〜輝く季節へ〜 「わたしに手話を教えてくれない?」 目の見えない彼女がこう言ったとき、 ぼくは思わずこんな返事をしてしまった。 「見えないんだから出来ないと思うよ」 彼女は見えない目に怒りをたたえて言った 。 「どうして、そう決めつけるの…」 そして卒業を迎える頃には 彼女の手話は講義の通訳ができる位上達していた。 彼女の手を取って手話を教えたひとときは ぼくには心ときめくひとときだった。 脳性麻痺で手がほとんど動かず、声も出せない彼が 手話を教えて欲しいと言ったときも、 ぼくは「手が動かないから無理だと思うよ」と答えた。 彼は、大きくふるえる手で、 50音ボードの文字をなぞってこう言った。 「手話を使いたいんじゃない。 きみと直接話がしたい。 手話通訳を通した声じゃなくて、 手で語るきみの声を直接聞きたい」 親友は車椅子だった。 彼と二人であちこちに出かけた。 ぼくが彼の車椅子を押し、 彼がぼくに手話通訳をしてくれた。 岩だらけの足場を、 彼を背負って登った。 岩山の上の露天風呂に二人で浸かったとき、 彼はとてもうれしそうに笑った。 そして彼はぼくにカラオケを勧めてくれた。 発音やリズムにこだわらないで 心のままに歌う楽しみを教えてくれた。 彼女から、彼から、 ぼくはいろいろなことを学んだ。 あきらめないこと 恐れないこと そして自分で自分に限界をつくらないこと… 彼から、彼女から、 ぼくはたくさんのことを教えてもらった。 だけど 彼女に、彼に ぼくは何を与えることができただろうか 彼は、彼女は、 ぼくに出会ったことで何か得るものはあったのだろうか 車椅子に乗って明るく笑う彼の写真を、 ぼく以外は判別できないだろう たどたどしい文字で描かれた彼女からの年賀状を、 見るたびに、今も思う。