徒然随筆

思いつくままにの、戯言集、、、言いっぱなしの問答無用コーナー。


2004年 04月07日

 最近は、非常に激務ぽく仕事が詰まってる。
 これほど仕事をする熱意は、本来自分には無いものだ。
 自分には、仕事=ビジネス=利益=名誉=権力
 そのすべてが無用な価値でもある。
 
 では、なぜ、これほどまでに仕事をするのか?
 答えを模索すると、至極簡単な結果がはじき出された。
 それは、人の為、他者にために行っているということだ。
 現在の仕事は、すべて他者に幾らかでも役に立つ、
 もしくは益をもたらすこと、喜びを与えることができるという
 わずかな希望が支えとなっている。
 
 これは、自分自身に何も無い、何もいらないという証でもある。
 もともと、自分には価値観も信念もないのだろう。
 動物的な五欲以外は、もともと無いのだろう。
 社会における組織の価値観は、そのニュートラルな虚無により
 冷静かつバランスを保ったビジョンを作成する。
 
 不断のバランス維持のためには、ちょっと緩める必要あるなと。
 
   


2004年 01月17日

Shanghai画像  今日は上海チキン リベンジ。
 総勢5名での小雪舞う空のもと、上海チキン食い倒れツアーを決行。
 二日連続徹&仮眠開けの食い倒れツアーはさすがにヘビー、、w。
 ともあれ、上海チキンは旨いので、とっとと起きて移動開始、、w。
 待ち合わせにも遅れることなく到着。
 参加メンバーも10分程度の遅れで無事に合流し、店に直行する。
 まずは、紹興酒とピータン、鶏団子、キムチ、上海チキンをオーダー。
 早速会食を開始。いきなり昼下がりから紹興酒てのも自分らしい。
 マスター気さくに美味しいものをいろいろだしてくれる。
 春菊、山ゴボウ、トマトと銀杏、蒸しパン、揚げパン(肉詰め)
 さらに小包子まで出してくれた。
 ようやく上海チキン登場。続けてワンタンスープを追加。
 しかし、なに食べても美味しい。ご主人のこだわりも相当なものだ。
 また、ご主人が気さくな人でなかなか話もたのしい。
 5人で死ぬほど食べ、飲みまくり。完了。
 しかし、カニチャーハンとカニチリを食い忘れた。
 ということで、次回の再チャレンジも決定した、、w。
 食後は、秋葉にでて物欲三昧。出物のXをゲット。
 夕食は、一滴八銭屋で、飲み直し、うどんで締めて解散〜w。
 


2004年 01月12日

s033画像  鎌倉撮影の2日目は、友人がお寺を案内してくれるということで楽しくお寺巡り。
 お寺の手入れが良いのに驚きながら、楽しく撮影ができた。
 ひょんなことから、帰りはハイキングコースでハイキングとなったが、
 よい運動になった。
 ノートPCやデジカメ背負って撮影しつつハイキングは、ちとしんどかったけど。
 良い撮影になった。友人達に、感謝。
 ※写真は報国寺のお茶、、笑。


2004年 01月11日
 鎌倉の友人宅へデジカメ、マウスのお届け兼ねての撮影旅。
 ついでにハブ設置させてもらって、ノートPCのLAN接続環境を構築。
 こちらでもLAN環境を使わせてもらうことに、、、w。
 友人の奥様のご厚意(命令)により、富士の夕景を撮ることになり、
 車での送迎をして頂いて撮影ができた。
 もつべきものは朋ということで気持ちよく撮影ができました。感謝。
 今日は風がべらぼうに寒かったのだが、撮影してると平気だ。
 職業病のなごりかなぁ、、、w。撮影好きだねぇ、自分、、、笑
   
2004年 01月10日
 事業部移ったは良いけれど、仕事はかなり大変、、w。
 まだ企画段階だが、再構築はいるし、運営もヘビー。
 前途多難で、地雷っぽいねぇ。
 新デジカメFZ10は、かなりお気に入り。
 マニュアル、モノクロ撮影もかなり好み
 撮影再開したことで、精神的にもゆったりしてきた。
 やっぱり人間創造的なWorkしてないと心がすさむということか。
   
2004年 01月05日
 水は高きところから低きところにしか流れない。
 水路とは時の支配の中で変遷を繰り返す。
 変遷は水路の高低を生み、水の流れを生み出す。
 造り出された高低は必ずしも善悪、正誤を表さない。
 低きものが悪や誤、その逆であることも、あらかじめ決められてはいない。
 また、何人も決めることはできない。
 なぜなら、それは個の意でなく、総の意であるからだ。
 人々の意の総によりすべては流れ移ろいでいく。
 意の総は、個の意により生まれ、個の意を縛り、個の意となる。
 流れの中で流れを傍観できうる者、それを賢者と言う。
 賢者が活かせず喪失した時代は、何処に向かうのであろうか。

 追記)
 さてはて、異動先の作業概要はわかったが、やっぱり地雷だ。
 かなり大変ぽい仕事です。どうなることやら、、笑。
   
2004年 01月04日
 久々各情報を更新した。
 いやはや『忙』という字は心を亡くすと言われるが、真理かもしれない。
 やはり、人にとって一番大切で価値のあるものは『時間』なのであろう。
 昨年末はケーブルの導入や無線LAN化、新型ノート導入、デジカメ新調と、
 もろもろ忙しい目にあった、、w。
 昨年の激務と消耗よりはましだが、振り返ると昨年は実りのない年だったか?。
 さてはて、それは今年次第かな。
 と、言いつつ、今年は既に異動が決まってるわけだ。
 もろもろの思惑や会社組織特有の陳腐な理由や要素もあるのだが、
 異動先での仕事は、かなり厳しいと言える。
 まぁ、今度こそ死んじゃうか、首かもしれない可能性は大きい、、笑。
 それも、良いかなと思う今日この頃、結構楽しく生きたしね。
 そんなわけで、今年は楽しく生きたいかな。
 お姉さんと旨いモノ食べて過ごしたいと思う、今日この頃である、、笑。
 
2003年 04月20日
 [気高き心]
 心卑しき者は、豊かな環境をつくることは出来ない。
 卑しき心とは、他者への思いやりに欠ける心だと思う。
 この世で一番大切なものは、他者への思いにほかならない。
 きれい事と言う者もいるだろうが、夢を目指さずに明るい明日あどは無い。
 現在の醜さに習うほど愚かで、卑しいことは無いと思える。
 夢を見続けることは苦しいことだが、貧しい心で生きたくは無い。
 今一度、気高い心を目指して生きたいと思う。
 それができるかは解らない。
 しかし、人生は一度しかない。
 命を賭して挑む価値はあると心に刻もう。
   
2003年 04月07日
 [転機]
 転機を見切ることは難しい。
 過去と未来の分岐は必ずあるものだし、自然に移り変わり続ける。
 時は流れ続けるものゆえに、分岐点を探し続けなければ、見切れない。
 しかし、ターニングポイントを見定めることは、何時の世も困難である。
 幾度もその転換期を模索しながら生きる、それが人生なのでろう。
 今、幾度目かの転換期を迎えようとしているのだが、
 それが、どのような未来をもたらすか、自分自信にもわからない。
 ただ、言えることは、
 また一人となりて、始まるのかもしれないこと。
 もしくは、今度こそ終わるのかもしれないということ。
 
 もし、今、心をよぎる転換期が真実であるのならばだが・・
 
 自分が感じている明日とは、何なのだろう。
 今暫く、思いめぐらす時間がいるのかも知れない。
   
2003年 03月19日
 [明けぬ朝]
 像は死が近づくと、人知れず墓場へと旅立つという。
 人は、どうなのだろうと、子供のころから疑問だった。
 人間も自らの死期が近づくと、群れからはなれ、死に場所をむかうのだろうか?
 社会性がつよく、群れを成す生物だし、死期にたいする本能はあるのだろうか?
 それとも文明の中で、本能すら麻痺しているのか?
 
 自分を振り返ると、心身のダメージが蓄積されるにつけ、
 社会から離れようとする傾向が強くなっている。
 
 死期が近いということはあり得ないだろうが、
 心身の危機を以前より現実のもとして感じているのも確かだ。
 早朝、休日などでの身体の不具合も要因なのかも知れない。
 なんにせよ、無意識に準備しているのかもしれない。
 それも、なかなか滑稽なのだが、、、w
     
2003年 03月06日
 [無情の流れ、されど・・]
 人とは弱いものだ。
 楽なほう、安易なほうへと流される。
 現代社会の宿命なのかもしれない。
 多くの知り合いが、その波に飲み込まれていく。
 それは、自分も例外ではないのかも知れない。
 才気ある人も、心優しき人も例外ではないのかもしれない。
 
 世の中の流れを止める力なぞ、自分には無いが、
 もう少しもがいてみたい。
 
 作業に追われて何もできなかった、ここしばらく・・。
 作業も一息ついた、すこし頑張るかな。
 愛すべき同僚と仲間のためにも。
 
2003年 03月02日
 [有限世界の放浪者]
 最近、とみに仕事が忙しい。
 仕事内容が、3セクションの管理も含むワーク。
 単純に考えても2人半分も作業が派生する。
 まじめに処理すれば、2倍以上の作業時間が派生する。
 現状は、この通りになっているわけだが、
 無理は当然、身体を蝕むものだ。
 引き受けた作業の責任は果たす。
 これ、当然のこと。  普通なら、とうに倒れてるいるだろう。
 こんな無茶な作業量にも耐えられる身体をくれた親には感謝。
 しかし、それに伴う負荷と無理は消えることはない。
 世の中のモノは全て有限だ。
 規定量以上のアンバランスは、かならず反動を呼ぶ。
 今の無理は、必ず自分の身に戻る。
 寿命とはそうしたものだ。命を削るとはそうしたものだ。
 
 愛する人にための何かをすることも同じだ。
 大切な友人にため何かすることも同じだ。
 人の幸せのために何かをすることも同じだ。
 自分の身と心と命を削ることなしに、真実の成果は得られない。
 
 明日という日が必ず来るとは限らない。
 今と同じ場所、今と同じ世界に自分がいるとは限らない。
 生という放浪者は、そうしたものなのかもしれない。
 未だかつて、僕の同類をみたことはない。
 常に孤独感がつきまとうのも、常に一人でいるのも、
 理由は、自分には同類がいないことだと解っている。
 昔から解っているのだが、あきらめきれないのだろう、
 今でも、一緒にいられる傍らを探すことを辞めない。
 これも生き物である自分の性なのであろう。
 無いものを探す、明日無き生の中で、、。
 
 だからこそ、今できることを残す。
 人にも、仕事にも。何かを委ねて、、
 
 明日も、今日と同じ朝が来るとは限らない。
 もし、ある日、突然僕はいなくなっても責めないで欲しい。
   
2003年 02月08日
 人には存在しなければならない居場所と、
 存在する価値(力)が必要だ。
 図らずも、仕事という一つの居場所も確保出来ず
 一個の人としての存在する力がないことも再認識した。
 現在の自分には、存在しうる価値はひとかけらもないように思う。
 決して自分を卑下したり、自虐的に見ているわけではなく、
 悲しいな、これが現実だと思う。
 今まで現状から退きたいと思う気持ちが大きかったのも、
 こうした本質を感じ取っていたためだろうと思う。
 さりとて全てを無にするには、他者への迷惑が大きすぎるのも事実。
 ここは、あえて生き恥をさらすしかないのかも知れない。
 死に場所を見失うことは、ひどく滑稽だし、見苦しい。
 しかし、今しばらくは、その生き恥、さらさねばさなないだろう。
  愚かなり、されど、それも身から出た錆ということか。
 
 人生とは、愉快なものだ。
 
2003年 01月14日
 [神様との契約]
 人は一度くらい、その人生の途中で死の選択と直面するものだ。
 自分も例外でなく、20歳の時に直面した。
 死という絶望を選択するか?、心の中にある僅かな生への灯火を選択するか?
 自分は、その僅かな灯火の守るため、ある契約をした。
 この世に神や悪魔というものがいるとは、今でも信じてはいないが、
 そのときの自分は、神というものと契約をした。
 自分の僅かなの心の望みを叶えるために生かしてくれと。
 その代償として、全ての人が持つ幸福を捨てると。
 律儀な神様(悪魔)だったらしく、今でもその契約は実行されているようだ。
 おかげで自分は人とは異なる人生を過ごしているようにも思う。
 自分が見ている世界は、いつも、少し他の人々とは違うようだ。
 ただ、誤算もある。自分は、30くらいまでしか生きるつもりはなかった。
 故に苦しい生き方もいとわなかったのだが、思ったより長生きをしてしまった。
 若さ故の代償は大きいモノだ、、笑。
 苦行とも言える生活は、自分の生がつきるまで続くのだろうし、
 後悔もしていない。
 
 まったく律儀な神様だ。おかげで、まだ生きている。
 (神との契約とか言っているが、実はそれが自分の心も奥底にある
 逃げることができない自分の生きたい生き方と知っているからだろう。)
 
 何を契約したかだって?
 うっかり話すこともあるかもしれないから、機会があれば聞いてみたら?(笑)
     
2003年 01月13日
 3日間の休みで大阪に行って来た。
 理由はPUGOの新年会なのだが、当初は参加しないつもりだったが、
 気になることもあり結局参加することにした。
 一次会は鍋料理で、梅田で飲む。
 2次会は、梅田のカラオケで飲む
 カラオケ自体は、某Mobile空手家さんのおかげで盛り上がる。
 その後、3次会のバーなぞに行く。
 1時間程度のつもりが、何故か朝9時まで飲む。
 相変わらず飲むときは飲む自分に、ちょっと驚く。
 平気で飲むから、良くわからんな、こまった奴だ。
 あまり眠くなかったせいもあり、まどろみの中でその後の時を過ごす。
 3時間くらいは仮眠はしたろうか、夕方梅田に出かけることに、、。
 Tくんが途中でへばる。無理もない。僕につきあって飲んでたから。
 充分に飲んだせいか、日がな随分とぼんやりしていたように思う。
 友人宅に戻ってからは、早めに寝る。
 寒かったせいか、眠りは浅く意識はにじむが、睡眠時間はちゃんと取れる。
 最終日の今日は、友人と待ち合わせて串カツ(関東だと串あげ)を食べる
 さっぱりして旨い。流石に昼前は食が細いのが残念だが、堪能はできた。
 午後は日本橋でPDA見て、ガチャポンなどを買って帰路についた。
 この旅行で、仕事の負担や心配事も解消したと言えそうだ。
 今後は、心配事も大丈夫そうだし、仕事の負担が確実に増えること、
 保留していたWeb関連の活動もしないといけなくなりそうなことから、
 諸々東京で作業時間と覚醒が必要となると考えないといけなそうだ。
 今回が、区切りになりそうな漠然とした予感はしていたが、
 やはり旅に出る時間や自分を休眠させておくのは難しいかもしれない。
 旅する時間は、自分の中で行かねばならないと思えば都合はするが、
 そういう状況は起きそうもないと思えるし、もう旅先に自分は不要と思う。
 自分の必要性がないことは良いことだ。
 サイトを閉めてから半分眠りについていた奴が起きたのかもしれない。
 本当に覚醒したのかは、もう少し様子見ないといかんが、、
 
2002年 12月23日
 療養生活もようやく落ち着いてきた。
 今年もクリスマスの季節だ。
 世間では心温まる数日だ。
 この時期、不思議と一人でいることが多い。
 自分には、いろりろ考えを巡らすのに良い時間でもある。
 人並みの生活に背を向けてきたせいか、
 こんな華やいだ時期こそ、いろいろな機微が見える。
 知らないうちに、人の沢山のものを抱え込んでいるのも
 自分らしくないが、そんな巡り合わせもあるのかもしれない。
 一人で生きていかねばならないのが自分の人生だが、
 このところの自分は、人に関わりすぎているとも思う。
 これも年なのか、単なる巡りあわせなのか?。
 倒れる機会も増えてきている。
 全てが避けられない必然という歯車なら、
 ひっそりと止まれるように用意しておきたい。
 そんな思いを巡らすクリスマスかなと・・。
   
2002年 12月22日
 随分と時間が空いた。
 時は流れ、仕事場も変わり、状況も変化した。
 この1年で、痛めた体を治し、また酷使する日々が訪れた。
 新しい仕事場の環境造りにも手をだしている。
 仲間のため、自分のためでもあるが無理は否めない。
 痛めつけ続けた心と体のきしみを感じる今日この頃。
 まだ持つだろうが、限界点を感じる機会も増えてきた。
 いざという時に備えての身支度も、そろそろ気を配る時期か。
 静かなる時のたたずまいを少し増やそうとも思う。
 素の自分と向き合う孤独な時間をふやしたいと思う。
 こうして静かにさりげなく舞台からおりる準備をしよう。
   
2002年 05月20日
 風邪の発熱第2弾で、ダウン。
 先週に続き、休むことに、、(^^ゞ。
 ちと、昨日の夜に冷えたのがいけなかったようだ。
 ちと、HaNaちゃんが心配な、今日この頃。う〜ん。
 
2002年 05月16日
 ようやく、長い休養の始まりに辿り着いた。
   
2002年 05月02日
 体調だが、夜になり悪化。
 順調に回復傾向だと思ったのだが、どうも把握出来ない。
 身体の状態は簡単に回復しないのか?、少々心配になる。
 う〜ん、活動停止が必要なのかぁ。
 判断が的確に出来ないな。現状では。
 こまったものだ。
 4日のUpちゃん迎撃も無理かなぁ。このままでは、
 う〜ん・・・・。
 
2002年 05月01日
 身体のほうだが、だいぶ回復したが、フル稼働は半日くらいか。
 まだ、フルタイム活動は無理っぽい。
 GWに休養してWebからも、自然消滅ってのも考えたのだが、、、
 そうもいかないらしい。
 時代は、自分に何を望んでいるのかなぁ、、。
   

 
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