■◇■僕が食べた旨いもの Vol.6     苗場のこごみ

    

 小五から高二まで、毎年のようにスキーシーズンには苗場のプリンスホテルに泊ま

っていた。両親が部屋の窓からゲレンデを滑る僕と兄を眺めていた。

 当時苗場プリンスには「お餅処」という店があった。その名の通り、つきたてのお

餅を食べさせてくれる店だった。毎年のように行くうちになじみとなり、主人にこご

みを食べさせてもらった。僕がこごみを食べたのはそれがはじめてだった。こごみは

ある時期一週間から二週間のあいだに採らないと固くて食べられなくなるのだそうだ。

その短い期間にお餅処の主人が苗場の山で自ら摘んだこごみを食べさせてくれるのだ。

形は大きなぜんまいを想像すれば良い。ぜんまいは茶色だが、こごみは緑だ。

    

 軽く塩漬けにしたこごみはほのかに苦みがあるのだが、その噛み心地がとても良か

った。ぜんまいより固く、噛みきる際に茎に含まれている塩気がじわっと口に広がっ

た。噛んでいるうちに歯とこごみがこすれるとキュッと音がした。

     

 両親と兄はビールや酒を飲み、僕はお茶を飲みながらこごみを食べた。こごみを食

べた後におろし餅や納豆餅、あんこ餅、きなこ餅などを食べた。

 いまでも鮮明にこごみの味を覚えているが、こごみ自体が美味しかったと言うより

は、家族の団らんが楽しかったから覚えているような気がする。兄が結婚を決める時

期で、母がいつも愚痴をこぼしていた。父は母をなだめながら得意の幕末の話をして

いた。どっちの話にも僕は興味を持たなかったが、家族の話というものは何が話され

ていても楽しいものだった。

僕が食べた旨いもの

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