■◇■僕が食べた旨いもの Vol.13 香港での鶏の足先 大学二年生のとき、香港から中国へと貧乏旅行をした。そもそも香港へ行った理由 は中国へ入国するためのビザ入手のためだった。日本で手に入れるよりずっと安かっ たのだ。香港では同行した友人の親戚にお世話になった。そのおばさんに美味しい飲 茶のお店に連れていってもらった。 狭い路地を通り、何度も角を曲がり ふと広い通りに出ると目の前が飲茶の店だっ た。香港は街全体がエネルギーの固まりのようだったが、レストランのなかは一層エ ネルギーにあふれていた。次々と蒸篭(せいろ)蒸しされた食べ物が出てくる。お茶は こうやって飲むのだとか、お茶がいらなくなったらこう合図するとか、お茶を注いで くれた人にはこうやって挨拶するだとか、なんだとかかんだとかが嵐のように右の耳 から入り、左の耳から出ていった。店員も客もどうしてこんなにうるさく怒鳴り合う のか不思議だった。 そうこうしているうちにひとつの蒸篭がでてきた。開けると僕は言葉を失った。鶏 の足先がそこにあった。細い指と爪がついている、飴色の足先。おばさんは微笑みな がら「おいしいのよ」と一口で食べた。友人は一目見たら目を背けた。僕は「うえー っ」と思いながらも食べてみた。何事も経験である。 口に入れるとヌメッとした解けかけた皮が舌に触る。噛むと骨がパリパリと砕け、 皮から濃厚な八角、醤油、鳥肉の香りと味があふれでる。美味しかった。見た目は悪 いがそれを我慢して口に入れる価値がある。香港で消費される鶏の足先のほとんどは 日本から輸入しているそうだ。日本では誰も足先に見向きもしない。 たまにテレビで飲茶が紹介されると、鶏の足先を食べたくなる。見た目にはゲロゲ ロ、しかし味は旨い、そのスリルがたまらない。 |