| 初めてのトライアスロン Finding Myself on Rota Island |
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| 数多くの島を擁する北マリアナ連邦のひとつロタ島。 太平洋に浮かぶ人口約3500人のこの小さな島で、 年に一度のトライアスロンのレースが11月に開催される。 手作りの大会から伝わってくる温かさと のんびりムードが、初心者にはとりわけ心強い。 焦らず、ゆっくりと、 ロタ島の青い海と空と大地を満喫するアスリートたち。 ロタ・トライアスロン・レースにはそんな走り方が似合っている。 文/謝 孝浩 写真/丸山晋一 |
| 水平線の先が白んでいる。その手前に、三角形のブイ。心もとなく波に揺られながら浮かんでいる。僕の目には、なんだか追いかければ逃げてしまいそうな風船のように見えた。
あれが最初の目標物、海岸から750m沖にある米湾岸警備隊の白いブイだ。 ロタ島で開催されるトライアスロンのレースは、制限時間が7時間。普通51.5kmのレースであれば、初心者でも5時間あれば悠々完走できるので、制限時間はないに等しいくらいののんびりしたレースだという。スイムキャップもゼッケンも手作り。トップアスリートも参加するが、誰でも挑戦できる素朴なレースだと聞いていた。しかしスタートラインに立つと、やはり緊張するものである。初挑戦の僕とは違って、他の選手たちは、実に晴れがましい顔をしているように思えた。これからはじまる51.5kmに及ぶ自分との闘いを楽しむかのようだ。地元ロタ島出身のジョー・サントスもその中にいた。ジョーは、僕と同じ年の39歳。昨夜、コースの説明会の時に言葉を交わし、僕がはじめてトライアスロンに挑戦することを知ると、「じゃあ、精力つけなくちゃ」と彼の家に夕飯を招待してくれたのだ。 |
| 早くゴールしたら、もったいない |
| 「10秒前!」 震えは、心臓の鼓動と呼応するかのように激しくなる。深呼吸を思わずする。目の部分を覆っているゴーグルの位置をもう一度確認する。まだ太陽は昇っていない。 「5・4・3・2・1・・・GO!」 目の前の選手たちが、次々と水しぶきをあげて視界から消えていく。興奮した選手のバトルに巻き込まれないように、海水に身を委ねる。フッと身体が浮いて、透き通ったオーシャンブルーがゴーグルの狭い視界の中に広がった。右手を思い切り、その透明な青の向こうへと伸ばす。青の粒子が層をなし深さを一挙に増していく。 「海の中だって、陸の上だって、ロタは最高さ。早くゴールしちゃったら、もったいないよ。ロタの自然を満喫しなくっちゃ」 彼の母親がつくってくれた素材を活かしたロタ料理に舌鼓を打ちながら豪快に笑っていたジョーの言葉が、海の底から響いてきた。7年前に、日本人のトライアスリートによってはじめられたトライアスロンのレースを、彼は最初から手伝い、今では運営の中心人物になっている。ロタの人びとは、当時、自転車はもちろんのこと、走ったことも、また水面を泳いだこともなかったという。しかし、みようみまねではじめたトライアスロンは、徐々にこの地に根づき、今では、 10名近いアマチュアのトライアスリートが育っている。ジョーもそのひとりである。そうだ、焦らずこのロタの自然を楽しめばいいのだ。 気がつけば、さきほどの白いブイが眼前に迫っていた。透明度は抜群。ロタの魅力は、なんといってもこのオーシャンブルーだろう。ブイを支えているアンカーまではっきりと確認できる。このブイを左に曲がると200m先にもうひとつブイがある。そのブイをまた左に曲がりスタート地点に戻る。この三角形の3 辺を泳げは、1.5kmになるというわけだ。 足が地面にやっと着いた。でもまだ先があるのだ。自転車の置いてある、トランジッション・エリアへと走る。トライアスロンの場合、スイムから自転車、自転車からランへと競技がかわる時間もレースの中に含まれる。いかにスムーズに次の競技に移ることができるかも、ひとつのポイントなのだ。だが僕のような初挑戦者にとっては、もう頭の中が混乱していて、やらなければいけないことと、やっている行動とが伴っていない。ウエットスーツを脱いで、靴を履いて、サングラスをかけて・・・あ、ヘルメットを忘れた。 |
| 吹き下る風のように |
| 海岸線沿いに自転車コースは続いている。フラットな舗装された道。徐々に漕ぐ回転を上げる。左側は真っ青な海。気を良くして漕いでいたのだが、そう甘くはなかった。最大の難所、1kmの急な上り坂が立ちはだかった。確実にその斜面の厳しさは、足にくる。ギアを徐々に軽くする。最大限に軽くしても、さらに続く坂。目の前に立ちはだかる坂と空。それでも徐々に空の割合が多くなる。あの坂の向こうには何があるのだろうか? きっと何かあるに違いない。
空が自分の視線と同じになった時、まっすぐな道がさらに続いていた。折り返してくる選手と次々にすれ違う。ジョーのあの人なつっこい顔を探す。 「没頭するものが欲しかったんだ」 彼は、もともとは米軍兵士で、朝鮮半島やパナマなどにも派遣されたことがある。外国を見る機会を得たことで、自分が生まれ育ったロタ島の良さを再認識したという。そして、故郷に戻る決心をしたのだが、主な産業もほとんどないこの島で、これから先どうしたものかと不安に思っていたとき、このトライアスロンに出会った。自分の限界を知るという機会もそうあるものではない。肉体的にも精神的にも自分の弱さが露見し、あえぎ、葛藤した先に、新しい前向きな自分がそこに見えてくるのだとジョーはいう。トライアスロンに挑戦したり運営を手伝うことで、自分が選んだ故郷での生活に誇りを持ち、愛することができるようになったそうだ。 ジョーの姿を確認できないまま、空港の前で折り返し、もときた道を戻る。ということは1kmの急坂の下りである。直線の下りの向こうに青い海原。高みからの視線が一挙に変化する。まるで吹き下る風のように、海に吸い込まれていく感覚だ。 |
| 皺くちゃな風船 |
| 自転車を降り、ヘルメットを帽子にかえて、最後の種目ラン10kmに挑む。慣れないバイクで相当、足がまいっているらしい。自分の足ではないような気がした。ふくらはぎのあたりが少しつりそうな感じだ。それでも、騙し騙し走る。気がつけば、鋭い熱帯の日差しが疲れた身体に容赦なく照りつける。汗がほとばしる。
しかし、その熱さの中でも前に進むしかない。 身体全体が悲鳴をあげている。僕はなぜトライアスロンに挑戦しようと思ったのだろうか。昔から、酔狂なことをするのが好きだった。型にはまるのが、嫌だった。学生の頃は、流行りのテニスサークルをやめて、探検部の門戸を叩き、秘境といわれる土地へ通い詰めた。入った会社も2年でやめ、放浪の旅に出たりした。最近、あの頃のように高揚して熱中したことがあっただろうか。なんだか自分が空気のぬけた皺くちゃな風船のように思えた。しぼんでしまうより、はじけて割れてしまった方がいいと思っていたはずではなかったか。自問する僕の脳裏に、昨晩、別れ際にジョーが言った言葉が蘇ってきた。 「トライアスロンは、自分の肉体と精神を顕在化させるてくれるものだ」 自分の限界というものを顕在化させたら、いったいどれくらいの大きさなのだろうか・・・。僕は、それを身体で実感したかったのではないだろうか。 あたりは、舗装された道からサンゴ礁を砕いたような白いダートロードへと変わり、木生シダ類などの熱帯特有の植物に囲まれた緑濃いジャングルのような場所へと入っていく。折り返し地点に着く直前、突然視界が開けた。一挙に、右側に青い海が広がったのだ。タイピンゴットというロタ島のシンボルの山が海岸線の向こうに聳えている。ジョーが愛してやまないロタの自然。意識が朦朧となりながらも、その中にいる自分が嬉しかった。 ただ、ただ足を前に出す。その一歩一歩が、確実にゴールに近づいていく。トップの選手から1時間あまり遅い3時間弱で僕はフィニッシュラインを踏んだ。次々と同じ距離を辿ってきた仲間たちが帰ってくる。そのたびに周囲から温かい歓声があがる。極限を味わったものだけが、感じることのできる達成感。そしてそれを支えた人びと。選手も応援しているロタの人びとも、なんだかいい顔なのだ。 「おめでとう」 ジョーが握手を求めてきた。限界というものは、自分の意識の中に存在するのかもしれない。ひとつの限界を超えた時、その先の自分を発見する。 「また、やってみるかい?」 ジョーの頬笑みの中、頷いている自分がいた。 |