2010年10月06日(水曜日)

最近は諸般の事情でオレにしては人と会う機会の多い生活を送っています。それで、よく人に訊かれるのが「ところで、yoichi(仮名)さんはツイッターはやってますか?」。人によってはiPhoneを手に握りしめながら(もしやってればいまフォローしてくれるんだ!)。

「あっ、すいません。やってないんですよ」と答えるたびに、オレは「ああ、またコミュニケーションのネットワークから落ちてしまった」と心寂しくなるのです。まえにもこんなこと、あったなぁ。「ところで、yoichi(仮名)さんはミクシーはやってますか?」...あの頃と同じだ。いや、今回はもっと寂しさ度が高いかも。ミクシーはやってなければ見ることができなかったけれど、ツイッターは、見ることが可能。このあいだ、やはりツイッターをやっていない知人と「他人のツイッターを覗いたときの疎外感ってすごいよね!」と慰め合いましたでした...ははは。

なぜオレがやらないかはともかく、でした、チョン(鋏の音)。

ツイッターは自分の名前で仕事をしている人、個人経営(に近い形態)で屋号を背負っている人には強い味方だと思います。うまく使えている人たち、オレの存在を忘れないでね〜。ただ、昨年の夏頃にその存在を知ったころは、人々はたしか「ツイッター(語尾上げ)」とは発音してなかったような記憶が。多くの人が語尾を上げるようになったころから、私の寂しさはより増したような気がします〜。語尾上げだけは、どうにも気にくわない! まっ、いいけど。

そして私が現在使っている分厚い携帯電話はどう考えてももう寿命がほとんどないので、遠くない日には買い換えなくてはならず、そのときはiPhoneにするつもりなので、その近未来のオレが(語尾を上げずに)「ところで、○○さんはツイッターはやってますか?」と訊きながら「いまここでフォローさせていただきます」みたいな笑顔を浮かべているかどうかは...わからん!

そんなわけでツイッターの枠からは落ちているオレですが、でもなんか新しいものは試したくて、それでGW明けからtumblrを始めまして、こっちにははまっています。どのくらいはまっているかというと、こんにちは、タンブラー正和です、と言いたくなるくらい。

それでですね、tumblrを始めてみて、こういうものででもまたもや「ロック話における人間構図」を味わっていているわけでして、それはどんな構図かというと、オレはビートルズでもディープ・パープルでも少しぐらいは勉強して「話になんとか乗っていける」程度にしているのに、話が少し進んでオレが「...でもオレが一番好きなのはピーター・ガブリエルがいたころのジェネシスとプリファブ・スプラウトなんだけど」と言ったとたん、「なにそれ、知らない」で、話は終了! オレはかろうじて相手の好きなものを知っていても、相手は興味なし、今後興味を持とうという気配もなし。

「ムーンライダーズ...、私は博文さんのソロとかはけっこう持ってますよ。でも私が好きなバンドはモーモールルギャバンって言って」。なにそれ!? チョン。

オレはツイッターについてはけっこう勉強しましたとも。リストの効果的な利用法やTLで「見なかったことにするうまい言い訳」とかあたりまでは、なんとなくわかる。なのに、tumblrはあまり知られてないからツイッターな人から「なにそれ?」と言われて話はチョン...こんばんは、tumblrマサカズです。

まっ、むかしからこんな立場にいたほうがオレはどこか心地好いんですけれど。たとえば「あぁ、すいません。私Macなんで機種依存文字読めないんですけど」で、それでもなんとか皆様とうまくやっていく工夫をして10数年....。でも、そんなオレのMacにも、いまはWordやエクセルが入ってる(でもいまでもなるべく使わないように工夫している)。なんだかな〜〜(by旅人・阿藤快)。

ではでは。


2010年06月29日(火曜日)

みなさまどうもです〜。今晩は岡田ジャパンVSパラグアイ。横浜フリューゲルスのラウル・アマリージャを観たのはいつのことだったか? プロサッカー観戦って、あの1回だけだけれど、楽しかったです。たしか、対横浜マリノス戦。

またもやずいぶんひさしぶりの更新となってしまいました。このスタイルでのホームページを継続するとなると、今後もこんな感じだろうなぁ、よっぽど世界に向かって言いたいことでもないかぎり...じゃ、今日はなんか言いたいことあるんですかね? いや、とくには(ちょっとはあるけれど)。

今年はWitchenkare(ウィッチンケア)というリトルプレスをつくったので、専用のブログを開設しました。やってみたらここより抜群に使い勝手がよくてびっくり! そりゃ、そうだよなぁ。なにしろ自分がいつどこになにを書いたのかとかも調べやすいんだし(逆に、ここでは自分がいつどこになにを書いたかは、巻物を読むように探さないとわかんねぇ!)、ということで一時はoldweb@yoichiってものをつくって過去ログを引っ越しさせようかとも思ったのですが(未遂、形跡は残った)...。あっ、でも付帯して「人気ブログランキング順位」「有効リンク獲得数」なんてものの存在も知って、ほんと、たいへんな世の中にオレたちは生きているのですね。もうすぐ人の一生など全部どこかのサイト(名称はちがうかもしれないが)の記録で調べられるようになりますよ、いつウンチしたとかいつエッチしたとかまで。

前回の書き込みでインターネット関連の本を何冊か「わけあって」調べている、なんてもったいぶって記してますが、はい、Witchenkareに自分が書いたもののためでした。上野由岐子選手が北京オリンピックで超人的活躍をしたころに思うところあって着手して、その後、昨年早々には完成させてと思っていたら「つまらない病気」なんかに関わっちゃって、それでやっと通常の生活に戻って思うところを新たにしてここを更新したんだなぁ、と、いまここでそんなこと書いて、なにか!?  あっ、でももう少し記しておきたいので記しますが、その時点では「(パソコン通信もやや含んで)インターネットに自分が関わり始めてからのことを少しまとめて文字にしておきたい。データではなく、記憶や感触がまだ残っているうちに」と思っていたんですよね。あれのなかにはいろんなことを詰め込みましたが、ネット開始以前と以後の人間関係の距離感、重量感、そして時間の感覚の変化ってことだけはできるだけ自分の実感に忠実にテキスト化しておきたかった、と。でっ、なんで2008年の夏の終わりにそんなことを思い立ったかというと、そりゃオレがたぶん、短くもなく生身の人間やってきたからだと察しますが。

しかし、まだブログも触ったことのなかった私が個人的な調べ物をしているころには、Twitterでは「ドロリッチなう」がすでに起こっていたのですね。ネットの世界の変化はほんとうに早くて(と、書いていてイヤになるくらい月並みな表現なのでちょっとググってきます...帰ってきました、便利!)、さだまさしが「加速度」で「『最後のコインが今落ちたから 今迄のすべてがあと3分ね』って きみはとぎれがちに 小さくつぶやいた」と歌っていたのが1978年、森高(書きたくないから以下略)が「友達さえ彼氏ができたら 冷たいもの カードTEL(でんわ) 残りの度数が変わらない」と歌っていたのが1988年、なんていう、10円玉とテレホンカードのちがいくらいしかないまま10年間も同じ時間の感覚でいられたころとは、なんというか。いま私がWitchenkareに書いたやつを修正するとしたら、登場する若い男はトートバッグからiPadを出したり...、いや、いいんです、あれはあれでああいうものなんですから。

私の「つまらない病気」は今月の検査でも異常なしで、今後の定期検診でこの状態が続けば、それは新たな病気の予防でもあるわけで、まあフィジカル的にはこんな感じで老いが進んでいくんだろうなという感じです。だが、昨年末の誕生日に年齢の10の位がひとつ大きくなったことの証は、その時点では単に数字上のものでしたが、ここ最近、確実にフィジカルにも実感できるようになってきまして、それに合わせた生活スタイルを身につけないときついです〜。つい先日、ほんとうに目が弱ったことを思い知りまして、というのも、もう数年使っている携帯電話の着信で「大谷さん」を「木谷さん」と完全に見まちがえまして。。。ついに遠近両用眼鏡を買いました。いままでぼんやりとしていたものが見えすぎて怖いくらいで、大学時代の仲間と会った際に女性の友人に「○○さんがこのまえとちがって見えます」と言ったら、怒った(陳謝)。...ついでに携帯電話もドコモからiPhoneに換えようか、と。いまの新しいのが手に入りやすくなったら。

ではでは。


2009年05月26日(火曜日)

みなさま、御無沙汰しております。う〜む、なんだか前回の書き込みの後、しかるべき一段落がしたところでなんか書かなければなるまい、とは思っていたのですが諸般の個人的理由が重なり、じっとしたままGWも過ぎていきました。いまさらですが手術は成功し、退院後の経過も寒いころはちと辛かったですが、半袖の季節とともによくなり、いまや日常生活はほぼ病気発覚以前と同じであります。巷間「健康に悪い」とされている嗜好品の類も、ここ(WWW上)だけの話ですが(以下略)。

来月初旬にややめんどくさい検査、その後年末にもう少しめんどくさい検査をして問題がなければ、今回の病気は退治できたことになるんだと思います。手術で身体に残った「キ」という文字をみっつ繋げたような傷も、いまは「ニ」の部分が肌と同色化してきて間抜けな一本線に見えてきたし……。(これは真面目に)ほんとうに、気遣ってくださった方々の気持ちが心に響きました。どうもありがとうございました、そして、心配をかけてごめんなさい。

と、ここまで書いて終わろうとしたのですが、しかし書いているあいだにもなんとも難儀なのが、たとえば段落ごとにコピペして貼り付けなければいけない「<」とか「P」とか「>」のHTMLタグでございます。当ホームページを設立した20世紀末当時にはぴっかぴかに輝いていた山口マナビさまの手によるデザインも、経年とともに最近町で見かけなくなった喫茶店や甘味処のような懐かしさを醸し出し始めていて、いや、じつはね、最近、わけあって自分がインターネットに関わり始めたころからのことを調べるために「ウェブログの心理学」(山下清美・川上善郎・川浦康至・三浦麻子著)、 「インターネットは『僕ら』を幸せにしたか? 情報化がもたらした『リスクヘッジ社会』」の行方」(森健箸)、「ウェブ3.0型社会 リアルとネット、歩み寄る時代」(神田敏晶箸)、「(ハル)」( 森田芳光・丹後達臣著 )といった、少し前の時代の本を立て続けに読んだのですが、いやあ、いろいろ思うところはありました(なにを思ったかは秘〜密)。とりあえずこれらの本のうちのどこかで何度か書かれていた「いまやグーグルでの検索上位にヒットしないコンテンツはWWW上に存在しないに等しい」みたいな意見に、少し安堵しました。だって、グーグルで「外道」「yoichi」をセットに検索すると、おれンちのコンテンツが今日現在でトップヒットですから! そんな言葉の組み合わせでググる必要のある人が、いったいこの世界に何人いるのかは、とりあえず考えないようにしといてね。

ということで、ラッキーにも手に入れた「余生」をおもしろく使うため、これからも存在しないに等しい小さな小さな声でときどきはなにかを世界に発信します、たぶん。さてと、だいたい本文も書き終えたので、TEXTを保存してバックアップ用にコピーしてブラウザで表示具合を確認してFetch4.0.3J1(MacOSX)を使ってFile Transfer Protocolサーバに送らなくっちゃ……って書きながら、この説明が合っているのかどうかさえもうわからなくなってきた2009年の初夏。


2009年02月05日(木曜日)

あははみなさままたまたおひさしぶりですおかわりありませんか? オレはあいかわらず……ってこの間のことを書こうと思えば、そりゃいろいろあるわけですが、それはまた後日ということにして、それでまあ、書かないでもいいかなとも思いつつ、でも最小限にちょっとだけ書いておきます、あいかわらずでもないことがちょっとありますので。

昨年冬の健康診断でちょっと引っかかって「オレにとってはつまらない病気」が見つかり、明日から2週間弱入院して治してきます。帰ってきたらまた、なにか書きます(可能なら、入院中も掲示板のほうに、携帯からなにか書くかもしれない...)。

入院生活はきっと退屈との闘いだと思うので、以下の34冊を鞄に詰め込みました、その日の気分での選択肢は多い方がいいので。さぁて、何冊読んで帰ってくるのか??

ではでは。

【単行本】
01.東京の男の子(安彦麻理絵、大久保ニュー、魚喃キリコ)
02.ジャップロックサンプラー(ジュリアン・コープ)
03.四十日と四十夜のメルヘン(青木淳悟)
04.ラーメン道場やぶり(江口寿史、徳丸真人)
05.街場のアメリカ論(内田樹)
06.知の教科書 「ニーチェ」(清水真木)
07.冗談(ミラン・クンデラ)
08.介護入門(モブ・ノリオ)
09.人生は愉快だ(池田晶子)
【文庫本】
10.ヴァージニア(倉橋由美子)
11.みんな元気。(舞城王太郎)
12.最後の息子(吉田修一)
13.脱獄王 白鳥由栄の証言(斎藤充功)
14.ゆで卵(辺見庸)
15.僕のなかの壊れていない部分(白石一文)
16.櫂(宮尾登美子)
17.きらきらひかる(江國香織)
18.YES・YES・YES(比留間久夫)
19.離婚(色川武大)
20.対岸の彼女(角田光代)
21.枯木灘(中上健次)
22.ニコチアナ(川端裕人)
23.明治開花 安吾捕物帖(坂口安吾)
24.さだめ(藤沢周)
25.ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と陰(内堀弘)
26.下北沢 さまよう僕たちの街(藤谷治)
27.人間失格(太宰治)
28.バイブを買いに(夏石鈴子)
29.微熱少年(松本隆)
30.プレーンソング/草の上の朝食(保坂和志)
【マンガ】
31.百億の昼と千億の夜(光瀬龍、萩尾望都)
32.攻殻機動隊(士郎正宗、押井守)
【雑誌】
33.サイゾー2009年2月号(タブーなき闘論スペシャルetc.)
34.rockin'on2009年3月号(2000年代ロック・シーン徹底総括 !! この10年を揺さぶったロック事件簿2000年〜2009年、必殺の120枚はこれだ etc.)


2006年12月18日(月曜日)

みなさま、おひさしぶりです〜。おかわりありませんか?

4年前のいまごろyoichiさんWRITES;
> でも、その「積み残し」は、くさい言いかたを
> すれば来年の課題とか目標とか、あと、やりが
> いとか、そんなのでもあるかもしれず。

あはは、「積み残し」はあいかわらず積み残したまま、穏やかで暖かな歳月だけが流れました。年齢を重ね、日々の雑事にかまけているあいだに「積み残し」ているものの重さにも慣れちゃったりするんです。あるいは「積み残し」ているものの存在を忘れてしまっている時間の比率が多くなるとか。かくして俺はどんどん厚顔無恥になり、今日も呼吸をしています。とりあえず、呼吸。

まあ、それでも、昨年のいまより少しくらいまえごろだったか、たしか掲示板に「来年の春もいまと同じような生活をしている自分は想像できません」みたいなことを書いた記憶があって、でっ、じっさいは春も夏も秋も、そして現在も、昨年のいまより少しくらいまえごろの延長線上のような生活をしてはいるのですが、しかし「延長線上のよう」ではあっても、似て非なるものなんだったってことを、いまはなんとなくわかっています。mmm、「なんとなく」というのもなんなんですが、つまり私は生まれつき頭が悪いので「いま起こっていることの意味」みたいなことがリアルタイムでしっかりとは把握できないのです。ものごころついたころからそういうことの本質みたいなものが輪郭をくっきりさせて理解できてくるのは、もう少し時間が流れたあと。きっと今年あったいくつかのできごとについて「なるほどそういうことであったか!」と実感するときがくるのでしょう、しばらくすると、たぶんね。

というわけでそんな今年でありましたが、思い返してみると今年ってやつは、春先から天気もはっきりしないままずるずると過ぎていきました。そしてそんな今年の春のなかにいたはずの俺には、けっきょく仲間と集まって花見、なんて機会もないままだったなぁ。今年の桜の記憶...。林試の森公園で小一時間ぼけっとしたけれど、なんか、木枯らしに花弁が舞っていた。そんな感じで春が終わって、そのあとも昨年や一昨年と同じように飛行機に乗ったり新幹線に乗ったりパソコンに貼りついたりしていた俺は「延長線上のような延長戦」をこなしてきました。食うに困らない程度の日常生活は維持でき、ロックのCDはあいかわらず増え続けています。ですが、だがっ、しかし! 今年起こったいくつかのできごとは、まちがいなく現在の私になにかを囁いている。それはすごくはっきりとなんとなくわかるのです。どんな囁きかというと、ええと俺は1回くらいしかちゃんと番組を見たことがないので正確にはわからないのですが、たしかビートたけしと渡辺真理が司会をしているテレビ朝日の病気のバラエティ番組のナレーションみたいな感じ。「このまま放っておくとたいへんなことになりますよ〜」みたいな、不吉なおばさんのアレに似ているような気配です。

ちょっと意味不明のことを書いてみますが、しばらくまえに起こったあるできごとも「そんな今年」でした。私の知り得ないインターネット上のどこかに掲載されたらしい善意の表現者の邪気のないコンテンツの予想外の副作用がきっかけになっていろいろなことがあって…、なんだか自分の掲示板にさえしばらくなにも書く気が起きなかったなぁ。その期間に私を気遣う書き込みをしてくださったみなさん、ほんとうにありがとう&不義理をお許しください。そしてそのことそのものについてはきっかけのせいにする気などまったくなく、まあ、ぼくにできるだけの光をあつめてとりあえず自己流に呼吸をしている今年の年末ですが、そんな今年もあと2週間なんですね。なんということだ!!

ずるずる、ずぶずぶ、ぴしっ。

書き込みをさぼっていたここ数年の私を音で表現してみました。そして老朽化し厚顔無恥度を増し続ける俺は、今後どのツラ下げてお天道様のしたを歩いていけばいいんでしょうか。…、どんなツラか、贖罪にもなんにもなりませんが晒してみましょうか。このクソ忙しい時期に嬉しそうな顔して刀削麺を湯に放り込んでいる俺…。

ではでは。



2002年12月31日(火曜日)

あはは、すっかり更新を鈍らせたまま、今年も終わり! なんだか今年は「積み残し」だらけでして、でも、その「積み残し」は、くさい言いかたをすれば来年の課題とか目標とか、あと、やりがいとか、そんなのでもあるかもしれず。ということでみなさん、いろいろとお世話になりました。来年もよろしくなかよくしてください。よいお年を。

あっ、でっ、2003年といえばひつじでして、ひつじといえば、そりゃ「ブロードウェイに羊が一匹横たわってる」というタイトルの、↓のアルバムでしょう! もう四半世紀もオレの生涯ベスト1なんででございます。

ではでは。



2002年07月21日(日曜日)〜07月28日(日曜日)

え〜、イタリアはローマとミラノにいってまいりました、ボンジョルノ。今回は、なんというかもののはずみといいますか、ほんと、ものごとがはずんでいるうちに「えっ、私がローマとミラノに!」という感じでいくことになりまして、そういうことになった以上はおもしろがってしまおう、ということでとても快適な日々を過ごしてきましたが、しかし、まあこういうのも海外旅行とか海外経験というのではありましょうが、オレ的には海外旅行というと「よし、ここにいこう」と自らの意志で行き先を選んでいったものが海外旅行であるような気もしまして、でもまあ、楽しかったし写真を撮ったりもしましたので、ここに少しばかり記録、記録。

まさか自分がローマだのミラノだのっていうところにいく、なんてことは、いままで想像したことがありませんでした。だって、イタリアって、私的にはP.F.M.(プログレバンド)の国、ってイメージしかなかったし。だいいち、ローマとかミラノって、なんか、かっこよさそうで、気が引ける〜、と。歴史と芸術とファッションとグルメ、mmm。自分のよくわからないものは、とりあえず「関心ない」「なんか、嫌い」というスタンスでいよう、と。

しかしそんな気分は、空港からローマの旧市街に入ったとたんに消えましたね。とにかく、なんか、すごいとこにきちゃった! と、窓の外の風景をあっけにとられて眺めていました。ほんとにもう、ローマは一日にしてならず。もうちょっと近代的な高層ビルとかがあるところかと思っていましたが、そういうの、ないんです〜。んで、町のあちこち、たとえば、渋谷のスペイン坂を降りたら、突如そこにこんなの(↓)が!


みたいな感じです(そもそも西武系東急系みたいなビルがない以上、むちゃくちゃ無理のあるたとえなんだが...)。区画整理もあんまりされていなくて、けっこう迷路系。こんな街並みは、一度壊してしまうともう二度とできない、って感じです。しかしながら今回は勉強不足でいったため、どこにあるなにがなんなんだか、さ〜っぱりわからず。どれをみても、いわば「古くて(なかにはとてつもなく古いものも!)立派な建造物」(^▽^。)。

21日の午後1時のJALで日本を発ち、同日の夜9時ごろ(時差は+7時間なので午前3時)にローマで初めてのごはん! わけあって焼き鳥と刺身盛り合わせと冷やし中華です。このことは一生忘れません!! 午前1時頃に就寝。翌日はローマのオシャレなブティック街らしいコンドッティ通りやスペイン広場周辺で過ごしました。パリのカフェみたいなものをイタリアではバール(BAR、まんま読み)ということを覚えました。とにかくどこがどう有名な観光地なのかもわからないので、とりあえず近くのスペイン階段とかいうところで写真も撮ってみました(↓)。


夜、ちょっとおしゃれなリストランテにいき、ナポリ風サラダというメニューに入っていたウズラの卵のような白い球体をフォークで刺して食べ、「これはなんの卵?」とツノダさんに訊いたら「モッツァレラですけど...」と言われました。

23日はアリタリア航空の国内便でミラノへ。ミラノは少し近代的な感じのする町でして、でもここも素敵! オレはイタリア、好きみたいです。この日はミラノのオシャレなブティック街らしいモンテ・ナポレオーネ通り周辺で過ごしました。午後八時過ぎにミラノで初めての夕ごはん(昼はおいしいボンゴレと生ハムメロン)! わけあって刺身の盛り合わせとボトルキープした焼酎、そして腐臭のするシメサバの乗ったちらし寿司! このことも一生忘れません!!

翌日は午前中に「最後の晩餐」を見にいきました。大きな絵でした。どれがユダなのかわかりませんでしたが、でもとにかく本物はすごかったです(小学生の作文)! その後ドゥオモの近くをぶらぶら。レコード屋さんで、前日の夜、ホテルのテレビ(MTVのようなやつ)でチェックしたIぽっぷのCDを片っ端から試聴し、10枚ほど購入。なんか、女の子の歌はどれもエッチっぽい印象あり。いい感じ〜、なんですが、ほんと、Iぽっぷ、と呼びたくなるような曲調でしてね〜、どこの国もチャートものはこういうの多いんだね〜。

とくに、テレビでエッチな雰囲気が気に入ったPaola&Chiaraの「Festival」ってのなんですが、映像がないと、ほんと、「なぜオレはこんなのを買ったのだ!」という徒労感びしびし。しかも日本に帰ってきて渋谷HMVでチェックしたら現地より安く売っていて、が〜〜ん。


あとはリナセンテというデパートでフォークとナイフを買ったり、ジェラートを食べたり、ひとりで地下鉄に乗ったりもしてみました。地下鉄ってクーラーは効いていないんですが、けっこう大丈夫。外も30度以上で暑いことは暑いけれど、でも日陰にいればつらくはなく、東京のヒートアイランド状態、異常ですよ〜〜。

夜、エア・ワンの国内便でペスカーラという町へ移動、ペスカトーレに似た名前だと思ったら、やっぱり漁師町みたいで、シーフードドリアのうんまい! のを食べたりして、さらクルマでにペンネという田舎町に移動。町に一軒、とかいうホテルは古城を改装したものでした。部屋にはベッドがみっつ! 部屋にはオレはひとり...。

翌日はクルマでペンネからローマへ。この日の夕食はホット&サワースープと五目焼きそばでしたが、これはオレが「もう胃も疲れたし〜」と思い、ひとりでこっそり食べにいったもの(ビールとデザートのスイカも入れて1200円くらい)。美味でしたが、しかし、なんか、ヨーロッパとかでアジア系レストランにひとりで入ってこういうのをそそくさと食べると、うらさびしい気持ちになりますな〜。

さらに翌日は、さすがにオレでも名前を知っているヴァチカンにいってみました。でっけぇ〜! それで、なんか、「E.T.」のモデルになったとかいう指と指のくっついた有名な絵を見ようと思って列に並んだら、なぜかそれは大聖堂のクーポラ(丸屋根)への登り口への列...。ありゃりゃ、と思ったもののせっかくだからエレベータに乗り、その後さらに螺旋階段を。お〜い、いつまで螺旋し続けるんだ〜とエンドレス地獄を体験しましたが、その階段(上にいくほど狭い)の途中に、おそらく明かりとりのための窓がありまして、そこで思わず、「窓からローマが見える」...。池田満寿夫は、もしかしてここを歩いて?? こんなふう、なんですが(↓)。


それで、苦労して登りきって、なんか、泥棒が屋根まで逃げのびたみたいな気分がしました。風が気持ちよかったです。でっ、見えた景色は、こんな(↓)。


それでですね〜、クーポラの上の外壁で、ふとこんなものを発見(↓)。


青木俊介と咲子は新婚旅行でしょうか? 落書きはやめましょう、ローマ法王に怒られます、たぶん。けっきょく有名な絵(システィーナ礼拝堂にあるミケランジェロの「アダムの創造」、と後知恵)は、クーポラで疲れてしまったので見ませんでした。

そして、なんだか楽しかったローマも最終日。朝起きてテレビを見ていたら、なんか、ものすごく衝撃的な女が、通販番組で視聴者に向かって売り込みをしていて、思わずデジカメで撮影。「このパンツをはくとあなたもスタイルバッチリよ〜」みたいなことを叫ぶように訴えていたのだと思います〜。どうよ、この、すげえ女(↓)。



けっきょくイタリアではあんまりオシャレな買いものとかもしなかったのですが、でもなんにも買わないのもなんだしと思い、リュックサックをひとつ買いました。MANDARINA&DUCKというタグがほんの小さく付いている、茶色い地味なやつです。本人は「すご〜くイタリア」しているつもりで、自己満足して持って歩いていますので、もし今度どこかでお会いして「いいカバンですね」とか誉めてもらえると、すごく喜んでジェラートのひとつくらいは奢っちゃうと思いますよ〜、チャオ!

ではでは。


2002年05月03日(金曜日)

あはは、これが2002年の初書き込みですか、もうGWじゃん! 今年はえーと、まあなんとなく、体温低めにここまで生きてきています。特記事項はなにもない冬〜春をやり過ごし、なんだよ、今年もあと半分ちょっとかよ! さすがに体温低めの日常にも少し飽きてきましたから、後半は体温を上げて頑張りたい、と思うようになってきつつある今日この頃だからなのでしょうか、なんか、今日は一日布団に突っ伏してました、ね、熱がある!

先週末ぐらいからどうも咳が多発し、煙草を吸うと肺が、なんか、ぐお〜っと熱い感じだったのです。それでもてきとうに楽しく週末はおでかけしたりしていたんですが、30日の夜に咳が止まらなくなり、けっきょく朝までうとうとしたまま苦しみまして、それで、mmm、このままパブロンとかビタミン剤とか飲み続けていても長引きそうだし、いっちょ医者にいって強いクスリを出してもらって、と決意し、睡眠不足のまま近所のF医院まで自転車飛ばしましたですよ、朝8時30分、なんか、患者が多い! 朝8時30分。こんな朝っぱらから、オマエら、世間はGWだっちゅうに、他にいくとこないんかぁ??

それでですね、待たされること2時間弱で、やっと診察室の中にある待合い椅子(っていうのか?)に入りまして、そろそろオレの順番というときに、医者らしき声がカーテンの奥から聞こえてきて、「この人、先にレントゲン撮って」とかなんとか。たぶん受付で記入させられた用紙にオレが「肺が痛い」と書いたからだと思いますが...。そんで、診察室の外の椅子まで戻されちゃって、レントゲン。その後また名前が呼ばれるまで、なんと1時間弱、やっとお医者さんに会ってもらえましたが、医者曰く「肺が少し汚れているみたいだけど、煙草は吸いますか?」。オレ、迂闊にもちょっとイライラしていたので、「まあ、1日40本くらいですけど」。医者「それは、一度検査したほうがいいね、CTの検査やるから、今日は時間あるの?」オレ、迂闊にも「ええ、まあ」。医者「じゃ看護婦さん〜。あっ、GWだからねえ、検査結果はええと、10日以降ね。 それから、血も検査しとこうか。じゃ、お大事に」。オレ「あの、じゃ、今日は、検査だけですか...」。医者「あっ、じゃクスリも出しておきましょう」。この間、約10分ですか。

その後、寒い検査室で半袖1枚にされ、40分くらい放置されました、「イキヲトメテ、ソノママ、ラクニシテ」という機械声の指示に従って。CTスキャンの円柱の中でも咳が止まらなかったです。検査終了後、採血までまた30分ぐらい待たされ、やっと会計、ここでまた30分、そして「今日は9110円です」。処方箋を持って薬局にいき20分後に念願だった強いクスリをゲット! 「2150円です、お大事に」だってよ!! 2時近くになってひとりで飯を食べ、やっとクスリを飲みましたが...。

なんかね〜〜、オレはほんと、早くクスリが欲しかっただけなんですけれど〜。検査結果なんて、どうでもいいの〜〜。煙草をやめる気はさらさらないし〜〜〜。

ではでは。


2001年12月31日(月曜日)

う〜〜、というわけで今年もなんとか生きながらえました(まだ半日あるけれど)。これから実家に帰ってのんびり新年を迎えます。明日夜か明後日午後には戻ってくる予定。今年一年お世話になったみなさま、どうもありがと〜〜、よいお年をお迎えください! そして来年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m。

ではでは〜。


2001年08月24日(金曜日)

う〜、この夏は自分が老衰しつつあることを実感させられるようなことがいくつかあったわけなんですが、今日もまた...。じつは、なーんか体調がすぐれずお昼ごはんもなんとなく食べないまま暗くなって(途中昼寝した)、がっ〜、こんなことじゃいかんでしょうなんかうまいもんでも食ってパワーアップだぁ〜と思い、短パンサンダル履きで近所の飯屋(山福林)へGO! ワイルドな気分でメニューを眺めてひさびさの「ふたつ食い」にチャレンジしました。ふたつ食いっちゅうのは、まだ若かりし頃しょっちゅううやっていた、つまりお蕎麦屋さんなら「カツ丼とざるそば」とか「たぬきうどんとカレーライス」とか、そういうのです。安め〜中くらいの値段のやつをふたつ組み合わせてリッチな気分に浸るという幸せなやつですな〜〜〜。中華屋さんなら「焼きそばとチャーハン」とか「中華丼とラーメン」とか。ちなみに「上天丼と鍋焼きうどん」や「チャーシューメンと天津丼」だとなんかインフレぎみ〜でふたつ食いというより「贅沢!」って感じでしてふたつも食うんだから値段は1500円超えちゃまずいだろう、足して(と、オレ的倫理観はこのへんにあったりして...)。あっ、でもいま書いていて「青椒飯とワンタンメン(あるいはジャジャーメン)」って組み合わせはなかなかよさそうと思ったんだけどでもこれじゃ1500円超えそうだな〜って、話がちっとも進まねえ...。

というわけで今日はシーチキンオムレツ定食にサイドオーダーとして単品の肉もやし炒め、さらにキムチまでたのんだんですが、現物がきて参りました。頭の中だけでの食欲だったんだよねーーー。じっさい箸をつけてみると、きついきつい。もうだめです。ふたつ食いができないカラダになってしまっています。つけあわせの野菜を残したり水を三杯飲んだりしてなんとか「残しちゃった...」ってな感じじゃない見た目にまで腹に収めましたが、死にそうです〜。そういえば6月頃にも「カツ丼とざるそば」に挑戦して同じように後悔してたんだ...............。もうダメです、ふたつ食いどころか、ラーメンと餃子とか天ぷらそばと半ライスといった1.5食いだってできないような気がします。きっともう寿命がエネルギーを必要としていないんです〜。このまま老衰が急速に進んで、きっと持ってもあと夏なんて2回か3回しか迎えられないんだわっ....。バイバイ!(ってなこと書いてて、明日も月曜日も「おいしいもの食べにいく企画」があるんですが(^▽^。)。

あっ、それから最近、ロック系雑誌やライナーの細かい文字が、目がシバシバして読めません...。去年買って寝ころんで読めた本がいまは読めないんだから、どうやら老眼が急速に進行中か???

ではでは〜。


2001年07月05日(木曜日)

えーと、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とよく言いますが、今日のオレは「聞かぬは後になってパニック、知り合いに迷惑かけまくり大会」を実感しましたです。というのも、過日ある人と話していてその方が「アフォーダンス」という言葉を数回口にしたのでして、 そのときの私は「あ〜、聞いたことある言葉だけど、でも、よくわからないけど、でもでも、それどーいう意味ですか、とか尋ねたらバカだと思われそうだからてきとうに相槌打っておいてあとで調べよう」とか思って、それで今日までそのことも忘れていて、んで、さっき急にアフォーダンスの意味がわからないとどうしようもない事態に陥りまして、それで慌てて10年くらい前の外来語辞典とか見たら、ない!! インタネでは、オレはてっきり「アホーダンス」(松田優作の映画は「アホーマンス」?)だとマヌケな思いちがいをしているから、サーチしてもちっとも出てこなく、わー、マジ困った。それで、困ったときの人頼みで、知り合いの、そのテの方面に明るそうな人に電話大作戦〜。けっきょく2年前のイミダスで調べてくださったNさんのおかげでピンチを救われました〜。パニック電話をかけてしまったみなさま、どうもすいませんでしたm(_ _)m。こんなパニックは数年前の「えーと、くちばしで青い水をつつくガラスの鳥の置物ってなんて言うんだっけ?」パニック電話かけまくり騒動以来でした。ということで、

おれはほんとに阿呆ざんす〜

みんなどうもありがと〜、ロックとかだったらなんでも聞いてね〜、ではでは。


2001年06月05日(火曜日)

今日はわけあって超美人フランス人! の家におじゃましてきました。超美人フランス人! は大正時代に建ったまわり廊下のある日本家屋(平屋)を上手にアレンジして住んでおられ、笑顔で(ノースリーブ&ポニーテールで!)迎えてくださりました。面と向かって1時間弱お話をしたのですが、超美人フランス人! のお顔をしげしげ見られる機会などめったにないので、とても幸福な気分になりましたm(_ _)m。日本家屋はじつにいい雰囲気でしたが蚊が多く、話の途中、超美人フランス人! はなにげに手を宙に突き出し拳をぎゅっと握り、ぱっと開くと白い手のひらにはつぶれた蚊。超美人フランス人! は「やった」と嬉しそうに笑顔をつくり、奥の部屋へいって、きっとティッシュかなにかで手のひらを拭いていたのだと思います。私は彼女の「やった」と言った瞬間の動物的(肉食系)なすてきな笑顔(ニコッ、というよりニヤリ)を一生忘れないでしょう。そうそう、日本家屋の玄関はきれいにかたづいていたのですが、赤と白の大きな帽子ケースが10個ほど交互に積んであり、さらに壁の高いところには赤と白の布袋(巾着型)がいくつも、やはり交互にかけてあり、その中にはどうやらハイヒール等が入っているらしく、mmm、こういう収納のセンスはすげ〜〜ぇとびっくりしました。

ではでは。


2001年04月16日(月曜日)

先週の土曜日に吉祥寺で9,980円のレコードプレイヤーを買いました。じつは思うところあって1996年頃にレコードプレイヤー(テクニクスのDJさんが使うやつ)を売ってしまい、以後いま暮らしている家にある200枚弱のアナログ盤はたんなるインテリア(っていうか無用の長物)だったのですが、そういう生活もなんだかなあ、と思い、つい買ってしまった。それで「フィジカル・グラフィティ」とか「バンド・オン・ザ・ラン」とかを聞いてひとり勝手に盛り上がっているのですが(なんと自分でつけた傷の音が懐かしかったり)、えーと、ハードがあれば、ソフトがほしくなるものでして、今度実家にいったら押し入れからキモのやつをごっそり持ってくるつもり。全部持ってきたいけれど、そんなことしたら、家の壁がなくなります! 何枚押し入れで眠っているのだろう? 数えたことないからわからないけれど、CDよりは多いはず...。いまはロイ・ブキャナンの「LIVE STOCK」を聞いています。んで、次はくられんすくらきまいちゃん(駄洒落!)にジャケをぱくられたやつをかけます。

あの〜、ほんものはクラレンス・クレモンズの肩にニュージャージーはフリーホールド生まれアズベリーパークの「ストーンポニー」でブイブイいわせていたダンナが寄っかかっているんですから(-_-メ)。プリファブ・スプラウトのパディ・マッカルーンが彼をおちょくるのは大賛成ですが、まいちゃんの親分の長門なんとかは豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ(梅宮アンナのダイエットペプシのCM見て「なんか、モー娘。の曲に似ている」とか言わないでね!)。

しっかし、見開きをどか〜んと置くと、おい、アナログって場所とるなあーーーーー。

ではでは。


2001年04月13日(金曜日)

が〜〜ん。じつは数日前、学生時代から愛用していたGRECOのテレキャスターのヘッドがカキッ、と逝きました。お〜い、1、2弦の糸巻きが、本体から分離してしまったではないか! なぜそんなことになったかは書きません(きっぱり!)。う〜、でも、オレは悪くない(意味不明!!)。

ほんとうはデジカメで写真を撮ってアップし、この悲しみを全世界のギタリストに訴え、同情してもらいたいのですが、が、しかしいま現在、うちはデジカメとパソコンを繋ぐことができない環境であり、それもかなわず...。

いや〜、ここ数年ギターを楽器ではなくインテリアにしていたバチがあたったか...。いまはとにかく、リペア関係の最近情報などを広く募集したい気持ち...。ちなみにテレキャスといっても、材質はコアという珍品です。

しっかし、カキッと逝った瞬間は、悲しすぎて声も出ず、そのあまりの悲しさに妙にさばさばした気持ちになりました。

ではでは。


2001年04月09日(月曜日)

えーと、やっとちょっとヒマになったものだから、ここ数日けっこう欲望に忠実な日々を送っておりまして、いまは先週キラー通りのはずれの呼び鈴をならさないとお店の人が出てこない店で買ったままキャニスターに放り込んでおいたブルーチーズのクッキーに先日のお花見で食べ残しで持ち帰ってきて冷蔵庫の隅で死んでいたチーズを乗っけて食っているんですが、これが、酒のつまみとしてばかうま! ちなみに酒はワインではなく(というかむかしからワインは体質的にあまり得意ではなく...)、スコッチウィスキー。あーこんなことしてるとデブが止まらない、と思いつつ、やめられません。

ではでは。


2001年03月25日(日曜日)

すっかり春めいちまいまして、ほんとうならいまごろは昨年末から(うんにゃ、秋から。いやほんとうは3年くらいまえから)引きづっているばたばたが一段落してのんびりしているはずなのに、まだもう2週間くらいは後ろ髪をがっちり握られた生活が続きそうでして、おーい、髪の毛握ったままさらに振り回したりしないでくれよ〜。

というわけですが少しずつ生活のペースが平常に戻りつつあり、今日は吉祥寺でなかなかいい感じの自転車を見つけたので買いました。打合せの名目で引っぱり出したひょろりさんとotak-yさんにもつきあってもらって。あっ、今日のひょろりさんはプジョーの自転車を軽やかに乗りこなし帽子がおしゃれでした。otak-yさんは散髪後のようでメガネの奥に爽やかな知性がきらり。このふたりを待たせて自転車の選定からチューンナップ(お買い物カゴやらダイナモのライトetc.取り付け)まで小1時間、いやいや申し訳ござんせんでしたm(_ _)m。1万6,800円の自転車が、けっきょく2万6,000円くらい...。

それで吉祥寺から井の頭通りをギコギコ走って帰ってきたんですが、いやあ、20インチの自転車ではちょっときつかったです。霧雨が降ったり止んだりしていたし。永福町を過ぎたあたりでさすがに少しバテ気味で、環7に入ると暗くなり、雨も強くなってきて、あっ、テレビとかで有名な博多ラーメンの「なんでんかんでん」だ、くっせ〜!

それで私は子どものころ福岡に住んでいたこともあるのであのくささにちょっと引かれたりもして、お昼をちこっとしか食べてなかったこともあり、買ったばかりの自転車を停め(さすがに鍵をかける)、店内に、くっせ〜。

「なんでんかんでん」のとんこつラーメンは、子どものころ博多で食べたラーメンにかなり近い味のような気がします。東京から引っ越したばかりのころは、あのにおいにびっつらしてしばらく食べられなかったなあ。

って、いまテレビをちらちら見ていたら、あっ、まさとが出ている! 「恋のぼんちシート」。そうなんですよ、山本さん! (しばしテレビを見て)...、あんまおもろうなかったでっ!

それで「なんでんかんでん」なんですが、しかし、あのラーメンが1杯700円って、mmm、そんなもんですかね。このデフレスパイラルな世の中(ってベタ)、ラーメンってけっこう「ごちそう」なんですね、はあ〜っ。ひとむかしちょっとまえコーヒーの値段がどんどんインフレって町のふつうの喫茶店ががんがん潰れてコーヒー専門店ばかりになって(「カフェ・ラ・ミル」とか、ケーキ&コーヒー×2で3,000円近くしなかったか?)そんなこんなでドトールとかが出てきてスターバックスが出てきて、みたいなことがラーメン屋さんにも起こるのかな??

私の住んでいる下北沢ってラーメンとかおそばについてはひじょうにしょぼい町でして、というのもオレの好きなのが「素っ気ないしょうゆラーメン」だったりするからってこともあるんだけれど、そんな下北沢に最近できたラーメン屋さんが2軒、1軒は「桜吹雪が風に舞う」!!! もう1軒は「ガチンコ真剣勝負」!!!!

なんっすかねえ、このネーミング...。 どちらも店の前にテレビ置いたり雑誌の切り抜き飾ったりして、能書きばかり。クレイジーだなあ...。...、といいつつどっちも食してみました。まずかった、というより、大げさすぎて気圧されましたです。もういかない。

オレが東京で一番おいしいと思うラーメン屋さんは、銀座松屋の裏にある共楽という黄色い看板のお店です。のっぽなおじさんが手際よくつくってくれる素っ気ないラーメンに胡椒とごま油をちょろっとたらして、さっさと食べるのが好きですな〜。値段は、えーと、550円だったかな?

ありゃりゃ自転車の話がけっきょくラーメン...。んで、テレビの漫才は大木こだま・ひびきがおかしかったです。「冷蔵庫や〜」。

ではでは。


2001年01月19日(金曜日)

年が明けていまごろになってやっと更新してますが...。みなさんあけましてです。今年もよろしく楽しくよろしくです。

それで、先日「ネットでコミュニケーションする」なんて文章をとあるところで書いたのですが、書いてから、「あれ、ネットでコミュニケートする」が正しいのかも知れないなぁと、何度か思ったりしました。文法的にはどうなんでしょうね? 私的にはどっちでもいい、いや、「コミュニケーションする」のほうが、私の大好きなTENSAWの歌詞みたいでかっこいいじゃん、って気分ですが。

TENSAWのヴォーカルの田中聖一(セイボー)は、「日本語」をロックに乗っけるのが抜群にうまいのでずっと好きです。セカンドアルバム「Delicate Motion」に入っていた「SHINING STAR」の歌詞の出だしは、

COMMUNICATIONしたい お前の心つかむさ

イエ〜イ! やっぱ「ネットでコミュニケーションする」でよさそうじゃないか。「セックスする」「お茶する」「タバコする」「お財布する(掏摸)」。

さらに同アルバム収録の「WINDOW」の歌詞は、

Woo I'm So LONELINESS

イエ〜イィ! これはつまり、歌詞カードのほうが悪いんであって、 セイボーは、「Woo I'm So....(言葉が継げないので、ひとまずピリオド。そして、叫びたくなって)ロンリネス〜!」と。

対訳すれば、

オレはよぅ、ほんとに...。「孤独〜!」(って気分なんだよ〜)。

なわけですな。文法的に問題なし。歌詞カードのまちがい。 でも、アルバムが発売されてしばらくして以降、セイボーはステージで、

Woo I'm So LONELY

と歌うようになりました。きっと気分で歌詞を変えたくなったのでしょう。

ではでは。


2000年12月18日(月曜日)

1年半くらい使っていた黒いカバンですが、金具が壊れちゃったんで、新しいものにしました。それで、なんか、世紀も変わることだし、ってことで、ここ10年くらいリュックサックだったのをやめて、縦長四角の手提げカバンにしてみました。なんか、ランドセル系って、両手が使えて便利なんだが、けっこう肩こりの原因なのではと思え、っていうか、ちょっと、飽きた、秋田県。

それで、カバンを買えると、きっと忘れ物やら落とし物をすることになるんでしょうが、それでも、なんか、気分いいです。あっ、いちおう肩に掛けることもできるのですが、でも、それだとオヤジっぽいので、ムリして取っ手を持って歩いてます。取っ手を膝の前で両手で持って内股でチョコチョコ歩く師走の道。

ではでは。


2000年11月09日(木曜日)

今日はわけあって天王洲アイルにいきました。JR品川駅から歩いていったのですが、いやぁ、あの辺の再開発はすごいことになっていますね。なんか、電車を降りてからずいぶん長いこと建物のなかを歩いていました。ゆりかもめ沿線もすごいことになっていますが、とにかくどこもかしこも「スターバックスコーヒー」が似合いそうなところになってきていて、すごいことです。あと何年かするとスタバも珈琲館チェーンやマイアミやtomorrowやコロラドやイタトマやドトールみたいに古くさく感じられるようになるのでしょうか? それで天王洲アイルは数年前のかっこよさがとり残されたという趣でしたが、とにかく私はナイキの社販専門ショップに入りまして、店内はナイキブランドがすべて半額でして、私は「どうせだから」と思い目がついたなかで一番高くて異様な形状のスニーカーに手を出しました。AIR FLIGHTPOSITE Bというやつでして、シルバーメタリックと黒のツートーンでして、靴紐を結んでから外側のチャックを閉めるようになっていまして、もう、履くのがめちゃくちゃめんどうくさいので、さっき紐を外しましたが、自分の足がペプシマンのようで変な気分でして、なんか、雨の日にでも長靴代わりに履こうかな。そして天王洲アイルからモノレールに乗り浜松町で山手線に乗り換え、新橋で銀座線に乗り換え、外苑前で降りて青山通りを歩いているとまえから高見恭子がスーツの男と2人で親しげに歩いてきましたが、あれ高見恭子ってプロレスラーの相方ではなかったでしたっけ、と余計なことを考えまして、それで、その後、表参道から半蔵門線に乗って渋谷で井の頭線に乗り換えるときにすれちがったのが、交通事故もみ消し疑惑で有名になった創価学会批判の白川勝彦さんで、ああ、あの人はたしか選挙に落ちたんじゃなかったんだっけと、また余計なことを考えながらぎゅうぎゅう詰めの吉祥寺行き急行に飛び乗りました。今年ももうすぐ冬ですね。ではでは。


2000年10月28日(土曜日)

えーと、ここんとこもう何年もCD収納問題で悩んでいまして、この問題は2年前の引っ越しでも解決しないままで、つまり「収納スペース」問題ではなく「収納家具」問題なんだなあと、さすがに最近実感しつつあります。私はカネも根性もないので、家の中にあるCD収納家具は、いきあたりばったりで買った安くて小さなものばかり。部屋のあちこちにン十枚orン百枚収納のダッサーい収納家具がぽこぽこ置いてありまして、これらを組み合わせてなんとか生活スペースを捻出しているのですが、しかし小さくてダッサーいものが積み上がった様は、なんか、宮崎勤の部屋チック。90枚収納の引き出し式プラスティック家具×4段なんて、蓋の壊れたところを荷造りテープで貼ってあるもんだから、冴えないったらありゃしない。おーい、どこかにインテリアのプロ、いませんか? なんかアドヴァイスしてくださいよ〜〜。

ところで、私んちにCDはいったい何枚あるのだろうか? 「4000枚くらいかなあ...」なんて人に会うと言ってますが、でもそれも、もう、ずいぶんまえから同じこと言っているようで、実数は把握できず。ときどき思い立って衝動的にガバッと売ったりもするのですが、でも、微増し続けていることはまちがいなく...、
なんてことを、最近レディオヘッドの「KID A」の次に気に入っているヨ・ラ・テンゴの「And then nothing turned itself inside-out」を聴きながら書いてみました。


2000年10月16日(火曜日)

今日はお台場のアクアシティというところにいきました。ひとりで行列に並び、15分待ってシナボンを食べました。なんか、焼き損ねたパンケーキに砂を混ぜたような味でした。その後ふらりとバスに乗りのんびり品川まで。電車、地下鉄を乗り継ぎ赤坂へ。BLITZでチャーを観ました。


2000年10月14日(土曜日)

ええと、ここ1ヶ月ばかり、週末は町田と下北沢を頻繁に往復しておりました。父親が死んだことでいろいろなかたにご心配いただき、ほんと、感謝です。それで、通常の葬儀等をおこなわなかったので、連絡だけ伝わって、その後、混乱させてしまったかた、申し訳ありませんでしたm(_ _)m。ほんと、「世の中の常識」とちょっとちがったことをやるには、当事者以外の人々の厚意にも配慮しなければと思い、準備を進めてきましたが、それでも、至らぬ点が多々あったかもしれず、重ねて申し訳ないですm(_ _)mm(_ _)m。

それで、特別なセレモニーがあるわけでもない、出欠を確認するわけでもない、父親のお別れ会を、10月22日の日曜日にやります。mmm、こんなことについて、当事者のオレがどう言うべきなのか、よくわかりませんが、もしきてくださるかたがいれば、嬉しいよ!


2000年08月26日(土曜日)

ひさしぶりにパチンコをしました。

おばあちゃんが死んじゃっていまは誰も住んでいない家をどう処分するか、みたいな親戚の話し合いが進行中でして、その件の末端に関わって、ひさしぶりに町田の実家にいったのですが、なんだかこういう話って、ねえ...。それで、実家の帰りに町田の商店街をぶらぶらしていたら、なんだかきゅうにパチンコがしたくなって、気分転換気分転換、ってことで、むかしよくいった町田珈琲館(いまはなくなってパチンコ屋)の向かいのパチンコ屋に入りました。

5年ぶりくらいじゃないかな〜、パチンコしたの。私、若いころはけっこう好きで、ハネモノっていうんだっけ、「ゼロファイター」とかいう機種があった、玉が1回どっかに入ると「ヒュウ」と音がして中央のハネがトンボみたいに開いて、その開いたところの真ん中に玉が入ると、さらにハネが「ヒュウヒュウ……」と16回(たしか)開き続ける(うまくやるとそれが8回くらい続く)やつに熱中していたんですが、いまはみんな数字や絵柄を合わせるやつになっちゃったんですね。オレはこういうのをいまだに「スリー・セブン」って呼ぶのかと思ってますが、これが主流派になった時期から、パチンコ屋にはいかなくなりましたわい。

それで、ひさしぶりのパチンコ勝負ですが、15分くらいで3000円スって、すごすごと店を出ました。玉を買ったら隣の台のトレイに玉が出てきて困ったよ。いまは100円じゃ買えないんですね。あと、カードの席に座ったりしちゃって、はい、いい勉強になりました。勝負の最中、母親に持たされたハスのきんぴらとしいたけのツナ焼きとカボチャの煮つけの入ったタッパの入った紙袋を膝の上に乗せていなきゃならなかったのが、なんとも情けなかったです。気分はちっとも転換できず。

2〜3回、絵柄のふたつが合って「キュルキュル〜」と電子音がしてちょっと興奮しましたが、でも負けてよかったです。ヘタに勝って味をしめると、またいきたくなるしね。あー、3000円。もうすぐ出る椎名林檎の新しいのを買うカネにすればよかった。しっかし、町田ってパチンコ屋増えたね〜。


2000年08月13日(日曜日)

あっ、それで黄色いスニーカーはけっきょく買ったのですが、しかし黄色い靴って、なんか、毎日履けるもんじゃないですね。派手派手、ほんと。それで、もうちょっと普通に履けそうなスニーカーも一足ほしいと思っているのですが、なんか、最近のハイテクっぽいスニーカーって、どう選んでいいのかよくわかりません。ナイキの踵に空気の入っているやつとか、黒や紺ならなんとかオレでも、と思うのですがぁ。

昨日会った山口マナビさんは広末りょんりょんみたいにコンバースを小粋に履きこなしてました(って古い流行話...)。

ではでは。


2000年07月12日(火曜日)

夏物バーゲンが始まったので、ひさしぶりに襟のある洋服を買いにいきました。仕事で人に会うときにはとりあえず襟のあるシャツ/あんまりよれよれしていないのを、と気を遣っています。靴もわりとキレイめなのを、とか。でも相手はそんなこと全然感じ取ってくれてないみたいだけれど。

赤いシャツとだいだい色のシャツと黒いシャツを買いました。どれもひとむかしまえに流行ったブランドで、買ったのはデパート。だれか、最近おしゃれといわれている小粋なブチックとか教えてください(ユニクロはやーよ)。

そうそう、もう3年も履いている、当時はナオミ・キャンベルとお揃いってことでちょっとは小粋だったはずのスペイン製のスニーカーが、ついにひび割れ&底抜け寸前。じつは近所の靴屋さんに売っている黄色いフランス製のスニーカーに目を付けているのですが、高くてイマイチ買う気になれません。

先日小学校の同級生と飲む機会があり、いまは青年実業家のクマザワ君に「おれ、この10年で冠婚葬祭用のツルシの黒いスーツ一着(しかも丸井の新春バーゲン)しか買ってない」と言ったら、えらく笑われました。そういや革靴も、最後に買った一足は1987年のものだ。いや、革のブーツなら1992年にも一足買ったけれど、それも、もう8年もまえか……。

ではでは。


2000年06月07日(水曜日)

はれ、まっ! 桜が咲いて以降、ここをちっとも更新しておりませんでした。mmm、「おれの話」ったって、とくに人に聞かせるほどのことなんて、ないもんで、って、それじゃあいままで書いてきたことが「とくに人に聞かせるほど」のことかっていうと、まあ(ぶつぶつ)。

というわけで、だがしかしでもねう゛ぁーざれす、なんか書いておこう。

最近聞いている新しめの音楽は「The For Carnation」と「Godspeed You Black Emperor/F#a#∞」。どちらも輸入盤で詳細はわからず。前者はスティーヴ・アルビニがプロデュースしていたSLINTというバンド人脈らしい。SLINTは好きでアルバム2枚とも持ってる。後者は「/」のうしろのほうがバンド名なのか? 電波系? いや、ジム・オルークとかの系列らしい。

最近聞いている古めの音楽はピート・タウンゼントの「White City」とジュリアン・コープ「Jehovahkill」とヘヴン17の「The Luxury Gap」とヴァンダー・グラフ・ジェネレーターの「World Record」とホルストの「The Planets」。

袋入り3食パック冷やし中華はマルちゃんよりシマダヤのほうがうまい。マルちゃんのについているふりかけはまずい。しかしシマダヤよりマルちゃんよりうまい冷やし中華は世の中にいっぱいあるのでスーパーなどにいったらあれこれ見比べて50円や100円のちがいならいろいろ試してみるべき。麺が3つじゃなくて2つ入っているやつのほうがうまいかもしれないと思う今日このごろ。

いま食べたいものは茶碗蒸しとでっかいエビフライと大豆入りひじき。最近はサランラップかなんかの「ラップしてなんとかしてチンよ」とかいうCMの汚い女の「うまくない〜?」というイントネーションがむっかつく〜〜。

ではでは。


2000年04月06日(木曜日)

今年も桜が咲きました。今日は下北沢の緑道で夜桜&ほんのちょっと鉄板焼き。まっ、ソーセージといか焼いて、あとは焼きそばでお酒をちょっと。花見のピークは今週末でしょうか? 今日はそこそこの人出でした。参加したのはかわいいイケちゃんとタマちゃん、ナイスなカップルのソルベット氏とユリコさん、そして私。あと富山カヲル。イケちゃんはおいしい手作りケーキを持ってきてくれて大感激。富山カヲルはしわくちゃのビール券を1枚持ってきました。

酒を飲みながらみんなと映画談義。イケちゃんとタマちゃんに「林寛子のダンナのおとうさんは誰だ?」と訊いたら、すぐにはわからなくて……、mmm。やっぱり一番映画通なのはソルベット氏でした。彼の好きな映画は、ヴィム・ジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・テキサス」とフランシス・キューブリックの「時計じかけの黙示録」だとか。私は知らないんですが、フランスのフェダールという監督の「甘いピエロ」というのがお勧めだそうです。あと、まだなにか言ってたな。リュック・カラックスの「ポンヌフのレオン」とかなんとか。いやあ勉強になりました。


2000年03月28日(火曜日)

昨日の日中は春めいていて、午後3時くらいに「ちょっと春物の服でもチェック」と思って、下北沢をしばらくうろうろ。「よーし、この春はワンランク上のおしゃれな男を目指すぞ」と意気込んでいろいろ物色してみるが、なーんか、オレを「ワンランク上」に見せてくれそうなものなんて、ちっとも売っていない。っていうか、世の中で売っている洋服は「オレ以外のだれか」のためにつくっているものばかりのように思えてきたりして、あっというまに「ワンランク上」計画は挫折。そもそも私、自分にどんな服が似合うのかよくわかっていないです。「あっ、これかっこいい」とか思っても、それを着たり履いたりしている自分を想像すると、なんだかねえ。

そうこうしているうちに夕方、急に寒くなってきた。浮かれ気分で、薄着で外出していたので、もう、メチャ寒く、ちょっとどうしようと思っていたら、目の前にゼンモール。なにやら閉店セールで、店頭のワゴンには500円のフリースのブルゾンがてんこ盛り。黒いのを1着買いました。

ということで、今年の私の「ワンランク上の春のファッション」は500円の黒いフリースです。これは、けっこう似合っちゃったりして、そんな自分がなんだか悲しい……。


2000年02月27日(日曜日)〜03月01日(水曜日)

午前06時10分新宿発の成田エクスプレスに乗って香港へ。2度目の香港。前回いったのは12歳。そのときの印象は「おもしろくない/きたない/なんかおっかない」だった。親と一緒の観光パック旅行。12歳のBoyは香港のなにをどう楽しんでいいのかわからず、持参した「いなかっぺ大将」をくり返し読み、面倒見のよい添乗員のお兄さんの後ろにくっついて歩いていた。連れていってくれた親には悪いが、見聞が広がったというよりは、ちょっと、アジアに偏見を持ったかもしれない。

今回の旅行は香港通のS氏等に誘われてのもの。もう、すっかり、おんぶにだっこ。成田空港に着くまでどの航空会社の飛行機に乗るのかさえ知らなかった。しかも香港には古い友人「お騒がせ乳業」氏が住んでおり、宿泊先のホテルのロビーで出迎えてくれるとのこと。なんだか海外というより、首都圏近郊の友人の家に遊びにいくような気分。財布のなかには日本円が入ったままだし、ほんと、こんなにテンションの低いまま海外にいくなんて、はじめてだ。

機内での禁煙はきつく、香港について最初に吸った煙草はまずかった。予定より1時間弱遅れてカオルーン・ホテルに着き「お騒がせ」氏とひさしぶりに再会。さっそく足マッサージへ。気持ちいいといえば気持ちいいのだが、はっきり言って痛い! 身体の悪いところのツボを押されると、思わず顔をしかめてしまう。ハンサムなマッサージ師は私の反応を見て、日本語で「肝臓」とか指摘してくれる。はい、自覚症状ありです。

ぶらぶら歩き、満員のバスに乗り、旧九龍城近くの海鮮料理屋へ。ばかでかいシャコ、カニ、トコブシ、名前のわからない魚、くさい三角の揚げ豆腐etc.を食べ腹八分目、さらにタクシーで人気の担担麺屋にいくが、すごい行列。事情通のS氏と「お騒がせ」氏が合議し、その担担麺屋が暖簾わけした店へ素早く移動。いや〜、私はただただ満腹になるのみ。ホテルに戻り、S氏等と別れ、「お騒がせ」氏とともにペニンシュラ・ホテルのバーにいって軽く飲み、カオルーン・ホテルに戻って胃薬を飲み爆睡。


早起きしてフェリーで香港島へ渡り、S氏推薦の店で粥。うまい。ランドマーク・タワーetc.、すっかり近代的でピカピカなビルを見て歩き、香港に対する印象がずいぶん変わる。とても機能的で清潔で、ほんと、ビジネスの街だ。12歳のBoyのころの記憶にある、水上生活者や「おカネをくれ」と寄ってきた子どもの姿は見えず、高級ブランドのマークばかりが目に入ってくる。ウインドウ・ショッピングをしながら腹が減るのを待ち、午後1時過ぎにS氏推薦の飲茶の店にいくが満員。じつは4時からは「お騒がせ」氏とも飲茶の約束をしており、オレの胃袋はどうなることやら。けっきょくS氏等とは別行動で、あてずっぽに街を歩き、ごくごくふつうの定食屋に入り焼きそばやチャーハンを頼んでみる。店内の客は男女とも食欲旺盛で圧倒される。食後、山の手の市場を散歩。肉屋も魚屋も「生き物を殺して売っている」感が強い。いや〜、オレはいつも生き物の死体を食べているんだ、などと思う。地下鉄でカオルーン・ホテルにもどり「お騒がせ」氏とペニンシュラ・ホテルで飲茶のアフタヌーン・ティー。昨年11月に生まれたお嬢さんとは初対面。ニコニコと娘を抱く「お騒がせ」氏に感慨深いものあり。飲茶で出てきたものはすべてうまい、とにかくなに食ってもうまい。食後、タクシーで「お騒がせ」氏の瀟洒なご自宅へ。マンションの12階の天井の高い部屋。奥様の入れてくれたコーヒーが、またうまい。なお、「お騒がせ」氏への私からのお土産は、NHK/日テレ/TBS/フジ/テレ朝/テレビ東京を、ただ脈絡なく6時間ずつ録画したビデオテープ。みのもんた、デヴィ夫人、目撃ドキュン! TVチャンピオン、いいとも!etc.。こんなもんですばらしくナビゲっていただいてしまって、ほんとにもう、すんまそん。


ぶらぶら歩いて女人街にいき、あやしい露店を見て歩く。菅野美穂のヌード写真集の海賊版、あむろやすぴーど等Jぽっぷの海賊版、その他C-SHOCKっちゅう時計や、とんでもない柄のT-シャツや、ふー、まさにここはパチモンワールド。私は1500円で宇多田ヒカルの3枚組CD&V-CDをゲット。過去2回のライブの音源やら映像が全部つっこんであるお得版。あっ、香港にはカタカナがないので表記は「宇多田光」にされちゃってました。松たか子は「松隆子」。日本の芸能人はすごく人気があるのに、びっくり。日本はパチモン先進国だ。カオルーン・ホテルにもどりS氏等と合流。新世界ホテルのレストランで夕食。なにを食ってもうまい。卵白とカニミソの炒め物、くさやの土鍋ご飯、デザートのマンゴープリン。満腹のままリージェント・ホテルのバーに移動する。酔ってレッツゴー3匹や椎名林檎のものまねで盛り上がる。100万ドルの夜景を見ながらボードウォークを散歩して、さらにレッツゴー3匹や小林旭ごっこ。カオルーン・ホテルにもどり胃薬を飲んで爆睡。

早起きしてS氏推薦のホテルのそばにある粥の店へ。うまい。エビワンタン麺も頼む。これもうまい。またもや足マッサージへいき、イテテテッ。ぶらぶら歩いてS氏推薦の店で飲茶。うまい。デザートのカスタードパイ、忘れられない味。フェリーで香港島に渡り、骨董街を歩く。動く歩道に乗り、窓の外に中古レコード店をみつけてちょっとチェック。ビッグ・カントリーやディキシー・ミッドナイト・ランナーズのあまり有名でない盤をゲット。仄かに英国の香り。しばしショッピングの後、地下鉄でS氏推薦の杭州料理店へ。ハムと豆の蜂蜜煮、ゆばのしいたけ包み揚げ、花のような香りの青菜など、ユニークな料理を味わう。うまい……!? mmm。ここは不思議な体験だった。カオルーン・ホテルにもどり「お騒がせ」氏と合流しアイリッシュ・パブへ。ビールがうまい。痛飲し、またもやレッツゴー3匹など、など。香港の最後の夜。「お騒がせ」氏と別れるときは、なんか、明日も遊べるような気がしたが、でも彼は、在香港の立派なビジネスマン。胃薬を飲み爆睡。


早起きしてカオルーン・ホテルの近くで粥。S氏等とは別行動で選んだ店は、まあまあの味。ぬお〜、やっぱ、S氏等と一緒に行動すればよかった。昼まえ、腹が減っていないのに焼きそば。またも、まあまあの味。お〜い、S氏〜〜! バスで空港へ、そして成田、リムジンで新宿、タクシーで自宅へ。

翌朝、日本の白い炊き立てごはんが食べたくて早起き。タイマー予約を自らはずして炊飯のスイッチを入れた、つもり。納豆、味噌汁、おしんこ、しらすetc.が食卓にそろい、電気釜の蓋を開けると異変。なんと私が押したのは保温のボタンだった。味噌汁を鍋にもどし、米をとぎ、ふたたびごはんが炊けるのを待つ時間は、機内での禁煙の何倍も地獄であった。


2000年02月23日(水曜日)

うえ〜、けっこう、忙しいです。じつは27日から香港に満腹ツアーにいこうと思っているのですが、無事日本を脱出するために終わらせておかねばならないあれやこれやが、まだまだある。

それで、忙しいってときにかぎって、インタネ上でヘンなものみつけて喜ぶオレ。あー、じつは私、フェイスマークって嫌いなんですよ。嫌いなんですが、でも、見つけると喜んで、ついつい、自分でもいぢりたくなってしまう……。mmm、モーニング娘。も大嫌いなはずだったのに、気がつくと「LOVEマシーン」のシングルCD買ってたし〜。



2000年02月11日(金曜日)

「森高千里さんが一昨日の午後2726グラムの女の赤ちゃんを産んだ」というニュースを聞きました。入籍発表の会見のときには「いま妊娠1ヶ月です」と言っていたのに……、心の準備ができていませんでした。

HEY! HEY! HEY! で森高さんがハマちゃんから「モリタカ、おまえ、ナマでやらせたんか?」とツッコまれたときも、ワイドショーで「森高さんは初めて●●さんの家に遊びにいったとき、食事のあとすぐに『おかあさん、あとかたづけは私がやりますから』と言ったらしいですよ」という逸話が披露されて、ピーコがすかさず「まあ! なんてずうずうしい女なのかしら!!」とリアクションしたときも、私はあはは、と笑っておりましたが、でも今日はすんげえブルーです。

ぜんぜん、おめでたくない気分のオレ! ぶーーー!!



1999年12月〜2000年01月の「おれの話」を読む


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