兄貴とパイプそうだ、パイプを買ってみよう。 思い当たったのはブリュッセルの街中だった。 日本ではほとんど見かけないが、 ブリュッセルではパイプや葉巻をショーウインドーに出している店がいくつもあった。 しかし、どこの店もお客が並び、僕のような素人が入れる隙はなかった。 人生の苦みを知り尽くしたような目で、 彫りの深い顔をした男達が背を丸めながら自分の順番が来るのを待っていた。 順番が来ると男達は口からフランス語を流し合い、 何事かを決め合い、うなずきながらパイプの葉や葉巻を持ち帰った。 店内を見回し、様々な形のパイプをながめ、僕が持ち帰るのは敗北感だけだった。 僕がパイプに興味を持つのは兄貴からの影響だ。 兄貴は僕より十三年上。 僕が小学生、兄貴が大学生の頃、兄貴は部屋でパイプを吸っていた。 兄貴の部屋にたちこめる煙は、煙草の煙を都会の空気だとすると、 田園の風のように魅力的なものだった。 その煙のなかで兄貴はプレイボーイを読んでいた。 僕が部屋に近づくと、優等生の兄貴は机にプレイボーイをしまい込み、 パイプだけを楽しんでいたかのように振る舞うのである。 兄貴が留守の時、僕もこっそりプレイボーイを楽しんだ。 煙の匂いが染み着いた部屋で。 ブルージュの街へ行くと、そこのパイプ店も混んでいた。 翌朝、店が開く時間を見計らって再び行く。 客はまだ僕ひとりだった。 店のおじさんは頭に鳥打ち帽をかぶり、白髪を垂らしていた。 皺だらけの目尻を下げ、互いに下手な英語で話した。 「パイフが欲しいんですけど、はじめてなんです。どんなのが良いですか?」 「君が気に入ったのが一番さ」 ショーケースを全部開けてくれ、実際に持って握って確かめろと言ってくれた。 円筒形の火皿にまっすぐ吸い口がついたもの、彫刻が施してあるもの、 丸みを帯びてつるつるしたもの、樹皮のようなごつごつした手触りのあるもの、 左右が対称ではないもの・・・。 何十とあったパイプからひとつを選んだ。 日本に帰ってから調べたら、それはAUTHORというタイプのパイプだった。 鳥打ち帽のおじさんは葉はどうするかと聞く。 まったく知らないが何か良さそうなのを選んでくれとたのむと、 アロマティックなものがいいか、ベーシックなものがいいかと聞く。 どっちにしてもどんなものかわからん、アロマティックをたのんだ。 鳥打ち帽が振り返ると、そこには水色の缶、ダンヒルのEARLY MORNING PIPEがあった。 さっそく宿に持ち帰り火を入れた。 うれしかった。 ゆらゆらたちのぼる煙にうっとりした。 しかし、兄貴の香りではなかった。 ブリュッセルに戻り、再び僕はパイプ店に挑戦する。 カウンターの向こうには様々な葉がディスプレーされていた。 そのなかにひとつ、懐かしい包装の葉があった。 深紅と深緑の包装。HALF AND HALFだ。 プレイボーイの引き出しに無造作に入れてあったパイプの葉だ。 兄貴はもう四十七。二児の父である。 長男は中学生。 きっとどこかでプレイボーイを見てるだろう。 そして、彼もパイプを吸うようになるのだろうか。 |