産業ロック製作所推薦図書
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豊かさの精神病理

豊かさの精神病理
大平健著.
東京:岩波書店, 1990.
(岩波新書 新赤版125)

 この本は、ササカさんという方からいただいたメールで紹介されたものである。以下はササカさんのメールの内容である。


 産業ロック推薦図書シリーズ、たいへん興味深く読ませていただきました。旧仮名使いのなんともいえない味わい深さと、奇怪な内容とに、つい引き込まれました。

最近、私もちょっとアレな本に出会い、ぜひ紹介したいと思った次第であります。

  大平健『豊かさの精神病理』岩波新書

東大医学部出の精神科の先生の著作ですが、しょっぱなの患者の悩みというものが、(以下「」内は本文より引用)

「僕の会社、ナウイ会社で、都会的だし、刺激的だし、僕に向いているって思っています。(略)先生、毎日毎日、面白おかしくやってても、老後大丈夫なんでしょうか。」(p.3)

「僕の好きなタイプですか。セクシーで、冗談が言えて、テンポが早いっていうか、頭の回転のいい子ですね。僕たちのような仕事をしてると、集まってくるのは、自然とそういうタイプばっかりです。(略)」(p.5)

あと、女性の患者は

「私、ゴールド好きだから、アクセサリーもゴールド系統のものが多いですね。一番奮発したのはブルガリの時計です。これはいつもはしませんよ。(略)
いつもはローレックス。靴はバリーが3足ぐらいかな。あっ、タニノ・クリスティーも一足。(略)
バックはね、ヴィトンを集めてるんです。友達はバックのイメルダって言ってますよ。ボールドとかエトロとかも持ってますし、カルティエもあります。」(p.17)

この本に数多く紹介される患者はすべてこのように語り、シャネル、ヴェルサーチ、アルマーニ、オメガ、ゼロハリ、ブルーブロッカー、エルメス等、はたまた、ベンツ、ボルボ、さいごには別荘まで登場するしまつで、最初はムカッとしますが、読んでいくうちにはうんざりすることうけあいです。岩波新書であることのミスマッチ感覚がなんとも良い感じです。ぜひ、一読されることをおすすめします。

                   ササカ   


 で、早速この本を入手し、読んでみた。これが、なかなか面白い。私はブランド物のことはよく知らず、何が高価なものなのか等、基本的なことが分かってないので、「ムカッ」とくる度合いが少なくてちょっと残念だった。それが分かっていればきっともっと楽しかったに違いない。そのブランドに疎い私でも、結構楽しめた。

 精神科医である著者は、相談しにやってくる患者の中で今までにはないあるタイプの人達がいることに気づく。その集団をかれは「<モノ語り>の人びと」と名付ける。彼らの特徴は、

著者は、<モノ語り>の人々の言動をいくつか紹介し、考察した結果、次のように結論する。 この本で楽しめるのは、なんと言っても<モノ語り>の人びとの語りである。ササカさんの引用した以外のところからいくつか拾うと、

23歳、男。建材会社システム室勤務。「眠れない」と受診

「(鞄の中に)アリナミンVも入れてあるんですよ。テレビのコマーシャルで凄そうなビジネスマン出てくるじゃないですか。あれ見た時、僕の求めている世界はこれだと思ったんです。ケミカルなビタミン剤をのみながらバリバリ仕事やりたいんです。」(p.48)


「ケミカルなビタミン剤」とは名言。果たしてケミカルじゃないビタミン剤というものが存在するのだろうか。

25歳、女。会社員。

「私、幸せに暮らしています。何も困ってることがないんです。ただ、時々、こんなに幸せでいいのかなって考えて、いいはずがないって思うんです。いつもは、幸せなのはいいにきまってるっておもってるんですけど.....。やっぱり、時々、心配になるんです。こんなことで病院来ちゃって済みません。」(p.54)


幸せすぎて心配なので精神科医を訪れる、という根性が素敵。並の神経ではできない。

23歳、男。会社員。
「上司に叱られてからずっと、眠れなくなった」と受診

上司に叱られた原因は、遅刻が多い為。毎日、夜中の3時、4時に床につき、朝10時に起きるという。眠れなくなったのではなく、単に夜更かしをしているのだ。

「叱られてからは早く寝ようかなとも考えたんですよ。でも寝る気にならなくて。早く寝ると胃が変になるんじゃないかと思って」

「早く寝ると胃が変になる?」

「そうですよ。早く寝たら消化に悪い.....。僕んとこの上司はそこんとこがわかってない。仕事人間ですからね、僕んとこの上司は。僕が体こわしても、きっと平気でしょうよ。」

「早く寝たら消化に悪い?」

「そうですよ。9時近くまで残業して、寮に帰って、飯食い終るともう12時でしょう。それですぐ寝たら、せっかく食べた美味いもので体こわしちゃいますよ。」(p.63-65)


消化の為に遅刻するとは、こちらもいい根性している。

 私は常々、「怒りのエンタティンメント」なるものが存在していると思っている。「笑い」の感情の為には喜劇、「悲しみ」の感情の為には悲劇、「性欲」にはポルノグラフィー、といろいろな娯楽があるが、その伝で「怒り」には「怒りのエンタティンメント」がある、というのである。私はその手の娯楽を、「お涙頂戴」をもじって「お怒り頂戴」と名付けている。エンタティンメントというからには、それは世間の役に立つものではない。悪政に耐えかねた民衆が怒りに燃えて立ち上がる、といったような場合、この悪政によって触発された怒りの感情は、もし善政が布かれていれば必要でなかった感情であって、悪政が駆逐されてしまえば収まる筈のものである。しかし、人は現実の生活において怒る原因が無い場合にも、「怒ってみたい」と願うことがある。これは、誰でも経験があることだと思うが、激怒するというのは結構気持ちのよいものなのだ。完全にキレてしまうところまで行かなくても、怒るというのは気持ちいい。少なくとも怒っている間は自分の事を棚に上げることができる。そして、安全な棚の上から一方的に怒りの対象者(又は対象物)に非難の連打を浴びせかけることができるのである。いささか、趣味の悪い娯楽ではあるが、なかなか楽しくて一度経験するとちょっと病みつきになる。かくいう私も「お怒り頂戴」は大好きである。

 ひと昔前に、女性週刊誌で流行った「馬鹿っ母」シリーズ(これは「ばかっはは」と発音するのだろうか。ほとんど、日本語の発音の定石を越えている。イタリア語のLを重ねた発音みたい)など、その典型であろう。ロクに子育てもできない母親どもの失敗をみて青筋をたてよう、というのが趣旨の記事である。この「豊かさの精神病理」も、「馬鹿っ母」のような怒りの矛先となりうる事象を多く集めている。だが、岩波新書として体裁を繕うためか、「さあ、こんなムカツクやつがいますよ。怒って下さい」と露骨な「お怒り頂戴」に徹していない。一応は彼らの行動に理解をみせている。著者の大平健氏はこう述べている。


 僕は初めのうちは、何とひ弱な人たちだろう、と驚きました。僕は自分を主として精神病患者の治療をする精神病医と考えていましたから、このような軽症の、患者と言うことも難しいような人々が受診してくるのが、正直わずらわしくさえありました。

 しかし、次々と訪れる<モノ語り>の<患者>たちの話しを聞いて、彼らの人となりを知り、生活の仕方がわかるにつれ、考えを改めました。

 短い年月の間に急速に豊かになり、身の回りにモノが溢れるようになった日本の社会に、彼らはある主の積極性を持って適応しているのではないか、と思うようになったのです。底の浅い葛藤を持つ彼らのような人びとこそが、現代の精神科の患者らしい患者なのではないかと考え始めたのです。」(p.238)


 とはいえ、大抵の読者なら、晩飯を消化する為に平気で遅刻するような若僧にムカッとこない人はあるまい。精神科医として相談される立場ならともかく、自分がこいつの上司ならまず間違いなく怒鳴りつけているだろう。

 しかし、一方的に相手を非難しないこの「良心的」で「相対主義的」な姿勢が、岩波らしい、といえば言える。女性週刊誌の「馬鹿っ母」程度で怒るなんて「プア」で気恥ずかしいというブランド好き読者層には逆にむいているかもしれない。一昔前であれば、「岩波文化人」という言葉もあるほど、「岩波」というのが一つのブランドだった。今となってはさしものブランドも色あせてしまったが。もし、バブル期でも「岩波」が本のブランドとして名を残していたなら、<モノ語り>の人達に、


「女性セブン」より「岩波新書」のほうが、「ワンランク・アップ」で「個性的」だし、「ハイソ」で「ポリシー」を持つ人向きだ。なんといっても、「女性セブン」では「ゼロハリ」に入れるワケにはいかないが、「岩波新書」なら「ファイロファックス」にもあうしね。
などと語られていたかもしれない。

 最後に、私が一番気に入った症例を紹介する。


43歳、女。主婦。
「小学生の息子がうつ病らしく、受験前に急に勉強しなくなった」と受診

早速、少年に話を聞いてみると、

「ママが、ベス(犬の名)を捨てちゃってから、悲しくて。」と泣き出した。原因がわかったので母親の話を聞くと、

「え?ベス?そう言えば、あの子はそう呼んでいたような気が致しますですね。先生、大した犬じゃございませんのよ。一応、コリーですけど、昔ならともかく、コリーなんて今どきは安うございましょ。あれは、小田原のペット・ショップで、確か....、まあ、4、5万円ぐらいだったでしょうか。とにかく安物ですよ。」(中略)

「あんな田舎のペット・ショップで血統書も付いていないの駄目だって皆でさんざん言ったんでございますけど....。まあ、安い物だし、情緒教育にも多少はなるかと思って買ったんでございますけどねえ。」

「情緒教育のために犬を買ったのなら、どうして捨てたんですか?」

「まあ、先生。情緒教育にもと思っただけですのよ。新学期になって東京に戻ります時に、あんな犬連れて帰れませんでしょ。御近所の手前もありますし....。ブランド犬じゃありませんから。それにあの子が犬にかまけて勉強がおろそかになっても、でございましょ。今は受験が一番大切。いい学校に入ったら、ちゃんとしたブランド犬買ってやりますわ。血統書のついた、そうでございますねえ....。今時ですと30万円くらいのマルチーズでございましょうか。」(中略)

「親の愛なんて皆さん口々におっしゃいますけど、口だけではねえ。私は、はっきりとした形のない愛なんていい加減だと思いますの。それで、一番形になるのが、おもちゃでございましょ。次は優秀な家庭教師。東大生のお嬢さまを紹介していただいて、遊び相手になってもらいましたの。週三回来て頂いて、月20万お支払いいたしておりましたの。」

「着る物だって、小さい時からいい物に親しんでおくのが必要でございましょ。ダニエル・エシュタルとかクレージュとか。ミキハウスもファミリアも着せました。リーボックの子供用のがあるのを知った時は、本当にうれしゅうございましたわ。本当、子供の靴ってロクなのがございませんでしょ。こういう本当にいい物を見つけ出して買ってあげるってことが、親の愛情なんでございますよね。」(p.133-140)


いるんだなぁ、本当にこういう母親が。藤子不二雄のマンガのざあますおばさんみたい。著者との対話で、最後にこの母親は、自分が子供の時に飼っていた犬が死んだ時の悲しみを思いだし、息子の悲しみの原因を悟ることができたようなのだが、それにしても本当に絵に描いたような嫌味なオバハンである。逆に驚いたのは、こんな母親に育てられても、ブランド犬じゃない安物のコリーを愛情を持って可愛がり、捨てられれば悲しく思う、まっとうな少年が育つという点である。子育てとはわからないものだ。

 この母親のセリフで私の琴線に触れたのが

リーボックの子供用のがあるのを知った時は、本当にうれしゅうございましたわ

だ。ここのところは、電車の中で読んでいたのだが、思わず声を出して笑いそうになって必死にこらえた。たかが子供靴でここまで感激された日には笑うしかない。



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