「癒しの時代をひらく」

     上田 紀行著

     法蔵館刊

「癒し」や「ヒーリング」が流行っている。なんでも日本の三大紙にはじめて「癒し」という言葉が登場したのは1988年11月10日の読売新聞。その記事のなかで紹介されていたのが、上田紀行さんが見聞したスリランカでの悪魔払い儀式の報告として行ったトークイベントだった。最近ではNHKの番組にも出演し、「癒し」といえば上田紀行ということになりつつある。そしてそれがなぜかはこの本を読めばすぐにわかる。癒しについてのこの十年の上田さんの思索の結果がここにある。

 僕が上田さんをはじめて知ったのは「フォーラム」という自己開発セミナーの席上だった。もう十年ほど前のことである。いまでは「ブレークスルー・テクノロジー」と名前を変えたそのセミナーで、当時僕は無償でアシスタントをしていた。他のアシスタントからこんな噂を聞いた。「上田さんっていう文化人類学者がフォーラムに参加して本を書くらしい」。もちろん、他の自己啓発セミナーと同様フォーラムでも、著作権については厳しくチェックされ、内容を他に伝えることは制限されている。セミナーに参加する際、そこでの内容は「フォーラム」の運営会社に著作権があるからそれを侵害するな、この約束は一般の著作権の範囲を超えたものだ、同意するなら署名しろ、とサインを求められる。にも関わらず上田というひとは本を書く。「どんな人だろう」、いや「どんな奴だろう?」と当時は思った。

 しばらくして「トランスフォーメーション・ワークブック」という本が別冊宝島から出版された。内容は「フォーラム」とは違うが、似ている部分も少しある。上田さんはいくつもの自己開発セミナーに参加してこれを書いたそうだ。これを読んで僕は大きな疑問を持つ。「上田さんがしたことは是か非か」。「フォーラム」との約束を破ったとしたら、それはもちろんよくないことだ。しかし、個人の体験を通して得られたことを束縛するのは、これまた変な話しだ。

「フォーラム」は別に癒してもらう場所ではない。しかし、それにしてもそこにいるとなにか癒されない。「フォーラム」に参加した人同士は癒されたような気になるが、それ以外のひととはコミュニケーション・ギャップができるからだ。その結果、「フォーラムに参加してない人はどうも信用できなくて・・・」とか「フォーラムに参加していないひとにはわからないよね・・・」なんて会話が平然とやりとりされるようになる。僕もそんな会話のなかにいて表面上は「そうだね」と答えていたが、心の中では「なんか違う」と感じていた。これは癒しからは遠く離れた話しだと。フォーラムに参加してもうまくコミュニケーションが取れない人たちが、「コミュニケーションが取れないのは自分のコミュニケーションの技能が未熟だからだ」と気がつきコミュニケーションの方法をなんとか自分で磨き上げるのなら良いのだが、その未熟さを棚上げにして「フォーラムに参加していないひととは話しができない」というのはまったく思い違いもいいところだ。ところがこの思い違いをしているひとたちが非常に多かった。

 上田さんは「トランスフォーメーション」が、手引きさえあれば誰にでもできるものであると考えている。一方「フォーラム」の主催者は「トランスフォーメーション」は「フォーラム」に参加しなければ、できないと考えている。ここに大きな違いがある。トランスフォーメーションは人生のなかで各個人がじっくり起こしていくものだ、あわてる必要はない。「フォーラム」に参加すれば、ある一定の成果がある。それは僕も体験したので認める。しかし、それをあわててやる必要はない。そこを即席にやってしまうのが「フォーラム」であり、他の自己啓発セミナーだろう。(他のものには参加してないので、あくまでも推測だが) 人間が効率やら成果やらをことさら求めるから「トランスフォメーション」なり「癒し」なりが必要となってきた。ところがその解決法が効率やら成果を求めるものでは、加速度が変わっただけで本質は何も変わらないことになる。

 最近僕は胎内記憶について調べている。子どもが胎内記憶を持つことのできる親子関係は素敵なものだ。ところが親子関係を良いものにしようと、ことさら子どもに胎内記憶を持たせようとするとそれは大きな間違いのもととなる。子どもの小さな変化を親がとらえ、それを喜ぶから胎内記憶が生まれる。ところが親子関係を良くするために胎内記憶を持たせようとすると失望がある。子どもの小さな変化を親が感じることが出来ず、もちろんそこには喜びもない。それと似たような関係が「フォーラム」と「フォーラム」の参加者のあいだにある。

「フォーラム」に出会った人はそれをきっかけに「フォーラム」を味わえば良い。しかしそれが人生のすべてだと考えるのならば、それは間違いだ。その間違いをしばらくのあいだ僕は犯していた。そのことに気づくきっかけが、上田さんの本を出版するという噂だった。

 これからのパラダイムに「癒し」は大きな影響を与えるだろう。僕がライターとなり、ずっと表現しようと決めているのはその分野だ。人は誰でも気づき、癒される。そのことに力一杯の応援をするのが「癒しの時代をひらく」だ。

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