都市の細胞、人間

 メタボリズムという言葉を知っていますか。新陳代謝とか代謝機能のことを意味します。簡単に言えば、何を入れて何を出したか、それを生物学的に分析したものと思って下さい。たとえば人間は食物を食べて消化します。すると消化されたものは血や肉になり、エネルギーになり、また骨になります。このような一連の流れをメタボリズムと言います。これを都市にあてはめて考えてみるとさまざまな都市の側面、人間の側面が見えてきます。これを「都市のメタボリズム」と言います。一九五0年代から言われはじめました。

都市のメタボリズム

 都市にはどのようなものが入ってくるでしょう。まずさまざまな資源、原料、産物、そして空気や水、太陽光線、生物など、それから人。人は出生や転居によって都市に入ってきます。具体的なものではありませんが、知識、情報、技術、価値観なども入ってきます。これらのものを「意識」と呼ぶとすれば「意識」はすべて人間が作ったものです。これら「意識」をDNA、人間を一個の細胞と考えると、都市はあたかも生命体のようにふるまっていることがわかってきます。たとえば新しい建築法が開発されたとします。それはまるでDNAに新しい情報が書き込まれたようなものです。その建築法にしたがって人間が作業します。これはDNAの指示により細胞が活動したようなものです。できあがった建物は都市の一部として機能しはじめます。それは生き物のからだが成長進化したことと対応します。アウトプットとしてはさまざまな廃棄物、生産物、人の移動、それから「意識」などです。

 インプットとアウトプットの間にある都市のシステム内ではさまざまなことが起きます。あたかも生物が食物を摂取する器官として存在するかのような道路や鉄道の拡充。都市の中に血液を循環させるためのような車の増加や石油パイプラインの敷設。インプットされたものを有効な形に変換する消化器官のような農場や工場の建設。生物のからだにあるものと同じような役割を演じる器官が都市のなかにも存在します。

細胞のとるべき行動

 こう考えてくると、さらに人間が都市のなかでの細胞のひとつだと考えることがますます面白くなってきます。わたしたちは都市という生命体を成長させるひとつの細胞の役割を果たしています。それはわたしたちが好むと好まざるとにかかわらず、演じている役割です。わたしたちが蟻や蜂を見るとき、その一匹一匹がその巣の細胞のように関係を持ち、働いていると見えるのと同様、高い視点から見れば、わたしたちも都市の細胞として有効な関係を持ち、働いています。都市を形成する細胞がどのような行動基準によって働いているかが、その都市の在り方、全体的にどのように相互関係を持っているか、どのような発展の仕方をしていくかを決めます。

 わたしたちは、つい自分の住んでいる都市について批判的な言葉を投げかけます。しかしそれら批判すべき事態が起こってくるのは、都市を形成している細胞のDNA、つまりわたしたちの「意識」がその事態をもたらすべき内容だからです。わたしたちの都市はわたしたちの「意識」が作らせています。そうだとすると都市について多くの批判の言葉を費やしたあとに、どのような「意識」がわたしたちにとって素敵な都市を作るのか、じっくりと考えてみる必要があります。そうすることが正しい細胞の生き方でしょう。

1995年 月刊セブンシーズ掲載