二酸化炭素を沈める 〜 温暖化回避への手探り

 人間の活動によってもたらされる地球温暖化の原因の約五割は二酸化炭素によるものだといわれていますが、そのほとんどは化石燃料の燃焼によるものです。

 化石燃料の燃焼といえば火力発電ですが、日本の火力発電による二酸化炭素の発生量は、日本全体で発生する二酸化炭素の約四分の一です。

 そこで東京電力では平成二年の四月から地球環境室を設置し二酸化炭素による地球温暖化の解決に向けて研究を始めました。

回収率九0パーセント

 横須賀火力発電所構内にある「CO2総合研究施設」。地球環境室が設置したこの研究施設で研究しているのは、まず石炭による火力発電によって生じた二酸化炭素をゼオライトと呼ばれる鉱物に吸着させたり、モノメタノールアミンなどの溶液に溶かしたりして回収することと、そののちに回収した二酸化炭素を高圧で水と一緒に冷却して結合させ、クラスレートを作り、海底に沈めることです。クラスレートとは高圧低温下で二酸化炭素と水が結合してできる結晶のようなものですが、これは自然界にも存在し、しんかい二000が、一九八九年に沖縄のトラフで確認しています。

 この研究によって火力発電からの排ガスに含まれる二酸化炭素のうち、九0パーセントは回収できることと、回収した二酸化炭素をクラスレート化し、海底に沈めることが可能なこと、またクラスレートは二酸化炭素で飽和状態になった海水でなければ生じないことなどがわかりました。しかし、いくつかの問題が残ったのです。そのひとつは沈んだクラスレートが海底の環境にどんな影響を与えるかを調べる必要のあること。ふたつ目には二酸化炭素をクラスレート化し、海底に沈めるため大きなエネルギーが必要であることです。

エントロぴーの壁

 ひとつ目の問題は調査によってわかることですが、ふたつ目の問題は私たちに根本的な問題を投げ掛けています。

 もし、実際に火力発電から生じる二酸化炭素をすべてクラスレート化し、海底に沈めるとなると、そのために莫大なエネルギーが必要になるので、発電所の規模をほぼ倍にすることになります。その結果、電力料金が上がるのはもちろん、消費する燃料の量が増えますし、二酸化炭素を取るために二酸化炭素を余計に発生させるというナンセンスな事態を起こしてしまいます。

 植物が光合成によって成長し、炭素の集中が起こり、植物を食べる生物や、植物自体が地中に埋まり、長い年月をかけて石炭や石油になります。たった数秒で使ってしまう資源は、地上に降り注ぐ太陽光と長い歴史をかけて生まれた植物、私たちにとって永遠に近い時間の堆積があってはじめて生まれたものなのです。

 エネルギーを使えばエントロピーが増大するため、どんなに二酸化炭素を回収しても地球温暖化は避けられません。それはあたかも部屋を冷やそうと冷蔵庫の扉を開けるようなものです。冷蔵庫の扉を開ければ確かに一時的に冷えたように思えますが、電力消費による熱が冷蔵庫の裏側から放出されるため、結局部屋は暖められてしまいます。

 だからといって東京電力が無駄なことをしているわけではありません。地球温暖化を阻止するのは大変難しいことです。この難しい研究にあえて取り組み、解決法を探り続ける研究者がいなければ、私たちは地球温暖化を永遠に乗り越えることはできません。私たちにできることは、この難しい研究にあえて参加する研究者たちを応援することと、資源を大切にすることです。

1994年 月刊セブンシーズ掲載