのではないかと思うが。結果として、日本女性が外国人男性に魅力を感じる割合が減るだろうし、また、日本男性が外国で土地の女性をナンパして情報戦を有利に運べるという副産物が生じるだろうに。

 この書の末尾に、

最後に云ふ防諜の要は日本人が眞の日本人となり日本が眞の日本の姿にかへることである。 (p.182)
とあるのだが、「血戦防諜」という勇ましい書名に関わらず、むしろ西欧コンプレックスの歪んだ吐露のように見えてしまう哀しい本なのであった。

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