本書の發刊に就て

 本書『獄中之告白』は武林男三郎が獄中自ら手記して、之を辯護士花井卓藏君に送れるものなり。抑も武林男三郎の謀殺被告事件なるものは、實に一世の一大疑獄にして、又趣味ある人生問題なり。犯罪の動機は戀愛にして、犯人は多情多感の青年なり。被害者と目せらるる人は一代の詩宗にして、戀愛の對者は絶世の美人なり。一度は鴛鴦池中のものとなり、最愛の一子まで擧けたる夢温き夫婦の間に、憫れ嵐の吹き荒み、父子夫婦離散して、父は囹圄の客と爲り、子は不幸の母の膝下に泣く。其事件の趣味あり、而も人生の或ものを密語(ささや)くの感あるは、即ち之が爲めなり。而して此大獄を斷ぜし第一審の裁判官は、夙に明法官として令名ある今村恭太郎君にして、又其辯護人は法曹界の傑物花井卓藏君なり。法廷に於ける辯論の花あり、實あり、血あり、涙あるは固より其所なり。數時間に亘る長辯論中には、法律論あり。哲學論あり。人生論あり。戀愛論あり。法廷内に於ては容易に聽く能はざる、多方面、多趣味の辯論を縱横に揮ひたる花井氏の精力は、眞箇快刀亂麻を截つて、能く人をして首肯せしめたり。特に今村氏の明斷は、刑事裁判に於ける近來の出色にして、而も被告が獄中に於て作りたる告白書を法廷に公にし、新聞に公にして、是非を萬衆の前に斷ずるの例を披きたるは、聽訟斷獄の一大進歩を言はざるべからず。余は電報新聞に筆を執り職務上、親しく本件の後半を聽けり。聽て而して頗る趣味ある問題たることを感じたり。否、大なる人生問題なりと信じたり。於是、余は花井君より『獄中之告白』なるものを借覽し、戀愛の情、夫婦の情、親子の情を詳にし、更に轉じて、涙の背後に刄あり、神となり、佛となり、又惡魔となるは、我と他との關係によれるなりと叫ぶの邊、確かに味ふべき一種の人生觀あるを信じ嚢に其要點を電報新聞紙上に連載し以て、世の宗教家、道徳家の説を聞かんことを求めたり。是れ一男三郎の問題にあらずして、廣き意味に於ける人生問題なればなり。人あり、罪を犯す。罪を犯す、故に之を罰す。人生は斯くの如くにして果たして萬事解決し得らるべきものなりや否や。況んや青年に戀あり、戀は盲目なるに於てをや。青年戀に盲して、慘たる境地に堕つ。堕つるもの固より罪あり。然れども未だ堕ちざるに、之を救ふの道なき乎。男三郎を研究するは、刑事裁判の研究にして、兼て又人生問題の研究なり、戀愛問題の研究なり。余は活ける教訓として茲に之を諸君に薦むるものなり。

 明治三十九年九月
品川東海寺畔春雨庵に於て     
澤田撫松 記  

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