「ひろゆきくんの初恋」
(1999,4 「Kage'sHP掲示板」)
ひろゆきくんは、わかばしょうがっこうのいちねんせいになりました。 きょうは、はじめてのとうこうびです。 あたらしいランドセルはちょっとおもいけれど、すてきなかおりがします。 おかあさんにつれられて、とうこうはんのあつまる、こうえんまえにいきました。 こうえんまえには、もうなんにんかのおともだちがまっていました。 「それではよろしくお願いいたします」 おかあさんは、とうこうはんのはんちょうさんという ろくねんせいのおねえさんにそういって、かえっていきました。 ひろゆきくんのめのまえにたっている、そのおねえさんは とてもきれいなかおをしています。 さらさらとかぜにゆれる、くろいかみがとてもすてきでした。 ひろゆきくんは、いままでおかあさんがせかいでいちばんきれいだとおもっていました。 でも、このおねえさんはおかあさんよりもっときれいだとおもいました。 「…………」 おねえさんがかすかなこえでみんなにむかってなにかいいました。 いちばんまえにたっていたひろゆきくんには、なにをいっているのかわかりましたが うしろのほうのおともだちにはきこえなかったようです。 「なんて言ったの、芹香さん?もういっぺん言ってよ」 まんなかくらいにいるおとこのこがいいました。 「…………」 「きこえないよー、もういっぺん」 せりかさんは、こまったようなかおをしています。 どうやらせりかさんは、おおきなこえでしゃべれないようです。 「…………」 せりかさんがまたいいましたが、やっぱりちいさなこえなのでひろゆきくんは うしろのおともだちにはたぶんきこえないとおもいました。 「みんなあつまったので、そろそろいきましょう、といってます!」 ひろゆきくんは、おもわずおおきなこえでそういってしまいました。 せりかさんがびっくりしたかおでみています。 ひろゆきくんはちょっぴりはずかしくなりました。 もしかしたら、かおがあかくなっているかもしれません。 「ふふっ、元気な一年生やね。名前はなんていうの?」 いちばんうしろにいた、めがねをかけたおさげのおねえさんがそういいました。 「わかばしょうがっこう、いちねんいちくみ、はしばひろゆき!」 ゆうべ、なまえをきかれたときいうことばを、いっぱいれんしゅうしていたので、 ひろゆきくんはおもわずこたえてしまいました。 「あらっ」 ひろゆきくんのとなりにいた、みどりのかみをしておかしなみみかざりをつけた おんなのこがそういいました。 「へえっ」 うしろにいた、かみのながいおんなのこと、 かおにばんそうこうをつけたおんなのこがいっしょにそういいました。 「Oh!」 まんなかあたりにいるきんいろのかみをうしろでとめているおねえさんが ちいさなこえでそうさけびました。 そのとなりの、くりいろのかみのおねえさんは、ヒューとくちぶえをふきました。 ひろゆきくんは、なんでみんながそんなにさわぐのかわけがわかりませんでした。 「ははっ、ひろゆき君か、いい名前やね。それじゃ出発しよか」 めがねでおさげのおねえさんが、わらってそういいました。 せりかさんも、かすかにでしたが、にこっとひろゆきくんにほほえみかけてくれました。 ひろゆきくんはなぜか、むねがどきどきしてきました。 ひろゆきくんは、がっこうにつくまで、めのまえをあるくせりかさんを ぼーっとみつめていました。 だから、となりをあるくおんなのこが 「わたし、マルチっていうの、ふじたマルチ。よろしくね、ひろゆきくん」 そうはなしかけても、うわのそらでうなずいただけでした。 あかいランドセルのうえでさらさらとゆれる せりかさんのくろいかみはやっぱりきれいだなと、ひろゆきくんはおもいました。 それから、まいあさのとうこうはんで、せりかさんのいうことを みんなにつたえるのが、ひろゆきくんのやくめみたいになりました。 「…………」 「きょうは、かつよしくんがおやすみなので、これでしゅっぱつします」 「…………」 「あきこちゃんがまだきてないので、もうすこしまちましょう」 「…………」 「みんなそろいましたね。ではしゅっぱつしましょう、といってます!」 そのたび、せりかさんはひろゆきくんにかすかにほほえみかけてくれます。 ひろゆきくんはそれがうれしくてたまりませんでした。 そのひは、おひるからあめでしたが、おとうさんがだいきゅうとかでおやすみだったので ひろゆきくんはまえからのやくそくだった、にゅうがくおいわいをかいに、 おとうさん、おかあさんといっしょにでんしゃにのってかいものにいきました。 まえからほしかった、「おしゃべり○カチュウ」をかってもらって、 ひろゆきくんはとてもごきげんでした。 かえりのでんしゃからおりると、えきのかいさつぐちに、ひろゆきくんの よくしっているきれいなくろいかみのおねえさんがかさをもってたっていました。 ひろゆきくんはちょっぴりどきっとしておもわずおかあさんのうしろに かくれてしまいました。 せりかさんは、ひろゆきくんのほうをみると、ちいさくてをあげて、 にこっとほほえみかけました。 ひろゆきくんは、せりかさんにみつかったかとおもいましたが、 そのときひろゆきくんのすぐうしろからこえがしました。 「おっ、芹香じゃねーか、迎えに来てくれたのか!助かったぜ」 そのこえのぬしは、おとうさんとおなじくらいのおとこのひとで、とても やさしそうなこえでした。 せりかさんがかさをさしだすと、おとこのひとは、うれしそうにそれを うけとり、わらいながらこういいました。 「相変わらず気が利くな、芹香は。さんきゅ!」 そういわれたせりかさんは、ほほをそめて、うれしそうにしています。 そのえがおはひろゆきくんがいままでみたこともないくらいの、 とてもうれしそうなえがおでした。 ひろゆきくんがふたりをじっとみていたとき、おかあさんがいいました。 「あら、藤田さん、いつも登校班では裕之がお世話になっています」 ふたりは、ひろゆきくんたちのほうをふりむきました。 せりかさんは、ひろゆきくんのほうをみると、いつものようにかすかに ほほえみかけてくれました。 そのとき、おとこのひとがひろゆきくんをみていいました。 「おっ、この子が例のオレとおなじ名前の、ひろゆき君か」 せりかさんがかすかにうなずきます。 「ははっ、よろしくな、ひろゆき君」 おとこのひとがそういって、ひろゆきくんのほうにてをさしだしました。 ひろゆきくんは、そのてをにぎりかえさず、おかあさんのスカートにしがみついた ままでした。 「あら、照れているのかしら、この子?すみませんね、いつもはこんなことは ないんですけれど…」 おかあさんがそういいました。 「ははは、初対面だから仕方ありませんよ。元気があってとてもいい子だと 娘たちから伺っています」 おとこのひとは、やさしそうなえがおでそういいました。 せりかさんは、そのえがおをうれしそうにじっとみつめています。 ひろゆきくんは、そのせりかさんがいつもよりずっときれいだとおもいました。 そのばん、ひろゆきくんはごはんがあんまりたべられませんでした。 おかあさんのつくった、だいすきなカレーライスが おいしくないとおもったのは、ひろゆきくんにとって、はじめてでした。 よくあさ、ひろゆきくんはげんきがありません。 いつもは、とうこうはんのあつまるこうえんまえまで、おかあさんのまえを あるいていくのですが、きょうはおかあさんにてをひかれていきました。 せりかさんや、マルチちゃん、ふじたけのおねえさんたち、そしてほかの おともだちがまっていました。 「ひろゆきくん、おそかったね。いつもはまっさきにくるのに」 マルチちゃんがそういいました。 せりかさんがちょっぴりしんぱいそうなひょうじょうもまじえて いつものようにかすかにほほえみかけてくれました。 でも、ひろゆきくんはそのえがおをまっすぐみることができませんでした。 「…………」 『ひろゆき君も来たので、出発しましょう』 せりかさんがそういっているのがわかりました。 でも、ひろゆきくんはこえをだすことができません。 せりかさんがちょっとびっくりしたように、ひろゆきくんをみています。 「…………」 せりかさんはひろゆきくんにもきこえなかったとおもったのか、ちょっとだけ おおきなこえで、またいいました。 でも、ひろゆきくんはこえをだしません。 せりかさんはこまったような、そしてしんぱいしているようなかおをしています。 となりのマルチちゃんもしんぱいそうにひろゆきくんをじっとみています。 ひろゆきくんはなんだかとってもわるいことをしているようなきもちになってきました。 そのとき、せりかさんがみんなにもきこえるような、はっきりとしたこえでいいました。 「ひろゆき君、大丈夫?どこか悪いの?」 せりかさんはとてもしんぱいそうな、そしてかなしそうなかおをしています。 そのこえををきいて、ひろゆきくんはもうがまんできなくなりました。 ひろゆきくんはかおをあげると、にっこりとせりかさんにわらいかけながら こういいました。 「もう、だいじょうぶです!さあ、しゅっぱつしましょう!」 せりかさんは、ほっとしたような、そしてうれしそうなかおをしました。 そのかおをみて、ひろゆきくんは、 あしたからもやっぱり、せりかさんのかわりにこえをだそうとおもいました。