雲と水面

マップ調整のヒント

創立総会記念講演
                            虎の門病院 耳鼻咽喉科
                                    言語聴覚士 氏田 直子

 昨年の「人工内耳友の会東京」総会の際、『人工内耳のリハビリと、特にマップ調整について』お話する機会を与えていただきました。その後ACITAの編集の方から、同じような内容でと原稿を依頼されましたので、私なりに考えている「マップ調整のヒント」についてまとめてみます。
 ただし、これは、私が7年ほどリハビリを担当して得た経験から申し上げていることですので、皆さんがいつも行っているマップ調整とは異なる点があるかもしれません。また、大人なのか子供なのか、先天性の重度難聴なのか後天性なのか、失聴期間の長さ、人工内耳を装用し始めてからの期間など、人工内耳を装用されている方のさまざまな条件や状況によっても、マップ調整の目的や方法や注意点は変わってきます。
 ですから、現在受けているリハビリでのマップ調整をあくまでも基本として、私の文は「ヒント」程度と考えて読んでください。なお、今回の説明は、主に成人の中途失聴者を対象としておりますので、ご了承ください。

 最初にひとつ確認しておきたいことがあります。それは「マップの調整は、確かに重要ですが、それだけが人工内耳のリハビリではない」ということです。マップの調整だけで、人工内耳を有効に使いこなせるわけではありません。このことはぜひ皆さんに理解していただきたい点です。マップ調整以外のリハビリについては、また別の機会にお話できればと思います。
 ではまず前提として、「マップ」について簡単にまとめてみます。
 内耳に埋め込まれた電極は、それだけでは音はきこえません。電極に弱い電気を流すことで、内耳につながっている耳の神経が、音を感じるわけです。電極のどこに、どのくらいの電気を流すかを設定するものがマップで、これがスピーチプロセッサーに登録されます。内耳の状態には個人差がありますので、マップは装用者一人ひとりに専用のものを作ります。
 ですから、他の人のスピーチプロセッサーで、他の人のマップを使って聞くようなことは大変危険です。絶対にしないでください。その人に合っていないマップの音を聞くと、内耳を痛める可能性があります。また、体調や人工内耳に慣れることによって、内耳の状態は変化しますので、その度にマップの細かい修正を行う必要があります。

 マップ調整では、いろいろ細かい情報を設定しますが、あまり詳しいことはかえって話がわかりにくくなるので、今回は省略します。知りたい方はリハビリ担当者に尋ねてください。ここでは最低限必要な内容についてのみ説明します。
<チャンネル>
 現在のコクレア社のN22では、二つの電極を選び、片方をプラス(+)もう一方をマイナス(−)にして電気を流して、音を感じさせています。このプラス(+)とマイナス(−)の電気の流れているところがチャンネルで、皆さんにとってはマップ調整の時に聞くひとつの検査音(ボとかジ、ピなど)です。
 チャンネルはきき取りに使うための音の部品と考えると良いでしょう。人工内耳では、このチャンネルをいくつか刺激することによって、環境音やことばをあらわします。チャンネルの番号の数が小さい方は高い音で、番号が大きくなるほど音は低くなります。
<Tレベル>
 最小可聴閾値といいます。きこえる範囲でもっとも小さい音の時の電流量です。
ですから、実際のきこえ具合よりも、Tレベルを小さくしてしまうと、「小さい音に気づかない」「言葉などが途切れてきこえる」「雑音がずっと入っていて、言葉は小さい」ということが起こります。逆に大きすぎると「小さな音までよく聞こえすぎる」「全体の音が大きい」「言葉がにごったり、割れて聞こえる」ことがあります。
<Cレベル>
 最大快適閾値といい、快適にきこえる範囲でもっとも大きい音の時の電流量です。仮にスピーチプロセッサーにとても大きな音が入ってきても、Cレベルを超える電流は流れません。実際のきこえ具合よりも、Cレベルを小さくしてしまうと、「全体的に音が小さい」となり、逆に大きすぎると「うるさくて疲れる」「音が頭に響く、割れる」ことがあります。

 マップの調整とは、基本的にはその人の使用しているチャンネル一つずつについて、TレベルとCレベルを設定し、スピープロセッサーにその人専用の音のプログラム(つまりマップ)を記憶させることです。

 さて、いよいよ実際のマップ調整の流れについて説明します。ここでは私が日頃リハビリをする中で、マップ調整のヒントになると考えていることもお話します。

1.問診
 はじめに、使用中のマップについて、きこえの状態や問題点、調整への要望などをリハビリ担当者と話し合います。この時大切なのは「日頃のきこえの様子をなるべく具体的に伝えること」です。皆さんに「どんな音できこえているのか」は、リハビリ担当者にはまったくわかりません。
 さらに、「日常生活で周りにどんな音があるのか」も非常に個人差があります。例えば「ある方は交通量の多い道路の近くに住み、いつも割合騒がしい環境にいる」が、「他の方の家は非常に静かなところにあって、会話の相手も非常に限定されている」など、その方の状況によってマップの調整で気をつけなければならないことは変わってきます。
 きこえはどんどん変化していき、形に残らないものですので、きこえの様子を忘れないようにメモしておくことも有効です。また、全てを「昔と同じく完璧にきこえるようにする」のは不可能ですから、ききたい音の優先順位を自分なりに整理しておくのも良いと思います。
 私がリハビリの時に皆さんにお聞きしているのは、次のような内容です。
 ・痛みや不快感はないか
 ・前回のマップより全体的に良いのか悪いのか
 ・日常的に使用するスイッチはSかNか
 ・日常的に使用する感度ツマミはいくつか
 ・全体的な傾向として、音の大きさや質はどうか
  (例えば、大きすぎてビンビンひびくとか、甲高くてキンキンするとか、こもった感じとか)
 ・会話での声の大きさや質はどうか
 ・環境音の大きさや質はどうか
 ・ききやすい音、ききにくい音は何か

2.TレベルとCレベルの測定
 問診が終わったら、TレベルとCレベルをチャンネルごとに測ります。
 Tレベルは「かすかにきこえ始めた時」の電気量です。ただし個人差がありますし、耳鳴りとの区別がとても難しいようです。失聴期間が長い方や先天性の重度難聴者の場合は、特に慎重に測定する必要があります。
 Tレベルがわかりにくい時には、次のような方法をとることがあります。
@ 指をきこえる音にあわせて動かし、それが検査音と同じリズムになっているかどうかで調べる
A ノブ(リハビリ担当者が持っている、音を調節するダイアル)を使った場合、音が少しずつ大きくなるので、「きこえはじめ」が分かりにくい。キーボードを使って、限定された数の音を出し、それが聞こえたかどうかで調べる
B 一度音を大きくして、どんな音が聞こえるはずかを覚えてから、音を小さくして消してしまい、また、聞こえないところから少しずつ音を大きくして音を探す
C 一度音を大きくしてから、それを少しずつ小さくしていき、音が聞こえなくなったら、その少し前の値をTレベルとする

 Cレベルは「大きい音だが不快ではない時」の電気量です。ただしこれも個人差がありますし、「ちょうど良い大きさ」くらいの方がよい人もいます。失聴期間が長いと「どのくらい大きくなったら[大きすぎる]といえるのか」がわかりにくくなっていて、Cレベルが大きくなりすぎる傾向があります。
 Cレベルがわかりにくい時には、次のような方法をとることがあります。
@「ちょうどよい大きさ」や「大きい」のときに、検査音を少し長く聞いてみて、不快感(痛み、振動など)がないかどうか調べて、不快感が起こらないところをCレベルにします。
A音の変化に注意する。Cレベルを超えると「音が割れる」「音が響く」「音の質がきれいでなくなる」などの変化があります。

3.SWEEP(音の大きさのバランス調整)
 測定の次には、全てのチャンネルについて、Tレベル、Cレベル、50%(TとCの中間の大きさ)の「音の大きさ」をそろえます。これをスイープ(SWEEP)またはバランス調整といいます。T、Cレベルの測定では、チャンネル毎に音の種類(音質)が違うので、大きさにバラツキができてしまいます。そのままでマップを作ると、音のバランスが悪いために、環境音や言葉の聞こえ方にゆがみが出てきます。これを防ぐ目的でスイープを行います。
 リハビリの時、現在使用中のマップで大きな問題がない場合には、1の「TレベルとCレベルの測定」を省略して、スイープをすることもあります。
 ここで大切なのは、「音の質にこだわらずに、音の大きさだけを比較してそろえる」ことです。音の質は内耳の電極の位置によって、すでに決まっているので、マップでは変更できません。
ここで調節できるのは音の大きさ(電極に流す電気量)だけです。ただし音の質の大きな変化は、マッピングの大切な情報なので、気になることがあればリハビリ担当者に伝えてください。
 スイープを行うことで音のバランスが取れて、聞きやすくなります。

 次に、スイープについてのヒントを紹介します.
@全てのスイープに共通すること
 「2番目が<少し>小さい」「4番目が<かなり>大きい」などと具体的に伝えてください。
 人工内耳に慣れていないうちは、「だいたい同じ位の大きさ」になれば大丈夫です。
 慣れてきたら、なるべく細かく、納得できるまで調整したほうが音のバランスが良くなります。細かくバランスをとる場合、「3番目がなんとなく変なのだが、大きくすれば良いのか、小さくすれば良いのかよくわからない」などという場合があると思います。その場合は、無理に大きい/小さいを区別せずに、「試しに3番目を大きくしてみて」とか「やはり3番目は小さくしてみて」と、とりあえず変えてみるのも良いと思います。
ATレベルスイープの時
 5つすべてがきちんと聞こえるようにすること。「かなり集中していないとわからないくらい」では小さすぎることがあります。「楽に聞いていても分かるくらいの小さな音」に揃えます。自信のない時は「もう一度」と要求し、確認しながら聞いてください。スピーチプロセッサーに入ってくる環境音などのうち小さい音が、Tレベルくらいの音の大きさで聞こえますが、言葉がTレベルの大きさで聞こえてくるわけではありません。Tレベルを大きくしすぎても、聞きにくくなりますので注意してください。
BCレベルスイープの時
 5つすべてを同じ音質にするのではなく、「同じ大きさ(強さ)」にします。音が頭にびんびん響いたり、突き刺さるようだったり、痛みやしびれなどがないかを確認してください。不快感の無いように、「気持ち良く聞いていられる」くらいの大きさにします。逆に「物足りないな」「頼りないな」と思う音ならば、もう少し大きくしても良いかもしません。
C50%スイープの時
 「ちょうどいい大きさ」よりも、「やや小さめ」の大きさにそろえる方が良いようです。

4.試聴
 スイープが終わったら、いよいよマップを作成して試聴します。いろいろな音や言葉、声をきいて、マップの問題点を探します。ここで問題点がなければ、そのマップを正式にスピーチプロセッサーに登録して、マップ調整は終了します。
 病院での聞こえ方と日常生活の場での聞こえ方は違います。これは、部屋の状況や話す相手も違うからで、病院での聞こえ方にこだわらず、ふだん人工内耳を使用している、日常生活に合わせて考えることが重要です。
 自分が特に聞きたい音や、自分にとっての「きこえの基準」になる音を中心にして判断しましょう。例えば、会話を重点的に聞きたい人もいれば、会話は読話と併用すればかなりわかるので、環境音を聞きやすくしたい人もいるでしょう。

5.微調整
 試聴の結果、そのマップに問題があった場合、マップの細かい修正をします。
この時はなるべく具体的に、「今のマップでどう聞こえているか」「どのように音を変えたいのか」を言葉で説明してください。リハビリ担当者には皆さんにどのように聞こえているのかは分かりません。つまりどこをどう変えれば良いのかは、皆さんの言葉を頼りにしていくしかないのです。「なんとなくこの音は聞きにくい」といわれてしまうと、どうすれば良いのか分かりません。
 皆さんの言葉をもとに、マップの微調整をした後で、また新しいマップを作成し、試聴します。しかし、あまりたくさんマップを作ると、かえって混乱してしまい、どのマップが良いかわからなくなる事が多いので、3〜5個くらいまでのなかで、もっともいいマップを選んでください。場合によっては調整前のマップの方が聞きやすいこともあるようです。
 また、マップ作成直後はあまり聞こえ方が良くない場合でも、1週間ほど使用しているうちに慣れてきて、聞きやすくなることも、比較的多くありますので、なるべく1〜2週間は調整したマップを使うようにします。

 マップの調整の頻度は、音入れ直後は頻繁に行う方が良いのですが、その後は非常に個人差があります。一般的には、あまり頻繁にマップを変えると、いつまでもそのマップの音に慣れることができないので、2週間以上は同じマップを使うよう勧めています。きこえが良好ならば、同じマップを何年も使用する場合もあります。しかし、装用者本人が気づかないところできこえが悪くなっていたり、問題がおきていることもあるので、検査の意味でも半年から1年に一度は、診察とマップ調整を受ける方が安全です。マップを調整しても大きな変化がなければ、調整前のマップを引き続き使用することも可能です。
 マップの調整はリハビリの中でも、きこえ具合を左右する重要な部分です。人工内耳でのきこえ方は、その人にしか分かりませんから、リハビリ担当者はお手伝いしかできません。「自分のきこえは自分が作る」という意欲を持ち、上手にリハビリ担当者の技術を使いこなすつもりで、マップ調整をしてみてはいかがでしょうか。
 皆さんなりの工夫やお考えもあると思いますので、ぜひご意見をお聞かせください。

【ACITA会報48号から転載】2001.8.21:掲載


戻る

トップ

雲と水面