3 情供推測は危險也

 第二本件に關する情供證據のことである。事件の全體が情供推測に包まれて、直接證據は一も見はれて居ない。云ふまでもなく、情供證據程、危險にして且誤判の累を爲すものはない。彼の有名なる西羅門が二婦一兒を爭ふの訴に於て、其孰れか母たるを知る能はざるや、漸くにして一策を案出し、二婦に諭すに小兒を兩斷して、各半片を分與せんことを以てせしに、眞の母は其兒を死に致すに忍びず、自ら抂げて僞の母に與へ、其生命を救はんと哀訴せしかば、之に依つて事件立どころに解決せしが如き、偶〃以て情供推測の侮るべからざる所以を示したりと雖も、是れ偶中のみ。奇中のみ。否寧ろ危中である。頃は西暦一千八百四十一年、英領ジブラルタルに起りたるジエムス、バックスウエルの疑獄は、愛女エレジヤと情夫ウイリアム、カットの戀情に起因し、バックスウエルは愛女殺害の嫌疑に座し、見に覺なき寃罪を情供に囲繞せられて言ひ解くに由なく、遂に死刑に處せられ、今や將さに斷頭臺上の露と消へなんとする一刹那、カットの悔悟に依りて、寃罪なること忽ち判明し、愛女今仍ほ此世に生き長らへて健全なりとの確信を得たるを以て、彼れをして黒帽を脱せしめ、刑場より連れ歸らんとせしに、彼時早く此時遲く、彼れは既に瞑目して最早此世の人ではなかつたのである。醫師診しく曰く、突然過激の感觸を腦中に起し、其反動に依りて遂に命を絶てりと。情供の信ずべからずして危險なる。誤ありて發見し難き。寃抂の下、人をして終に涙を呑んで刑に就かしむ。此獄こそは實に情供心醉者流頂門の一針であります。情供獄を斷じ、後誤判を發見せし實例は編まれて浩瀚の大冊を爲して居る。此例はエス、エヌ、フヰリップ氏の情供證據誤判録(司法省藏板)より得たるものにして、夙に諸公の熟知せらるるところであります。

 參照
 夫れ喜怒哀樂の情も、感發の甚しきよりして、其極度に越ゆるときは、爲めに人命を絶つに至るの恐あることは、彼の假を以て眞を寫さんと欲するに汲々たる稗官者流と雖も、未だ其想像を此に及ぼす能はざるべし。千八百四十一年二月二十日を以て地中海の咽喉たる英領ジブラルタル海門の一人より寄せたる信書中に記する所の奇獄は、蓋し此言の眞を證するに足るべし。其要領を掲ぐれば左の如し。

 ジブラルタルジエイムス、バックスウヱルと稱する老實の一巨商あり。其産地は英國倫敦府なれども、從來此地の住民は擧つて羅馬加特力教を奉ずるの徒にしてバックスウヱルも亦年來此教を渇仰するの一人たると、竝に商業上の便宜とに由て、夙に本國を去り、此地に移住し以來數年間、此地の『マウント、セイント、ミカエル』と名くる山の麓に、一小屋を構へて其居を占め、本國の物産を西班牙へ輸送するを以て專修の業と爲せしが、多年の功を積み近來は大に其産業を興し、苟も商業の資とするものの外、仍ほ巨大の家産を有し、ジブラルタルの人皆其の富を以て宗とせざるものなきのみならず、歐洲全土至る所の貿易商、一人として商業上の信をバツクスウヱルに措かざるものなきに至れり。

 ジエイムス、バックスウヱルに一人の女あり。其名をヱレジヤ、バツクスウヱルと稱し、妙齢僅に十七歳に過ぎず。其縹緻の極めて艶麗なる、衆人皆評して絶世の美人と爲す。是を以てジブラルタルの壯年男子は、盡く之に懸想し、一人として爲めに其情思を焦さざるものなし。然るに此地に一宇の教會堂あり。毎安息日を以て老若男女此に參集し、教法を傍聽す。ヱレジヤも亦其聽衆の一人たり。是故に青年輩は名を傍聽に假り、此に參集する者多しと雖も、其會堂にあるや唯だ戀〃として前後を忘れ、獨り眸を凝らしては彼女を見るのみ。青年輩常に思へらく、若し此佳人が一笑を得たらんには、苟も男子たる者の大幸なりと。之に反し、ヱレジヤの會堂にありて説教を聽くや、常に專心眼を凝らして聖書を見、姿色肅雍未だ會て秋波の毫も人に及ぶものあるを見ず。是を以て青年輩がヱレジヤを眷戀するの情は却て尚其甚しきを加へたり。

 抑も本獄の端緒を開くの日に至るまではヱレジヤの其心を人に移さざること概ね前に述ぶる如しと雖も、渠れ豈に無情の人ならむや。一日偶〃會堂に來れる一人の風流男子あり。ヱレジヤを一視し、心中恍惚として其姿色の艶なるに眼を奪はれ、更に措き難きの情を惹起せしが、恰も好し、彼女も亦自ら渠れを想ふの情を感發し、此に初めて其心を動かし、以來忽ち貞靜嫻雅の性を一變して、頻りに渠れを戀ひ、恰も醉へるものの如く、擧止騒〃として其心常に安からさりき。而して風流男子の心衷も亦斯の如きを以て、或る時、人の紹介を得て偶〃エレジヤを訪ひ、親しく語を交へしが、爾來日を累るに隨ひ、遂に互に其心衷を吐露し、好機を竢て偕老の契を結ばむことを約せり。顧ふに後日此二人者が遂に身を誤つに至りしは蓋し茲に延源すと云ふべし。

 其後風流男子は、日を卜してジエームス、バックスウエルを訪ひ、初て彼れに謁し、先づ寒暄の敍辭を終り、然る後容を改め、更に言へらく、不肖はウキルヤム、カットと稱する者にして、足下と同じく英國人なり、幸にして今日家、資産に富むも未だ良偶を得ず、庶幾くは貴嬢をして不肖に嫁せしめよ、不肖必ず情交を密にして夫妻の道を全ふすべしと。

 ジェームス、バックスウヱルは此時に至るまで毫もウヰルヤム、カットの爲人如何を知らざるに、突然其女を懇望せしかは、其の一言を聽くや、未だ熟慮するに及ばずして、直ちに此を謝絶し、且つ言へらく、思ふに足下は英國に在つて新教を奉ずるの徒なるべし、然るに余が一家は從來加特力教を信ずるのみならず、余が先考の如きは往年本國に在りて新教の爲めに頗る窘蹙し、今日に至るまで仍ほ之を忘却せず、是故に若し余が女を以て足下に配するも、後日其輯和を得ざるは必然なり。果して然らば、余が一家の不幸敢て言を竢たず。是を以て足下の懇望は余に於て斷然之を謝絶せざるを得ずと。此時ヱレジヤは別室に在りて、竊かに之を聽きしが大に望を失ひ、暫く默然たり。然れども一心既に決して、固より其念を絶つに意無きを以て、自ら父に謁し、強ひて其許可を得んと欲し、乃ち父の前に出て、膝下に跪きて懇〃其望を容れられんことを請ひ、カットも傍より其語に續いて、頻りに哀願せり。然れどもバックスウヱルは頑然前言を固執して、更に之を容るるの色なし。此に至てヱレジヤは忍ぶべからざるの想を爲し、怒氣忽ち心頭より發し、滿面朱を濺ぐが如く、聲を荒ららげ、父に向ひて言へらく、假令何等の障碍あるありと雖も、妾はカットに嫁するを得ざれば、飽まで止まずと。是に於て父も亦頗る其專横を憤り、汝若し父の命に悖り、渠れに嫁せば、余も亦汝を死に致さざれば敢て止まざるべしと罵れりカットは此爭論の際、默然其傍に立て之を聽き、更に一言をも加へざりしが、其心中に何等の感想を起せしや蓋し知る可からず。

 却説バックスウヱル家後に一個の地窖ありけるが、父子爭論の日より二日を過ぎし夜に方り、偶〃其窖中より呻吟の聲起れり。隣人忽ち之を洩聞して、頻りに耳を欹つるに當初は其聲甚だ大なりしが、漸〃嗄了して遂に全く之を聞かざるに至れり。之を聽く所の隣人は互に面を合せて大に怪みたり。然るに其時よりしてヱレジヤは失踪せしものなるか、爾來一人として彼女を見たるものなし。是に於て隣人は益〃之を怪しみ、竊に其因由如何を評せり。また或時、直にバックスウヱルに就てヱレジヤの所在を質せる者ありしが、バックスウヱルが其時の答辯を聞くに、彼女果して逃亡せしものなるべしと雖も、今日何地に在るや余は之を知らず。而して又余は彼女が所在の如何に就て、敢て心を勞するを須ひざるなりと云ひたりとぞ。

 然れどもバックスウヱルが右の答辯を爲せし顛末を聞知せし者は、愈〃之を怪み、其甚しきは人々竊かに評して、正しく彼女のカットに嫁せむとするを止むる爲め、殘酷にも自ら手を下して、之れを殺傷せるなりと耳語するに至れり。然るに此事忽ち官府の聞に達し、乃ち默〃に付し去るべからざるを以て、氏を執へて其實情を鞠問せさるへからざるの勢に迫れり。是を以て直に警官を派遣して、逮捕し、且つ其家宅を捜索せしむるに、更に怪むべき證跡を發見せず。然るに此刑況を目撃せむと欲して、氏の家邊に群集せし者の中より、突然聲を放ち地窖の中こそ最も怪むべしと告ぐる一人あり。警官之を聽了し、速に地窖に入りて其四隅を捜索するに、數片の石塊あるを發見したり。試に之を擡げて、其下を見るに、果して血痕に塗れたる衣服の一離片を得たり。乃ち其ヱレジヤ衣服たるを證す。其他又凝血の粘付したる髪毛少許を發見す。個も亦正しくヱレジヤの髪毛に違はずと告ぐるもの數人ありけり。

 バックスウヱルは其後、日ならずして法廷へ引かれ、法官の鞠問を受くるに方り、頻りに無辜を稱へて、毫も其罪に服せざりと雖も、法官は到底之を信せず。特に前來の
諸情供を以て充分其罪を證するに足れりと爲し、鞠訊數囘の後、遂に氏を以て彼女を殺したるの罪に斷し、死刑を宣告せり

 バックスウヱル一たび死刑の宣告を受くるや、恰も不慮の事に出でしものの如く、其驚嘆一にして足らず。爲めに落膽して言ふ所を知らざりしが、此時より處刑の日に至るまで、全く放心して更に人事を覺えざるに至れり。既にして處刑の日に達せしかば、獄卒は法官の命を奉じて、氏に告ぐるに其死の將に頃刻に迫りしことを以てせしが、此時始めて口を開き、天を仰いで嗟嘆し、乃ち傍人に告げて言へらく、余何ぞ自ら愛子を殺すべきことあらむや。然れども其死既に瞬間に迫り亦寃を解くに遑なければ、唯之を神聖に訴えむのみと。夫れより獄卒は氏を刑場へ先導せしが、此時其處刑を目撃せんとして、刑場の囲繞に參集せし者極めて多し。又カットは現に前日法廷に出でて氏が彼女を脅嚇したる顛末を告白し、夫れが爲め氏は遂に其罪に陷りたるなれば、其處刑を傍觀せんと欲して、群衆の中に加はりたり。然るに氏は忽ち彼れを視認し、將に刑臺へ上らむとする時、彼れに向ひ大呼して曰く、余や瞬間にして忽ち永訣を告げんとす、庶幾くは衆人と和諧して而して後始めて瞑目せんのみ、汝乃ち余をして手を握らしめよ、余又毫も汝が證に據り今日死に刑場に就くを恨みざるなりと。言訖て涙潜然たり。ウヰルヤムカットは之を聽き、忽ち色を失し、慌忙啻ならざるものあり。衆人は其の何たるを知らず、唯だ大に之を怪しめり。既にしてバックスウヱルは悵然として刑臺に上り、自ら其身を殺手の前に投ぜり。當時ジブラルタルに於ては、罪囚を死刑に處するに臨み、殺手大呼して今將に罪囚を法に處せんとすと云ふを以て習例と爲せり。此際亦其例に由つて之を行ひ、然る後一種の黒帽を將て氏の頭に置き、又前面より其一端を延して、雙眼を蔽はしめ、既に刑に處せんとせり。然るに恰も此時傍觀人の中より突然大聲を發してバックスウヱル何ぞ罪あらんや。眞の罪人は即ち余なりと大呼する者あり。臨場の警官、駭然之を顧みれば、豈に圖らむや個は別人にあらずしてカットなり。是に於て警官は直に彼れを面前に勾喚して、其理由を質すに、先づ前日の實況より今日に至る顛末を懇〃と開陳し、此に始めてバックスウヱルの寃枉を證明せり。而して其顛末は即ち左に掲ぐるが如し。

 曩日カットバックスウヱルに謁して、彼女を請ひし時、一言の下に忽ち謝絶せられて其望を果す能はざるより、或時ヱレジヤに向ひ、互に畢生の力をケイして、夫妻の契を遂ぐべしとの赤心を吐露し、夫より竊に彼女を誘致して、近傍の地に潜伏せしめたりしが、カットは仍ほバックスウヱルを恨むの一念を絶つ能はざるより、遂に一策を案出し、機を得て之を散せんと欲し、獨り之を心裏に記し、一日ヱレジヤの熟睡したる虚を窺ひ、竊に其髪毛若干を切斷し、又或時其服の一片を切斷して、此兩者に野羊の生血を濺ぎ、之を携えてバックスウヱルの地窖に忍び、先づ之を其一隅にある石塊の下に置き、然る後自から擬して呻吟の聲を發し、殊に之を隣人の耳に達せしめたり。然るに此策最も能く的中して、バックスウヱルは忽ち法廷の嫌疑を受け、遂に今日の事あるに及びたり。然れども今氏が彼れに向つて述べたる絶命の一言感じ、忽焉悔悟の情を發し、亦其横死を見るに忍びず、勢ひ之を首白せずんばあるへからざるに至れるなりと。

 警官右の顛末を聽了するを竢ち、殺手は直にバツクスウヱルに被らせし黒帽を脱せむと欲し、前に至りしが、暫時前まで佇立せし氏は何時となく、其所に跌坐して默然たりき。是を以て殺手は速に其黒帽を脱せしに、豈に圖らむや氏は既に瞑目して全く生氣なし。是に於てか衆皆な駭然たりしが、先づ是を扶起して、百方醫藥の述を竭すと雖も、一として其效を見ず。之を醫師に諮詢するに、個は正しく過激の感觸を突然腦中に起し、乃ち其反動に由つて遂に命を絶つに至りしものなるべしとの檢斷を下せり。豈奇と云はざるべけんや。

 此の如きを以てカットは其所を去らず、獄に投ぜられ、後日の處刑を竢つに及べり。又ヱレジヤは此時に至る迄其身を藏くし、全く戸外の事を知らざるを以て、始めて地に俯し慟哭啻ならざりしが、忽ち遁世の志を發して、尼姑院に入り、塵世の交を斷てりとぞ(高橋健三氏譯エス、エヌフヰリップ氏 情供證據誤判録第十九例)

 念の爲め誤判録を提出致します第十九例が夫れてあります。情供を證據として判斷の資料に供することの危險を證明して餘ありてあります。

 傳聞も證據と爲らず。意見も證據と爲らず。而して情供はより多く證據と爲らず。事件に關して自己の五官に直接の感觸を與へざる人々の陳述は決して採用すべきものではありませぬ。檢事は莊重の辯を揮ひ、巧妙に論ぜられました。人をして恰も身其境に在りて、目之を見、耳之を聞きたるかの如くに感ぜしめられました。河合事件(臀肉問題)に就ては、二七不動の夜、散歩の序、被告の跡を追ひ、隣家の屋上に登り、少年の悲鳴の聲を聞き、被告の慘忍の罪を犯すを見て居たるものの如くに述べられ、巧妙眞に迫り、誠に手に取る樣でありました。乍併、私をして云はしむれば、辯論の巧妙は乃ち有り。然れども事實の寫生にあらざるを如何んせん。檢事若し余は迹を追はず、屋根に上らずと云はは、形なきの影。聲なきの言。更に何等の反應もなき一場の夢と化し去るのであります。

 又寧齋氏事件に就ても、夜陰密かに野口家に入り、箪笥の蔭か、椽の下に匿れて、被告が雨戸を外つして、室内に入りしより、寢息を窺ひ、頸を阨して立去るまでの始終を親しく目睹せられしかの如くに述べられました。成程、臨檢の際、檢事は雨戸を外づすことは御上手であつたに相違ないが、乍併、當夜實際這入られたのでないのてある。情供を按排しての論、誠に寫眞の如くに受取れる。然れども惜い哉、情供は何處までも情供であつて、眞を穿ちたる事實とする譯には參りませぬ。而して情供以外、一も眞實發見に必要なる證據は提出せられないのてある。追〃進んで此點の攻撃は致しますが、先づ辯護人は檢事の論告は悉く情供上の臆斷なりと斷言して置きます。

 情供は證據にあらず。是は證據法の定範であつて、古より情供を以て獄を斷じ、而して後其の寃を發見したる事例は、古今東西に亘りて其數枚擧に遑あらずである。被害者に對して常に怨恨を懷き、曾て人に向て殺意を洩したればとて、又被害の當日、鮮血淋漓たる刀劍を提げ居たればとて、如此の情供は未だ以て殺人の證據とは爲らない。情供は依然たる情供である。裁判官は斯る情供に直覺して、既に存在せる證據の確信を補ふことは出來るでしよう。然れども未だ存在せざる證據に代用することは出來ますまい。

 情供證據は殺人事件に關して最も多く、而して又最も誤られ易いのてある。英吉利の學者は情供を以て殺人事件を斷ずるは好んで恐るべき裁判の危道を踏むものであると戒しめて居る。無辜を刑に處したる幾多の實例を援いて戒めて居る。豈獨り殺人事件のみと云はんや。私は一歩を進めて情供推測は總ての裁判に於て危險なりと斷言する。檢事は同じ情供とは申しながら、本件の如き情供は又格別であるかの如くに切論せられた。乍併、普通の情供も格別の情供も誤りを蒔く種になる所以に於て一である。

 人を殺したりや否やと云へる問題に關し、情供を以て殺人の行爲を論ずるときは、誠に尤も千萬なる情供が得て訟廷の上に寫し出さるるものである。裁判官も社會も是程の情供があれば疑ふ餘地は無いと感心する樣なことは必ず出て來るのである。然れども焉ぞ知らん、情供はどこまでも情供であつて、斷罪の資料として滿足することは出來ませぬ。後に至つて間違を發見しても、一旦死刑にせられては復活するの途はありませぬ。是故に本件に於て、被告の性行を先入し、あらゆる罪惡に耐へ忍ぶ惡漢の徒なりと豫斷し、周圍の情供之を助けて、犯罪を敢てしたる者被告の外あるべからずと論定するは、早計と云はねばならぬ。檢事の論刄、縱横無盡、觸るるもの皆碎くの概あり。而して詮し來れば情供一片の説、寧ろ私は本件の如き重大事件に於て、彼れが如き情供に安んじ、被告を罰すべき證據に供せらるる大膽に驚かさるを得ないのてあります。

 第一に於て論ずる如く、精神状態に異状ある被告でありますから、其思ふ所、其言ふ所決して常人を以て律する譯には參りませぬ。於是乎、眞假容易に判じ難きことと爲る。空〃漠〃以て浮雲を談ずべし。以て世間實在の事相を證するに足らず。危ひ哉情供と云ひたくなる。本件は實に容易ならざる奇獄、怪獄而して疑獄であります。敢て情供を排斥せられんことを望まばるを得ないのてあります。
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