ニセ首相の顔テロ対策特別措置法について

テロ対策特別措置法について


 アメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法案は、平成13年9月11日に無事成立いたしました。上記のテロ対策特別措置法に基づく自衛隊派遣について、具体的な行動計画を定めた実施要項を決定し、11月20日に海上、航空両自衛隊に派遣命令を出す運びとなりました。国民の皆様のご理解とご支援に対し、謝意を述べさせていただきます。この重要な法案の成立に際して、国政の重責を担う者としての緊張感を改めて感じている次第です。

 さて、この法案の審議の過程において一つ残念に思ったことがありました。それは、平成13年10月24日の外交防衛委員会、国土交通委員会、内閣委員会連合審査会での田嶋参議員議員とのやりとりです。

 常日頃から私は、「聖域なき構造改革」を標榜しておりますが、どんな形にせよ、改革を目指して闘争を続ける人々には心からエールをおくっています。思想信条に関して全面的に賛同は出来ないといえど、田嶋女史に関しても、男女同権を目指しての闘争には尊敬措くあたわざるの念を抱いておりました。しかし、今回の連合審査会の発言には正直に申し上げていささか失望の念を抱かざるをえませんでした。いくつかその発言を引用してみましょう。(引用は国立国会図書館「国会会議録検索システム」による URL:http://kokkai.ndl.go.jp/

○田嶋陽子君
近ごろ自衛隊員は風俗に来る男性がふえているそうですね。そこに行って泣くんだそうです、自分は行くのは嫌だって。みんな、そんな自衛隊の能力を生かそうと言うけれども、別に生かしてもらわなくたっていいということもあるわけですよね。答えてください。(中略)

しかも、自衛隊員は自衛隊員になるとき、今回アフガン戦争に行くなんて思って、アフガンの後方支援に行くなんて思っていなくてなった人たちですね。ですから本当は、これは私に言わせれば契約違反なんですよ。ですけれども、これは公務員だからそういうことはないと言われましたけれども、そうでしょう、入るときは死ななくていいということだったんだから、それが戦争に行くことになったんだから。
改革を目指すものは、優れて政治的でなければなりません。ここでいう「政治的」とは、ある目的の実現の為に、全ての行動を収斂させることを指しています。行動が一つの目的のために収斂されず、ヒロイズムや冒険主義の発露となるならば、その行き着く先は自己満足でしかありません。語を代えて云うならば、「信念を実現する為、その過程においてはありとあらゆる行動を起こす」ことこそが、改革者の取るべき態度なのです。実現の過程においては、個人的な信条に反する行為が必要となる場合もありましょう。そういった行為は絶対に採らない、というのは、改革者の取るべき態度ではありません。この点でみて、自衛隊の派遣に反対する先の田嶋氏の発言は如何なものでしょうか。この発言がフェミニズムを世に浸透させる契機となるものでしょうか。信念としての「反戦」は、個人が依拠するに足る思想ではありますが、それを堅守するあまりに肝心の改革が遅滞するならば本末転倒というべきでありましょう。では、どのような発言があの場でなされるべきだったのか。

ここで、20世紀最大の改革者・革命家といえるレオン・トロツキーの発言を引用することにしましょう。彼は、ソビエト連邦の権力をスターリンが奪取した後、弾圧によって国外を流浪しつつつ、反スターリン・反資本主義という、二正面活動を繼続することなりますが、ここに引用するのはスターリンの陰謀により暗殺される直前の1940年の亡命先メキシコにおけるものです。第二次大戦に参戦する直前のアメリカ合衆国における彼とその仲間の望ましい活動について以下のように述べております。(引用元:『トロツキー著作集 1939〜40・上』 酒井与七訳, 柘植書房, 1971)

私は戦争に反対だ。しかし私は諸君とともにいる。私は戦争をサボタージュしないだろう。ちょうど、工場でもっとも優れかつもっとも熟練した労働者だったように、私はもっとも優れた兵士になるだろう。同時に私は、われわれがこの社会を変革しなければならないということを諸君に納得させようとするだろう、と。(p.233)

われわれは平和主義者と完全に決別しなければならない。少し前にはすべてのものが戦争に反対した。平和主義者とのいかなる混同も、ブルジョア軍国主義者との一時的な混同より百倍以上も危険なのだ。われわれは軍国主義者を打倒するための新たな闘争領域を準備する。平和主義者は労働者をなだめるのを手伝うことによって、軍国主義者を支援する。(中略)戦争は不可避なのだ。われわれは武器の操作の技術を学ばねばならない。現実逃避主義者----われわれ自身の党内のそれらも含めて---にかんしては、われわれはまったく侮蔑をもって語らねばならない。彼らは脱走兵なのだ。平和時にはすべてを受けいれるが、戦争は受けいれたくない小心翼々たる反対者たちと同じなのだ。現実逃避主義者どもは、彼らの階級とその革命からの脱走兵なのだ。(p.231)

われわれはブルジョアジーとその諸制度の敵ではある。だがそれらを利用する。戦争は他のすべてのブルジョア制度より千倍も強力なブルジョア制度である。われわれはそれらをブルジョア学校のように事実として受けいれ、これを利用しようとする。平和主義者は軍国主義以外ブルジョアジーのあらゆるものを受けいれる。彼らは学校、議会、法廷を問題なしに受けいれる。平和時においてはすべては良い。しかし軍国主義はそれ以外のものと同じ程度にブルジョア的ではないのか。否、彼らは後退し、そしていかなる戦争も欲しないと言う。マルクス主義者は、他のすべてのブルジョア制度と同じように戦争を利用しようとする。(p230)
上記の文言で、ブルジョアジーを男性社会、マルクス主義者をフェミニストと読み代えてみると、あの場でなされるべきだった発言が浮かび上がってくるのではないでしょうか。田嶋氏に成り代わっての我々の提案は以下の通りです。


  1. 男女雇用機会均等法に基づき、テロ対策特別措置法の下に実施する自衛隊派遣に参加する自衛隊員の男女構成比を1:1とする

  2. 基本的には、女性隊員からなる艦船・部隊と男性隊員からなる艦船・部隊を派遣するのが望ましいが、それが実現できない場合、各部隊の男女隊員の総数が同一となるようにする。

 近代の歴史を見ても、戦争が女性の地位向上に果たした役割は小さくありません。第一次世界大戦・第二次世界大戦といった国力を総動員した戦いにおいて、工場労働に占める女性の割合は飛躍的に増加し、戦後の女性の社会的地位の向上につながったのです。今回の自衛隊員派遣に関しても、男女雇用機会均等法に基づき男女の差なく派遣することは男女差別撤廃に関して大きな前進となるでしょう。

 このような社会構造への歴史的な視点を別にしても、アフガニスタンの状態からみて女性部隊派遣の意味は大きいと思われます。近い将来のアフガニスタンへの国連PKO部隊派遣の可能性はかなり大きいと見られていますが、我が国がこのPKOに参加する場合に、女性だけの部隊の存在は大変大きな意味があると思われるのです。タリバン政権下では、女性に対して様々な差別的な扱いがあったことが報じられています。タリバンが政権から離れたとしても様々な女性に対する圧迫が残るであろうことも想像に難くありません。このような時に、女性からなるPKO部隊が展開されれば、困苦の中にある女性の言わば駆け込み寺としての機能も期待できます。男性の理不尽な女性への迫害の詳細なレポートも作成できます。これが実現すれば、上記のトロツキーの発言にもあるように、現地における女性保護活動を通じて「われわれがこの社会を変革しなければならないということを諸君に納得させようとする」ことも可能となるに違いありません。

 国際的、国内的な観点から男女差別の撤廃を押し進めるこの提案の実現の為、国民の皆様の御理解と御支持をよろしくお願いいたします。

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