「星の巡礼」

  パウロ・コエーリョ著  

  山川紘矢・亜希子訳

          地湧社刊

 三年ほど前、僕はあるひとから一緒にヨーロッパを旅しないかと誘われたことがある。その旅の目的は、かつてヨーロッパの人々が歩いた巡礼の道を行くことだった。そこを旅行し、旅行記を書いて雑誌に発表しようとした。しかし、了解してくれる雑誌は見つからず、僕はその旅を断った。

 その旅を断ったとき、彼は僕に言った。

「その道は日本でもそのうちに有名になるよ。世界的なベストセラーとなった小説の舞台となっているからね」

 そのとき、僕はその本の名前と著者名を、聞いたか聞かなかったか覚えていない。そんな話をしたことをおぼろげながら覚えていただけだった。

 今年二月のある日、地湧社のM氏から電話が来た。パウロ・コエーリョ氏が来日するからどこかの雑誌にインタビュー記事をプロモートしてくれというのだ。簡単に物事を引き受けてしまう僕は早速プロモートを始めた。もちろん企画が通ったら僕が文章を書かせてもらう。三誌に話を持っていった。三誌とも返事を待たされる。そうして何週間かがたった。

 M氏から電話が来る。もちろんインタビュー記事のプロモート状況はどうかとの問い合わせだ。三誌とも待たされていると答えるとM氏は、「じゃあ、一誌は決まるでしょう」とコエーリョ氏のスケジュールを取ってくれた。しかし、どの雑誌からも返事は来ない。

 インタビュー当日までのあいだに僕は彼の著作を二冊読んだ。「ピエドラ川のほとりで私は泣いた」と「星の巡礼」である。日本語訳されているコエーリョ氏の著作は全部で三冊。もう一冊の「アルケミスト」は三年前に読んでいた。さて「星の巡礼」を読んで僕は発見したのである。その本こそがあの巡礼の道について書かれた本であることを。なんとしてもコエーリョ氏に会いたくなった。

 インタビュー前日、週刊金曜日で人物紹介記事としてコエーリョ氏のことを書いてくれと依頼が来る。やった、これで大手を振ってインタビューに行ける。

 インタビュー会場にコエーリョ氏は柔和な笑顔とともにやってきた。三年前の巡礼の道の話をするとコエーリョ氏はとても喜んでくれた。そしてこんな話をしてくれた。

「星の巡礼は私のデビュー作です。この本を書くまでずっと僕はいつか作家になりたい思っていました。しかし、実際に書く決心がつかなかった。小説を書かないでいれば出版社に持ち込んだり、持ち込んで断られるような苦労をしなくて済むからね。そんな苦労をするより知識を増やし、他の方法で名を売り、充分有名になってからデビューしようと考えていた。だけどこの巡礼の旅をして、今できることを確実にやることの大切さを知ったんだ。そう夢を生きると言ったらいいかな。特別なひとだけが夢を実現できるのではなく、夢を生きたひとが夢を実現できるんだ。僕はそれまで特別なひとになろうとしていた。夢を生きていたんじゃない。それに気がついて実際に小説を書いたのが 星の巡礼なんだ」

 ちなみにその巡礼の道は「サンチャゴへの道」と呼ばれている。サンチャゴはコエーリョ氏の代表作「アルケミスト」の主人公の名前でもある。さらにコエーリョ氏が尊敬する作家ヘミングウェイの代表作「老人と海」の主人公の名前でもある。

 ふたたび私事だが、四年前にケニアへ取材で行った。そのとき泊まったナイロビのホテルがNew Stanley Hotelといい、ヘミングウェイの常宿だった。そのホテルの角にThorn Tree Cafeという有名なカフェがある。さらに三年前にキー・ウェストへ取材で行った。そのときたまたまヘミングウェイの別荘の前を通りかかり寄っていった。「007消されたライセンス」でジェームズ・ボンドが殺しのライセンスを上司に剥奪された猫の多い場所である。以来、僕の心にはヘミングウェイがひっかかっている。そして今回のサンチャゴだ。

 コエーリョ氏はどの作品でも、旅を通じて主人公の魂の成長を書いている。それはあたかも僕自身の魂の成長にオーバーラップする。僕もいつか作家になろうとしている。しかし、実際に大きな作品を書いて出版社に持ち込むようなことはしていない。そんな僕の背中をコエーリョ氏やパパ・ヘミングウェイが押しているような気がする。

「少年よ、早く来い」、と。

 さあ、あなたもあなたの魂の成長をサンチャゴへの道をたどりながら味わってみては?

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