「クジラを見る、イルカと泳ぐ」

    イルカ・クジラがなぜ流行るのか

 カーペンターズがリバイバルしている。二0年ほど前に流行った彼らの曲が、あるときはドラマに、あるときはコマーシャルに使われている。この現象は放送界や広告界の定石によってもたらされたものだ。つまり、もっともお金の消費が自由にできる二0代後半から四0代の人々が懐かしいと感じる曲を使用し、支持を得ているのだ。その年代の人々から好感を得ることができれば、すなわち視聴率や商品が動く。だから彼らが青少年時代に聞いて育った音楽を、コマーシャルや番組に使うのは理にかなったことだ。

 近年イルカやクジラについてのブームには、この原理が一部に働いている。実際、あの名作ドラマ「わんぱくフリッパー」は一九六0年代の終わりに流行り、三0年という時がたとうとしているが、今なお多くの人の胸に刻まれ、衛星放送での再放送ではかなりの人気を集めた。同じ効果を狙ってか、今年の五月からアメリカでは「フリッパー」のリニューアルされた映画が上映され、近く日本にも上陸する予定だ。

 だがしかし、クジラやイルカのブームを振り返ると放送界や広告界の定石からきた以外のものを強く感じる。

 たとえば、クジライルカ保護協会のエリック・ホイット※のレポートによれば、一九八九年から世界的にホエール・ウォッチングの件数が急激に増え始め、八八年には五0万ほどだった「ホエール・ウォッチング人口」が、九四年には五四0万人を超えたという。この広がりは特に広告が原因というわけではない。地球環境への一般の人々の関心の高さがこのような形で現れたのだろう。

   ホエール・ウォッチングとドルフィン・スウィム

 ホエール・ウォッチングとはクジラの生息する海域に出向き、文字どおりクジラを見ることである。大いなる自然に抱かれ、一度その魅力にとりつかれると何度でもクジラに会いに行きたくなるらしい。あの大きなクジラが人間を認知し、時によっては船のまわりをグルグルとまわり、遊んでくれるというのだ。

 イルカと泳ぐドルフィン・スウィムも、この四、五年のあいだにバハマ・ハワイ・御蔵島・小笠原・オーストラリア・マイアミなど各地でできるようにサービスが整いつつある。

 私もこの記事を書くにあたり、御蔵島へ赴き、ドルフィン・スウィムを体験してみた。

 野生動物は普通、人間が近づくと逃げていく。しかしイルカは違った。海のなかで彼らとしばし見つめ合った。イルカたちに触ることはかたく禁じられているが、彼らがこちらに興味を持ってくれれば手をのばせば届きそうなほど近くに寄ってくる。

 ジャーナリストであり、広尾自然塾というイルカ・クジラについての勉強会を主宰している芦崎 治氏にホエール・ウォッチングやドルフィン・スウィムについてお話しをうかがった。

「小笠原に限って言えば、九一年頃から情報感度の良い都市型女性がドルフィン・スウィムに来るようになりました。その頃ドルフィン・スウィムに来る人の多くは一流企業のOLで、都会的夜遊びを卒業したような女性でした。なかでも失恋とか、上司との不倫とかを経験した上でやってきたような人が多かったと思います。都会での競争に耐えるための防御能力が高く、心に幾重もの鎧をまとっている彼女達が、東京から千キロも離れた小笠原でその鎧をはがす。そんなイメージでしたね。ドルフィン・スウィムをすると海のなかで必死に息をしなければならない。そのときにある種の無の状態になれるというのがうけた理由ですかね。自分が無垢になれるというのかな。日本でのこの現象は、もとをたどれば八八年に鯨者連※が小笠原でホエール・ウォッチングを始め、九0年に宮川典継さん※たちがドルフィン・スウィムというのを考え出したときから起こったものだと思います」

 どうやらイルカ・クジラのブームは、八八年あたりから自然発生的に起こったものらしい。

    国際イルカ・クジラ会議

 今年の五月三日から五日にかけて、ベルギー・ブリュッセルで第五回国際イルカ・クジラ会議が行われた。この会議は国際イルカ・クジラ教育リサーチセンター(略してI.C.E.R.C.、アイサーチと読む)※の代表カマラ・ホープ・キャンベル女史の発案で始まった。

 この会議の第一回は一九八八年五月オーストラリアで行われた。以来二年に一回のペースで行われ、今年は五回目となる。一九九四年には江ノ島、小笠原、大阪で行われたのでご存じの方も多いだろう。第一回の開催が一九八八年であることを考えるとイルカ・クジラブームの火付け役のひとつであることは間違いなさそうだ。

 この会議ではイルカやクジラについてのあらゆることを語り合う。今回の会議のプログラムからその一部を紹介すると、生物学者であるキャサリン・ダジンスキー女史のイルカに関する科学的なコミュニケーションについての講演をはじめ、ミシェル・オダン博士の水中出産についての講演、映画「グラン・ブルー」のモデルとなったダイバー、ジャック・マイヨール氏のビデオ上映など、その内容は多彩である。この会議を発案したカマラ・ホープ・キャンベル女史に、なぜこの会議を開いたかを尋ねた。

「ずっとイルカやクジラに興味があったのでいろんな人と会い、いろんな資料を集めました。ところがイルカやクジラはとっても奥が深い。世界中に散らばっている研究者達に話しを聞きに行くのは大変なんです。そこで一度に一カ所に集めて話しを聞いたらどうなるだろうと思ってやってみたんです」

 キャンベル女史の目論見は成功したのである。この後に彼女が続けたコメントが印象に残った。

「第一回の会議を開くまではみんな別々の分野の人たちですから、なにかトラブルが起きるのではないかと心配していたんですが、そんな心配は杞憂だったことが会議を開いてわかりました。イルカやクジラに興味のある人々はうまく協調する術を知っているんですね」

    観客はイルカです

「イルカの夢時間」の著者としても知られる音楽家ジム・ノルマン氏から興味深いお話しが聞けた。ノルマン氏はイルカやクジラを相手に演奏活動をおこなったり、コンサートを即興でおこなうなど、演奏する場と自らが共鳴することをめざした演奏活動をしている。

「国際イルカ・クジラ会議で演奏するのはすごく楽しいんです。観客のみなさんと一緒に音楽を作っているというのが実感できて、良い演奏ができるんです。もちろん私はプロフェッショナルですから、どんな観客の前でもあるレベルで演奏することができます。しかし、この会議での演奏は明らかに他の演奏会場でやるのとは違います。観客が私の演奏に共鳴しているのがはっきりとわかるんです。これはイルカと泳ぐとき彼らがこちらの動きを察知して動きを変えるのと同じ様な感覚があります」

 つまり、キャンベル女史と同様、イルカやクジラに興味のある人間の協調性の高さをノルマン氏もコメントしたのである。

    時代の象徴

 イルカやクジラを非常に好む人のなかには、イルカやクジラは人間に対してメッセージを送っているのだと言う人がいる。そのメッセージが現代において非常に重要な意味を持っているのだと言う。ベルギーのイルカ・クジラ会議でもフランスのジャーナリストがそのようなことを講演のなかで語っていた。しかし私はそれに言及することはしない。もしかしたら確かにイルカやクジラはなにかのメッセージを人間に発しているのかもしれない。しかしそれは私にとってわからないことである。わからないことにいくら論を重ねてもむなしいだけだ。では、現代の人間にとって最近のイルカ・クジラ現象の何が大事なのだろうか。それは人間がイルカやクジラをどのような存在としてとらえるか、そのとらえ方が非常に大切なのだと私は考えている。

 人間はいままで、地球上で知性があるのは唯一人間だけだと考え、人間がいかに自然を支配するかが大きな課題であった。ところが地球環境問題が浮上し、人間による自然の支配という幻影が音をたてて崩れさろうとしている。

 動物の意識についても、かつては動物には言葉がないから意識もないという説が有力だったが、最近では意識の有無と言葉の有無は必ずしも一致しないと、動物の意識について論じる学者も増えてきた。この時代にイルカやクジラなど、まったく人間とは異種の生命にスポットライトがあてられ、その立場にたって物事を見てみるという考え方は、これからの人間の文化をリードするべき考え方となるだろう。

 私たちは自分という単位を中心にして世界を見てきた。その結果「自分さえよければ」という考え方を発達させ、その結果としての環境問題がある。もし少しでもまわりの人や、まわりの自然を思いやる心がきちんと企業の論理のなかに組み入れられていたら、環境問題はあまり大きな問題にはならなかっただろう。わずかな利益を上げるために環境への配慮を二の次にするのは企業の論理からは当たり前のことである。この当たり前がはたして本当に当たり前だと見逃し続けてもよいものだろうか。いまこそ自分が楽しく生きていくために、他人や他の生物に対して快適な環境を作り出すべき時なのだ。これこそが真のヒーリングであろう。それを知るための象徴としてイルカやクジラがいると筆者はとらえている。

   みんなひとつにつながっている

 前述した「ヒーリング」という言葉が流行っている。以前から若者や中高年の女性で気功や精神世界に興味のある人たちが使っていた言葉だが、このところビールのコマーシャルのコピーに登場し、市民権を得た。「ヒーリング」とは日本語で言い直せば「癒し」である。ゆったりとした音楽で心を鎮める効果があるものを「ヒーリング・ミュージック」と言ったり、クリスタル(水晶)や貴石などを額や胸にあて、リラクセーションを得る方法を「クリスタル・ヒーリング」などと言う。かつては他の存在、つまり音楽とかクリスタルにどうやって癒されるかが、そのようなことに興味を持っている人たちの話題の中心であったが、最近ではいかにして自分が他の存在を「ヒーリング」できる存在になるかに、その中心は移りつつある。

 もし多くの人が「癒されたい」と思っていると、一部の癒す人が忙しいだけで、なかなかそこにいる多くの人たちは癒されることがない。しかし多くの人が「癒したい」と思っているとほとんどの人が容易に癒されることが可能だ。つまり「ヒーリング」という感覚は積極的に関わる、またはつながることによってその効果を大きくすることができる。

 日本でおこなわれた第四回の国際イルカ・クジラ会議からはコンセプトとして「みんなひとつにつながっているんだね」という言葉が使われた。この言葉は前述の考え方を端的に表現している。地球環境の上での生命のつながり。生命の積極的なつながりの上に立ち現れてくる「ヒーリング」。

 ひとつのつながりとして生命をとらえたとき、キャンベル女史やノルマン氏が述べていた協調性は当然の帰結として得られる言葉となる。一方的服従を求められ、協調性のうすい現代社会のなかでストレスをためた青少年が協調性の象徴として、そしてヒーリングの象徴としてのイルカやクジラにあこがれを持つのは自然の流れであろう。イルカやクジラの行動は人に安らぎをもたらしてくれる。

   創作の時代へ

 協調性やヒーリングは一方的服従の上にできるものではなく、互いに自由な関係の上で現れてくる。そこには常に創作が必要とされる。二者の関係を例として簡単に説明すると、互いに相手の出方がわからない状態で、いったん一方が何かのアクションを起こせば、もう一方はそれに柔軟に対処する。この関係が協調であり、そこには必ず創作のセンスが求められる。イルカはこの創作の天才である。

 私は今回はじめて御蔵島でイルカと泳いだが、シュノーケルも足ひれもはじめての体験だった。いざイルカと泳ぐにしてもなかなか自由には泳げない。あるとき一頭のイルカが私の真正面からじっと私に視線を注ぎ、あたかもこっちへ来なと言うように頭を振って海の深みへと泳いでいった。ついて行こうとしたがうまく潜れない。ジタバタしているうちにもう一度恐らく同じイルカがやってきて、もう一度同じ動作を繰り返した。ところがやっぱり私は潜れない。それを察してかイルカたちは海面近くを私を中心に何度も円を描くように泳いでくれた。イルカたちはうまく泳げない私を相手に円を描いて泳ぐという創作を通し協調してくれたのである。そしてこのときの私の感動はまさに「ヒーリングされた」と言うべきものだった。私以外にも実際にドルフィン・スウィムをした人は様々な協調体験やヒーリング体験をしているようだ。

 工業化社会ではトップダウンで情報をどれだけ早く正確に伝えるかが大事なことだった。しかし、情報化社会となった現代はボトムアップ、つまりボトム(底)にいる人々の情報をどれだけ早くトップへと吸い上げるかが大事なこととなった。ボトムアップでは情報内容は多岐にわたる。それぞれの人が自分の持つべき情報を持ち、渡すべき情報をまわす必要がある。このとき必要とされるのが創作のセンスである。情報化社会が進めば進むほど発信能力、つまり創作のセンスが必要とされる。いま流行のインターネットも発信能力の高い人に有利なツールだ。イルカが持っていると考えられている創作のセンスは、実は時代が求めているセンスでもあるのだ。

    未来への道しるべ

 人間が人間以外の生物と会話する、つまり異種間コミュニケーションを取ろうとするとき、人間は人間の理屈からでしか他の生物を見ることができない。イルカ・クジラ会議に毎回出席しているジョン・C・リリー博士は、かつて人間の問いかけにイルカが正確に答えていることをコンピューターを使うことによって知った。イルカは人間の発した言葉の音節数と同じ数の信号音を人間に向かって発していた。しかしその信号音があまりにも早く、人間には聞き分けられなかったのである。それをリリー博士はコンピューターを駆使することによって明らかにしたのである。リリー博士がイルカの能力を信じていなかったら、この発見はなかったかもしれない。

 実際にイルカやクジラが何を考えているかはわからない。しかし、多くの人々がイルカやクジラを見るときに、そこに環境とのつながり、協調性や創作へのセンスなどを見つけるならば、私たちの未来は恐らく豊かなものとなるだろう。イルカやクジラを単なる動物で、学ぶべきところが何もないような生き物だと多くの人が思うのならば、人間の未来はあまり明るいものではないかもしれない。イルカやクジラに限らず、自然にある存在をどのように見るか。人間の未来はこの意識の持ちようによって大きく変わってくるだろう。

 人の意識が社会を変える。人の意識が生活を変える。人の意識が時代を変える。

 確かにイルカやクジラは私たちにそのことを気付かせるために近づいてきたように思えたりもする。

 今回のイルカ・クジラ会議でオルカ(シャチ)の研究をしているポール・スポング博士は講演の終わりにこう語った。

「オルカには恐怖という感覚がありません。一方人間は恐怖から他人を攻撃してしまいます。いつまでも世界のどこかで行われている戦争は人間の恐怖から生まれていると言ってもよいでしょう。不必要な争いはしないオルカから、私たちはその英知を学ぶべきです」

 イルカ・クジラのブームは時代の要請であり、私たちが人間の未来をのぞいてみる「覗き窓」でもある。

 私たちには自然から学ぶための心の姿勢が必要だ。何万年と続いてきた彼らイルカ・クジラの文化から何かを学ぼうとする意識が、私たちの未来への指標となるだろう。

注)

  クジライルカ保護協会とエリック・ホイット

 クジライルカ保護協会は一九八七年にイギリスで設立された。世界中に生息する八0種類のイルカ・クジラの保護のために二0カ国以上の国々で調査活動を行っている。イギリスを中心に八万人ほどの会員組織を形成している。

エリック・ホイットは同協会の科学顧問。ホイットはイギリス政府、ドミニカ共和国政府、オーストラリア政府のホエールウォッチング、海洋エコツーリズム、海洋保護区に関する顧問も勤める。スコットランド在住。

 

  鯨者連

 一九八七年暮れに自然発生したクジラ好きの民間グループ。ジャーナリスト、雑誌編集者、コピーライターなど、そのメンバーのフィールドは多岐にわたり、国際的なクジラ・ウォッチング・ネットワークを形成している。

  宮川典継

 一九五四年、大島生まれ。十数年前にサーフィンをしていてイルカと出会い、六年ほど前からイルカと泳ぎ始める。「元祖イルカ遊び」ツアー、自然共生団体ボニン・エコロジー・ネットワーク主宰。サーフショップRAO店主。小笠原在住。

  国際イルカ・クジラ教育リサーチセンター(アイサーチ)

 一九八八年、オーストラリア政府公認の非営利団体として設立。「イルカ・クジラに対する人々の意識を高め、理解を深める」ため、広く適切な環境・設備・情報を提供し、世界中の研究者や、イルカ・クジラについてのネットワークをリンクする機関として活動している。二年に一度「国際イルカ・クジラ会議」を開催してきた。来年からは毎年の開催を予定している。

 日本でも関係の団体としてアイサーチ・ジャパンが代表岩谷孝子によって運営されている。

             週刊金曜日 96.6.28掲載

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