二 婦女と幼者の歡心
○戀愛は互に自己を與ふるに在り-----○彼女と我-----○交際せし四婦人-----○何を苦んで敢てせん
 決定書中『殊ニ婦女ト幼者ノ歡心云〃』に就て 人の多くは對者を己れが專有物たらしめん事を望むのであります。而して最も著きものは人生の愛であろうと存じます。即ち愛の本質は自家を對者に與ふるに在ります。己れを與ふる事は愛の内有法則で、單に外物を與へたるのみにては滿足せないのであります。外物は或は其厚志の發表として、若くは其隨伴物として用ひられましよう。然れど、愛の本質は、自己を飽く迄も他に與ふるにあると思ひます。愛は單に其所有物を與ふるのみならず、又其所有物[自己]を與ふるにあらされは未だ以て全たしとしない。自己を頒與する事は、愛の第一義であると存します。即ち眞正の愛は、皆幾分か必ず己れを授受する事であります。人〃が友として相親むに於けるも、啻に己れが財物を與ふるのみならず、又自己を與へます。即ち幾分か生命を共にするものです。而して夫妻の愛は、自己を相與ふるに始まり、自己を相與ふるの契約に基ゐし、唯だ相互に自己を頒與するに由てこそ、繼続するのであると確信して居ります。由是觀之、妻は私を自己の專有物とする事を望むと同時に、私も亦妻が私の專有物たらん事を望むのであります。即ち私は妻の操を要求すると共に、妻に對する操を守る事は當然の義務即ち夫妻相互頒與の法則なりと確信して居ります。其法則を守らず、又遵はずして夫妻相和するを欲するも得べからざる事であります。即ち私は妻に對する義務として、此法則を破つた事は決してありません。然るに、決定書に、婦女と幼者云〃の項あり。私は頗る怪訝に堪えないのであります。私既往十年來、交際せし婦人は、妻の師なる田島氏、三輪夫人、手島夫人、伊澤夫人の四人である。而して是等の方〃は、各〃相當の地位、名譽を有し、賢徳の稱あり。人の儀表となる方〃であるのみならず、皆四十歳以上の方〃であり。殊に皆私が妻に對する同情、即ち其不幸を思ふ深意を承知し、私と妻の不幸を救護せんと奔走して下されし方〃である。條理より考るも、是等の人〃と私との交際の神聖なる事が證明し推測し得らるるのであります。若しも是等の方〃と、私の間に何か祕事あらば、婦人の性質として、私夫妻を全たかれしと奔走なさる筈なし。我〃夫妻を救助して下さる筈がないのであります。而して歡心云〃の意義を解釋すれば、即ち婦女に媚を呈するのである。即ち媚を呈する事は、夫が妻に對する法則を犯したものです。即ち妻に對する操を破るのです。即ち夫妻の不和たる事を企つと同意義です。私は今日迄何の爲に苦み、何の爲めに煩ひ、誰の爲に憂ひ、誰の爲に悶えつつあつたのです。何を苦んて、自己本來の精神に反せし行爲を敢て致しましよう。
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