イルカの憂鬱 〜 人間がイルカにやったこと

 最近、イルカや鯨がブームです。テレビでは小谷実可子さんがイルカと泳ぎ、映画ではシャチが少年によって解放される感動的なストーリーが作られ、書店に行けばイルカや鯨関係の本がずらっと並び、イベントでは国際イルカクジラ会議が開かれ、絵画ではクリス・ラッセンははじめ、多くの画家がイルカを描き、イルカの話を聞かない日はないくらいです。どうしてこんなにイルカや鯨がもとるのでしょうか?

 野崎友璃香著『イルカと逢って聞いたこと』(講談社刊)によると野生のイルカと泳ぐドルフィン・スイムのあとにアンケートをとると、泳ぐ前と泳いだあとで多くの参加者が全員決まって良い方向に精神的変化を感じたといいます。アンケートの内容からいくつかをピックアップすると「イライラすることが少なくなった。心が軽くなったと思う」「くよくよ悩むことがなくなった。どうにかなるさ、と思えるようになった」「人に対して優しくなった。仕事にあくせくするよりも、もっと大事なことがあるような気がしてきた」など。アンケートの結果を見れば、理由はさておき、イルカには何かの精神的効果があるのは確かのようです。

 現代の社会は多くのプレッシャーを人に与え、心身症や自律神経失調症などの原因となっています。イルカは私たちがそうやって自分たちにかけている呪縛をただ楽しそうにしているだけで解いてくれているのかもしれません。

進んでいるPCB汚染

 この愛らしいイルカも実際には化学物質による海洋汚染で苦しめられています。

 一九九0年以来、スペインの岸辺には死んだスジイルカが打ち上げられるようになりました。研究者が調べてみたところ、体内に高濃度のPCBやDDTなどの毒性の高い化学物質を発見したのです。どのくらい高濃度かというと愛媛大学農学部の調査によれば、地中海のスジイルカの皮下脂肪には最高三千PPMというPCBが含まれているとのこと。日本人の体脂肪中濃度の約一PPMとくらべるとその高さがよくわかります。PCBなど化学物質の長年の使用は、生態系に対してどれだけ深刻な影響を与えるかがうかがえます。海清哺乳類は体内にPCB分解酵素を持たないために陸生の哺乳類より影響が大きいとはいえ、この状態は私たち人間がもたらしたものです。

 私たちは一方ではイルカを愛し、一方ではイルカを苦しめる、そんな生活をしているのです。化学物質汚染は今も続いています。私たちはもう「私がやっているのではないから知りません」とは言えないのではないでしょうか。

 イルカは私たちの精神的圧迫を解放してくれます。それは特定のイルカがしてくれるのではなく、種としてのイルカがそのようなかかわりあいを人間にしてくれるのです。私たちは人間という種として、イルカや鯨、またはそのほかの動物に対してどのようなかかわりをしているのでしょう。害毒を流し、生物を傷つけ、環境を荒廃させる、そんな種なのではないでしょうか。どのイルカも私たちにリラックスを与えてくれるように、私たちも彼らに素敵な環境を与える義務があるのではないでしょうか。

 アメリカの先住民族、チーフ・シアトルは次のような言葉を残しています。「地球が人間に属しているのではなく、人間が地球に属していることは、誰もが知っていることです。そしてすべてのものは、家族のようにみんなつながっています。地球に起こっていることはどんなことでも、私たち地球の子供に起こっていることです。命の織物を作ったのは人間ではありません。私たちはただ、その織物に織り込まれた一本の糸にすぎません。人間がその織物に行うことは、すべて自分自身に行っているのと同じことなのです」(『ホワイトホール・イン・タイム』ピーター・ラッセル著、山川紘矢・亜希子訳 地湧社刊)

 私たちの選択肢はひとつしかありません。違うでしょうか?

1994年 月刊セブンシーズ掲載