理性と本能 〜 身近な知性に目を開く

 ケニアにはたくさんの白蟻の巣があります。高さが三メートルに達するものもざらにあり、煙突のような巣が草原の中に並ぶ様はとにかく異様としか言いようがありません。近づいて見るとその巣は土で固めてあり、とても堅く、巣の中に手を入れるとその中に息づく何万という白蟻の体温を感じました。煙突状の巣を上から覗くと煙突の壁に細い通路がたくさん見えました。この巣はつねに一定の温度と湿度を保つのです。体長たった一センチほどの白蟻が空調機能を持ったこんなに大きな巣を作るのは実際に目の当たりにしても信じられません。巣の高さを人間にスライドして考えると五百メートルにも達します。しかしこのように理性的な白蟻も仲間の個体数が増え過ぎるとサナギを食べたり、兵隊アリを食べたりと非常に残酷に思える方法で調節します。

トマトの本能

 以前、一本の木から一万数千個のトマトの実をならせた栽培法が話題になりました。トマトの種が発芽し、根を出したときから十分な栄養を与え続けると、それだけの数の実をつけるのです。科学的には不可能と思われていたその木の存在に僕は自然の神秘を感じました。そのトマトの実は種なしスイカを作るときのコルヒチン処理をしたわけでもないのに、ほとんど種がなかったそうです。恐らくトマトは安心して育つことができるので世代交代の必要を感じなくなったか、同じ割合で増え続けると互いに養分が取れなくなると感じて種を作らなくなったと考えられます。なぜトマトにはそのような調節ができるのでしょう。

人間の理性

 先進国では出生率が落ちています。生活を安定させるためにバース・コントロールをしているからだと言われますが、それが唯一の理由でしょうか。もし経済的な理由からバース・コントロールをしているのだとすると裕福な家庭には子供がたくさんいてもよいはずです。ところが実際にはそうではありません。アフリカでは五歳未満の子供が飢餓で毎年四百万人死んでいます。ところが、アフリカの出生率は落ちません。生活を安定させるため、幼い子供が栄養失調で死ぬのを防ぐためにバース・コントロールを奨励していますが、その効果はほとんどありません。

 私たちは理性で出生率を変えられると思っていますが、はたしてそうなのでしょうか。ひょっとすると個体調整を行ううえでは白蟻やトマトの本能のほうが有効かもしれません。

 科学では唯一人間だけが理性を持ち得ると考えられています。人間より高度な知的生命体がいるとして、その生命体が白蟻とトマトと人間の個体数調節を観察したとき、どれも同じメカニズムで調整していると思うかもしれません。私たちは人間以外の生物の知性を本能と呼ぶことによって、本能について考えなくなりました。私たちにとって言葉は声であったり、文字であったりしますが、白蟻にとっての言葉は匂いであったり、触覚であったりするようです。彼等のコミュニケーションの中に私たちの知り得ない知恵が含まれているかもしれません。それを本能だからと片づけて見向きもしないのはもったいないことです。

 植物に聞き、昆虫に聞き、動物に聞き、さまざまな生命から知恵を聞くことができたらどんなに楽しいことでしょう。

 アメリカには地球外宇宙からの知的生命体とコンタクトを取るためのチームがあります。いわゆる宇宙人は高度な知識を持っていると考えられます。だけどどのようなコミュニケーションを取っているのか皆目見当がつきません。もしかしたら白蟻と同じようなコミュニケーションを取っているかもしれないのです。宇宙人と話をする演習に白蟻から巣の作り方を教わるってのはいかがでしょう。きっといい勉強になりますよ。

1994年 月刊セブンシーズ掲載