獄中の告白
豫審終結決定疏明書

花井卓藏閲     
澤田撫松編     


一 疏明致しませう

○新聞は眞を傳へず-----○昨日善事とせしことも今日惡事とせらる-----○懸念に堪えず-----○自白は小説なり
 明治三十八年十二月十三日豫審終結決定に接し、私は頗る喫驚せり。其喫驚たるや重罪公判に付せられし故では勿論なく、實に其誤謬の多きに喫驚したのであります。誤謬尚可なり(編者曰以下十字を削る)事件の根元を誤認せられつつある事は私の斷言に憚らないのであります。豫審中、新聞紙が事件に關する記事を連載し、而して後、事件に付、私の知友等を審問せられしも、それによつて、私の眞の品性及素行を審知し得べきにあらず。(編者曰以下六十七字を削る)

 他人の惡行を聞くに敏く、而して他人の善徳を認むるに鈍なるは、社會多數人の性質である。昨日は甲乙二人親友として相許しながら、今日甲の惡徳云〃と新聞紙が例の筆鋒を以て、針小棒大的に記載せば、乙が甲に對する感情如何。昔日の温情ありや、乙が甲に對し昔日の美徳として賛譽せし行爲も惡化視せざるや、否や。(編者曰以下十二字を削る)新聞紙は針小棒大に喧傳せり。其記事を閲讀せし知友が、私に對する感想如何。昔日の厚情ありや、否や。昔日の厚情は跡を止めざるのみならず、昔日私が對者に善意を以て盡せし行爲も相共に許せし行爲も、何か後日の爲にする所ありしならんと疑心を起すは、即ち人情の弱點であらうと存じます。斯の如く昔日の友情なき、寧ろ昔日に於ける私の行動を逆解しつつある知人舊友を(編者曰以下五十五字を削る)豫審決定書の誤謬多きは勿論の事であります。(編者曰男三郎は新聞記事の誤謬多き事を論じ、其れが爲めに如何に自己が迷惑せしかを論じ、實に八百六十七字あり、全部之を削れり)

 私が東京監獄に繋がるる身となりしは、明治三十八年六月一日でありまして、同七月十三日頃再び警視廳に護送され、同廳留置所に繋がるること凡そ一個月。其間(編者曰以下二百七十五字を削る)帰房後[留置所]同房者歌城佐平太と僞名し、大築尚一と自稱するものに其の取調べの模様を話し、又歌城より其事に付聞きしに、益々警視廳官吏の(編者曰三字を削る)懸念に堪えず。其後も(編者曰此間百六十字を削る)私は此言葉を聽き、又私の身邊の状態を考ふるに、周圍の人は(編者曰六字を削る)であるから、萬一斯の如き(編者曰十二字を削る)其不法たることを證明し呉るるものなく、又他に其事實を報ずべき方法なく、終に(編者曰二字を削る)に堪へず。一時犯者なりと僞り[刑事其他より聽きし事を綴合し事實らしく造りし]然る後、豫審廷に召喚されし際、判事に其状を訴へしに、判事は其場に立會はざるを以て、如何とも詮なしと言はれ、而して又(編者曰四字を削る)警視廳へ返送され、義兄の件の際は、(編者曰此間二十一字を削る)に堪へず。歌城の意見を用ひ、歌城に教はりし通りを其儘に、或は其一部を變更し、一時犯者たる事を裝ひ、一日も早く警視廳(編者曰九字を削る)其際の私の考へは、罪の如何及び總ての事を犧牲としても、一刻も早く早くと考へたのでありました。若し彼時に他の事件の犯罪を私ならんと、訊問を受くれば、二件でも、三件でも否認せず、甘受したのであります。右の次第で、此事件に就ては、總てが小説的であると私も考へます。[所謂私の自白として陳述せし事が]而して私自身にも、不思議の感があります。(編者曰此間六十五字を削る)自分が己の犯せし罪より脱れん爲め、事實を僞るは頗る難事ならん。されど、犯人でなきものが、一時犯人たることを裝ふは亦頗る難事であることを經驗しました。追〃豫審決定書に付て疏明致しましやう。


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