■◇■僕が食べた旨いもの Vol.15     ビーンズ・サラダ

 美味しいものは舌で味わうものと思いこんでいた。しかし、舌だけではどうにも感

じることのできない美味しさというものがある。これを僕はサンフランシスコで知っ

た。

 10年ほど前、「6 days」というセミナーに参加した。そのセミナーはサンフランシ

スコから山奥に入り、広大な施設で六日間セミナーを受けるのだ。7mほどの崖をロッ

ククライミングしたり、10mほどの高さの崖から綱に滑車をかけて滑り降りたり、面

白いセミナーだった。そのセミナーで提供された食事が、ほとんど塩の使われていな

い自然食だった。はじめのうちは味がないのでちっとも美味しくないのだが、何日か

すると身体が楽になっていた。六日間のセミナーが終わりサンフランシスコに戻ると

何を食べても味が過剰で気持ち悪くなった。でも、数日するとそんな味に再び慣れて

しまった。

 かつてそんなことがあったことを思い出したのは、キヨズ・キッチンで食事をした

ときだ。「6 days」の食事ほど塩が少ない訳ではないが、普通のレストランと比べる

と味が薄い。はじめて食べたときは正直言って「おや?」と思った。美味しさがわか

らないのである。しばらく食べていると、やっと薄い味の奥に味があることがわかる。

その味は普段食べ慣れている味とはちょっと違うのだ。

 たとえばビーンズ・サラダ。茹でた豆にタマネギのみじん切りと軽くオイルとお酢

があえてある。豆料理はたいてい醤油か塩か砂糖で味をつけるが、ビーンズ・サラダ

にはそれがない。食べた瞬間にタマネギとお酢の味しかないと感じる。ところが、

よ〜く噛んでいると豆の味がちゃんとしてくる。豆の味はほのかなものだ。そのほの

かな味を楽しむためには濃い味付けでは駄目なのだ。だからビーンズ・サラダを食べ

ているとはじめは表情に乏しい顔がしばらくして「おやっ」という顔になり、ついに

はニコニコ顔で飲み込むことになる。だからあまり噛まずに食べてしまう人には味が

わからないかもしれない。食べてすぐに舌が美味しいと感じるのではなく、しばらく

して身体が喜ぶ感じがする。この身体が喜ぶ感じは「6 days」に参加して、そこでの

食事を体験したから感じることができるので、もしあの体験がなかったらわからなか

ったかもしれない。

 最近はなんでもスピード・アップの時代だ。食べ物も食べた瞬間に味がわかってす

ぐに飲み込めるものがよく売れる。いわゆるファスト・フードだ。しかし、人間の身

体はすぐに進化するわけではない。ゆっくり味わって消化するようにできている。ゆ

っくり噛んで、味の奥にある味を見つけることができれば、きっと消化の助けになっ

ているはず。魂の乗り物である自分の身体を食べることを通して大事にしたい。

僕が食べた旨いもの

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