ニセ首相の顔治安悪化への対策について

治安悪化への対策について


 治安の良さでは世界でも有数と言われてきたわが国ですが、オウム事件を筆頭とするここ十年の凶悪事件の頻発に続き、少年犯罪の凶悪化、不景気を背景にした経済犯罪の増加の傾向が見られ、この名声にも翳りが見えています。

 平成12年の犯罪白書によれば、刑法犯の認知件数は平成11年では約290万件(前年比7.9%増)でした。昭和50年からほぼ一貫して増加傾向を示してきた犯罪件数ですが、平成11年もこの傾向は続き、件数では戦後最高を更新してしまいました。

 犯罪の増加を抑えるために為すべきことは様々あることでしょう。今回は、再犯防止の面から「刑罰」の意味を改めて見つめ直してみたいと思います。

 最近、兇悪犯罪への意見として、とみに目にするのは厳罰化への要求です。これは主に、これまで被害者側の心情が法廷の場で軽視されてきたことへの怒りが根底にあると思われます。戦後の司法界の中で特に問題とされてきたのは、「容疑者の人権」でした。これは、戦前の思想犯への理不尽な弾圧や、自白偏重の取調の為に生じた数々の冤罪事件への反省から生まれた傾向であったと言えるでしょう。しかし、この傾向の中で、犯罪被害者の立場がいささかおざなりに扱われてきたという点も、また確かであります。この反動として、犯罪者への厳罰化の要望が高まったきたと言えるでしょう。

 しかし、ただ単に厳罰化をすすめても必ずしも犯罪予防効果が高まるとは限りません。過度に重い刑罰は犯罪者の不満を増大し、出所後の再犯率があがったりと新たな犯罪の火種ともなりかねません。もちろん、不適切に軽い刑罰があれば逆に、犯罪に対する予防効果が著しく損なわれることになるでしょう。それぞれの違法行為に即した適切な刑罰を設定することが大切なのです。

 しかし、ここで大きな問題があります。私は今「それぞれの違法行為に即した適切な刑罰適切な刑罰」と述べましたが、ところで、「適切な刑罰」とは一体どういうものでしょうか。この問題については、まず「刑罰を制定する側からの視点」と「刑罰を受ける側の視点」の二つの論点を整理する必要があると考えています。

 まずは、「刑罰を制定する側からの視点」について。それぞれの国家において犯罪に対する刑罰は異なっています。ほとんどの国において殺人に対する刑罰は最も重い刑罰を与えられることになっていますが、他の犯罪、例えば経済犯罪に対する刑罰は各国においてかなり異なっています。こういった量刑の違いは、それぞれの国家がどのようなプライオリティをもって犯罪に対処しようとしているかによって生じていると言えるでしょう。経済犯罪の撲滅に熱意を持つ国家もあるでしょうし、経済事件よりも麻薬・薬物犯罪の防止に重きを置く国家もあるでしょう。また、同じ国家においても時期が変われば犯罪に対する対処の方針も変わっていきます。この「刑罰を制定する側からの視点」は通常我々が犯罪の量刑について考える視点であり、刑法の改正などにおいても国会の論戦での焦点となるものです。

 一方、「刑罰を受ける側の視点」についてはそれほど論議されることなありません。これが問題とされるのは、ほとんど「死刑の可否」についての議論においてのみであるといっても過言ではないでしょう。死刑に関する議論においては、「死刑という刑罰の残忍さ、非人道性」が議論されています。しかし、「死刑」は現在死刑を廃止していない国家においても、かなりの重大犯罪についてにしか求められない刑罰であって、死刑に関する議論とは、刑罰全体から見ればレアケースに関するものとしか言えません。通常、現代の多くの国家では、刑罰とはすなわち「刑務所への監禁年数」を意味しています(他には、科料と生命の奪取(死刑)がありますが、科料については重大犯罪の刑罰として課せられる事は稀であり、死刑については上で述べたようにレアケースに関することですし、この議論においては「終身刑の一変種」として考えたとしても不都合はないと思われます。両者についてはここでは論じません)。そして、「厳罰化」が叫ばれる際にも、(死刑を別にすれば)刑期の延長だけが問題とされています。

 しかし、監禁期間の長短だけで刑罰を考えてよいものでしょうか。最大の疑問点は、監禁に対する耐性に個人差がありうるというところです。例えば、独房に監禁されるにしても人によって苦痛の感じ方には違いがあるでしょう。孤独に慣れ、孤独に強い人間であるならば、よりダメージは少なくなると想像されます。また、不景気になると、「食事にありつくためにわざと犯罪を犯して捕まる」という犯罪者の話が必ずといっていいほど報道されています。この場合では、刑務所にいること自体はそもそも苦痛ではないことになります。つまり、現行の刑法下では「同じ刑罰」とされる量刑を受け、同じ期間の懲役刑を受けたとしても、受けた人によって受けとめられ方が異なるのです。これでは「法の下の平等」を定めた日本国憲法に現行の刑罰制度が背いているのではないかという疑問が生じて当然と言わざるを得ません。現在のこの不合理な態勢は、すべからく「刑罰を受ける側の視点」を看過してきたために生じたものなのです。

 この議論では刑罰による防犯効用について考えているので、教育刑としての刑罰の側面のみを考えることにしましょう。ミクロ経済学的な観点から述べれば、刑罰が充分な予防効果を発揮するには、犯罪を犯すことによって得られる期待効用が犯罪を犯さない場合の効用を下回るようにしなければなりません。しかし、上で述べた例で明らかなように、現行では、刑法という制度上で見た場合には同じ量刑であっても、実際の受刑者から見れば不公平な刑罰になっています。つまり「犯罪を犯すことによって得られる期待効用」が受刑者によって異なっているわけです。このような不公平な体制化では、刑罰に充分な再犯防止能力を期待できません。同じ刑期であっても、比較的軽微な苦痛しか感じなかった受刑者は「犯罪はひきあう」という印象を持つでしょうし、逆に重い苦痛を感じた受刑者は、不公平な刑罰に対して逆恨みをもち再犯に走る、という事態におちいってしまうでしょう。

 現行制度でも、改悛の情が認められた場合には仮釈放で刑期よりも短い期間で出所させるといった、刑罰の実質上の不平等を緩和する制度も存在はしています。しかし、こういった刑期短縮の制度については問題点があります。まず、刑期の短縮の手続きは現行ではオープンなものでないという点。国民に開かれた裁判という制度の中で定められた期間を、にわかには分かりがたい決定システムの中で短縮してしまうのですから、これについては不満の声も聞こえます。特に、被害者側の心情が軽視されがちなわが国でしたから、仮釈放による刑期短縮については納得がいかないと思う犯罪被害者も多いことであろうと忖度されます。また、同じ受刑者の中で一部のものだけの刑期が短くなることで、不公平感が増して出所後の再犯率が増すことも考えられます。仮釈放が認められる者と認められない者での刑罰の差があまりに極端だからです。

 ではどうすればよいのか。根本的な問題は、刑罰を「年数」つまり「時間」だけで換算しているところに問題があります。「犯罪を犯すことによって得られる期待効用」は、「刑務所にいる時間」だけでは計ることはできまません。たとえ二人の受刑者が同一の刑務所に同一の年数収容されていたとしても、「同一の刑務所にいること」自体の意味がこの二人で異なっているならば「犯罪を犯すことによって得られる期待効用」は当然異なってしまうからです。真の意味で公平な刑罰を定めるには、ここに新しく「刑務所内での受刑者のすごしやすさ」という項目を導入する必要があります。

P:刑務所内での受刑者のすごしやすさ Y:刑期 X:受刑者が真に体験する刑罰

とすると、これまでは、Pについて無視されていたので、

Y = X

とされてきました。しかし、上記のP項を導入すれば、

P x Y = X

と記述できることは容易に御理解いただけるでしょう。このXが、同一の量刑については受刑者達の間で等しくなるように設定すればよいのです。Pは各受刑者によってそれぞれ異なっていますから、それぞれの受刑者に対して、おのおのの個性にあった設備の運用をすることで個人個人の「すごしやすさ」を調節しXが同じとなるようにします。現行の仮釈放制度においては、制度が適用された者とされなかった者での与えられる刑罰の差があまりに大きすぎるために、いたずらに不公平感を高める結果となっていましたが、このように「待遇によって差を設ける」しくみを導入すれば、刑期の短縮を行ってYを変更する、という不公平な方法を用いなくとも、Xを同一にすることができます。

 ただし、このP項「刑務所内での受刑者のすごしやすさ」の調節にあたって、鞭でたたくだの手鎖をつけるだのと、封建時代の牢獄のように、単純に感覚的な痛みを加えることで待遇に変化を与えるというような野蛮な方法は、現在の民主国家では到底受け入れられるものではありません。もっとソフィスティケートされ、それでいて効果のある方法が必要なのであります。


  1. 刑事裁判で有罪となり刑期が確定したものに対して、各裁判所は「環境に対する適応力」を測定するテストを実施するものとする。

  2. このテストのため、各裁判所内に精神医学に通じた「矯正待遇検査官」を置くものとする。

  3. このテストにおいて矯正待遇検査官は受刑者に対面調査を行い、受刑者が日々の生活の中で苦手としているちょっとしたこと見つけ出す。

  4. 裁判官は、判決の内容や言い渡した刑期などを考慮に入れ、これまでの受刑者の待遇と公平になるように充分吟味した上で、矯正待遇検査官の提出する「受刑者が日々の生活の中で苦手としているちょっとしたこと」リストのうちからいくつかを選び、受刑者に言い渡す。

  5. 刑務所では、裁判所が受刑者に言い渡した「受刑者の日々の生活の中で苦手としているちょっとしたこと」を日々怠りなく体験させるものとする。

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(参考)
「日々の生活の中で苦手としているちょっとしたこと」(例)
受刑者に改悛の情が認めらた場合は、刑務所において運用をかえ、毎朝焼いていたくさやを2日に一回とするなど柔軟に対応し、「刑務所内での受刑者のすごしやすさ」を一定に保つ工夫も必要となりましょう。このような細やかな応対が受刑者の再犯率の低下に必ずつながっていく筈です。

 我が国の治安の黄金時代取り戻すこの施策の実現の為、国民の皆様の御理解と御支持をよろしくお願いいたします。

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