天使の行進 〜アイルランド紀行 その8 「天使の理由」

 高橋さん、岡部さん、新町さん、三戸さんは、高橋さんを中心としたグループだ。他の参加者とあまり話をせず、孤立してしまいがちだったので、僕は何かと話しかけた。高橋さんだけが五十代、あとの三人は三十代の奥様たちだった。

 岡部さんが指にサイババのリングをしていたので、サイババからもらったのですかと聞いたら、高橋さんがサイババから直接リングをもらい、他の三人は高橋さんからのおみやげでもらったという。よく見ると四人は全員指にサイババのリングをしていた。岡部さん、新町さん、三戸さんのリングはサイババのカラー写真がリングに印刷されていたが、高橋さんのだけは銀のリングだった。サイババが浮き彫りにされている。特別室に案内されてもらったそうだ。もちろん何も持っていないはずのサイババの手から、ふっと出てきたリングだ。このアイルランド旅行も実は高橋さんから三人へのプレゼントだという。高橋さんは何か事業をしていて、三人がその事業を助けているそうだ。この旅行の数週間後には同じメンバーでインドへサイババに会いに行くという。

 ゴールウェイでのガイドだったサラ・ジェーンもサイババの信奉者だった。サラは秋山さんにサイババに会うことを勧めていた。秋山さんは会う必要性を感じていなかったので、「機会があったら」と軽く流したら、「いや、絶対会わなければいけない」とサラは憤慨していた。秋山さんがなぜ会う必要性を感じないかについてはよく知らない。ただ、以前「黄金の夜明け団」のパーティーに参加するのかと聞いたところ、「僕の流儀ではないから」と答えていた。何か秋山さんなりの流儀があるのだろう。

 僕はというと、会う機会があれば会うし、なければ会わない。グルとかマスターとか言われる人は縁があれば不思議な巡り合わせで会うし、縁がなければどんなにこいねがっても会えないものと思っている。今のところサイババには縁がない。いや、一度だけサイババのビブーティをなめたことがある。それだけだ。

 高橋さんを中心とした四人は何かと「ババ様のお導きかも」と口にしていた。確かにアイルランドの旅は天候に恵まれた。ガイドもこんなに晴れた日ばかり続くのははじめてだと言っていた。虹も二回見た、うち一度は二重の虹だった。

 ニューグレンジの遺跡を見に行った。遺跡まではバスで行くのだが、そのバスの出発を待つセンターでしばらく時間をつぶさなければならなかった。僕は売店の本を見て回った。一冊の本が気になったので手に取った。タイトルは「PI in the Sky」。古代ケルトの遺跡を線で結ぶと直線と水晶の結晶角が表れることを示し、古代ケルト人たちがいかに高い知性を持っていたかが書かれている。その本にサイババの写真が載っていた。その本はサイババに捧げられていた。高橋さんに見せると高橋さんのグループは全員その本を買い求めた。もちろん彼女たちは言っていた。「ババ様のお導きよ」。

 帰りのバスのなかから夕日を見た。きれいな夕日だった。夕日の回りの雲が虹のように輝いていた。彩雲だ。慶雲、紫雲、瑞雲などとも呼ばれ、吉祥とされている。日本ではこの雲が出て年号が変えられたこともあるほどのラッキー・シンボルだ。

 ダブリンで最後の夜を過ごし、翌日帰りの飛行機に乗った。僕の隣に高橋さんが座った。それとなくサイババのことを聞くと、意外な言葉が返ってきた。

「ババ様から『私の天使になってくれ』と言われたんですけど、もう疲れました」

 聞き返すと、「私は天使の器じゃない」。

 すると、ふとこんな言葉が僕の口からこぼれた。

「もしサイババが神の化身なら、高橋さんが悩むことも知っていて『天使になってくれ』と言ったんじゃないですかねぇ。天使としていることに悩むこと自体に何か意味があるのかもしれませんよ」

 高橋さんは驚いたような顔をして僕を見た。

「つなぶちさんもババ様に会う人ですね。いいお言葉を聞かせてもらいました」

 正直言って、「ババ様のお導きかも」という言葉を半分馬鹿にしていた。四人のグループがサイババにかぶれていると思っていた。しかし、それだけではない。僕が口にした言葉も「ババ様のお導き」だ。もしサイババが高橋さんに『天使になってくれ』と言わなかったら、生まれようのない言葉だった。サイババが不思議な力を持っていて、僕にそう語らせたとは思わない。しかしサイババの言葉がなかったら生まれなかった言葉であることは確かだ。

 人は信じることで未来を作る。高橋さんは自分が天使であると信じることで、仲間を連れてアイルランドに来た。その証拠のように天気は晴れ続けた。

「天使が旅行をすると晴れる」

 アイルランドのことわざだ。

 高橋さんは天使であり続けることでいろんなことを学ぶのだろう。そしてそのことが回りに影響を与える。

「PI in the Sky」の最後にこんなことが書かれていた。

「未来は起きてもらっては困ることだらけで、思うままにはならないと一般的には考えられる。しかし、未来は<今>である。このことを理解すればあなたはあわてる必要がない。未来を作りたいのなら回りの友人に『こんなことが起こるよ』って言葉にすればいいのだ。そしてたびたび言ったことが現実になることを自慢すればよい」

 天使の高橋さんは僕にも影響を与えた。

「私は天使だ」。この言葉の意味を理解し始めた。

アイルランド紀行「天使の行進」

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