その男は急いでいた。
年の頃は、中年から熟年にさしかかろうというところだろうか。某ジュニア
ヘビー級のプロレスラーと同じ身長だと自慢するだけあって、かなり大柄な男
である。
もっとも、そのプロレスラーと身長と血液型が同じと言うことで意気投合し
て飲み明かしたときには体重ではかなり差があったのだが、最近ではビールの
飲み過ぎと運動不足で体重もかなり近くなってきており、男はそのことをちょ
っと気にしていた。
今、そのプロレスラーもどきの体格の男がいる場所は、東京にある某ビッ○
カメラのパソコン売場である。
「えっと、SCSIカードはどこかな…」男はそうつぶやきながら、うず高く
積み上げられたパソコン周辺機器のパッケージをのぞき込んでいた。やがて、
目的のものを見つけた男は、それを持ってレジへ向かった。
その足がふと止まる。男の目線の先には、アダルトソフトのコーナーがあっ
た。
「ちょっと覗いて見るかな…」一年前なら目もくれなかっただろうに、男は
その誘惑に抗しきれず、そのコーナーへ足を向けた。
一坪程度のさして広くないコーナーであるが、真ん中の台には新作のソフト
がいくつか積み上げられている。どのソフトのパッケージも、とても18禁と
は信じられないような可愛い絵ばかりである。
「変われば変わるもんだなぁ」男はそうつぶやいて、ひとつひとつのパッケ
ージを見ていった。やがて、その目がとあるパッケージでとまる。
「へぇ、これがアイツが今ハマっているやつか…」男はそうつぶやいて、そ
のパッケージを手にとった。
そのパッケージには、可愛らしい四人の女の子が書かれていた。いずれもセ
ーラー服っぽいコスチュームを着た、ウサギの耳のような髪の娘や眼鏡の娘、
活発そうな娘…なかなか魅力的な絵である。
「うん、この絵って、確か、ぱにょーん何とか、というのと同じだな…」
男は、ここ2年半、自らが責任者となって進めてきた大きな仕事が今年7月
末に完成したこともあって、この夏の間は燃え尽き症候群とでもいおうか、ほ
にゃほにゃ状態で過ごしていた。その間、気分転換のためと称してハマってい
たいくつかのソフトのうちのひとつを思い出した。
「そういえば、あれもなかなか面白かったな…」
10分後。
帰社の途についた男の足がふと止まる。
その手には、紙袋がふたつぶら下がっていた。
男は怪訝そうに、ふたつの紙袋を交互に見やった。
ひとつは、確か買いに出たSCSIカードが入っているはずである。
もうひとつの紙袋は?
男は紙袋を閉じてあるテープを剥がすと、おそるおそる中に入っていたパッ
ケージを取り出した。
そのパッケージには可愛らしい四人の女の子の絵が描かれていた。
「………!?」
こんなモノを買った記憶は男にはない。
しかし、パッケージと一緒に入っている、ポイントがしっかりと加算された
レシートは、これを男が購入したことを確実に証明していた。
男は訳が分からずパッケージを手に持ったまま、呆然と突っ立っていた。
くすくすくす…
可愛らしい笑い声に、男ははっと正気づく。
女子高生らしき女の子が二人、声をひそめるように笑いながら、男を避ける
ようにして通り過ぎて行った。
男は、何の気なしに、女子高生たちが見ていたパッケージの裏面を見た。
そこには、可愛らしくはあったが、たくさんの裸の女の子の絵が描かれてい
ることに男は初めて気がついた
あわてて、パッケージを紙袋に戻した男は、足早に職場のある方に向かって
歩き出した。
歩きながら男は考える。
『また、例の突発性健忘症が再発したのだろうか…それとも…』
いくら考えても答えは出てこない。
仕方なく、男は溜息をつく。もともと切り替えの早いタイプである。
「ま、いっか。買っちゃったもんはしょーがない。早速今晩遊んでみるか…」
そう思った男は、うって変わったような、軽快な足取りで歩き始めた。
この一連の出来事は、くらっちの電波で操られた結果であるということを、
男はまだ知らない。
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