再刊小引

 孔子曰く、少之時。血氣未定。戒之在色と。子夏曰く、賢賢易色と。本書を再刊するに當り、斯語を籍りて微意に代ふ。
 初刊題して空前絶後の疑獄と云ふ。名實必すしも當らす。再刊改めて『人肉事件を論す』と爲す。

 本書を坊間に得たるは、昨年の冬にして、偶〃訟庭論草刊行の準備中にてありき。讀過一番、直ちに唾棄せんとす。顧みれは二十五年前の惡作なり。是れ辯論を刊行するにあらすして、耻辱を刊行するなり。春秋社の請あるに拘らす、斷然之を拒絶したり。而も懇請して止ます。其言に曰く、明治裁判資料の一たるは疑なし、又青年子女の教訓として少補なしとせす、先生之を許ささるは狹しと。暫く其言に從へり。
初刊全文振假名を付す。再刊之を削る。

 第一審判決後初刊成る。書中第二審判決なきは之が爲めなり。再刊之を併録す。訟庭日記初刊亦第一審に止る。再刊第二審及第三審(上告審)を追録す。
東京控訴院檢事岩村通世君の好意を謝す。

 平塚篤君は曾て國民新聞記者たり。君曰く事件當事、公判記事都下の各新聞に見はる。而して國民新聞を以て最と爲す、盖んぞ之を掲けさると。依て全部を借覧す。記事首肯し難きもの尠からすと雖も、筆々生動、艷麗輕妙、讀んて倦む所を知らす。往年を追想して訟庭の面目躍如たるものあり。即ち訟庭傍聽記と題して之を附録す。平塚君の好意を謝す。

 獄中の告白は被告人が獄中余に寄せたる豫審終結決定に對する疏明書なり。澤田撫松君之を編次し、國木田獨歩君之を刊行す。被告人の心事を窺ふに於て、多少の資料たらずんばあらず。即ち別録す。

 本書の校正中、偶〃友人横山大觀畫伯『羅馬に於て開かれたる日本美術展覽會に就て』と題する小冊子を寄せらる。書中餘白論の一節あり
東洋畫の線は、有形的に線であつて、而も無形の深い生命を藏して居るので、個性と時潮とに隨つて、如何様の妙味でも現はれるのであるが、歐米人が能く之を洞察するであろうか。紙や絹の餘白を生地の儘に殘して、その白さを、山水畫ならば、天や、水や、距離に見せ、乾坤の深遠を物語り、花鳥畫の場合ならば、餘白の中に季節の情調を漂はせて、餘白なるものが、描かれた部分以上に、重大な意味を持つのが、日本畫であるのに、それがどの程度まで歐米人に諒解されるであろうか。餘白を生地の儘の白さに殘して、却つて一層深き眞理の描寫を託するといふのは、東洋畫の精神で、本來の幽玄虚淡なる悟りより來るもので老莊の學か禪宗かの無爲自然の道と相契ふものであるが歐米人が果してその邊の消息を看破するであろうか。
讀去讀來。餘白の神韻、玄妙盡きず。言論文章豈に餘白なかるべけんや。畫伯の筆天下一品たり、眞に故あるなり。我儕言論及ばざる遠し。

    昭和五年十二月十八日夜    卓藏記


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