■◇■僕が食べた旨いもの Vol.1 泡汁

「泡汁」をご存じだろうか? 読んで字のごとく泡の汁である。しかし実際の泡汁に

は泡などどこにもない。はじめて泡汁に遭遇したとき、僕の頭には?マークがサイレ

ンを鳴らして駆けめぐった。

「どこが泡汁?」

 汁椀に注がれた泡汁は白く芳醇な香りがした。その香りは粕汁の香りに近かった。

汁の中には根菜類や魚のあら、三つ葉などが入り、一口すすると天国に行きそうなく

らい旨かった。何を入れればこんなに旨くなるのか。甘みと塩加減が、あー幸せ。

 泡汁の原料は、やっぱり泡なのだ。どんな泡かというと、持ち出すことのできない

泡なのだ。それは酒を発酵させるとき、樽の縁に浮いてくる泡をすくって味噌汁の味

噌の代わりに入れるのだ。これが、くーっ、思い出すだけでたまらん旨さ。粕汁は、

粕の汁だ。繊維質が多く含まれている。ところが泡汁は泡なのだ。お酒の発酵したと

きの典雅な香りが汁に溶け込み、しかも粕のように濃縮されていないからふんわかと

香り、そこに魚や根菜類が混濁しているときの旨さは思い出すだけで目がトローッと

してしまう。なんといっても「僕が食べた旨いもの」のVol.1に書かれるほど旨いの

だ。泡汁は蔵元でしか食べられない。持ち出すと泡は消え、澱がたまったお酒になっ

てしまうのだ。またそこが食べる人間の心をくすぐる。いましか食べられない。ここ

でしか食べられない・・・。

 泡汁の大根はそのハフハフ感がたまらず、歯で噛むと中からお酒の典雅な香りを含

んだ汁がジワッと口に広がり、ハフハフしながら「ああ快感」と叫んだ薬師丸ひろ子

になってしまう。白身魚はお酒の香味がぴったりマッチしてこりゃまた、さるまた、

こまっちまった。他にたくさんのご馳走があったのだが、迷うことなくおかわりをし

てしまった。おかげで突き出た腹がさらに突き出た。

 もしあなたの友人に蔵元がいたら、ぜひねだってご馳走になろう。うまいものには

恥も外聞も関係ない。多少の恥は泡汁の旨さが消してくれる。人間、旨いものを食う

と小さいことにはこだわらなくなる。だから泡汁を食べるときは友人も一緒に食べて

もらおう。あなただけで食べていたら、友人は恨み百倍になってしまう。

 あなたが泡汁をねだるときっとあなたの友人である蔵元は、なぜあなたが泡汁を

知っているのかいぶかしがるだろう。泡汁は杜氏たちだけに許された絶品の椀なのだ。

僕が食べた旨いもの

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